蛮族女王の娘《プリンセス》 第3部【王国編】(完結編)

枕崎 純之助

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第287話 追う者と追われる者と

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「エミル! こっちよ!」

 5階まで続く螺旋らせん階段の上と下からはさみ撃ちにされる格好になったエミルとヤブランは、あわてて3階部分で廊下ろうかに入った。
 3階は天空ろうのいくつかの房に収容される囚人しゅうじんたちや見張りの兵たちのための日用品などの資材置き場になっている。
 それを知っているヤブランは隠れ場所を求めてエミルの手を引き、廊下ろうかを急いだ。
 ヤブランに手を引かれながらエミルは張り詰めた表情をその顔ににじませている。
 
(追ってきているのは……黒髪術者ダークネスたちだ)

 それを感じ取ったエミルは出来る限り自身の気配を消した。
 しかし以前のようにうまく力を抑えられない。
 体の中からあふれる力が強過ぎるのだ。
 違和感から動きの鈍くなっているエミルに気付いたヤブランは怪訝けげんな表情を浮かべた。
  
「エミル? 早く!」

 ヤブランはエミルの手を取ると廊下ろうかに立ち並ぶ部屋の一室に彼を引き込む。
 そこは衣類や大小様々な手拭てぬぐいなどの布製品が所せましと立ち並ぶたなに山と積まれている。
 ヤブランはそのたなの陰にエミルと共にしゃがみ込んで身を隠した。
 エミルは不安げにヤブランを見る。
    
「か、隠れても見つかっちゃうんじゃ……」
「でも逃げても大人には追いつかれちゃうでしょ」

 彼女の言う通り、この王城の中で逃げ回ろうにもまだ子供の2人では大人の足からは逃れられない。
 しかしエミルは知っている。
 追って来る者たちが黒髪術者ダークネスであると。
 隠れていたところで見つかってしまうのだ。

「ヤブラン……近付いて来る人たちは黒髪術者ダークネスだよ。多分、隠れていても見つかっちゃう」
「えっ……」

 その言葉にヤブランは絶句した。
 そしてその時、螺旋らせん階段を上り下りしていた足音が止んだ。

 ☆☆☆☆☆☆

「ヴィンス。あなただったのね」
「はい。シャクナゲ様。一体何が?」

 螺旋らせん階段の途中でシャクナゲと出くわしたヴィンスはいぶかしげに問う。
 シャクナゲはわずかにだまり込み、その顔に苦悩の色をにじませたが、事態は一刻を争うことを分かっていた。
 彼女はヴィンスとその背後にいる部下の2人に目を向ける。

「……後ろの2人は?」
「我が腹心です。信頼していただいて結構」
「そう。ではこれはここだけの話だときもめいじて聞いてちょうだい。エミルが……脱走したわ」

 その話にヴィンスはますますまゆをひそめたが、彼が何かを言う前にシャクナゲは言葉を重ねた。
 
「理由は聞かないでちょうだい。それよりすぐに彼を捕まえて連れ戻さなければ。おそらく……我が同胞であるヤブランという小娘と一緒だわ」

 その話にヴィンスは合点がいったというような表情を見せた。

「やはり……そうでしたか」
「どういうこと?」
「ショーナ隊長がその小間使いの娘を使って何やらたくらんでいるようなのです。おそらくシャクナゲ様や私のことを調べていたのではないかと思っていましたが……そういうことでしたか」
「ショーナ隊長が? そう……とにかくすぐにエミルを追うわよ。あなたたちならばすぐに彼の居場所が分かるでしょう?」

 声を潜めてそう言うシャクナゲにヴィンスはうなづき、彼女を先導して3階の廊下ろうかへと向かうのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

 エミルとヤブランは息を殺しながら部屋の中を見回した。
 どこかに逃げられる場所はないかと探る。
 すると部屋の外、廊下ろうかの方から女の声が響いてきた。

「エミル君。出て来て。大丈夫よ。怒らないから。天空ろうに戻りましょう。ヤブランもいるんでしょ? すぐに出てきてくれるなら罰しないわ。私の胸の中に収めておいてあげる。同胞を罰したくはないもの。ね? 2人とも出ていらっしゃいな」

 それは甘く優しく誘うようなシャクナゲの声だった。
 だがエミルもヤブランもそれをまともに信用するほど子供ではなかった。
 2人は数々の苦境をて、すっかり警戒心を身に着けている。
 とにかく逃げなくてはならない。

「エミル君。ろうの暮らしが不満だったかしら? もう少し快適に暮らせるよう努力するわ。そうだ。お食事以外にもおやつを付けてあげる。ヤブランも今まで通りエミル君と面会を続けていいのよ。いいえ。もっと面会時間を増やしてあげるわ。だから出て来てちょうだい」

 シャクナゲの声は徐々に近付いてくる。
 エミルは心臓の鼓動こどうが早くなり、胸が苦しくなるのを感じた。
 しかしそれとは裏腹に不意に頭がボーッとしてくるのを覚える。
 こんな時だというのに眠気を感じるのだ。
 ろうのベッドの上でいだことがあるようなにおいがただよってきた。

「エミル。これを見て」

 そう言うヤブランの声に気を取り直して振り向くと、ヤブランが壁際かべぎわに備え付けられた何かを見つけたのだ。
 そこには取手のついた大きな鉄の板のようなものがある。
 ヤブランがその取手をつかんで開くと、下へと続く傾斜けいしゃが見えた。
 まるで子供の頃に遊んだすべり台のようだ。
 エミルは必死に眠気をこらえてヤブランにたずねた。

「これは何?」
くず落としよ。ここからゴミを落とすと下まですべっていって、1階にあるゴミの集積所に落ちるの。この王城にはいくつかこういうのがあるわ」

 初めて見るそれにエミルが目を丸くしていると、ヤブランはそのくず落としの中に足を差し入れようとしている。

「そ、そこから逃げるの?」
「ここしか逃げられる場所は無さそうだもの。これ……入るかしら?」

 くず落としは体の小さなヤブランでもギリギリ入れるかどうかだ。
 ヤブランよりもさらに小さなエミルなら入れるかもしれない。
 しかし初めて見る装置にエミルは不安を覚えた。

「落ちてしまって大丈夫なの? 地面に叩きつけられてしまうんじゃ……」
「大丈夫。ゴミの集積場を見たことがあるけれど、ゴミが粉々に散らばらないよう、すべり台がしっかり下まで続いていたから」

 そう言いながらヤブランは鼻をヒクヒクさせる。

「……お香のにおいがするわね。シャクナゲ様が近付いてきてるわ。エミル。急いで。あなたから先に」
「でもヤブランは? ヤブランから先に入ったほうがいいんじゃ……」

 エミルが入れたとしても、彼よりも背の高いヤブランは入れないかもしれない。
 そうなると彼女だけが取り残されることになる。
 難色を示すエミルだが、ヤブランは強い口調で言った。

「あなたが逃げなければ意味がないわ。シャクナゲ様と同族の私だけなら、見つかってもいくらでも言い訳は出来るもの」

 そう言うとヤブランはエミルの手を取る。
 だがその時だった。
 先ほどから感じている香のにおいがより一層濃くなり、シャクナゲがいよいよ今2人がいる部屋の前まで来たのだと分かった。
 すぐにヤブランはエミルをくず落としに押し込もうとしたが、途端とたんにエミルがガクッとひざを床に着く。

(エ、エミル?)

 ヤブランは声を出さぬよう必死にエミルを抱き起こそうとした。
 しかしエミルはまるで気絶してしまったかのようにガックリと体の力を失い、その場にへたり込んでしまう。
 ヤブランはそれでもあきらめずにエミルを抱えようとした。
 だが…‥。

「見つけたわよ。2人とも」

 たなを回り込んで姿を現したのはシャクナゲだ。
 その手には小型の拳銃が握られており、たなの間の通路の反対側には黒髪の男がはさみ撃ちをするように立ちはだかっている。
 それが以前に図書室でシャクナゲと密会をしていた黒髪の男であると知り、ヤブランはエミルを抱えたまま絶望的な表情を浮かべるのだった。
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