蛮族女王の娘《プリンセス》 第3部【王国編】(完結編)

枕崎 純之助

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第261話 残酷な事実

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 王都周辺の平原に群生する林沿いに進むと木々が深くなり、森のようになる場所がある。
 今、プリシラとガイはその中を進んでいた。

「本当にあんなやり方でチェルシーの裏をかけるのかしら……」

 プリシラは半信半疑といった顔でそうぼやいた。
 先刻のガイとの一度きりの訓練で、プリシラはガイのめずらしい剣技を見た。
 それによりプリシラは完全に裏をかかれて一本取られたのだ。

 プリシラはその意表を突く戦法を必死に練習し、ものの1時間で会得えとくした。
 それ自体はそれほど難しい方法ではなかったからこそ出来たことだ。
 だがその技術を実戦で実際に使うことが出来るのか、プリシラには自身が無かった。
 そんな彼女の様子にガイはいつも通り泰然たいぜんとした顔で言う。 

ねらってやろうとしないことだ。自分でも咄嗟とっさに出るくらいが相手の意表を突ける」
「はぁ~あ。ということはほとんど自分の力で戦うのと一緒ね」
「戦いにおいて自分の力以上のものなど出せないさ。腹をくくることだな」

 そう言うガイにプリシラはうなづき、周囲の木々の間を注意深くうかがった。
 陽光差し込む森の中で動くものは鳥や小動物くらいであり、人とおぼしき姿は見られない。

「それにしても、この辺はあまり王国兵の姿を見ないわね」
「王都への直線経路からは外れるからだな。そういう場所を最終集結地に選んでいたんだ。俺たちの部隊は」

 最終集結地。
 3隊に分かれた青狐隊ブルー・フォックスが王都に乗り込む前に最後に集結する場所だ。
 そこで最後の打ち合わせを行い、作戦の最終局面に突入する予定だった。
 本当ならばここにアーチボルトがいるはずだった。
 ガイはくちびるむ。
 
(隊長……)

 だがガイはもう振り返らない。
 アーチボルトの遺志はガイに託されたのだから。 
 やがてガイとプリシラの視線の先に一本の巨大な古木が見えてきた。
 それは幹が異様に太く、おそらく大人の男が10人ほど両手を広げなければ周りを囲めないほどの巨木だ。
 樹皮の古びた様子から、相当な樹齢の古木であることも見て取れた。

「もしかしてあの木の根元が集合場所?」
「いや……」

 プリシラの問いにガイはそれだけ言うと、木の幹に手を触れ始めた。
 やがて彼は樹皮をなぞる手をあるところで止める。
 そして幹の数カ所を手でトントンと叩き始めた。

「何をして……」

 不思議ふしぎそうにその様子を見つめるプリシラの前で、いきなり木の幹がポコンと内側に向かって倒れたのだ。
 そこには空洞があった。
 どうやら巨木の太い幹の中に、隠れ家のような空間が存在するようだ。

「ここだ」

 そう言うとガイは幹の中に足を踏み入れる。
 しかし彼はそこですぐに動きを止めた。
 プリシラは不思議ふしぎに思って彼の背中に声をかける。

「ガイ? どうしたのよ」

 そう言ったプリシラは途端とたんに顔をしかめた。
 幹の空洞の中から……血のニオイがただよってきたのだ。
 血相を変えたプリシラは、立ち尽くすガイの脇をすり抜けて空洞の中に入っていく。
 するとそこはそれほど広くない空間に円卓が一つ置かれた質素な部屋だった。
 頭上には空気取りと採光のための横穴がもうけられていて、そこから陽の光が差し込んでくる。

 そして……陽光が差し込む下、円卓のすぐ脇に誰かが倒れていた。
 プリシラは思わず息を飲んで目を見張る。
 それは30代くらいの年の女だった。
 彼女は……すでに事切れていた。

「こ、この人……」

 血まみれの体を床に横たえ、女は目を見開いたまま動かない。
 プリシラは恐る恐るしゃがみ込んでその女の腕に触れると、肌はすでに冷たくなっていた。
 腐敗は進んでいないことから、死んでからまだ何日も経過していないことがうかがえる。

「……同じ部隊の仲間だ」

 背後でつぶやくのはガイだ。
 プリシラはすぐに場所をガイにゆずる。
 ガイは女の脇にしゃがみ込んだ。
 別の分隊の女だった。
 もちろんガイも顔馴染なじみだ。

 彼はすぐに女の体をあらためる。
 胸、腹、腕、ふとももから血を流していた。
 床に付着した血の量はかなりのものであり、女が失血死したことがうかがえる。
 そして女をそこまで流血させたものが、銃弾による傷だとガイはすぐに理解した。

 青狐隊ブルー・フォックスはすでに銃火器についてかなり調べ上げており、ガイも銃で撃たれた公国兵の遺体を見たことがある。
 彼の同僚の女は8発もの銃弾をその身に受けてしまっていた。
 それが致命傷となったのだ。

「撃たれて負傷しながらも必死にここを目指したのだな……」

 そしてようやく辿たどり着いたここで息絶えたのだろう。
 共に行動していた彼女の仲間たちがどうなったのかは分からない。
 しかしここに辿たどり着くことが出来たのは今のところ彼女1人だというのが事実だった。

 ガイはくちびるみ、拳を握り締める。
 集合期限は今日の日没だ。
 あと数時間だった。
 彼女はここにきちんと辿たどり着いたのだ。
 部隊の約束の刻限に間に合うように。

「……お気の毒ね。残念だわ」

 プリシラは仲間を失ったガイを気遣きづかうように声をかけた。
 ガイは静かにうなづくと、あらためて女の亡骸なきがらに目を落とす。
 彼女の手には一枚の紙切れが握られていた。
 それは彼女が息絶える寸前まで握っていたものだ。
 ガイはその手から紙を取ると、中身を確認する。

蜜蝋みつろう分隊全滅。羊皮紙分隊も自分が最後の1人】

 それを見たガイは目を見開く。
 プリシラも横からのぞき込み、その内容に目を走らせた。

蜜蝋みつろう? 羊皮紙? これって……」
「……部隊を3つに分けたことを敵に悟られぬよう、数字番号ではなく意味の無い言葉を当てはめているんだ」
「ほ、他に生き残りは?」

 プリシラの問いにガイは大きく息を吐いた。

「イグリッドで別れた仲間3人が生きていればここに来るはずだ。だが刻限は今日の日没。遅れるとしても明日の朝までに誰も来なければ皆死んでいるということだろう。そうなれば生き残りは……俺1人だけだ」
「そんな……」

 プリシラは愕然がくぜんとして女の遺体に目を向ける。
 そしてエミル救出作戦に身を投じて死んでいった女の亡骸なきがらに感謝と謝罪の気持ちを込めた眼差まなざしを送る。

(エミルのためにごめんなさい。ありがとう)

 ガイは仲間の女の顔に手をやり、開いたままの目を閉じてやる。
 彼女の冥福めいふくいのりながら。
 そして背後のプリシラを見上げた。

「とりあえずここで明日の夜明けまで待機しよう。それまでに残った仲間が来なければ王都に向けて出発する」
「……分かった。彼女はどうするの?」
「この状況ではどうしてやることも出来ない。元より俺たちは皆、野垂のたれ死ぬ覚悟は出来ている。遺体と一緒で悪いが、明日の朝まではここで我慢してくれ。彼女を撃った敵が近くにいるかもしれん」

 そう言うとガイは立ち上がり、樹皮のとびらを幹にはめ込んで出入口をふさいだ。

「我慢だなんてそんな……。彼女は立派に任務にじゅんじたんだから」  
 
 そう言うとプリシラはあらためて空洞の中を見回す。
 壁際にはいくつかの物資が置かれていた。
 そこにあるのは作業用と思しきくわと火をおこすためのまききつけ用の枯葉かれはたばがあり、そしておそらく油の入ったつぼが黒光りしていた。
 まきの上にはき布がかけられている。

 プリシラはそのき布を手に取ると、それを女の亡骸なきがらにかけてやった。
 そして女のそばひざまずくと両手を組んでその亡骸なきがらいのりをささげる。
 ガイはそれをだまって見つめるのだった。
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