魔王から学ぶ魔王の倒し方

唯野bitter

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第二百六十九話 隣の芝生は青い

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 常に頂点に立たなくてはならない、小さいころからそう育てられた。
 それを不幸だとは思った事は無い。名門のワーズ家に生まれたからには当たり前だからだ。
 だから、私はその教えの通りに生きて来た。勉強やスポーツでは高学年の子にも勝ち、ワーズ家としての気品のある振舞いを忘れない。
 それが私の人生。それで何の問題も無い。


☆   ☆   ☆   ☆



 今日は小学校の入学式。主席で合格した私は入学式での入学する生徒代表で挨拶をすることになった。
 挨拶といっても、用意された文を読むだけ。形だけ保てばいい。
 けど、簡単だからと言って手を抜くつもりは無い。完璧にこなすだけだ。


「お嬢様、お時間でございます」


 部屋の外から爺やに呼ばれ、私は机の上に置いてある鞄を手に取る。鏡で軽く身なりを確認し部屋の扉を開ける。
 部屋の外には白髭を蓄えた妙齢の男が、スーツを着て恭しく礼をしていた。


「おはようございます」
「おはよう」


 この男はセムラ。小さいころからの私の世話係だ。他のメイドや執事にも掃除や洗濯とかの身の回りの世話を任せている。だが、給仕などの直接的な私の世話はセムラに任せている。
 別に仕事が出来るという訳ではない。ただ、仕事が丁寧なところを、私が気に入っているだけだ。
 朝食を軽く済ませ、車に乗り込む。


「それでは出発いたします」
「お願い」


 セムラが車を発進させる。セキュリティのためとは言え、学校までの短い距離を車で移動する必要があるのだろうか。
 お父様の言いつけだから従ってるけど、逆に時間が掛かる気がする。まあ、楽だし良いか。
 やる事も無いし、窓の外を眺めてみる。私と同じ制服を着た子が歩いて登校している。中には友達と談笑しながら歩いている子もいる。
 皆、笑顔だったり緊張していたり様々だ。そんな景色を見つめていると、ふとガラスに写っている自分の顔が目に入った。
 今まで見て来た誰よりもつまらなさそうな顔。そんな表情だった。
 私だけ未来への期待が無い。そんな場違いな雰囲気を感じる。


「…………それでいい」


 私はやるべきことをやるだけだ。未来への期待なんて持たなくていい。
 勝ち続けて頂点に立つ、それだけだ。友人も期待も必要ない。それでいい。
 そんな事を考えていると、あっと言う間に学園に到着した。やっぱり車は早い。
 セムラが停車させると、後部座席の扉を開けてくれた。


「いってらっしゃいませ」
「行ってきます」


 こうして私の学園生活は始まった。


☆   ☆   ☆   ☆


 学園生活は思った通り退屈なものだった。
 勉強は少し難しいけど、出来ないほどじゃない。スポーツだって私が一番だ。
 友達は作っていない。代わりにトウキとサイテンが取り巻きになった。私は仲良くするつもりは無いけど、媚びを撃っておきたいのか、気付いたらいつも隣にいる。
 授業で複数人と組む時に都合が良いから、そのままでも良いかと思ってる。


「フロラン様、次は体育ですよ」
「分かってるわよ」
「今日は戦闘訓練らしいですよ。フロラン様の得意分野ですね」
「体育の戦闘訓練なんてお遊びでしょ。私は実践派なの」
「流石はフロラン様」


 適当に相槌を打ちながら更衣室で着替え、校庭まで移動する。
 今日もいつも通りナマク先生が皆を1か所に集めて授業を進める。


「皆さん居ますね。では、ただいまより戦闘訓練を開始します。今回は武器に慣れる事を主とします」


 基礎訓練か。毎日汗だくになる程に剣を振ってる私には退屈な授業になりそうだ。
 ナマク先生が武器が入った箱を開ける。


「今回は戦うのではなく、武器を軽く振ってみましょう。武器は剣を用意しています。それでは武器を取ってください」


 ナマク先生がそう言うと、他の子たちが箱に殺到した。武器がもの珍しいのだろうか。


「フロラン様、これをどうぞ」


 トウキが持って来た木剣を私に差し出してくる。私は無言で受け取って軽く振ってみる。
 重さはそれなり。けど、殺傷力は低いから実践では使えないわね。
 それにしても、ナマク先生は戦闘経験が無さそうね。身のこなしを見るに、初心者に毛が生えた程度の実力しかない。これなら、私が教えた方がマシだろう。


「では、これから剣の振り方を教えます。皆さん、3m程間隔を空けてください」


 皆が木剣を手に取ったのを確認し、ナマク先生が間隔を開けるように促してくる。
 そうだ、退屈していたのだしイジワルしてみましょう。
 そう思い私は手を上げる。すると、ナマク先生が目つきを鋭くした。


「フロランさん、なんでしょうか?」
「ただ武器の振り方を教えるよりも、一度戦いを見せた方が良いのではないのしょうか?」
「戦闘?」
「私と先生で戦うんです。勿論、本気でやりましょう」


 私の言葉に周りがざわつき始める。ナマク先生もどう話せばよいか迷っているみたいだ。
 愉快に思った私は、更に言葉を続ける。


「どうしたんですか?私と戦うのが怖いんですか?」
「そういう訳ではありませんが……」


 歯切れが悪くナマク先生が答える。
 名門であるワーズ家の令嬢の言葉だ。無下にする事は出来ないだろう。だが、生徒と先生が戦うなんてことも出来ない。困るのは当たり前だ。
 ナマク先生の反応を見て満足した私は「冗談だ」というために口を開く。瞬間、


「はい!ノエルが戦います!」


 後ろから元気よく声が飛んできた。
 振り返ってみると銀髪の子が手を上げながら前に出来て来た。


「ノエルさんが?」
「先生も生徒と戦うのは嫌でしょ?だったら、ノエルとフロランちゃんが戦えばいいんだよ!」
「しかし……」
「ふーん、あなたがね?」


 確か入学式の日の自己紹介でうるさかった子よね。


「あなた、実戦経験は?」
「1年よりは短いかな?」


 体捌きから見るに、そこそこ出来そうね。少しは楽しめそうかしら。


「素人よりはマシかしら?いいわ、あなたと戦ってあげる」
「やったー!」
「……はぁ、分かりました。1試合だけですよ?」


 ナマク先生が顔に手を置いて、諦めたように言う。それを見たノエルが恐る恐る手を上げる。


「あのー、もしかして勝手に戦っちゃいけないんですか?」
「いけないに決まっています。武器の振り方の授業中に模擬戦なんて前代未聞ですよ」
「ご、ごめんなさい!」
「いえ、今回は先生が認めたのでノエルさんは悪くないです。ただし、次からは事前にやって良いかを聞いてくださいね?」
「はい、ありがとうございます」


 ノエルはナマク先生に頭を下げた後、剣を構えて私に向き直った。


「よし、どこからでもかかってこい!」
「じゃないでしょ!」


 すると、ノエルの背後から誰かが手刀を振り下ろした。たしか、サルミって子ね。憲兵長の娘だったかしら。


「サルミちゃん?どうしたの?」
「いいからこっち来なさい」
「え?ちょっと?」


 サルミに連れられて、ノエルが校庭の隅に連れていかれる。
 そして、何かひそひそとを話しをしている。大方、私の凄さについて語っているのだろう。
 2分くらい経つと、ノエルは笑顔で戻って来た。


「作戦会議は終わりかしら?」
「作成会議?ノエル達はサルミちゃんは凄いってお話してただけだよ?」
「ふふん、分かってるじゃないの。私の華麗なる剣技を見せて差し上げますわ」
「いいの?やったー!」


 やっぱり私の凄さについて語っていたのね。それでも向かってくるのは、勝算があるのか考えなしなだけなのか。
 能天気な笑顔を貼りつけつつ、ノエルは口を開いた。


「ねえフロランちゃん。一つ賭けをしない?」
「賭け?なによ?」
「ノエルさん、授業で賭け事はダメですよ?」
「えー、ノエルが勝ったらノエルと遊んで欲しいってだけだよ?それでもダメ?」
「可愛らしい賭けですが、相手が嫌がるのならばダメですよ?」


 やっぱり、考えなしなだけね。遊ぶなんて私に相応しくないわ。
 まあ、私が負けるなんてありえないし、戯れてみてもよいかもね。


「私は別に良いわ。負けるなんてありあえないし」
「それならまあ……」
「やったー!」
「それで?私が勝ったらあなたは何をするのかしら?」
「あー、えー……」


 ノエルが腕を組んで難しい顔をする。


「もしかして何も考えてなかったんですの?」
「……フロランちゃんが勝ったらフロランちゃんがノエルを遊びに誘う?」
「それあなたに徳しかないじゃないの」
「だってすぐに思いつかないもん!」
「ならいったん保留ですわね。勝ってから考えますわ」
「分かった!」
「ノエルさん、本当にそれでいいんですか?」
「?、別に良いよ?」
「ノエルさんがそう言うのであれば、先生からは何も言いません。2人とも構えてください」


 こんな雑魚に臨む事なんてない。皆の前で謝らせるくらいで許してあげましょう。
 私達は8mくらい距離を開け、互いに剣を構える。


「ルールはスキル使用不可、あくまで模擬戦なので寸止めしてくださいね。分かりましたかノエルさん?」
「分かりました!」


 寸止めなんて面倒ね。一撃あてたら勝ちでいいじゃないの。
 不満に思いながらも、私は黙ってノエルを見据える。


「始め!」
「先手必勝!」


 ノエルが全速力で突っ込んでくる。


「突撃すればどうにかなると思ってるなんて素人ね」


 攻撃を適当に弾いて、喉元に剣を差し出して終わりね。


「いっくよー!」


 ノエルは大きく剣を振りかぶった後、


「おりゃー!」


 


「きゃあ!」


 飛んできた剣を咄嗟に上に弾く。けど、それによって一瞬だけノエルを見失ってしまう。


「何なのよいったい……」


 焦りながらもノエルを探す。すると、顔の下からノエルの叫びが聞こえた。


「隙あり!」


 視線を下に向けてみると、ノエルが私のお腹に拳を突き出していた。これは……


「ノエルさんの勝……利?」
「やったー!」
「異議ありですわ!」


 私は飛び跳ねているノエルを睨みつける。
 すると、ノエルは良く分からないというように首を傾げた。


「え?どうしたの?」
「どうしたもこうしたも無いですわ!剣を投げるなんて許される訳ないでしょう!」
「え?ルールに剣を投げちゃダメってなかったよ?」
「確かに先生は言ってません。しかし、それは当たり前の事だから言わなかっただけです」
「そうなの!?」
「投げたら危ないでしょう?フロランさんでしたから良かったものの、他の人だった場合は大怪我をしていたかもしれませんよ?」
「うー、確かに……」


 初歩的すぎて何も言えませんわね。というか、なんで1年も戦闘訓練をして、初歩的なことを知らないのでしょう。


「もう一度ですわ。今度は投げてはいけませんわよ?」
「はーい」


 ノエルは剣を拾いなおして構えなおした。
 ノエル達が構えたのを見て、ナマク先生が再び手を振り下ろしながら叫ぶ。


「始め!」
「先手必勝!」


 ノエルが馬鹿の一つ覚えのように突進してくる。だが、もう油断はない。どんな攻撃だろうと捌ききる!
 ノエルが振り下ろした剣を受け止め押し返す。体勢の崩れたノエルに向かって横薙ぎの攻撃を繰り出す。
 しかし、ノエルも剣を受け止めて、後ろに飛んで距離を取った。


「やりますわね?」
「フロランちゃんもやっぱり凄いね!」


 私の剣を数発受け止めるとは、中々の腕だ。だけど、私ほどじゃない。
 そう考えた私は徐々に剣戟を早くしていく。いつかは受け止めきれなくなる、そう考えて。
 だが、私の考えが間違っていたことを、すぐに思い知らされる。
 どれだけ早くしても、楽々と捌いてくる……


「くっ!」


 焦った私は顔面を狙って突きを繰り出す。だけど、それは簡単に躱され、逆に横腹に向かって剣が迫ってくる。


「くぅ……!?」


 剣を弧を描くように繰り出し、なんとか剣を弾き飛ばす。ノエルはその反動を利用して後ろに距離を取った。
 こっちは必死なのに、相手は余裕そうだ。これじゃ、ノエルの方が強いってことに……。
 その時、私の頭に始めて「負け」の二文字が浮んだ。
 ダメ!そんなの認めない!あってはいけない!
 私は気合を入れなおして剣を構える。
 絶対に勝つ!ワーズ家に負けは許されない!


「うーん?あ、そうだ」


 油断なくノエルを見据えていると、何かをたくらんだように笑った。


「何を企んでますの?」
「ふっふーん、これを企んでるんだよ!」


 ノエルが体勢を低くして突進してくる。何をしてくるかは知らないけど、迎え撃つだけだ!
 私は切り上げるようにノエルを迎撃しようとする。だが、その攻撃は右に回避される。
 そして、ノエルは剣を切り上げるように繰り出してきた。私はそれを剣を振り下ろすことで防御しようとする。
 この攻撃を通されると負ける!何がなんでも止めないと!
 そう思い、全身の力を剣に集中させる。瞬間、ノエルは剣を切り上げずに、全身で時計回りで回転する。勢いが付いた私の剣の後ろを、勢いが付いたノエルの剣が叩きつける。
 瞬間、乾いた音と共に、私の持っていた剣が真っ二つに折れた。
 剣の破片が飛び散るのを見て、私は思わず目を見開く。


「な!?」


 そして、ノエルは私の首筋に剣を向け、勝ち誇ったように言った。


「ふふん、ノエルの勝ち」


 私は呆然として膝を付く。武器の破壊、それは公式の大会でも認められている勝ち方だ。本来であれば、武器を破壊された方は即敗北。寸止めすら必要ない。
 つまり、私は言い訳の出来ないほど、強烈な負け方をしたのだ。


「やったー!」


 無邪気にぴょんぴょんと跳ねるノエル。これで戦闘経験が1年?私は5年間、毎日剣の訓練を続けている。そんな私が1年目の初心者に負けた?
 気持ちが追いつかず、ノエルを見る事しかできない。すると、剣の残骸を拾ったナマク先生がノエルの肩を叩いた。


「あの……えっと?」
「ノエルさん、そこに正座してください」
「はい……」


 その後はノエルの説教が授業終了まで続いた。そんな事もあり、私の負けは有耶無耶になった。
 けど、私の心には得も言われぬ傷が深く刻み込まれたのだった。
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