蛮族女王の娘《プリンセス》 第3部【王国編】(完結編)

枕崎 純之助

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第238話 占領されし街

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 公国南部の都市ジルグ。
 チェルシー将軍ひきいる王国軍はジルグを陥落かんらくさせた後、そのまま占領統治の任に当たっていた。
 熾烈しれつな戦いにより敵兵のほとんどは戦死。
 残ったわずかな捕虜ほりょや市民らの命は奪われなかった。
 抵抗しない者を殺してはいけないとチェルシーが自軍の兵士らに厳命したからだ。

「シジマ。本国からの指示は?」

 見張り用の尖塔せんとうを持つ本庁舎を作戦本部としているチェルシーはここ数日、本国からの次の指示を待っていた。

「いまだ何も。しばしここに留まり、占領統治を続けることになります」

 副官であるシジマの言葉にチェルシーはため息をつき、やわらかな羽毛入りの椅子いすに深く腰をかける。
 このジルグを攻め落とし、集結していた公国軍の残党を壊滅させたことにより、公国軍はほとんど抵抗力を失った。
 兵士そのものの数が激減してしまったからだ。

 兵士は皆、働き盛りの男たちであり、そうした者たちが多く失われたことは公国の今後の国家運営に暗い影を落とすだろうと言われていた。
 戦争によって1つの国を破壊する。
 その恐ろしい所業に自分は加担しているのだとチェルシーはヒシヒシと感じていた。
 それでも彼女は止まらない。

(今のこの公国の姿が近い将来の共和国の姿よ。クローディア姉さま)

 チェルシーは拳を握り締めると、シジマに言う。

「いつでも移動できるよう兵たちに心構えをさせておきなさい。それから市民に対して無用な略奪や虐殺ぎゃくさつをしないよう兵たちにあらためて徹底させなさい」
「はっ」

 占領統治をつつが無く行うためには、市民から抵抗の意思を奪うのみならず、適度の安心感も与えなければならない。
 市民たちが玉砕覚悟の一斉蜂起いっせいほうきでもしようものなら面倒なことになる。
 だが、王国兵3000名をひきいて行った今回の戦いで生き残った兵士は2500名ほど。
 これだけの兵士がいると、いかにチェルシーとはいえ細部までは目が行き届かない。

 戦でいきり立った男たちが、不当に市民の財産を奪ったり、市民にひどいケガを負わせたり、性的な暴力などの目をおおいたくなるような不祥事も十数件ほど起きている。
 もちろんチェルシーはそうした事件を起こした王国兵を例外なくばっした。
 彼らはジルグの街のろうに投獄され、一切の自由を奪われる。
 だが、それだけだ。

 ジャイルズ王より兵士を預かっているチェルシーは、兵を投獄する権限はあっても、実際に彼らを法で裁くのは王国本国だ。
 戦時のそうした不法行為のほとんどは王国本国に戻れば恩赦おんしゃで許されてしまう。
 そうした現実も戦争の当事者として受け止めつつ、出来る限りの秩序を保とうとチェルシーは腐心していた。
 そうした上官の思惑をきもめいじ、シジマは部屋を後にするのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

 足早に廊下ろうかを歩くシジマは部下たちの待機所へ向かった。

(オニユリを連れて俺自身も巡回に出るか。街の様子をこの目で確かめておかねば)

 そう思いながら待機所におもむいたシジマはそこにいた部下たちに告げる。
 全員、シジマの直属の部下であるココノエの兵士らだ。

「5名ほど俺と共に来い。市内巡回をする。それからオニユリも呼べ」
「オニユリ様でしたら、すでに午前の巡回任務にお出かけです」
「何? そうか……ならばいい。おまえたちだけ来い」

 秘密裏ひみつりにエミルを囲うという独断行動をシジマにあばかれて以降、オニユリはおとなしくしていた。
 従軍し、このジルグの攻略戦でもその拳銃の腕前を発揮はっきして大いに貢献こうけんしたのだ。
 シジマは妹の改心を簡単には信じなかったが、自分がえたきゅうが少しは効いたのかとひとまずは安堵あんどしていた。  
 実際オニユリはこのジルグの占領統治でもおとなしく任務をこなしている。
 ずっと妹の動向を注視してきたシジマだが、占領統治をするようになってからは多忙な日々であり、四六時中オニユリを監視しているわけにもいかなかった。

おろかな妹だが、さすがにチェルシー様の温情を無碍むげにするようなことはすまい)

 そう思いながらシジマは部下らをともなって街へと巡回へ向かうのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

 戦争になると家が焼け、人が死に、そして未亡人や孤児が多く出る。
 市民らは焼け出されて住むところを失い、家族を失い、仕事を失った。
 戦地になったジルグの街の治安は荒れ、荒れた貴族の館から財産を奪おうと火事場泥棒が横行する。
 略奪行為を行っているのは食い扶持ぶちを失ったゴロツキ連中だ。
 中には略奪の際にその家の家族を皆殺しにしてしまうような畜生ちくしょう働きも見られ、血も涙もない惨劇が繰り広げられた。

「待ちやがれ!」

 今、焼け落ちた家々の間を走る数人のゴロツキたちが追いかけているのは一組の親子だった。
 必死に逃げているのは30歳くらいの母親と10歳にも満たない程度の息子だ。
 こうした騒ぎを聞いても占領軍である王国兵たちはまともに取り合わない。

 彼らにとってしょせんここは異国の地。
 そこに住む者たちを助ける義理はない。
 それを知ってか王国兵らに金品を払い、己の卑劣ひれつな所業を見逃してもらうゴロツキまでいる有り様だ。
 街は細部まで統治されているとは言いがたく、秩序のあみほころびだらけだ。

「へっへっへ! 逃げても無駄むだだ」

 母子を細い路地に追い込んでいくゴロツキたちは、目をギラギラとかがやかせていやしい笑い声を響かせる。
 あわれな母と息子の逃げる先が袋小路ふくろこうじだと知っているからだ。
 ほどなくして母子はいくつかの酒樽さかだるが置かれた行き止まりの壁の前に追い込まれてしまう。
 幼い息子は恐怖と不安に震えながら母親の顔を見上げた。

「お、お母さん……」
「だ、大丈夫。大丈夫よ。お母さんが守るからね。あなたはここに隠れていなさい」

 そう言うと母親は息子を壁と酒樽さかだる隙間すきまに隠れさせた。
 そして自分はふところに忍ばせていた粗末な小刀を震える手で取り出し振り返る。
 後方からは4人のゴロツキたちが追いついてきた。
 ゴロツキらは舌なめずりをしながら母子に近付いていく。
 悪漢たちのねらいは母親だ。

「もう逃げられねえぞ。俺たちと楽しもうじゃねえか」
「ち、近寄らないで!」

 母親は顔面蒼白で震えながら、それでも必死に小刀をゴロツキたちに向けた。
 だが男たちが女の細腕で突き出される小刀を恐れることはない。

「馬鹿め。そんなもんで……」

 そう言ったきりゴロツキたちがそれ以上言葉を発することはなかった。
 唐突に数発の銃声が鳴り響いたからだ。
 途端とたんにゴロツキたちは後頭部に大穴おおあなを開けて血を噴き出しながら前のめりに倒れ込む。
 4人全員が一瞬で物言わぬむくろと化した。

「怖いオジサンたちはもういないわよ」

 後方からゴロツキたちを撃ち抜いたのは白い髪の女だった。
 その手に握られているのは拳銃だ。
 その白髪の女がこのジルグを陥落かんらくに追い込んだ王国軍の人間だと知る母親は、驚愕きょうがくに目を見開いて声を震わせる。

「な、なんで私たちを助けて……」
「ひどいわねぇ。かわいい坊やを怖い目にわせるなんて」

 そう言ったのが王国軍のオニユリだと母親には知るすべもない。
 オニユリは彼女に手を差し伸べる。
 その目にあやしい光を浮かべて。

「いらっしゃい。安全なところに案内してあげるから」

 息を飲みながらそれでもオニユリの手を握った母親だが、次の瞬間、オニユリは彼女の手から小刀を奪い取り、それで母親ののどを突き刺して貫いた。

「ひぐっ……」

 母親は言葉を発することも出来ず、口から血を吐き出してその場に倒れ込んだ。
 そして体を痙攣けいれんさせながら、すぐに息絶える。
 そんな彼女を見下ろしてオニユリは口の端をり上げて言った。

「大丈夫よ。あなたのかわいい坊やは私が代わりに愛してあげるから」

 そう言うとオニユリは壁際に歩み寄り酒樽さかだるの裏をのぞき込む。
 そこでは幼い男児が背を向けたまましゃがみ込み、両手で耳をふさぎ目を閉じたままあわれに震えていた。
 母親が死んだことなど知らぬまま。

「ああ。かわいそうな坊や。お姉さんと遊びましょうね」

 そう言うオニユリの微笑む顔は、先ほどのゴロツキらなど比較にならぬほど悪魔じみているのだった。
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