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外伝 楽しかった出来事を消し去るように
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クリスマス、それは恋人たちがイチャイチャしたり、友人たちと心の傷を癒したり、誰もが浮足立つ日だ。私の周りでも雰囲気に充てられているのか、カップルが多く誕生していた。
かくいう私は検察の仕事が休みなので、ちょっと良いご飯でも食べようと計画していた。
そしてクリスマス当日、私は……
「ここどこぉぉぉぉ!!」
ホウリさんとフランさんと一緒に崖を登っていた。
どうしてこうなったのか、それは数分前にさかのぼる。
☆ ☆ ☆ ☆
「お手伝いですか?」
「ああ、ちょっと冒険者ギルドから依頼があってな。少しだけ街の外で調査しないといけないんだ。ワープも許可されてるほどに緊急の要件なんだが、手伝ってくれないか?」
朝、街の中でばったりと会ったホウリさんにそんな事を言われた。これから夜ご飯の食材を買おうと思っていた所なんだけどなぁ。
「もしかして、これから予定があるのか?」
「彼氏とイチャコラするのか?」
「か、彼氏なんていませんよ!」
「彼氏は置いといて、時間が無いなら別にいいぞ。無理は良くないからな」
「別に予定はないから大丈夫ですけど……、なんで私なんですか?」
「冒険者ギルドの依頼だぞ?戦闘力が高い奴が必要なんだよ」
「だから私ですか」
ホウリさん曰く、私は王都で2番目に強いらしいし声を掛けるのは当然か。
「じゃあ……ちょっとだけなら手伝いますよ」
「ありがとな。お礼に欲しい物でもやろうか?」
「いいんですか?」
「ああ、何が良い?世界の半分でもやろうか?」
「そんなのいりませんよ。買おうと思っていた食材でも奢ってください」
「了解。じゃあ行くか」
そう言ってホウリさんが私の手を握る。いきなりな気もするけど、そんなに時間がないのかな?
「分かりましたよ。それで、どこに行くんですか?」
「ちょっと崖にな」
「へー、崖ですか。……ん?崖?」
ホウリさんの言葉に疑問を抱く前に、フランさんが持っている青いクリスタルが光り出し、私たちは包まれる。
瞬間、私は崖を掴んでいた。
☆ ☆ ☆ ☆
うん、思い返しても意味が分からない。崖を登るお二人を見ながら私はため息を吐く。詳細を聞かずに引き受けた私にも責任はあるのかな?
「すみませーん!そろそろ説明をしてくれませんかー!」
「この崖の上にとある生き物がいる。そいつの調査を頼まれたんだ」
「ある生き物?」
「牛だよ」
「牛?」
なんで牛の為に崖を登っているんだろう?でも、ホウリさんの事だし、ただの牛じゃないんだろうな。
「だったら崖の上に直接ワープすれば良いじゃないですか。フランさんが持っていた物ってワープクリスタルですよね?わざわざ崖を登る必要あります?」
「かなり気難しい生物でな。この辺りの匂いをしみ込ませないと面倒になるんだよ」
「そんな物ですか。というか、戦闘力が必要ならフランさんだけで十分じゃないですか?」
「訳あって人数が3人じゃないといけないんだよ」
「そうなんですね?」
どんな訳か聞こうとした時、ホウリさんが言葉を続けた。
「あ、それと……」
ホウリさんが私を見下しながら話す。
「下は絶対に見るなよ」
「え?」
ホウリさんの言葉で私は思わず下を見てしまう。
そこには目測200㎜下に広がる森が地平線の彼方まで広がっていた。
「ひっ……」
恐怖で思わず手から力を抜きそうになる。しかし、何とか気を持ち直して再び手に力を籠める。
「あ、危なかった……」
「今のラビなら落ちても無傷じゃぞ。安心して登るがよい」
「そういう問題じゃないですよ!?」
「いや、落ちたら登るのも手間だ。絶対に落ちるなよ」
「そんなこと言われても、崖登りなんて初めてですし……」
「登れるだけのフィジカルはあるんだ。あとは気合だけだ」
「ファイトじゃぞ!」
「ファイトじゃないですよ!?」
するすると登っていくお二人を必死に追いかける。高所だからか、強い風が私の体を突き刺す。真冬という事もあり風がかなり冷たい。このままでは風邪を引いてしまいそうだ。
というか、崖登りをするなんて聞いてなかったからスカートなんだけど?風で思いっきりめくれてるんですけど?下に人がいない事が唯一の幸いだ。後で文句言ってやろう。
不安をいったん押し殺して、私は黙って崖を登る。
10分ほど登り崖の頂上を掴む。
「いよ……っと」
「お疲れさん」
「どうも」
先に頂上にたどり着いたホウリさんが手を差し伸べてくれる。私が手を取ると、ホウリさんが引き上げてくれる。
崖の上は更に先へと続いている森だった。直感的に危険な所であると感じた私は思わず身震いする。
「こ、ここどこですか……」
「『キュール』という未開の地だ。生息する魔物も群を抜いて強いぞ」
「A級パーティーでもかなり手こずるじゃろうな」
「そんな所に生息してる牛って……」
私が言いかけた時、森の方からガサガサと何かが草をかき分ける音がした。
思わず身構えると、森の奥から出てきたのは真っ赤で大きな牛3頭だった。角は普通の牛よりも二回りほど大きい。
牛は私たちを見ると、前足を擦りつけながら睨んできた。
「あれが目的の牛ですか?」
「そうだ。名前はレッドカウ。魔物ではないが普通の魔物の数十倍は強いぞ」
「しかも気性が荒い。構えるんじゃ、襲ってくるぞ」
フランさんの言葉通りレッドカウは私達を襲う気満々みたいだ。
「調査なんですよね?戦っていいんですか?」
「殺さなければ問題無いぞ。ラビなら峰打ちの影響で殺す心配はないし、好きに戦っていいぞ」
「わかりました」
そういう事なら全力でやっても問題ないだろう。私は付けていたステータスを押える腕輪を外す。
それと同時にレッドカウが唸りながら突進してきた。
「ブルルルルル!」
「来い!」
私はレッドカウの角を掴んで踏ん張る。靴底と地面がこすれ、熱で白い煙が上がる。ああ、買ったばっかりの靴だったのに……。
今更力を弱める訳にもいかず力を籠め続けると、数メートル移動した所でレッドカウは完全に止まった。
「ブルルルルル……」
レッドカウは完全に止まっても顔を振って鬱陶しそうにする。私も負けじと力をこめて、レッドカウの動きを完全に止める。
「……この後どうしよう?」
このままだと拮抗したままで埒が明かない。片手だけ離してパンチする?でも、話した瞬間に暴れるかもしれないし、咄嗟だと殴り飛ばしたレッドカウがホウリさんやフランさんの方に行くかもしれない。倒しきれるかもわからないし、手負いになって更に狂暴になるかもしれない。
あれ?詰んだ?
とりあえず、殴るとしても周りを確認してからの方がいいだろう。まずはフランさんを見てみよう。
「ほう?まだ頑張るのう?」
フランさんはチェーンロックでレッドカウを縛り付けて動きを封じていた。胴や足がチェーンロックでぎゅうぎゅうに締め付けられていて見るからに苦しそうだ。
けど、問題はそこじゃない。
「どうした?もっと力を籠めんとチェーンロックは破れんぞ?」
「ブルルルルァ!」
フランさんが地面に座り込んでレッドカウを嘲笑って挑発していた。
フランさんの言葉は分かっているのか、レッドカウの目が血走り始める。そんなレッドカウをフランさんは更に煽り始める。
「ほう?お主はこんな鎖程度も破れんのか?なんなら本数を減らしてやろうか?」
「ブルルルルルルルルァアァァァ!」
フランさんが指を鳴らすとチェーンロックが数本消滅する。
息を荒くしてレッドブルがフランさんに突進しようと藻掻くが、相変わらず何も出来ない。
「本数を減らしたんじゃがな?これでも満足に動けんのか?ならば仕方あるまい、一本まで減らしてやろう」
再び指を鳴らすとチェーンロックが胴体に巻き付いている1本を残して消え去った。
レッドカウは好機とみたのか、さっきよりも足に力をこめる。
「ブルルルルルルルルルルルァァァァァアァァァ!」
赤い顔が更に赤くなるほどに力を籠める。だが、チェーンロックは破壊されるどころかヒビが入る気配すらない。
レッドブルはしばらく奮闘していたが、無駄だと悟ったのか足から力を抜いて項垂れた。すると、レッドカウの体が徐々に白くなっていった。
「あれ?なんで?」
「こやつらは圧倒的な力の差を見せつけると白くなって大人しくなるんじゃ」
「そうだったんですか」
「そんな事より、そやつをどうにかせんかい」
「動けそうにないので、フランさんが攻撃してくれません?」
「そうしたいのは山々なんじゃが、なぜか一人で1体ずつ相手にせんといけんらしくてな。わしが横やりを入れることは出来んのじゃ」
「そんな……」
だったらどうすればいいの?
「そんなに悲観せんでもよいじゃろ。お主であれば膝蹴り1発ですぐに決着じゃ」
「で、でも、レッドカウってかなり強いんですよね?それだけ倒せるんですか?」
「お主、まだ自分の強さを分かっておらんのか?本来であれば角を掴んで抑える必要すらないんじゃぞ?」
「そうなんですか?」
「そうじゃ。勇気を出して手を離してみい」
「わ、わかりました」
意を決して角から手を離して後ろに大きく飛ぶ。解放されたレッドカウは迷いなく私に向かって突進してくる。
タイミングを合わせて蹴るか、この速度ならいける。
「セイヤァ!」
タイミングを見計らってハイキックをレッドカウの顔面に叩き込む。
レッドカウはきりもみ回転をしながら森の中まで吹き飛んでいった。まだ勝負はついていないはずだ。油断はしない。
私が油断なく構えていると、フランさんが優しく肩をたたいてきた。
「戦闘終了じゃ」
「え?これで?」
「信じられんか?ならば待っておれ」
フランさんはレッドカウが飛んで行った森の中へと入る。そして、顔が大きく腫れて気絶したレッドカウを引きずってきた。
「残りHP1。峰打ちが無ければ即死じゃったな。わしが治療しておくからな」
「え?私ってそんなに強いんですか?」
「そうじゃぞ。間違っても腕輪無しで人を殴るでないぞ?死なないのは、場合によっては地獄じゃからな?」
「き、肝に銘じて置きます」
フランさんがレッドカウをスキルで治療する。すると、レッドカウは目を覚まして立ち上がる。そして、私を見ると一瞬で体を白くした。とりあえずは、これでオッケーかな。
フランさんの言葉を受け、私は腕輪を付けなおす。ホウリさんにもっと強力な腕輪を頼んでみようかな?
「そういえばホウリさんは?」
「ホウリならあそこじゃ」
フランさんが指さす方へ視線を向けると、ホウリさんがレッドカウの背中に乗って楽しそうにしていた。
「ひゃっほおおおおお!」
「ブモオオオ!」
レッドカウはホウリさんを振り落とそうと暴れるが、ホウリさんは全く振り落とされる気配がない。
「何してるんですか?」
「ロデオじゃな。ああやってレッドカウの体力を削っておるんじゃろ」
「本当ですか?遊んでる訳じゃないですか?」
「当たり前じゃろ。ホウリはわしらみたいな驚異的なステータスは持ち合わせておらん。じゃから、ああやって相手を弱らせる必要があるんじゃ」
「カウボーイハットを取り出して被りましたけど?めちゃくちゃ笑顔なんですけど?本当に遊んでないんですか?」
「遊んでる訳ないじゃろ……多分」
フランさんも自信が無くなってきたのか、視線を下に向ける。
まあ、全く関係ない訳じゃないだろうし、私たちが手出し出来る訳でもない。ホウリさんの事だし何とかするだろう。
ホウリさんはロデオしながらも、レッドカウの体を撫でまわす。そういえば、これって調査なんだっけ。ちゃんと触診してるんですね。安心した。
ホウリさんが体を触りまくっている間もレッドカウは走ったり体をよじったりして暴れる。しかし、しばらくするとレッドカウの動きが鈍くなっていった。
活きも荒くなってるし、なんだか疲れてる?
「レッドカウって疲れやすいんですか?」
「そんなこと無いぞ。一晩中走れるくらいのスタミナはある」
「だったらなんであんなに疲れてるんでしょうね?」
「恐らく疲れやすくなる薬でも飲ませたんじゃろ。原液を飲ませればレッドカウにも効果はあるじゃろう」
「そんな薬があるんですか?」
「あるぞ。今までも闘技大会の決勝で使っておったわい」
「そうなんですか」
闘技大会の詳細は知らなかったけど、ホウリさんらしい戦い方だと思う。多分、他の戦闘も似たような手だったんだろうな。
そうこうしているしてるうちに、レッドカウは息を荒くしながら舌を出してへたり込んだ。負けを認めたのか体が白くなっていった。
「ふぅ」
小さく息を吐いたホウリさんはカウボーイハットを脱ぐ。
「お待たせ。終わったぞ」
「これで終わりですか?」
「そんな訳ないだろ。ここからが本番だ」
そう言ってホウリさんは銀色の大きな容器を3つ取り出しました。
「なんですかこれ?」
「ミルク缶だよ。知らないのか?」
「知ってますけど、なんでミルク缶を出したんですか?」
「牛を前にミルク缶を出したんだぞ?乳搾りするために決まってるだろ?」
「え?調査ってミルクも必要なんですか?」
「そんな訳ないだろ。ケーキを作るためのクリームに必要なんだよ」
その言葉を聞き自分の口が自然に開くのが分かった。呆れた、そんな事の為にこんな危険を冒すなんて。
「なにボサッとしてるんだ。ラビも乳搾りを手伝ってくれ」
「分かりましたよ」
ここまでキラキラした目で頼まれたら断る気持ちも失せる。私は素直に乳搾りを手伝う。早く終わらせて家でゴロゴロしよう。
☆ ☆ ☆ ☆
いっぱいになったミルク缶の蓋を閉めながら私は満足感に満たされる。
初めての乳搾りだったけど、中々うまく出来た。乳搾りって結構面白いんだね。
「ホウリさん、搾れましたよ」
「ありがとな。フラン仕舞っておいてくれ」
「了解じゃ」
3つのミルク缶がフランさんのアイテムボックスに仕舞われるのを見つつ、私は大きく伸びをする。
「やっと終わりましたね」
「実は街を出発して1時間もかかってないんじゃがな」
「そうなんですか?」
体感は3時間くらいたっていると思ったけど、崖登ったり牛と戦ったり乳搾りをしたりと濃い時間だったから仕方ない。
「じゃ、王都に帰りましょうか」
「何言ってんだ?まだ依頼は終わってないぞ?」
「へ?」
「考えてみろ、クリームだけでケーキが出来るか?」
「……もしかして、食材を全部調達する気ですか?」
「そういう事だ。分かったらさっさと次に行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「それは無理だな。さっさと行くぞ」
「いやああああ!?」
その後、私たちは3時間かけてケーキの材料を集めたのだった。
かくいう私は検察の仕事が休みなので、ちょっと良いご飯でも食べようと計画していた。
そしてクリスマス当日、私は……
「ここどこぉぉぉぉ!!」
ホウリさんとフランさんと一緒に崖を登っていた。
どうしてこうなったのか、それは数分前にさかのぼる。
☆ ☆ ☆ ☆
「お手伝いですか?」
「ああ、ちょっと冒険者ギルドから依頼があってな。少しだけ街の外で調査しないといけないんだ。ワープも許可されてるほどに緊急の要件なんだが、手伝ってくれないか?」
朝、街の中でばったりと会ったホウリさんにそんな事を言われた。これから夜ご飯の食材を買おうと思っていた所なんだけどなぁ。
「もしかして、これから予定があるのか?」
「彼氏とイチャコラするのか?」
「か、彼氏なんていませんよ!」
「彼氏は置いといて、時間が無いなら別にいいぞ。無理は良くないからな」
「別に予定はないから大丈夫ですけど……、なんで私なんですか?」
「冒険者ギルドの依頼だぞ?戦闘力が高い奴が必要なんだよ」
「だから私ですか」
ホウリさん曰く、私は王都で2番目に強いらしいし声を掛けるのは当然か。
「じゃあ……ちょっとだけなら手伝いますよ」
「ありがとな。お礼に欲しい物でもやろうか?」
「いいんですか?」
「ああ、何が良い?世界の半分でもやろうか?」
「そんなのいりませんよ。買おうと思っていた食材でも奢ってください」
「了解。じゃあ行くか」
そう言ってホウリさんが私の手を握る。いきなりな気もするけど、そんなに時間がないのかな?
「分かりましたよ。それで、どこに行くんですか?」
「ちょっと崖にな」
「へー、崖ですか。……ん?崖?」
ホウリさんの言葉に疑問を抱く前に、フランさんが持っている青いクリスタルが光り出し、私たちは包まれる。
瞬間、私は崖を掴んでいた。
☆ ☆ ☆ ☆
うん、思い返しても意味が分からない。崖を登るお二人を見ながら私はため息を吐く。詳細を聞かずに引き受けた私にも責任はあるのかな?
「すみませーん!そろそろ説明をしてくれませんかー!」
「この崖の上にとある生き物がいる。そいつの調査を頼まれたんだ」
「ある生き物?」
「牛だよ」
「牛?」
なんで牛の為に崖を登っているんだろう?でも、ホウリさんの事だし、ただの牛じゃないんだろうな。
「だったら崖の上に直接ワープすれば良いじゃないですか。フランさんが持っていた物ってワープクリスタルですよね?わざわざ崖を登る必要あります?」
「かなり気難しい生物でな。この辺りの匂いをしみ込ませないと面倒になるんだよ」
「そんな物ですか。というか、戦闘力が必要ならフランさんだけで十分じゃないですか?」
「訳あって人数が3人じゃないといけないんだよ」
「そうなんですね?」
どんな訳か聞こうとした時、ホウリさんが言葉を続けた。
「あ、それと……」
ホウリさんが私を見下しながら話す。
「下は絶対に見るなよ」
「え?」
ホウリさんの言葉で私は思わず下を見てしまう。
そこには目測200㎜下に広がる森が地平線の彼方まで広がっていた。
「ひっ……」
恐怖で思わず手から力を抜きそうになる。しかし、何とか気を持ち直して再び手に力を籠める。
「あ、危なかった……」
「今のラビなら落ちても無傷じゃぞ。安心して登るがよい」
「そういう問題じゃないですよ!?」
「いや、落ちたら登るのも手間だ。絶対に落ちるなよ」
「そんなこと言われても、崖登りなんて初めてですし……」
「登れるだけのフィジカルはあるんだ。あとは気合だけだ」
「ファイトじゃぞ!」
「ファイトじゃないですよ!?」
するすると登っていくお二人を必死に追いかける。高所だからか、強い風が私の体を突き刺す。真冬という事もあり風がかなり冷たい。このままでは風邪を引いてしまいそうだ。
というか、崖登りをするなんて聞いてなかったからスカートなんだけど?風で思いっきりめくれてるんですけど?下に人がいない事が唯一の幸いだ。後で文句言ってやろう。
不安をいったん押し殺して、私は黙って崖を登る。
10分ほど登り崖の頂上を掴む。
「いよ……っと」
「お疲れさん」
「どうも」
先に頂上にたどり着いたホウリさんが手を差し伸べてくれる。私が手を取ると、ホウリさんが引き上げてくれる。
崖の上は更に先へと続いている森だった。直感的に危険な所であると感じた私は思わず身震いする。
「こ、ここどこですか……」
「『キュール』という未開の地だ。生息する魔物も群を抜いて強いぞ」
「A級パーティーでもかなり手こずるじゃろうな」
「そんな所に生息してる牛って……」
私が言いかけた時、森の方からガサガサと何かが草をかき分ける音がした。
思わず身構えると、森の奥から出てきたのは真っ赤で大きな牛3頭だった。角は普通の牛よりも二回りほど大きい。
牛は私たちを見ると、前足を擦りつけながら睨んできた。
「あれが目的の牛ですか?」
「そうだ。名前はレッドカウ。魔物ではないが普通の魔物の数十倍は強いぞ」
「しかも気性が荒い。構えるんじゃ、襲ってくるぞ」
フランさんの言葉通りレッドカウは私達を襲う気満々みたいだ。
「調査なんですよね?戦っていいんですか?」
「殺さなければ問題無いぞ。ラビなら峰打ちの影響で殺す心配はないし、好きに戦っていいぞ」
「わかりました」
そういう事なら全力でやっても問題ないだろう。私は付けていたステータスを押える腕輪を外す。
それと同時にレッドカウが唸りながら突進してきた。
「ブルルルルル!」
「来い!」
私はレッドカウの角を掴んで踏ん張る。靴底と地面がこすれ、熱で白い煙が上がる。ああ、買ったばっかりの靴だったのに……。
今更力を弱める訳にもいかず力を籠め続けると、数メートル移動した所でレッドカウは完全に止まった。
「ブルルルルル……」
レッドカウは完全に止まっても顔を振って鬱陶しそうにする。私も負けじと力をこめて、レッドカウの動きを完全に止める。
「……この後どうしよう?」
このままだと拮抗したままで埒が明かない。片手だけ離してパンチする?でも、話した瞬間に暴れるかもしれないし、咄嗟だと殴り飛ばしたレッドカウがホウリさんやフランさんの方に行くかもしれない。倒しきれるかもわからないし、手負いになって更に狂暴になるかもしれない。
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けど、問題はそこじゃない。
「どうした?もっと力を籠めんとチェーンロックは破れんぞ?」
「ブルルルルァ!」
フランさんが地面に座り込んでレッドカウを嘲笑って挑発していた。
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「ほう?お主はこんな鎖程度も破れんのか?なんなら本数を減らしてやろうか?」
「ブルルルルルルルルァアァァァ!」
フランさんが指を鳴らすとチェーンロックが数本消滅する。
息を荒くしてレッドブルがフランさんに突進しようと藻掻くが、相変わらず何も出来ない。
「本数を減らしたんじゃがな?これでも満足に動けんのか?ならば仕方あるまい、一本まで減らしてやろう」
再び指を鳴らすとチェーンロックが胴体に巻き付いている1本を残して消え去った。
レッドカウは好機とみたのか、さっきよりも足に力をこめる。
「ブルルルルルルルルルルルァァァァァアァァァ!」
赤い顔が更に赤くなるほどに力を籠める。だが、チェーンロックは破壊されるどころかヒビが入る気配すらない。
レッドブルはしばらく奮闘していたが、無駄だと悟ったのか足から力を抜いて項垂れた。すると、レッドカウの体が徐々に白くなっていった。
「あれ?なんで?」
「こやつらは圧倒的な力の差を見せつけると白くなって大人しくなるんじゃ」
「そうだったんですか」
「そんな事より、そやつをどうにかせんかい」
「動けそうにないので、フランさんが攻撃してくれません?」
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「そんな……」
だったらどうすればいいの?
「そんなに悲観せんでもよいじゃろ。お主であれば膝蹴り1発ですぐに決着じゃ」
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「お主、まだ自分の強さを分かっておらんのか?本来であれば角を掴んで抑える必要すらないんじゃぞ?」
「そうなんですか?」
「そうじゃ。勇気を出して手を離してみい」
「わ、わかりました」
意を決して角から手を離して後ろに大きく飛ぶ。解放されたレッドカウは迷いなく私に向かって突進してくる。
タイミングを合わせて蹴るか、この速度ならいける。
「セイヤァ!」
タイミングを見計らってハイキックをレッドカウの顔面に叩き込む。
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「そういえばホウリさんは?」
「ホウリならあそこじゃ」
フランさんが指さす方へ視線を向けると、ホウリさんがレッドカウの背中に乗って楽しそうにしていた。
「ひゃっほおおおおお!」
「ブモオオオ!」
レッドカウはホウリさんを振り落とそうと暴れるが、ホウリさんは全く振り落とされる気配がない。
「何してるんですか?」
「ロデオじゃな。ああやってレッドカウの体力を削っておるんじゃろ」
「本当ですか?遊んでる訳じゃないですか?」
「当たり前じゃろ。ホウリはわしらみたいな驚異的なステータスは持ち合わせておらん。じゃから、ああやって相手を弱らせる必要があるんじゃ」
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「遊んでる訳ないじゃろ……多分」
フランさんも自信が無くなってきたのか、視線を下に向ける。
まあ、全く関係ない訳じゃないだろうし、私たちが手出し出来る訳でもない。ホウリさんの事だし何とかするだろう。
ホウリさんはロデオしながらも、レッドカウの体を撫でまわす。そういえば、これって調査なんだっけ。ちゃんと触診してるんですね。安心した。
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「そんなこと無いぞ。一晩中走れるくらいのスタミナはある」
「だったらなんであんなに疲れてるんでしょうね?」
「恐らく疲れやすくなる薬でも飲ませたんじゃろ。原液を飲ませればレッドカウにも効果はあるじゃろう」
「そんな薬があるんですか?」
「あるぞ。今までも闘技大会の決勝で使っておったわい」
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闘技大会の詳細は知らなかったけど、ホウリさんらしい戦い方だと思う。多分、他の戦闘も似たような手だったんだろうな。
そうこうしているしてるうちに、レッドカウは息を荒くしながら舌を出してへたり込んだ。負けを認めたのか体が白くなっていった。
「ふぅ」
小さく息を吐いたホウリさんはカウボーイハットを脱ぐ。
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「これで終わりですか?」
「そんな訳ないだろ。ここからが本番だ」
そう言ってホウリさんは銀色の大きな容器を3つ取り出しました。
「なんですかこれ?」
「ミルク缶だよ。知らないのか?」
「知ってますけど、なんでミルク缶を出したんですか?」
「牛を前にミルク缶を出したんだぞ?乳搾りするために決まってるだろ?」
「え?調査ってミルクも必要なんですか?」
「そんな訳ないだろ。ケーキを作るためのクリームに必要なんだよ」
その言葉を聞き自分の口が自然に開くのが分かった。呆れた、そんな事の為にこんな危険を冒すなんて。
「なにボサッとしてるんだ。ラビも乳搾りを手伝ってくれ」
「分かりましたよ」
ここまでキラキラした目で頼まれたら断る気持ちも失せる。私は素直に乳搾りを手伝う。早く終わらせて家でゴロゴロしよう。
☆ ☆ ☆ ☆
いっぱいになったミルク缶の蓋を閉めながら私は満足感に満たされる。
初めての乳搾りだったけど、中々うまく出来た。乳搾りって結構面白いんだね。
「ホウリさん、搾れましたよ」
「ありがとな。フラン仕舞っておいてくれ」
「了解じゃ」
3つのミルク缶がフランさんのアイテムボックスに仕舞われるのを見つつ、私は大きく伸びをする。
「やっと終わりましたね」
「実は街を出発して1時間もかかってないんじゃがな」
「そうなんですか?」
体感は3時間くらいたっていると思ったけど、崖登ったり牛と戦ったり乳搾りをしたりと濃い時間だったから仕方ない。
「じゃ、王都に帰りましょうか」
「何言ってんだ?まだ依頼は終わってないぞ?」
「へ?」
「考えてみろ、クリームだけでケーキが出来るか?」
「……もしかして、食材を全部調達する気ですか?」
「そういう事だ。分かったらさっさと次に行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「それは無理だな。さっさと行くぞ」
「いやああああ!?」
その後、私たちは3時間かけてケーキの材料を集めたのだった。
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シントが唯一使えたのは〝創造魔法〟といういままでまともに使えた試しのないもの。
それでも森の中でこのまま死ぬよりはまだいいだろうと考え魔法をかける。
すると新木は一気に生長し、天をつくほどの巨木にまで変化しそこから新木に宿っていたという聖霊まで姿を現した。
〝この地はあなたが創造した聖地。あなたがこの地を去らない限りこの地を必要とするもの以外は誰も踏み入れませんよ〟
そんな言葉から始まるシントののんびりとした生活。
同じように行き場を失った少女や幻獣や精霊、妖精たちなど様々な面々が集まり織りなすスローライフの幕開けです。
※この小説はカクヨム様でも連載しています。アルファポリス様とカクヨム様以外の場所では公開しておりません。
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カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
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