ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁

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第2章~⑧~

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 ==========Time Out==========

 寸前まで鳴り響いていたセミの鳴き声は鳴りやみ、自分たちの周りは静寂に包まれた。
 小嶋夏海は、コカリナに触れているのとは反対の左手に持ったストップウォッチが、停止時間の計測を始めていることを無言でこちらに示す。

「成功だな」

 短くつぶやくと、彼女も大きくうなずいて、感想を漏らした。

「長時間停止も、あまり変わらない感じなんだ……」

「あぁ、そうだな……」

 彼女のつぶやきを肯定する。
 
 直射日光が遮られていて気温が低くなっていたためか、停止した時間の中でも、この場所は、比較的すごしやすく感じられた。

 さらに、木々に茂る葉の濃い緑の色や、その間から射し込む木漏れ日の光の色は変わらないものの、それまで聞こえていたセミの大合唱が耳に届かなくなったことで、まるで、この世界に、自分と小嶋夏海だけが存在しているのではないか、という奇妙な感覚を覚える。

 音もなく、自分たち以外のすべてが静止した世界で、ストップウォッチだけが、41秒……42秒……43秒……と、正確に経過時間を計測していることが、わずかに、この現象が、まぎれもない現実だということを証明する手掛かりの様だ。

 それでも――――――。

 最初に時間停止の機能を使った時のように、世界から、自分一人だけが取り残された、と感じるような孤独感や焦燥感を感じることは無くなっている。

 その理由が何なのかは、まだ、わからないが――――――。

 オレは、彼女と過ごす、この時間が気に入り始めていた。

 =========Time Out End=========

 ジ~ジ~ジ~ジ~ジ~ジ~、ジリジリ、ジリジリ。

 再び耳に届くようになったセミの声が、時間停止が終わったことを告げている。

 同時に、ストップウォッチのボタンを押し込んだ小嶋夏海が、計測された時間をこちらにかざす。

 01分00秒03

 と記されたデジタル表示が、『トカリナ』の切り替えスイッチをONにした場合の高音レの音階が、およそ一分間の時間停止機能を持つことを示している。

「坂井が計測した通りみたいね。停止時間の長さにバラつきが無いみたいで良かった……」

 実験の発案者は、安堵したように、つぶやく。

「オレも、自分の観察結果が間違ってなかったみたいで安心した」

 と、同意すると、彼女は、

「ホント! 実験のパートナーが、最低限の観察記録を取れる人間みたいで良かった」

そう言って、ニコリと表情をほころばせた。

「そんなに信用なかったのかよ!?」

 抗議の声をあげると、実験の相棒は、クスクスと可笑しそうに笑う。

 たしかに、今回の実験については、彼女のプランに任せているところが大きいが……。
 頼りにされていないのは、何だか、少し悔しい気持ちもある。

 そんな、こちらの想いを知ってか知らずか、小嶋夏海は、

「まぁ、坂井の協力がないと成り立たない実験だから、、頼りにしてる」

と、フォローになっているのか、いないのか、良くわからない言葉を発して、また、クスリと笑った。

(なんだ、結局、『トカリナ』が目的なんじゃないか……)

 面白くない気持ちになりかけるが、モノに嫉妬をするのもバカバカしいので、話題を変えることにした。

「じゃあ、次の実験に移ろうぜ! 今度は、どの音階にする?」

「そうね! 今度は、停止時間が一番長いと予想してる、ドの音にしない?」

「わかった! ただ、今までと違って、時間が停止している間は、かなり長く感じるぞ?」

 そう断りを入れると、彼女は、

「いいんじゃない? 今日は、話し相手も居るし、一人で時間を持て余すってこともなさそうだし?」

 楽しそうに微笑んで、「それより、運指表は見なくても大丈夫?」と、付け加えた。
 その問いには、「あぁ、大丈夫だ!」と答えて、コカリナの表面と裏面のすべての指穴を押さえて、彼女にかざす。
ウンウン、とうなずいた小嶋夏海は、

「やるじゃない! じゃ、早速お願い!」

 そう言って、コカリナの先端部分に触れる。
 準備が整ったと判断したオレは、

「OK! それじゃ、行くぜ!」

と、言って大きく息を吸い込んだあと、コカリナの唄口に息を吹き込んだ。

 ==========Time Out==========

 再び、セミの声が止み、静かな世界が訪れる。

 先ほどと同じように、小嶋夏海は、左手に持ったストップウォッチが、停止時間の計測を始めていることをこちらに示した。

「成功だな! けど、さっきも言ったみたいに、今回は停止時間が長く感じられると思うから、退屈しのぎが必要じゃないか?」

 こちらから声を掛けると、彼女はアッサリと答えた。

「難しく考えなくても、話しをしてるだけでイイじゃない」

 そう言われても、何を話せば良いモノか——————と考えて、ふと、思い浮かんだことがあった。

 ある意味で、自分の恥をさらすことにもなるが、この体験を共有している彼女にしか聞けないことがある。
オレは、そのことを小嶋夏海にブツけてみた。

「それじゃあ、一つ気になっていることを聞かせてくれないか? 恥ずかしい話しだが、オレは、最初に時間停止の体験をした時、正直言って、メチャクチャ不安だったんだ。自宅のリビングで、父親と母親が微動だにしない姿を見た時は、『このまま、永遠に周りの時間が動かなかったら、どうしよう』と、怖くなった……小嶋も一人で、コカリナの実験をしていたと思うんだが、その時、不安になったりはしなかったのか?」

 クラスメートの女子の前で、自身の不甲斐なさを告白することを避けたい気持ちはあったし、何より、自分が気になっていた相手に『頼りない男子』などと思われたくはなかったが——————。

 同じ《時間停止》の体験者として、経験を共有する彼女に、ぜひ、この不思議な現象に対する感想や想いを聞いてみたかったのだ。

 こんな情けない告白をしてしまい、小嶋夏海の普段の言動からして、呆れられたり、反対に同情されたりするのかと思っていたが、予想に反して、彼女の言葉は、穏やかなモノだった。

「そうだったんだ——————確かに、最初に《時間停止》の現象を体験した時は、驚いたし、パニックになりそうになったケド……怖くなったり、不安になったりしたことはなかったな。むしろ、普段の世界と隔絶された感じがして、私にとっては、この停止している時間は、とても居心地が良く感じられるんだよね」

 はにかんだ様な、あるいは、どこかに罪悪感を感じているような、そんな、切なげさを感じさせる表情で、クラスメートは語る。

 その言葉に、ウソや虚勢は、なさそうだ。

 あらためて、男の自分よりも肝が据わっているというか、不思議な現象に動じることもなく、それを楽しんでいるように見える彼女に対して、リスペクトというか、畏敬の念に近いモノを感じる。

「小嶋は、スゲェな。時間停止にビビってしまった自分が、恥ずかしいわ」

 恥ずかしさを隠すため、わざと、おどけた口調で、苦笑しながら言うと、彼女は、少し寂しそうにつぶやいた。

「別に、そんなことないよ。私は、いまの生活というか、周りの環境が、どうなってもイイと思ってるから、周囲に取り残されたとしても、気にならないだけ。坂井が、ご両親の時間が元に戻った時に安心したのなら、それだけ家族の仲が上手くいっている証拠なんじゃないかな?」

 受け取り方によっては、皮肉やイヤミに取れそうな内容だが、舌鋒鋭い毒舌の持ち主である小嶋夏海の発言にしては、冷たくキツい感じのする言葉には聞こえなかった。

「う~ん、そんなモンなのかな?」

 返答しつつ、その言葉に、

(彼女は、周りの人間と上手くいってないのか?)

と、疑問に思ったが、そのことを彼女自身に聞くことは、何となくはばかられる気がして、その後は口をつぐんでしまった。

 真夏には似合わない湿めっぽい話しに成りかけたのを悟ったのか、すぐに彼女は、オレが首に掛けているコカリナを指さして、話題を変えた。

「それよりさ! 坂井は、の能力を使って、してみたいこととかないの?」

「時間停止のチカラを使ってか……? う~ん…………」

 そういえば、彼女と契約書を交わして以降、いや、それより以前、このコカリナのチカラを発動させてマスクを外したことが彼女に露見したことによって、自分の行動を反省してからは、特に《時間停止》の機能を使って、「アレをしたい、コレをしたい」と、考えることはななかった。

 いや、正確に言えば、考える余裕がなかった、というか、

(また、誰かを傷つけたり、誰かに迷惑を掛けるかも知れない)

と、想像すると、考えたくなかった、という方が正しいかも知れない。

「小嶋との《契約》のこともあるけど、誰かに迷惑が掛からない方法で……と、考えると、すぐに思いつかないな」

 そう答えると、彼女は、

「へぇ~、マスクを外して他人の素顔を勝手に見るようなことをするわりには、案外、欲がないのね、坂井は……?」

ニヤニヤと笑いながら、こちらの表情をうかがい、そんなことを言う。

「そ、そのことについては、もう謝ったじゃねぇか? ——————それに、そのことがあったから、他人の迷惑にならない方法を考えようとしてるんだよ」

 小声になりながらも、抗議の意志を示すと、年下の人間を諭すように、余裕タップリの表情で言い放つ。

「ふ~ん、殊勝な心掛けじゃない。過去の過ちから反省をできることは、悪くないことだと思うよ」

「それは、お褒めにあずかり光栄だな。小嶋の方は、コイツのチカラで、何かしてみたいこととかあるのか?」

 首に提げたコカリナを手にして、たずねると、その質問を待っていたとばかりに、小嶋夏海は、自身の知的探究心と、欲求とを一気にまくし立てた。

「雨が降った時に時間を止めたら、雨粒がどんな風に見えるか観察してみたい! 海やプールに行って、水しぶきが上がった瞬間に時間を止めて、どんな風に見えるのか見てみたい! 花火大会に行って、打ち上げ花火が夜空に大きく開いた瞬間をずっと眺めていたい! あとは……なかなか懐かない近所のネコを撫でてみたい!」

 子供のように無邪気に語る彼女に、苦笑しつつ

「なるほど……好奇心旺盛でイイと思うが、最後のは、欲望まる出しじゃないか? 人権……いや、猫権意識が高いネコだと、『人間に撫でられない権利』を主張するかもしれないゾ?」

と、返答すると、彼女は、少し拗ねたように、視線をそらしてつぶやいた。

「いいじゃない、ちょっとくらい……」

「まぁ、ネコのことはともかくとして、雨さえ降れば、夏休み中に実行するのも難しくないことばかりだし、イイんじゃないか? 週末には、プールにも行けるしな」

 フォローしようとした訳ではないが、そう答えると、表情を一変させ、全身から嬉しさがにじみ出るような雰囲気で確認してきた。

「ホントに!? じゃあ、契約書の3番目の条件は満たしていると考えていいのね?」

こちらも、スマホを取り出して、スクリーンショットを取っていた契約書の内容を確かめて、

「あぁ、天気予報とか、観覧できそうな花火大会の日程とか、事前に調べておかないといけないこともあるけどな……あとは、どうやって、近所のネコに撫でて良いか許可を取る?」

彼女の反応をうかがうように、冗談めかしてたずねると、

「ネコ語を翻訳できるアプリをスマートフォンにダウンロードする! それで、確認しよう!」

と、本気なのかジョークなのか、判断できない答えが返ってきた。

(そんなモノが、アテになるのか……!?)

 呆れつつもも、普段は冷静な小嶋夏海が見せた意外な一面に苦笑を抑えきれず、

「じゃあ、そのアプリがどれだけ有効か実験して、有用性が確認できたら、近所のネコにも使ってみよう」

そう提案しておいた。

「わかった! 試してみる」

と、彼女がうなずいた瞬間——————。

 =========Time Out End=========
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