蛮族女王の娘《プリンセス》 第3部【王国編】(完結編)

枕崎 純之助

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第225話 怪人ドロノキ

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 早朝の王国。
 王城の敷地内には訓練兵たちのための訓練場がある。
 四方を高いかべで囲われたその場所に集められていたのは、今回の侵略戦争で捕らえた公国兵の捕虜ほりょたちの一部だ。
 その数、10名。

 彼らは皆、一様に怪訝けげんな表情をしていた。
 周囲を高いかべに囲まれているとは言え、全員が捕縛ほばくを解かれて体の自由を得ていたからだ。
 そしてそんな彼らの見上げる先、尖塔せんとう露台バルコニーにはこの場に似つかわしくない貴婦人の姿があった。
 30代ほどの女性であり、年齢の割に髪が真っ白なココノエの民だった。
 その両脇を同じく白い髪の衛兵たちに守られながら貴婦人は捕虜ほりょたちを見下ろしている。

「ごきげんよう。勇敢なる公国兵の皆様。私はシャクナゲ。えあるジャイルズ王陛下へいか公妾こうしょう第4位の身分をたまわっておりますわ」

 シャクナゲの言葉に捕虜ほりょたちはざわついた。
 王の公妾こうしょうなどという高貴な人物が、捕虜ほりょである自分たちの前に姿を現す理由が分からなかったからだ。
 困惑する捕虜ほりょたちを見下ろしてシャクナゲは満面の笑みを浮かべて言った。

「本日は皆様に釈放の機会を与えたいと思います。ここから出て自由の身になりたいでしょう?」

 シャクナゲの言葉に捕虜ほりょたちはますますワケが分からないといった顔を見せる。
 そんなことをして王国に何の得があるのか理解できなかった。
 そんな彼らの前方十数メートル先の地面には大きな箱が置かれている。
 シャクナゲはその箱を指差した。

「ただし釈放には条件があります。皆さんにはその箱の中の武器を取ってもらい、今からこちらがご紹介する戦士と戦っていただきたいのです」

 その言葉に捕虜たちの顔は嫌悪にゆがんだ。
 自分たちがこんな場所に呼び出された理由を察したからだ。
 捕虜ほりょの1人が声高に叫ぶ。

「我らをなぶり殺しにして楽しむつもりか! 捕虜ほりょの扱いが下劣げれつだと王国の評判は地に落ちるぞ!」

 捕虜ほりょの扱いをどうするかは、その時の国の為政者いせいしゃの性質によって大きく変わる。
 卑劣な為政者いせいしゃは1人の捕虜ほりょを大勢の兵でなぶり殺したり、猛獣と戦わせてその様子を見て楽しむこともあるのだ。
 捕虜ほりょの命など塵芥ちりあくたとしか見られぬことは往々にしてある。
 だがシャクナゲは鷹揚おうような態度を変えずに話を続けた。

なぶり殺しだなんてとんでもない。皆さんのお相手をするこちらの戦士は1人だけですから」

 シャクナゲがそう言うと、訓練場の壁に備え付けられた鉄製のとびらきしむ音を立てて開かれる。
 そこから現れたのは……異様な風体の男だった。
 背丈は2メートルを超え、その体は横にも幅広く体重は常人の2倍以上はあるだろう。
 そして奇妙な革製かわせいの覆面を被っている。

 しかしその男を異様たらしめているのはその体格でも覆面でもない。
 両腕だ。
 右手は太い鉄棍てっこんを握っているが、その手首からひじにかけて赤い血の付着した麻袋が被せられていた。
 さらに左腕もひじから下が完全に麻袋でおおわれていて、指先まですべて隠れている。
 その男の異様さに捕虜ほりょたちが目をき立ち尽くす中、シャクナゲは自慢じまんげに語る。

「紹介いたしますわ。私の直属の部下。ドロノキです。彼は勇敢な戦士ですが、実戦の経験がまだ少ないんですの。捕虜ほりょの皆さんには彼の訓練相手になっていただきたいと思いまして」

 ドロノキの背後で鉄製のとびらが再びきしむ音を立てて閉まっていく。
 相手が本当に1人で戦うのだと知った捕虜ほりょたちは戸惑いながらも、置かれた箱の中からそれぞれ剣や槍などを取り出した。
 いくら相手が巨体を誇る豪傑ごうけつだったとしても、捕虜ほりょの数は10人だ。
 1対10では勝負は見えている。
 捕虜ほりょたちはシャクナゲを見上げて口々に叫んだ。

「ほ、本当にこいつを倒したら、ここから出してもらえるんだな?」
「二言はないとちかえるか!」

 そんな捕虜ほりょたちにシャクナゲは1枚の書状をかざして見せる。

「ええ。ちかいましょう。ドロノキに勝てたら、このシャクナゲの権限で必ずやあなた方を釈放して自由の身にすると。口で言うのみならず、このように書面にして」

 そう言うとシャクナゲは露台バルコニーからその書面を訓練場に放る。
 紙が宙を舞うのを見た捕虜ほりょたちはたがいにうなづき合う。
 そんな男らに向かってドロノキが大きくえた。

「うおおおおお! 皆殺し! 皆殺しぃ! 皆殺しって全員殺すことぉ!」

 ドロノキは右手の鉄棍てっこんを振り上げると、捕虜ほりょたちに向かって走り出した。
 大股で走るその速度は見た目の愚鈍ぐどんそうな印象に反して速い。
 武器を持つ捕虜ほりょたちの内、槍やほこなど長柄の武器を持つ数名が前に出た。

「串刺しになりな!」

 数名が一度に槍を繰り出したその瞬間、彼らにとって信じがたい光景が繰り広げられた。
 巨体のドロノキが大きく跳躍ちょうやくしたのだ。

「なっ……うげっ!」

 まさかドロノキがそんな跳躍ちょうやく力を持つなどとは予想しなかった捕虜ほりょたちは反応が遅れ、1人が落下してきた巨体に踏みつぶされて地面に押し倒される。
 さらにドロノキは鉄棍てっこんを振り回して、周囲の捕虜ほりょたちをぎ倒すと、倒れている男の頭に鉄棍てっこんを振り下ろした。
 ゴキッと嫌な音がして男の頭が奇妙な形にゆがみ、耳と鼻と目から血を噴き出して捕虜ほりょは絶命した。

「こ、この野郎!」

 残った捕虜ほりょたちはドロノキを囲んでそれぞれの武器で突き刺そうとした。
 だがドロノキは素早く回転しながら鉄棍てっこんを振り回し、突き出された槍や剣を容赦ようしゃなくへし折ってしまう。

「くそっ! こいつさえ倒せれば国に帰れるんだ!」

 捕虜ほりょの1人が公国兵としての意地を見せ、果敢に攻撃を仕掛ける。
 その男の振るった剣が、麻袋におおわれたドロノキの右腕を斬りつけた。
 だが、その剣は金属音を響かせて弾き返されてしまう。

「な、なにっ?」

 剣を弾き返した思わぬ硬質な感触に男は目をく。

「こいつ! 麻袋の下に防具を身に着けて……」

 そう言いかけた捕虜ほりょの目の前で、斬りつけられた麻袋が破れ落ち、ドロノキの腕があらわになった。
 その太い腕には何やら黒い金属が埋め込まれていて、その金属の先端にはまるで大きな動物の鼻孔びこうのようなあなが2つ並んでいる。

「な、何だ……?」

 捕虜ほりょたちが目をいた瞬間だった。
 ドロノキの右手の指が複雑に動いたかと思うと、耳をつんざくような音が響き渡る。 
 その途端とたんにドロノキの真正面にいた男が頭から血を噴き出して後方に吹っ飛んだ。

「なっ……」

 捕虜ほりょたちは一様に戦慄せんりつの表情で絶句した。
 吹っ飛んだ捕虜ほりょの頭はえぐり取られるように欠損し、当然即死している。

「じゅ……銃だ! 銃を腕に仕込んでやがる!」

 捕虜ほりょの1人が恐慌きょうこうの声を上げた。
 公国兵であった捕虜ほりょたちの顔が恐怖に引きつる。
 銃声と硝煙しょうえんの香りが彼らに戦場での悪夢を思い出させるのだ。
 王国軍の駆使する銃火器が火を噴くたびに味方が次々と倒れていった悪夢を。
 そんな捕虜ほりょたちの青ざめた表情にドロノキは嬉々として声を上げた。
 
「うふふふ……皆殺し皆殺しぃぃぃぃ!」

 ドロノキは腕に仕込んだ2門の銃を容赦ようしゃなく連続で放つ。
 放たれた弾丸は捕虜ほりょたちの頭、首、胸、腹に命中し、10名いた捕虜ほりょは1名を残して次々と絶命した。
 しかし最後の1人は他の仲間たちの尊い犠牲の上に反撃を試みる。
 一気にドロノキのふところに飛び込んだその捕虜ほりょは、手にした短剣をドロノキの首目がけて突き出した。

「くたばれ! 化け物めぇぇぇ!」

 だが……。

「粉々になっちゃえ!」

 ドロノキは銃を組み込まれた右手とは逆に左手をその男に向ける。
 次の瞬間、轟音ごうおんが鳴り響き、爆発音とともに派手に白煙が噴き上がった。
 向かって来た捕虜ほりょの腹に何かが炸裂し、哀れにもその捕虜ほりょは上半身と下半身が真っ二つになって即死した。
 立ちこめていた白煙が晴れていき、ドロノキの左腕があらわになる。

 爆発によって破れた麻布の下には、右腕以上の恐ろしい改造をほどこされた左腕が現れた。
 ドロノキの左腕は手首から下も無く、手や指の代わりにそこには直径200ミリほどの砲門が備えられている。
 捕虜ほりょの体を無残にも真っ二つにしたのは、この左腕に装備された砲門だったのだ。

「上々ね」

 露台バルコニーから全滅した捕虜ほりょたちのむくろを見下ろしながら、シャクナゲは上機嫌でそう言うのだった。
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