フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁

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第4章~オレの幼なじみがこんなに素直なわけがない~第13話

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「言いたいことは、全部、話せた?」

 私がたずねると、4月からクラスメートになった教室内空気キャラの男子生徒は、「まあ、そうだな……」と、短く答える。
 さらに続けて、

「そう……? 私もあなたに言いたいことは言ったつもりだし、今日のところは、解散ってことにしない?」

と、提案すると、「あ、ああ、そうだな……それじゃ、また明日な」と抑揚のない声を返して、教室を去った。

 一人きりになった教室で、私は新学期からのことを振り返る。

 この学校に転校してきた、あの日――――――。

 所属する2年1組の生徒一覧に、

 立花宗重

の名前を見つけたとき、思いがけず、私の胸は高鳴った。

 小学校に入学する直前、離れ離れになってしまった、泣き虫だけども他人を思いやることの出来る優しい男の子との再開の瞬間を待ちわびて、知らず知らずのうちに期待が高まったんだけど――――――。

 自己紹介をするまさにその瞬間に、ダイヤが乱れた交通機関の影響で遅刻した彼は教室におらず、私自身のことをそれとなくアピールする機会は失われた。

 おまけに彼ときたら、クラス内でも孤独を愛するキャラクターを演じており、その覇気の無い姿に、私が失望するまでに大した時間は掛からなかった。

 その頃、積極的にコミュニケーションを取ってくれた葉月や大成クンと仲が良くなった私は、二人の焦れったい関係に苦笑しながら、幼なじみの彼と彼女の橋渡しをしようと考えるようになっていた。

 他人から見れば、どう見ても、お互いに想い合っているようなのに、「葉月に告白する勇気が持てない」という男子と、「ねぇ、葉月はづきは、大成たいせいくんのこと、どう思ってるの?」と単刀直入にたずねても、自分の気持ちを誤魔化すばかりの女子の態度にあきれていた私は、彼女に嫌われてでも、クラス委員同士の関係を進展させるための劇薬になろうと考えた。

 保育園の発表会の劇で、黒いケモノを演じてから、そういう役回りには慣れているのだ。

 それに、学年でも目立つ存在だという大成クンと交際していることにすれば、他の異性に鬱陶しく付きまとわれたり、そのことで、同性から余計なひんしゅくを買うようなリスクも軽減できる……。

 そんな現実的な打算もあって、順当に始まったハズの偽装交際計画は、最初の布石になるはずのカラオケ作戦は、私の視界から消えつつあった一人のクラスメートのせいで、すぐに破綻してしまった。

 本当はあのとき、大成クンと『二人だから』のデュエットを披露したあと、葉月と彼にも同じ曲を歌ってもらって、

「あ~、やっぱり、付き合いたての私じゃ、息の合った幼なじみ同士には叶わないな~」

とでも言って、二人の関係を盛り上げようと思っていたのに……。
 私の計画は、普段は存在感のない空気キャラの彼が参加してきたせいで、中止せざるを得ない状況になった。

(覇気のない空気キャラってだけならともかく、私の計画を邪魔するとか、あり得ないんだけど!)

 そんな気持ちが、彼にとっては、名和立花めいわりっかとのファースト・コンタクトだと認識しているであろう、あの場面で思わず漏れ出てしまったのだ。

 その後のことは、彼にも直接的に伝えたけれど、自分勝手に暴走しては周囲にも迷惑を掛け兼ねない危うい行動の連続に、その姿を見ている自分は、ハラハラさせられっぱなしだった。

 なかでも、本人には言わなかったけど、彼が私の仕事仲間でもある白草四葉しろくさよつばちゃんに執着しているように見えることは、自分でも原因はわからないけど、なぜだか腹立たしかった。

 一応ことわっておくけど、四葉ちゃん本人に対して、私はネガティブな感情を抱いたことはない。

 むしろ、彼女とは、を抱えていることもあって、お仕事上の知り合いとしては、唯一と言っても良いほど、シンパシーを感じられる存在だ。

 近頃の彼女は、私と会うたびに転校先で再会した幼なじみの男子のことを語るんだけど……。
 その時の表情は、私が大成クンと(偽装の)交際宣言をする前に彼のことを語っていた葉月にそっくりなのだ。

 そんな四葉ちゃんを可愛らしく思っている私からすると、お悩み相談で一度だけ投稿が取り上げられた見ず知らずの男子のことなど、歯牙にも掛けていないだろう。

 きっとこれは、同世代のカリスマ女子に対して、いくら執着したところで、クラスのモブキャラに過ぎない彼が相手にされることなんてあり得ないのに……もう少し、身の程を知った方が良いゾ! という苛立ちなんだろう……と、自分を納得させる。

 それは、男子の理想を詰め込んだような恋愛シミュレーションゲームの性格の温厚な幼なじみキャラクターに対して感じた感情にも通じるかも知れない。
 
 ただ、それ以上に気がかりだったのは、前日の一件のことだ。

 空き教室での騒動が収まったあと、彼から聞いたところによれば、彼自身が葉月に関係を迫るようなフリをして、大成クンの嫉妬心や独占欲を煽ろうとしたらしい。

 その計画の杜撰さと危うさは、第三者(次屋つぎやって名前の男子だっけ?)の介入を招くことになり、それは、葉月の身の危険と冷静さを失っていた大成クンの暴力行為を生み出す危険さえあったのだ。

 それに何より――――――。

 彼の計画どおりにことが運べば、彼自身が大成クンに殴り掛かられていた危険性はもっと高まっていただろう。この場合、床で滑りかけた影響で、教室に椅子を撒き散らすという間の抜けた行為で静止してくれる生徒なんていないのだから(もっとも、無駄に自己犠牲の精神を発揮してしまう行動そのものを責めるてしまうと、私自身にも跳ね返ってくることだけど……)。

 それでも……。

 あの頃、家族の前で黒いケモノのように横暴に振る舞うことで、両親の仲を修復させようとしたけれど、結局は上手くいかずに落ち込んでいた私に、

「黒いケモノのことも好きだけど、ぼくは、リッちゃんのことも大好きだよ!」

と言ってくれた、優しかったあのムネリンが、誰かに殴り掛かられる場面を想像するだけでも、私の胸は苦しくなった。

 私という存在が生を受けてから、夫婦関係を上手く構築できなかった両親からは、愛情というものを感じることができなかった。そうして、自分の存在価値を見失っていた私にとって、「リッちゃんのことも大好きだよ!」という言葉には、自分自身を必要としてくれるヒトが居るのだ、ということを強く実感させられたのだ。
 その言葉を発した相手のことは、ついつい気になってしまう。

 そんな風に、肌寒さの残る季節に、保育園の一室で彼と約束を交わしたあの日から、離れ離れになってしまった彼の言葉と存在は、時おり私の感情を揺さぶることがあった。

 例えば、小学校に上がってからしばらくして、自分自身の名前の漢字を習ったあの日――――――。

 そのとき、母親が、彼の名前には、、と言っていたことの意味が、ようやく、理解できた。

「どうして、私は、立花りっかって名前になったの?」

 小学校の生活の科目の宿題で、「自分が生まれたときの家族の思い出」を聞き出すという、私にとっては、あまり歓迎できない課題を課せられたときに、こんな会話を交わしたことを思い出す。

立花りっかというのは、花道の様式の中でも、いちばん古い様式のことで、色々な草木で大自然の風景を表現しているんだよ」

「『かどうのようしき』ってナニ?」

「ちょっと、難しい話だったかな? 立花の字は、もう一つ、読み方を変えれば、タチバナとも読めるね。タチバナの花は、ミカンやレモンのような香りで、とっても気分が落ち着くんだよ。花言葉は『追憶』と言ってね――――――」

「ついおく……って、どういう意味?」

「昔のことを思い出す、って意味だよ」

(そっか、もし、私がムネリンと結婚したら、立花立花たちばなりっかって名前になるんだ)

 ふと、そう考えたあと、

「変なの……!」

と、わざと口にしながらも、なぜだか、胸がドキドキするのを抑えられなかったことを思い出した。

 選択的夫婦別姓という、時おりニュースで耳にする制度のことを知った今でも、その「変なの……!」と声を発したときの感情は、私の心の中に残り続けている。

 また、 花道の様式については、いまでも詳しくわからないままだけど、タチバナの花のシトラスを思わせる、さわやかな香りは、その後、私のお気に入りのフレグランスとなって、身にまとうことが多くなった。

 普段は、気弱で不器用なくせに、思い切った行動に出るときの度胸は、あの頃と変わってないな……。

 葉月に、動画サイトで、お悩み相談をしたという疑惑が持ち上がったとき、その誤解を解くために、教室の前方で大演説を行った彼の姿が、私の知っている保育園に通っていた頃のムネリンと重なる。

 正直なところ、彼の行動は、危なかっしくて、そばで見ていると、ハラハラすることも多いんだけど……。
 そうした部分も含めて、ムネリンが暴走しないように自分が見守ってあげないと……という謎の使命感も湧いて来る。

(それと、彼が執着しているゲームのキャラクターについて、酷いことを言ってしまったことについても謝っておかないとね……)

 先日、ムネリンと口論になった際、彼は、こんなことを言っていた。

「オレの幼なじみを悪く言うことだけは許さない! 不器用な性格だったけど、は、他の人間が無責任に語ってイイもんじゃないんだよ!」

 その幼なじみが、誰のことを指しているのかは、自分でも理解しているつもりだ。

 あのタイミングで、自分自身のことについて言及されるなんて思ってもいなかったから、不意をつかれた私は、照れ隠しもあって、つい、

に、なに必死になってんの……」

と、憎まれ口を叩いて、その場を立ち去ってしまったけど、ムネリンが自分と同じくらい、あの頃の思い出を大切に想ってくれていることが伝わってきて、自宅に戻るまで顔が火照るのを抑えられなかった。

 そんなことを思い出しながらも、彼の無茶で予想外な行動の連続を振り返って、

「危なっかしくて、放っておけないところは、相変わらずだなぁ……」

と口に出してから、私は、もう一つ大切なことを思い出した。

 発表会の劇が終わった翌日のこと――――――。

「わかった! 強くなって、いつか、リッちゃんみたいに、誰かを笑顔に出来るようになるから!」

 幼い彼がそう言ったあと、
 
「そっか! じゃあ、約束ね!」

と言ってから、私は小指を差し出してこう言ったのだ。

「指切りげんまん、ウソついたら、ムネリンをイ~ジる! 指切った!」

 そうだ! この約束のとおり、彼をイジってあげないと……。

 自分のココロをかき乱す相手に、仕返しをする口実を得た私は、これまでになく清々しい気分で、晩春の夕焼け空が広がる教室の外を眺めた。
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