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第2話:真実の相手と呼ばれた令嬢
しおりを挟む「ところでアレクシス、お前の隣にいるその娘は誰なのだ」
国王陛下の問いかけに、アレクシス殿下はリリアナ嬢の手を取ると、壇上から駆け下りて陛下の前へと進み出た。
「父上、母上……! 俺は……俺は、このリリアナを愛しているのです!」
アレクシス殿下の声は震えていて、激情なのか焦りなのか、わたくしには判断がつかなかった。
「愛している……? アレクシス、どういうことだ」
国王陛下の低い声が大広間に響く。
アレクシス殿下は大きく息を吸い、隣に立つリリアナ嬢の肩に手をまわして引き寄せた。
「彼女こそ、このリリアナこそが、俺の真実の相手なのです! リリアナは平民として育ちましたが、癒しの力を持っていることがわかり、男爵家へ迎え入れられました。そういった娘がいると、父上も報告を受けておられたはずです」
「あぁ、確かに報告を受けたことがあるな……」
陛下は少し考えながら頷いた。
「俺は明るくて優しい彼女と出会い、真実の愛に気づいたのです! 俺は、このリリアナを守り、彼女と共にこの国を守っていきたいのです!」
「国王陛下、そうなんです! あたしたち、愛し合ってるんです! アレクシス殿下は、エレノア様ではなく、このあたしを愛してくださったんです!」
「あぁ、そうだ! リリアナ! 俺はお前を愛しているんだ!」
「アレクシス殿下!」
アレクシス殿下とリリアナ嬢が、見つめ合い抱きしめ合った。
二人のその姿に、当然大広間はざわめき立つ。
癒しの力――確かに珍しい、貴重な力ではある。
だけど、確かリリアナ嬢の力は、ほんの小さな擦り傷を癒す程度のものだったはずだ。
それでも彼女はその力を巧みに利用し、怪我をした男子生徒に近づいていた。
小さな傷を見て大げさに涙を浮かべ、その傷を癒して優しく微笑み、何人もの男子生徒の心を虜にしていると……リリアナ嬢の虜となった男子生徒の中には婚約者がいる方もいて、婚約者の令嬢が涙を流していたと……わたくしも友人から聞いたことがある。
そんな噂、どうか嘘であってほしいと願っていたけれど、きっとアレクシス殿下も、そうしてリリアナ嬢の虜になった一人なのかもしれない。
「兄上……何を言っておられるのですか」
静かな声が響いた。第二王子ウイリアム殿下だった。
「兄上の婚約者は、エレノア様ではありませんか……。それなのに、どうして別の方を愛しているなんて言うのです……」
ウイリアム殿下のその声音には、驚きと戸惑い、そしてわずかな怒りが滲んでいた。
大広間の視線が一斉にウイリアム殿下へと向けられる。
「ウイリアム……! お前には関係ないだろう! 子供が口を出すべきことではない!」
「関係なくなどありません」
ウイリアム殿下は一歩前に出た。
その瞳はまっすぐに兄であるアレクシス殿下を見つめ、自分の意見を述べる。
「兄上は王太子として、国と民の前でエレノア様と婚約を結ばれたのです。それを、このような場で……理由も曖昧なままエレノア様との婚約を破棄して、他の女性を愛していると宣言するなど……到底許されることではありません!」
ウイリアム殿下のその言葉に、さらに大広間がざわめいた。
わたくしは思わず、胸の奥が熱くなるのを感じた。
ウイリアム殿下は、わたくしやアレクシス殿下よりも五つも年下であるというのに、なんて堂々となさっているのだろう、と。
ウイリアム殿下の言葉を受け、アレクシス殿下は深いため息をついた。
「あぁ、確かにエレノアとは国と民の前で婚約を結んだ! だが、そこに俺の気持ちは最初から無かった! 形だけのものだった! 俺は、俺が心から愛する人と生きていきたいだけなんだ!」
アレクシス殿下の言葉に、わたくしは静かに目を閉じた。
やはり、こうなるのね、と思う。
婚約を破棄したいなら、そう言ってくださればそのように動いたというのに。
アレクシス殿下は、どうしてこの日、この場所で、それを口にされたのだろう?
わたくしは深く息を吸い、国王陛下へ向き直った。
「陛下、王妃殿下。アレクシス殿下がどなたを愛されようと、それは殿下のご自由でございます。アレクシス殿下が望まれている以上、わたくしは婚約破棄を受け入れます」
大広間が再びざわめく。わたくしはさらに続けた。
「ただ、わたくしがリリアナ嬢をいじめたという件につきましては、全く身に覚えがないことにございます。階段から突き落としたなどという事実も、断じてございません。その件だけは、受け入れるわけにはまいりません」
リリアナ嬢は、殿下の腕にしがみついたまま、震える声で言った。
「で、でも……あたし、本当に……エレノア様に……」
また都合のよい涙が、リリアナ嬢の瞳から零れ落ちる。
わたくしは静かに彼女を見つめ、言った。
「リリアナ嬢。あなたは、わたくしと二人きりになったことなど、一度もありません。階段でお会いしたことすら、ございませんわ」
「そ、それは……!」
リリアナ嬢の顔が一瞬だけ強張った。
その表情を、わたくしは見逃さなかった。
彼女は嘘をついている……だけど、それは何故なのだろう?
「アレクシス。この件は、調査が必要だ」
国王陛下の厳しい声が響く。
「癒しの力を持つ令嬢が嘘をつく理由はない、とお前は言うだろう。だが、エレノアにも長年の実績と品位がある。どちらの言い分も、軽々しく扱うわけにはいかぬ」
「父上……! ですが、リリアナは本当に――」
「黙りなさい、アレクシス」
王妃殿下の静かな叱責が飛ぶ。
アレクシス殿下は口をつぐみ、リリアナ嬢は怯えたように身を縮め、アレクシス殿下の腕にしがみついた。
「本件は王家が正式に調査を行う。結果は後日、王立学園にて改めて発表することとする」
国王陛下の宣言に、大広間がざわめいた。
生徒たちも保護者たちも、互いに顔を見合わせている。
「本日の表彰式は、これにて中断とする。皆、下がりなさい」
陛下の言葉に従い、ざわめきながらも人々は退出を始めた。
わたくしは陛下と王妃殿下に、深く頭を下げる。
「陛下、王妃殿下。わたくしは、真実を述べるのみでございます」
「えぇ、エレノア。あなたの言葉は、必ず聞き届けます」
王妃殿下からかけられた優しい声に、胸の奥が少しだけ温かくなった。
王妃殿下は厳しく優しい方で、わたくしは王妃殿下を目標に、王妃教育に励んでいた。
アレクシス殿下との婚約が破棄された今、もうわたくしが王妃殿下をお母様と呼ぶことはないだろう。
けれど、わたくしを信じてくれた方々のためにも、冤罪だけは必ず晴らそうと心に誓う。
静かな決意が、わたくしの中で確かな形となっていった。
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