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第八十七話 模擬刀の先制攻撃だべ!!
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───キムラ・ホウリ著「相手の心を上手に折る方法」───
自分の方が相手より何倍も強いのに相手の心が折れず何回も挑んでくる、断ったのに相手がしつこくて困っている、そういう事ありますよね?そんな時にはこの本がおすすめです。この本には100を超える相手の心を上手に折る方法が記載されています。「相手との付き合いはやめたくない場合」や、「相手を再起不能にさせたい場合」といったように様々なシチュエーションをご用意しております。この本を買った人からは「定期テストでライバル視されてうざかったけどこの本を読んで相手の心を折れました」や「しつこく付き合ってと迫られていた人と縁を切れました」と大好評!お買い求めは近くのキムラ・ホウリまで!─────Maoupediaより抜粋
☆ ☆ ☆ ☆
いつもの地下室、2人の男が更に険しい表情で向かい合っている。
「どうする、このまま行くと我々は負けてしまうぞ。そうなれば、私もお前も破滅だ」
「……まだです。まだ、我々には手が残されています」
「貴様がその言葉を吐くのはこれで何度目だ?その結果がこのザマだ」
「おまかせください。我々には最終手段が残されています」
「最終兵器……奴か。何をする気だ?」
「はい、奴を使って……」
男はメガネを上げてニヤリと笑う。
「ホウリを消します」
☆ ☆ ☆ ☆
裁判で神の使いの存在が証明された日の夜、私たちは憲兵所へと帰るために歩いていた。手にはアイテムボックスに入り切らなかった資料を持っている。前が見にくくてしょうがない。
人通りがない道を月明かりが照している中、私は資料を抱えながらホウリさんに文句を言う。
「もう勝ちは決まっていると思うんですけど、こんなに資料いります?」
「勝ちが決まるまでは全力を尽くす。じゃないと相手から予想外の一撃が来るからな」
「ここから打てる手があるんですか?」
「あるな。だから油断出来ないんだよ」
ここから逆転できる手があるなんて信じられない。けど、ホウリさんがそう言うのならばあるんだろう。
相手を埋めるまでが裁判というのは、終わったと思っても油断するなという事なんだろう。
「明日はどういう攻め方をするんですか?」
「相手の攻めを潰していくのが主だ。その分、資料を読み込んで何が来ても対応できるようにしないとな」
「分かりました」
今日は検察室に泊まり込みかな。そう思って憲兵所まで足を進めていると、突然足が止まった。どれだけ動かそうとしても足が石になったように動かない。
「あれホウリさん、急に足が動かなく……」
自身の異常をホウリさんに報告しようとした瞬間、持っていた資料が勝手に地面に落下した。思わず資料を拾おうとしてもう一つの異常に気が付く。体が……震えている?
「ほ、ホウリさ……」
ホウリさんに助けを求めようとしても、体が震えて上手く話すことができない。呼吸も上手く出来なくなってきた。
「……ヒュー、ヒュー」
私が何も出来ずにいると道の奥から、誰かが歩いてきた。
「見つけたぞ、お前がキムラ・ホウリでござるな?」
月明かりに照らされて和服を着て髪を結った男が歩いてきた。腰には刀を差して───
「う!?おえぇぇぇ」
男が私たちに近づいてきた瞬間、私の胃の中の物が全て道にぶちまけられた。私はその瞬間に全てを理解した。体の震え、呼吸不全、猛烈な吐き気、全てこの男による殺気によるものだ。
理解した瞬間、体をさらなる恐怖が包まれた。私たちはここで死ぬ、そう思うと立つことすら出来ずに地面へへたり込んでしまう。
「あ、ああ……」
逃げるという行動すら起こせず、視線が男へと釘付けになる。男は私へと視線を向けると顎に手を当てて考える素振りをする。
「そこの女は……中々いい器でござるな。中身もとてもよい。脅威になる者は全て消すように言われているし、念のため消しておくでござるか」
「させると思うか?」
私と男の間にホウリさんが割って入る。ホウリさんの手には木刀が握られていて、戦う気みたいだ。
その様子を見た男がホウリさんを鼻で笑う。
「ほう?拙者に勝てると思っておるのか?」
「勝てるとは思ってない……ぜ!」
ホウリさんが隠し持っていた何かを男へ投げる。すると、玉は強烈な光を放ち夜道を照らし出す。閃光で目が眩みいまどういう状況か全く分からない状況の中、誰かに体が持ち上げられた。
「逃げるぞ、しっかり捕まってろ」
「は、はい」
私の体を持っているのはホウリさんみたいだ。いつもなら「セクハラだ!」とか軽口をたたく所だが、今はそんな余裕がない。言われた通り、しっかりとホウリさんに抱き着く。
瞬間、体を強烈な浮遊感が襲う。目が見えないから何が起こっているか分からないけど、ホウリさん飛んでない?
目がだんだん見えるようになってきて周りの状況を確認する。
まず、私はホウリさんに抱えられている。そのホウリさんは私を左手で抱えつつ、右手からワイヤーのような何かを出して家の間を飛び回っていた。
「……ってええ!?飛んでる!?」
「ワイヤーで高速移動しているだけだ」
「『だけ』じゃないですよ!?」
さも当然のように飛ぶことを日常化しないでほしい。一部のスキル以外で空を飛べるなんて思っても見なかった。
「でもこんな早く移動していたら流石に振り切れますよね?」
「それはどうかな?」
「へ?」
ホウリさんの言葉で嫌な予感になった私は後ろを振り返ってみる。
そこには建物の隙間を跳躍しながら高速で近づいてる男の姿があった。
「なんですかあいつ!?」
「剣神であるチイラ・スクリームだ。前の闘技大会の優勝者でもある」
「そんな人が何で私たちを狙っているんですか!?」
「サンドの奴らの差し金に決まってるだろ」
「これからどうするんですか?」
「助けが呼べる所まで逃げ続ける」
あまり前向きとは言えないけど、ホウリさんの作戦は正しいと言える。あの相手に勝てるとは思えない。
「どこまで行くんですか?」
「俺の拠点の近くだ。フランさえいれば勝ち確定なんだが、それまで持つか……マズいな」
ホウリさんは急に地面に降り立った。
「何やってるんですか!?敵が来ちゃいますよ!?」
「MP切れだ。これ以上は移動できない」
私を降ろして木刀を構えるホウリさん。その背中は何かを決意した悲壮感を感じた。
「ダメ……このままだとホウリさんが……」
「断っておくが、俺は死ぬつもりはない。俺が時間を稼ぐからラビは逃げろ」
「そんな!ホウリさんを置いてなんて!」
「いいから行け!!!」
屋根の上からチイラが飛んできて、ホウリさんの前に着地する。
「ふむ、もう観念したでござるか?」
「ほざけ。お前相手に逃げる必要がなくなっただけだ」
「口だけは達者でござるな。いや、その中身も達者でござったか」
逃げるべきか迷っていると、チイラの言葉が言葉が引っかかる。さっきも私に向かって器とか中身とか言っていた。一体どういう意味なんだろう。
私には何のことか分からなかったが、ホウリさんは意味が分かったのか、渋い表情で口を開いた。
「お前、他人の技量と魂が見えるな?」
「ほう?その答えにたどり着いたのは貴様が初めてだ」
「魂に関してはエキスパートでね」
「であれば貴様に一つ聞きたいことがあるでござる」
「見逃してくれれば教えてもいいぜ?」
「貴様の魂は今までに見たことがない程に極上の物。しかし、貴様の肉体は並み程度。ボロの器に極上の酒が注がれているような違和感がある。貴様は何者でござるか?」
「さあな。そんなの俺が聞きたい」
「答えるつもりはないという事でござるな。ならば仕方がない」
チイラが刀を抜いてホウリさんに突き付ける。
「貴様にはここで死んでもらう」
「やってみろ」
チイラが目にも止まらぬ速さでホウリさんに近づき刀を振るう。ホウリさんも火花を散らせながら、負けじと木刀で刀を受け止めた。
鍔迫り合いをしながらチイラがニヤリと笑う。
「拙者の一撃を受け止めたのは久しぶりだ!貧相な肉体でよくやった!」
「はっ、バカ言うな」
チイラの言葉を受けてホウリさんが力なく笑う。
「一撃じゃなくて二撃だろうが」
瞬間、ホウリさんはお腹から赤黒い液体が噴き出し、後ろにゆっくりと倒れていった。
「ホウリさん!」
思わずホウリさんに駆け寄ろうとした私だったが、チイラの一睨みですぐに立ちすくんでしまった。
チイラが倒れたホウリさんの上に立ち、刀を振り上げる。刀の刃が月明かりに照らされ、こびり付いている血を露わにする
「まだ息はあるでござるな。念のため、止めを刺しておくでござるか」
「だ、ダメ……」
殺気に気圧されながらもなんとかチイラを止めようとする。だが、足が思ったように動かずホウリさんへ近づく事は叶わない。いや、仮に近づけたとしても私も一緒に切られて死んじゃうと思う。
けど、何もしないという事は絶対にしたくない!
「ホウリ……さん」
「終わりでござる」
鮮血に染まる刃が無情にもホウリさんに振り下ろされる。瞬間、
「……誰だ!?」
音もなく矢がチイラへ飛んでくる。チイラは矢を切り伏せながら後ろに飛び退く。
何が起こったのか分からずにいると、いつの間にか矢が刺さっていた所に弓を持って口元を布で覆っている男の人が立っていた。
男の人は弓を引き絞って狙いを付ける。
「それ以上、ホウリさんには近づかないでください」
「貴様はロワ・タタンか。良いぞ、一度手合わせしたいと思っていた所だ」
チイラが嬉しそうに刀を振りかぶり、ロワという男の人に切りかかる。だが、その斬撃は見えない何かに阻まれてロワさんに届く前に弾かれた。
目を丸くして刀を見つめるチイラをよそに、ロワさんはホウリさんを抱えて私の所に走ってきました。
「逃げますよ」
「は、はい!」
色々と起こり過ぎてパニックになっているが、逃げた方がいい事だけは分かったから全力で路地を進む。
「こっちです!」
「はい!」
ロワさんに先導されて路地を進む。すると、後ろからガラスが割れる音が鳴り響いた。
その音を聞いたロワさんに焦りの表情が見えた。
「もう突破されましたか。今ある結界で一番硬いものだったんですけどね……」
「どういうことですか?」
「説明は後です。今は逃げることに集中してください。……って、もう追いつかれましたか」
後ろを振り向くと、チイラが凄い勢いで追ってきていた。
「さっきの奴出来ないんですか!?」
「さっきの矢は貴重なのでもうないです!」
ロワさんが苦し紛れに矢を数発放ちますが、全てチイラに切り捨てられる。このままじゃ追いつかれる!
「鬼ごっこは終わりでござる!」
「くっ!こうなったら……」
ロワさんが立ち止まってホウリさんを降ろして、青く輝く矢を取り出す。それを見たチイラがニヤリと笑って立ち止まる。
「その矢は貴様の全力でござるな?よいでござろう。受けてたとう」
チイラが刀を鞘に戻して居合の構えを取る。それを見たロワさんは慌てずに弓を引き絞る月明かりに照らされて幻想的に輝く矢が輝きを増していく。
静寂に包まれ矢の光がどんどんと増していく中で、2人の中の緊張感も膨らみ続ける。
「……は!」
静寂を破るようにロワさんが光の矢を放つ。
文字通り、青い光になった矢がチイラへと迫る。
「……参る!」
チイラは眼前へと迫った矢に、鞘から刀を抜いて向かい打つ。
青色の火花を散らせながら矢は切断され、チイラの脇に矢の残骸が転がる。
「これでもダメですか……」
「こんな物か。期待外れだ」
焦りの表情を見せるロワさんをチイラがにらみつける。
「興が冷めた。もう終わらせるとしよう」
チイラが腰を落とし、ものすごいスピードで向かってくる。
今度こそ切られる!そう思い私は思わず目を瞑る。しかし、いつまで経っても斬撃はやってこない。
恐る恐る目を開けてみると、盾を持った女の人がチイラの斬撃を防いていた。
ロワさんはその女の人を見ると安心した表情になる。
「ミエルさん、間に合ったんですね」
「ああ、遅れてすまなかった」
ミエルと呼ばれた女の人はミエルを押し返して、私たちをかばうように前に出る。
「状況は?」
「ホウリさんが損傷しました。まだ息はありますが、命に関わる傷です」
「ヒールシュートで応急処置は?」
「内臓にまで傷が及んでいるので効果は無いです」
「そうか」
ロワさんの話を聞く限り、ホウリさんはかなり危険なようだ。早く神殿で治療しないと!
「神殿はここからかなり遠いです!早く行きましょう!」
「いえ、神殿まで行くと間に合わない可能性があるので、僕らの拠点まで向かいます」
「行かせると思うでござるか?」
私たちの会話に刀を構えたチイラが割り込んでくる。正直、あの速さから逃げ切れるとは思えない。ミエルさんだったら攻撃はある程度防げるかもしれないけど、脇を抜けられたら終わりだ。絶体絶命であることに変わりはない。
だが、ミエルさんは盾での構えを解き、チイラから背を向ける。
「そんなに切羽詰まっているならば急ごう。ホウリをここで死なせる訳にはいかない」
「でも、チイラが……」
「心配いらない」
ミエルさんは確信しているような力強い表情で答える。
「後はフランに任せよう」
瞬間、周りの空気が一気に変わったのを肌で感じた。何が変わったかと問われたら答えにくいが、体が引き締まるようなそんな空気へと変わった。
すると、空から音もなく一人の赤毛の女の子が降ってきた。それを見たロワさんの表情が焦りから喜びへと変わる。
「フランさん!」
「急げ、今少しだけ治療したが危険な状態に変わりはない」
「分かりました!僕たちは行きましょう!」
ロワさんがホウリさんを担ぎ直して路地を走っていく。私とミエルさんもロワさんの後を追う。
死なないで、ホウリさん!
☆ ☆ ☆ ☆
3人が行くのを見送り、目の前の剣士と対峙する。セイントヒールでホウリを少し治療したが、あれほどの傷になると、わしでも治療に専念する必要がある。あれ以上はノエルに任せるとしよう。
「さて、始めるとするか」
「そうでござるな。貴様ならば長く楽しめそうでござる」
品定めをするようにわしを見てくるチイラ。どうやらホウリから聞いていた通り、戦闘を楽しむタイプのようじゃ。わしに少し似ておるのう。
「さて、貴様の魂は……ん?」
わしを見ていたチイラが首を傾げる。
「魂が見えない?貴様何者だ?」
「さあのう、わしに勝ったら教えてもよいぞ?」
「ならば仕方ない」
チイラが鞘に刀を戻して居合の構えをする。
「力づくで聞くとしよう!」
瞬間、高速移動により距離を一気に詰めてわしに切りかかる。じゃが、
「甘いわ!」
わしは刀を紙一重でかわす。それを見たチイラが嬉しそうに笑う。
「拙者の一撃をかわすか!そんな奴は始めてでござる!」
「は!一瞬で5回切っといて一撃とは笑わせるわ!」
チイラは鞘から刀を抜き目にも止まらぬ速さで5回の斬撃を繰り出しておった。並みの奴では見る事すら出来ぬじゃろう。わしには遅すぎるがな。
斬撃を回避されたチイラはむしろ嬉しそうになり、剣を振るい続ける。
「はっはっは!こんなに楽しいのは初めてだ!」
「それは良かったのう」
「これもかわすか!ならばこれならどうだ!」
回避のみに専念しておると、斬撃が更に早くなった。さっきの斬撃は本気でなかったか。じゃが、見切れぬほどではない。
斬撃をかわしながら、わしはホウリからもらった『相手の心を上手に折る方法』の内容を思い出す。
≪相手が自分を格上だと思って手を抜いている場合の心の折り方 LESSON1,相手に全力を出させてみよう≫
まずは相手に全力を出させましょう。ここでポイントなのが、相手に決定打があれば勝てそうと思わせる事。ここでNGなのが、こちらが本気を出して勝ちに行く事。あくまで相手に本気を出ださせた上で状況を硬直させる必要があります。
今回の場合じゃと、斬撃をよけ続けることは良いが攻撃をして相手に勝つのはダメじゃな。手を出さぬように気をつけねば。
チイラを殴りたい気持ちを抑え、斬撃を避けることに集中する。すると、相手の表情にも徐々に余裕が無くなってきたのが分かる。
「くっ!これならどうでござる!」
チイラの斬撃が更に早くなり、刀を持っている手が見えなくなる。まあ、わしには丸見えなんじゃが、普通の奴には見えないと解釈してくれればよい。
チイラの顔から余裕が消えて随分経つが、斬撃がこれ以上早くなる様子はない。この速さがこやつの限界か。であれば次のステップじゃな。
≪LESSON2,こちらが格上だと相手に勘付かせよう≫
ここまではこちらから手を出さなかったが、ここからは手を出しても良くなる。ここでのポイントは相手を打ちのめすのではなく、少し弱めに手を出すこと。絶対に本気を出してはいけませんが、弱すぎてもいけません。絶妙な力加減をしましょう。
要は少し痛めつけるという事じゃな。この状況で殴ると強すぎるのう。となれば……デコピンでよいか。
わしは斬撃の隙を見計らい、相手のデコにデコピンを繰り出す。
「ぐわっ!」
デコピンを受けたチイラは斬撃を止め、デコを抑えてわしをにらみつける。
確か、相手が闘志を失っていない場合は成功じゃったか。上手くいったようじゃ。
「どうした?デコピン1発で終わりとはなんとも脆いんじゃのう?」
「なめるな!」
わしの挑発を聞いたチイラが再び斬撃を繰り出してくる。
この動作を3,4回繰り返して、その度にチイラを挑発する。チイラは顔を真っ赤にしてわしに切りかかる。
ここまで来たら次の段階じゃな。
≪LESSON3,相手の全力を受け止めよう≫
相手があなたとの力の差を感じながらも向かってくるのは、決定打があれば勝てるという希望があるからです。あなたが相手の全力を正面から受け止める事で相手の希望を粉々にしましょう。ここで重要なのは、相手の全力を受けた際にリアクションしないことです。万が一、相手にこのまま行けば勝てると思われた場合は心を折ることが出来ませんので注意してください。
つまりは、チイラの攻撃を受けろということじゃ。今まで一番簡単じゃな。
わしは斬撃の隙をついてチイラと距離をとる。急に距離を取ったわしを不審に思ったのか、チイラが訝しげな表情でわしを見てくる。
「どういうつもりでござるか?」
「思ったんじゃよ。お主の攻撃を避けてばっかりで可哀そうじゃから、一撃サービスしてやろうかとのう」
「拙者を愚弄する気か!」
「愚弄も何も当たっとらんじゃろ。そのまま行けばわしが勝つがそのままでは面白くないじゃろ?」
わしはそう言って両手を広げる。その態度にカチンと来たのか、チイラが鞘に刀を仕舞い居合の構えを取る。
「後悔しても知らぬぞ?」
「御託はいいからさっさと来るんじゃ」
「……参る!」
次の瞬間、チイラの姿が消えて、わしの首元へと切り込む。
「はあ!」
気合を入れてわしの首へ切りかかり、勝ちを確信するチイラ。じゃが、
「それで全力か?」
「な!?」
薄皮一枚とて切れていないわしを見てチイラが言葉を失う。
わしは刀を掴んで力づくで首から離すと、チイラの腹を強めに蹴り込む。
「がはっ!」
肺から空気を漏らして地べたに転がるチイラ。そんなチイラにわしはゆっくりと歩み寄る。
「サービスは終わりじゃ。戦いを再開するとするか」
「あ、ああ……」
チイラが尻もちをついて、わしから距離を取ろうと後ずさる。その顔には、さっきまでの闘志はみじんも無くなっていた。
「う、うわあああああ!」
チイラは立ち上がると、わしに背を向けて逃げ出した。本来であればこれで終わりなんじゃが、今回はもう少し手を加える。
≪LESSON4,相手から逃げる気力をなくそう≫
前のLESSONでも十分ではないという人のための最終LESSONです。前のLESSONで十分な人は本を閉じましょう。前のLESSONでも足りない人は引き続き本文を読んでください。
相手の心が折れて逃げてしまう事があります。ですが、隙あらば逃げてしまうとなると、相手を確保したい人は困ってしまいますよね?
そんな時には相手を全力で追いましょう。ここで重要なのが捕まえない事。相手が諦めるまで全力で追いましょう。こうすることで、相手に逃げることすら無駄であると悟らせます。また、一度相手の視界から姿を消して進行方向から現れると相手の無力感を増幅させられます。恐怖から相手への尋問もやりやすくなりますので良い事づくめですね♪
つまりは相手が諦めるまで追いかければいい訳じゃな。
「鬼ごっこを再開するかのう。ただし、今度の鬼はわしじゃがな」
逃げるチイラの背中を見ながらわしはニヤリと笑う。
こうして、真夜中の鬼ごっこが幕を開けたのじゃった。
自分の方が相手より何倍も強いのに相手の心が折れず何回も挑んでくる、断ったのに相手がしつこくて困っている、そういう事ありますよね?そんな時にはこの本がおすすめです。この本には100を超える相手の心を上手に折る方法が記載されています。「相手との付き合いはやめたくない場合」や、「相手を再起不能にさせたい場合」といったように様々なシチュエーションをご用意しております。この本を買った人からは「定期テストでライバル視されてうざかったけどこの本を読んで相手の心を折れました」や「しつこく付き合ってと迫られていた人と縁を切れました」と大好評!お買い求めは近くのキムラ・ホウリまで!─────Maoupediaより抜粋
☆ ☆ ☆ ☆
いつもの地下室、2人の男が更に険しい表情で向かい合っている。
「どうする、このまま行くと我々は負けてしまうぞ。そうなれば、私もお前も破滅だ」
「……まだです。まだ、我々には手が残されています」
「貴様がその言葉を吐くのはこれで何度目だ?その結果がこのザマだ」
「おまかせください。我々には最終手段が残されています」
「最終兵器……奴か。何をする気だ?」
「はい、奴を使って……」
男はメガネを上げてニヤリと笑う。
「ホウリを消します」
☆ ☆ ☆ ☆
裁判で神の使いの存在が証明された日の夜、私たちは憲兵所へと帰るために歩いていた。手にはアイテムボックスに入り切らなかった資料を持っている。前が見にくくてしょうがない。
人通りがない道を月明かりが照している中、私は資料を抱えながらホウリさんに文句を言う。
「もう勝ちは決まっていると思うんですけど、こんなに資料いります?」
「勝ちが決まるまでは全力を尽くす。じゃないと相手から予想外の一撃が来るからな」
「ここから打てる手があるんですか?」
「あるな。だから油断出来ないんだよ」
ここから逆転できる手があるなんて信じられない。けど、ホウリさんがそう言うのならばあるんだろう。
相手を埋めるまでが裁判というのは、終わったと思っても油断するなという事なんだろう。
「明日はどういう攻め方をするんですか?」
「相手の攻めを潰していくのが主だ。その分、資料を読み込んで何が来ても対応できるようにしないとな」
「分かりました」
今日は検察室に泊まり込みかな。そう思って憲兵所まで足を進めていると、突然足が止まった。どれだけ動かそうとしても足が石になったように動かない。
「あれホウリさん、急に足が動かなく……」
自身の異常をホウリさんに報告しようとした瞬間、持っていた資料が勝手に地面に落下した。思わず資料を拾おうとしてもう一つの異常に気が付く。体が……震えている?
「ほ、ホウリさ……」
ホウリさんに助けを求めようとしても、体が震えて上手く話すことができない。呼吸も上手く出来なくなってきた。
「……ヒュー、ヒュー」
私が何も出来ずにいると道の奥から、誰かが歩いてきた。
「見つけたぞ、お前がキムラ・ホウリでござるな?」
月明かりに照らされて和服を着て髪を結った男が歩いてきた。腰には刀を差して───
「う!?おえぇぇぇ」
男が私たちに近づいてきた瞬間、私の胃の中の物が全て道にぶちまけられた。私はその瞬間に全てを理解した。体の震え、呼吸不全、猛烈な吐き気、全てこの男による殺気によるものだ。
理解した瞬間、体をさらなる恐怖が包まれた。私たちはここで死ぬ、そう思うと立つことすら出来ずに地面へへたり込んでしまう。
「あ、ああ……」
逃げるという行動すら起こせず、視線が男へと釘付けになる。男は私へと視線を向けると顎に手を当てて考える素振りをする。
「そこの女は……中々いい器でござるな。中身もとてもよい。脅威になる者は全て消すように言われているし、念のため消しておくでござるか」
「させると思うか?」
私と男の間にホウリさんが割って入る。ホウリさんの手には木刀が握られていて、戦う気みたいだ。
その様子を見た男がホウリさんを鼻で笑う。
「ほう?拙者に勝てると思っておるのか?」
「勝てるとは思ってない……ぜ!」
ホウリさんが隠し持っていた何かを男へ投げる。すると、玉は強烈な光を放ち夜道を照らし出す。閃光で目が眩みいまどういう状況か全く分からない状況の中、誰かに体が持ち上げられた。
「逃げるぞ、しっかり捕まってろ」
「は、はい」
私の体を持っているのはホウリさんみたいだ。いつもなら「セクハラだ!」とか軽口をたたく所だが、今はそんな余裕がない。言われた通り、しっかりとホウリさんに抱き着く。
瞬間、体を強烈な浮遊感が襲う。目が見えないから何が起こっているか分からないけど、ホウリさん飛んでない?
目がだんだん見えるようになってきて周りの状況を確認する。
まず、私はホウリさんに抱えられている。そのホウリさんは私を左手で抱えつつ、右手からワイヤーのような何かを出して家の間を飛び回っていた。
「……ってええ!?飛んでる!?」
「ワイヤーで高速移動しているだけだ」
「『だけ』じゃないですよ!?」
さも当然のように飛ぶことを日常化しないでほしい。一部のスキル以外で空を飛べるなんて思っても見なかった。
「でもこんな早く移動していたら流石に振り切れますよね?」
「それはどうかな?」
「へ?」
ホウリさんの言葉で嫌な予感になった私は後ろを振り返ってみる。
そこには建物の隙間を跳躍しながら高速で近づいてる男の姿があった。
「なんですかあいつ!?」
「剣神であるチイラ・スクリームだ。前の闘技大会の優勝者でもある」
「そんな人が何で私たちを狙っているんですか!?」
「サンドの奴らの差し金に決まってるだろ」
「これからどうするんですか?」
「助けが呼べる所まで逃げ続ける」
あまり前向きとは言えないけど、ホウリさんの作戦は正しいと言える。あの相手に勝てるとは思えない。
「どこまで行くんですか?」
「俺の拠点の近くだ。フランさえいれば勝ち確定なんだが、それまで持つか……マズいな」
ホウリさんは急に地面に降り立った。
「何やってるんですか!?敵が来ちゃいますよ!?」
「MP切れだ。これ以上は移動できない」
私を降ろして木刀を構えるホウリさん。その背中は何かを決意した悲壮感を感じた。
「ダメ……このままだとホウリさんが……」
「断っておくが、俺は死ぬつもりはない。俺が時間を稼ぐからラビは逃げろ」
「そんな!ホウリさんを置いてなんて!」
「いいから行け!!!」
屋根の上からチイラが飛んできて、ホウリさんの前に着地する。
「ふむ、もう観念したでござるか?」
「ほざけ。お前相手に逃げる必要がなくなっただけだ」
「口だけは達者でござるな。いや、その中身も達者でござったか」
逃げるべきか迷っていると、チイラの言葉が言葉が引っかかる。さっきも私に向かって器とか中身とか言っていた。一体どういう意味なんだろう。
私には何のことか分からなかったが、ホウリさんは意味が分かったのか、渋い表情で口を開いた。
「お前、他人の技量と魂が見えるな?」
「ほう?その答えにたどり着いたのは貴様が初めてだ」
「魂に関してはエキスパートでね」
「であれば貴様に一つ聞きたいことがあるでござる」
「見逃してくれれば教えてもいいぜ?」
「貴様の魂は今までに見たことがない程に極上の物。しかし、貴様の肉体は並み程度。ボロの器に極上の酒が注がれているような違和感がある。貴様は何者でござるか?」
「さあな。そんなの俺が聞きたい」
「答えるつもりはないという事でござるな。ならば仕方がない」
チイラが刀を抜いてホウリさんに突き付ける。
「貴様にはここで死んでもらう」
「やってみろ」
チイラが目にも止まらぬ速さでホウリさんに近づき刀を振るう。ホウリさんも火花を散らせながら、負けじと木刀で刀を受け止めた。
鍔迫り合いをしながらチイラがニヤリと笑う。
「拙者の一撃を受け止めたのは久しぶりだ!貧相な肉体でよくやった!」
「はっ、バカ言うな」
チイラの言葉を受けてホウリさんが力なく笑う。
「一撃じゃなくて二撃だろうが」
瞬間、ホウリさんはお腹から赤黒い液体が噴き出し、後ろにゆっくりと倒れていった。
「ホウリさん!」
思わずホウリさんに駆け寄ろうとした私だったが、チイラの一睨みですぐに立ちすくんでしまった。
チイラが倒れたホウリさんの上に立ち、刀を振り上げる。刀の刃が月明かりに照らされ、こびり付いている血を露わにする
「まだ息はあるでござるな。念のため、止めを刺しておくでござるか」
「だ、ダメ……」
殺気に気圧されながらもなんとかチイラを止めようとする。だが、足が思ったように動かずホウリさんへ近づく事は叶わない。いや、仮に近づけたとしても私も一緒に切られて死んじゃうと思う。
けど、何もしないという事は絶対にしたくない!
「ホウリ……さん」
「終わりでござる」
鮮血に染まる刃が無情にもホウリさんに振り下ろされる。瞬間、
「……誰だ!?」
音もなく矢がチイラへ飛んでくる。チイラは矢を切り伏せながら後ろに飛び退く。
何が起こったのか分からずにいると、いつの間にか矢が刺さっていた所に弓を持って口元を布で覆っている男の人が立っていた。
男の人は弓を引き絞って狙いを付ける。
「それ以上、ホウリさんには近づかないでください」
「貴様はロワ・タタンか。良いぞ、一度手合わせしたいと思っていた所だ」
チイラが嬉しそうに刀を振りかぶり、ロワという男の人に切りかかる。だが、その斬撃は見えない何かに阻まれてロワさんに届く前に弾かれた。
目を丸くして刀を見つめるチイラをよそに、ロワさんはホウリさんを抱えて私の所に走ってきました。
「逃げますよ」
「は、はい!」
色々と起こり過ぎてパニックになっているが、逃げた方がいい事だけは分かったから全力で路地を進む。
「こっちです!」
「はい!」
ロワさんに先導されて路地を進む。すると、後ろからガラスが割れる音が鳴り響いた。
その音を聞いたロワさんに焦りの表情が見えた。
「もう突破されましたか。今ある結界で一番硬いものだったんですけどね……」
「どういうことですか?」
「説明は後です。今は逃げることに集中してください。……って、もう追いつかれましたか」
後ろを振り向くと、チイラが凄い勢いで追ってきていた。
「さっきの奴出来ないんですか!?」
「さっきの矢は貴重なのでもうないです!」
ロワさんが苦し紛れに矢を数発放ちますが、全てチイラに切り捨てられる。このままじゃ追いつかれる!
「鬼ごっこは終わりでござる!」
「くっ!こうなったら……」
ロワさんが立ち止まってホウリさんを降ろして、青く輝く矢を取り出す。それを見たチイラがニヤリと笑って立ち止まる。
「その矢は貴様の全力でござるな?よいでござろう。受けてたとう」
チイラが刀を鞘に戻して居合の構えを取る。それを見たロワさんは慌てずに弓を引き絞る月明かりに照らされて幻想的に輝く矢が輝きを増していく。
静寂に包まれ矢の光がどんどんと増していく中で、2人の中の緊張感も膨らみ続ける。
「……は!」
静寂を破るようにロワさんが光の矢を放つ。
文字通り、青い光になった矢がチイラへと迫る。
「……参る!」
チイラは眼前へと迫った矢に、鞘から刀を抜いて向かい打つ。
青色の火花を散らせながら矢は切断され、チイラの脇に矢の残骸が転がる。
「これでもダメですか……」
「こんな物か。期待外れだ」
焦りの表情を見せるロワさんをチイラがにらみつける。
「興が冷めた。もう終わらせるとしよう」
チイラが腰を落とし、ものすごいスピードで向かってくる。
今度こそ切られる!そう思い私は思わず目を瞑る。しかし、いつまで経っても斬撃はやってこない。
恐る恐る目を開けてみると、盾を持った女の人がチイラの斬撃を防いていた。
ロワさんはその女の人を見ると安心した表情になる。
「ミエルさん、間に合ったんですね」
「ああ、遅れてすまなかった」
ミエルと呼ばれた女の人はミエルを押し返して、私たちをかばうように前に出る。
「状況は?」
「ホウリさんが損傷しました。まだ息はありますが、命に関わる傷です」
「ヒールシュートで応急処置は?」
「内臓にまで傷が及んでいるので効果は無いです」
「そうか」
ロワさんの話を聞く限り、ホウリさんはかなり危険なようだ。早く神殿で治療しないと!
「神殿はここからかなり遠いです!早く行きましょう!」
「いえ、神殿まで行くと間に合わない可能性があるので、僕らの拠点まで向かいます」
「行かせると思うでござるか?」
私たちの会話に刀を構えたチイラが割り込んでくる。正直、あの速さから逃げ切れるとは思えない。ミエルさんだったら攻撃はある程度防げるかもしれないけど、脇を抜けられたら終わりだ。絶体絶命であることに変わりはない。
だが、ミエルさんは盾での構えを解き、チイラから背を向ける。
「そんなに切羽詰まっているならば急ごう。ホウリをここで死なせる訳にはいかない」
「でも、チイラが……」
「心配いらない」
ミエルさんは確信しているような力強い表情で答える。
「後はフランに任せよう」
瞬間、周りの空気が一気に変わったのを肌で感じた。何が変わったかと問われたら答えにくいが、体が引き締まるようなそんな空気へと変わった。
すると、空から音もなく一人の赤毛の女の子が降ってきた。それを見たロワさんの表情が焦りから喜びへと変わる。
「フランさん!」
「急げ、今少しだけ治療したが危険な状態に変わりはない」
「分かりました!僕たちは行きましょう!」
ロワさんがホウリさんを担ぎ直して路地を走っていく。私とミエルさんもロワさんの後を追う。
死なないで、ホウリさん!
☆ ☆ ☆ ☆
3人が行くのを見送り、目の前の剣士と対峙する。セイントヒールでホウリを少し治療したが、あれほどの傷になると、わしでも治療に専念する必要がある。あれ以上はノエルに任せるとしよう。
「さて、始めるとするか」
「そうでござるな。貴様ならば長く楽しめそうでござる」
品定めをするようにわしを見てくるチイラ。どうやらホウリから聞いていた通り、戦闘を楽しむタイプのようじゃ。わしに少し似ておるのう。
「さて、貴様の魂は……ん?」
わしを見ていたチイラが首を傾げる。
「魂が見えない?貴様何者だ?」
「さあのう、わしに勝ったら教えてもよいぞ?」
「ならば仕方ない」
チイラが鞘に刀を戻して居合の構えをする。
「力づくで聞くとしよう!」
瞬間、高速移動により距離を一気に詰めてわしに切りかかる。じゃが、
「甘いわ!」
わしは刀を紙一重でかわす。それを見たチイラが嬉しそうに笑う。
「拙者の一撃をかわすか!そんな奴は始めてでござる!」
「は!一瞬で5回切っといて一撃とは笑わせるわ!」
チイラは鞘から刀を抜き目にも止まらぬ速さで5回の斬撃を繰り出しておった。並みの奴では見る事すら出来ぬじゃろう。わしには遅すぎるがな。
斬撃を回避されたチイラはむしろ嬉しそうになり、剣を振るい続ける。
「はっはっは!こんなに楽しいのは初めてだ!」
「それは良かったのう」
「これもかわすか!ならばこれならどうだ!」
回避のみに専念しておると、斬撃が更に早くなった。さっきの斬撃は本気でなかったか。じゃが、見切れぬほどではない。
斬撃をかわしながら、わしはホウリからもらった『相手の心を上手に折る方法』の内容を思い出す。
≪相手が自分を格上だと思って手を抜いている場合の心の折り方 LESSON1,相手に全力を出させてみよう≫
まずは相手に全力を出させましょう。ここでポイントなのが、相手に決定打があれば勝てそうと思わせる事。ここでNGなのが、こちらが本気を出して勝ちに行く事。あくまで相手に本気を出ださせた上で状況を硬直させる必要があります。
今回の場合じゃと、斬撃をよけ続けることは良いが攻撃をして相手に勝つのはダメじゃな。手を出さぬように気をつけねば。
チイラを殴りたい気持ちを抑え、斬撃を避けることに集中する。すると、相手の表情にも徐々に余裕が無くなってきたのが分かる。
「くっ!これならどうでござる!」
チイラの斬撃が更に早くなり、刀を持っている手が見えなくなる。まあ、わしには丸見えなんじゃが、普通の奴には見えないと解釈してくれればよい。
チイラの顔から余裕が消えて随分経つが、斬撃がこれ以上早くなる様子はない。この速さがこやつの限界か。であれば次のステップじゃな。
≪LESSON2,こちらが格上だと相手に勘付かせよう≫
ここまではこちらから手を出さなかったが、ここからは手を出しても良くなる。ここでのポイントは相手を打ちのめすのではなく、少し弱めに手を出すこと。絶対に本気を出してはいけませんが、弱すぎてもいけません。絶妙な力加減をしましょう。
要は少し痛めつけるという事じゃな。この状況で殴ると強すぎるのう。となれば……デコピンでよいか。
わしは斬撃の隙を見計らい、相手のデコにデコピンを繰り出す。
「ぐわっ!」
デコピンを受けたチイラは斬撃を止め、デコを抑えてわしをにらみつける。
確か、相手が闘志を失っていない場合は成功じゃったか。上手くいったようじゃ。
「どうした?デコピン1発で終わりとはなんとも脆いんじゃのう?」
「なめるな!」
わしの挑発を聞いたチイラが再び斬撃を繰り出してくる。
この動作を3,4回繰り返して、その度にチイラを挑発する。チイラは顔を真っ赤にしてわしに切りかかる。
ここまで来たら次の段階じゃな。
≪LESSON3,相手の全力を受け止めよう≫
相手があなたとの力の差を感じながらも向かってくるのは、決定打があれば勝てるという希望があるからです。あなたが相手の全力を正面から受け止める事で相手の希望を粉々にしましょう。ここで重要なのは、相手の全力を受けた際にリアクションしないことです。万が一、相手にこのまま行けば勝てると思われた場合は心を折ることが出来ませんので注意してください。
つまりは、チイラの攻撃を受けろということじゃ。今まで一番簡単じゃな。
わしは斬撃の隙をついてチイラと距離をとる。急に距離を取ったわしを不審に思ったのか、チイラが訝しげな表情でわしを見てくる。
「どういうつもりでござるか?」
「思ったんじゃよ。お主の攻撃を避けてばっかりで可哀そうじゃから、一撃サービスしてやろうかとのう」
「拙者を愚弄する気か!」
「愚弄も何も当たっとらんじゃろ。そのまま行けばわしが勝つがそのままでは面白くないじゃろ?」
わしはそう言って両手を広げる。その態度にカチンと来たのか、チイラが鞘に刀を仕舞い居合の構えを取る。
「後悔しても知らぬぞ?」
「御託はいいからさっさと来るんじゃ」
「……参る!」
次の瞬間、チイラの姿が消えて、わしの首元へと切り込む。
「はあ!」
気合を入れてわしの首へ切りかかり、勝ちを確信するチイラ。じゃが、
「それで全力か?」
「な!?」
薄皮一枚とて切れていないわしを見てチイラが言葉を失う。
わしは刀を掴んで力づくで首から離すと、チイラの腹を強めに蹴り込む。
「がはっ!」
肺から空気を漏らして地べたに転がるチイラ。そんなチイラにわしはゆっくりと歩み寄る。
「サービスは終わりじゃ。戦いを再開するとするか」
「あ、ああ……」
チイラが尻もちをついて、わしから距離を取ろうと後ずさる。その顔には、さっきまでの闘志はみじんも無くなっていた。
「う、うわあああああ!」
チイラは立ち上がると、わしに背を向けて逃げ出した。本来であればこれで終わりなんじゃが、今回はもう少し手を加える。
≪LESSON4,相手から逃げる気力をなくそう≫
前のLESSONでも十分ではないという人のための最終LESSONです。前のLESSONで十分な人は本を閉じましょう。前のLESSONでも足りない人は引き続き本文を読んでください。
相手の心が折れて逃げてしまう事があります。ですが、隙あらば逃げてしまうとなると、相手を確保したい人は困ってしまいますよね?
そんな時には相手を全力で追いましょう。ここで重要なのが捕まえない事。相手が諦めるまで全力で追いましょう。こうすることで、相手に逃げることすら無駄であると悟らせます。また、一度相手の視界から姿を消して進行方向から現れると相手の無力感を増幅させられます。恐怖から相手への尋問もやりやすくなりますので良い事づくめですね♪
つまりは相手が諦めるまで追いかければいい訳じゃな。
「鬼ごっこを再開するかのう。ただし、今度の鬼はわしじゃがな」
逃げるチイラの背中を見ながらわしはニヤリと笑う。
こうして、真夜中の鬼ごっこが幕を開けたのじゃった。
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