蛮族女王の娘《プリンセス》 第3部【王国編】(完結編)

枕崎 純之助

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第270話 海戦

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 王国領海。
 ダニアの船団が迫って来るのを見た王国船団の部隊長は苦渋くじゅうの決断を迫られていた。
 本当ならばここでにらみ合いを続け、ダニアの船団が疲弊ひへいして自国へ引き返していくのを待つ予定だったのだ。
 しかし味方の船が突如として命令に反して砲撃を行い、砲弾はダニアの船団のすぐ近くの海面に着水して爆発したのだ。
 これを攻撃と見なされ、ダニアの船団がついに領海線を越えて総攻撃を仕掛けてきた。

「くっ! これではこちらから挑発した格好ではないか!」

 この旗艦きかんに乗っている部隊長は知らない。
 北端の友軍船が急に砲撃を行ったのは、王国にあだ成す同胞たちの暗躍あんやくの結果だということを。

「ダニアの船団が距離およそ800メートルまで迫っています!」

 部下の言葉に部隊長は決断する。
 こうなれば迷っている猶予ゆうよはない。
 
「砲撃開始! 敵船団を轟沈ごうちんせよ!」

 ついに王国の領海で王国軍とダニア軍の船団が激突するのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

 海面に浮かぶ救助用の浮き輪に男たちは必死につかまった。
 その数10名。
 王国船団から見えないよう、ダニアの船団の裏側から引き上げられたその男たちは、赤毛の女たちがつどう甲板の上に座り込み、冷たくなった体を震わせながら荒い息をつく。

 彼らは全員、ジャイルズ王に強い反発心を抱く軍人ばかりだった。
 その理由な様々だ。
 理不尽な理由で出世の道を閉ざされたり、十分な報酬を得られていなかったり、中にはジャイルズ王が口出しした政略結婚のあおりを受けて恋仲の相手と引き裂かれた者もいる。
 そんな彼らにある取引が持ちかけられた。

 十分な報酬と共和国への亡命、そして共和国での生活基盤の保証。
 彼らはすぐにその話に飛びついたのだ
 ジャイルズ王に一矢報いっしむくいいると同時に、自分たちの命と将来が保証される。
 断る理由はない。
 これ以上、王国に残っても彼らには上がり目はないのだ。

 そんな彼らの前に今、赤毛の女が姿を現した。
 その身に着けた革鎧かわよろいの胸に白い羽の勲章くんしょうを着けていることから、地位の高い女だと思われた。
 年齢も40代くらいの彼女は、男たちが息を飲むほど威厳いげんに満ちている。

「あ、あんたは……」
「我が名はオーレリア。本作戦において銀の女王クローディアの副官を務めている。この度は大義であったな」
「あんたが……。や、約束は果たしたぞ。今度はそちらが約束を果たす番だ」

 数週間前、男たちの元に秘密裏ひみつりに届けられたのは、このオーレリアの名が記された書状だ。
 王国内にも共和国の内通者がいて、軍部でジャイルズ王に強い不満を持つ者たちを割り出していたのだ。
 そんな彼らの中から実際に行動に出られる者たちを選び抜き、開戦のきっかけとなるべく砲撃を強行させた。
 それらが全てクローディアの秘書官であるアーシュラが描いた筋書きであることを、当の男たちは知るよしもない。
 オーレリアは泰然たいぜんとした口調で男らに言った。

「無論だ。貴殿らの安全は保証しよう。この最後方の船は、この戦いでの負傷者らを乗せて共和国へ帰国する予定だ。そこで貴殿らの新たな生活の場と費用を提供する」

 その言葉に男たちはホッと安堵あんどした。
 この沖合で海に飛び込むことは命がけなのだ。
 だがそうまでしてでもやる価値はあった。
 そんな彼らにオーレリアはたずねる。

「王国軍の船団の数と所持している砲弾数はどの程度だ?」
「乗船人数300人規模の船が25せき。砲弾総数は500発ほどで、ほぼ均等に各船に割り振られている。半日ほどは戦える公算だ。だが……そんなことを聞いてどうする? 大砲も銃火器もないあんたらに勝てる相手じゃないぞ」

 男たちの中にはかなり事情に精通した王国兵もいる。
 彼らの言う通り、まともに正面からぶつかり合って勝てる相手ではない。
 だがそんなことはオーレリアも重々承知していた。
   
「我らは戦に置いて決して敵に屈することは無い。どのような不利な状況に追い込まれようともな」

 オーレリアが勇ましくそう言ったその時だった。
 王国船団からの砲撃が始まったのは。

 ☆☆☆☆☆☆

 銀の女王クローディアの乗るダニアの船団の旗艦きかんでは、最初の砲撃を受けてから数分の間を置き、帆柱ほばしら上部の見張り台に陣取った弓兵が鏑矢かぶらやを天空に向けて撃ち放った。
 鏑矢かぶらやは大きな音を立てて天頂を突き、海へと落下して消える。
 それが合図だった。 
 銀髪の総指揮官そうしきかんが号令を発する。

いかりを上げなさい! を張って恐れずに進むのよ!」

 その声に応じて赤毛の女たちが声を上げ、船団が進んで行く。
 船と船の間の間隔かんかくを十分に空け、波を乗り越えて悠然ゆうぜんと突き進む。
 だが王国軍の船団からは轟音ごうおんと共に何発もの砲弾が撃ち出された。
 そのうちの一つが3せき横のダニアの軍船に命中する。
 途端とたんに耳をつんざくような爆発音が響き渡り、船から炎が巻き起こった。

ひるむな! 進み続けなさい!」

 銀髪の総指揮官そうしきかんは声を張り上げた。
 だが王国軍の砲撃はすさまじく、20せきで進む船は次々と被弾して炎をき上げる。
 被弾した船からは乗組員である赤毛の女たちが投げ出されて海面に落ちていった。
 無残にもすでに息絶えている者たちが波間に浮いている。

 しかしそれでも多くの赤毛の女たちが、被弾した船から次々と小船を海面に下ろし、それに乗り換えて果敢に王国の陸地を目指してぎ出す。
 これはダニア軍であらかじめ想定していた事態だった。
 的の大きな大型船では大砲の砲撃を逃れることは出来ず、被弾は必至ひっしだ。
 ゆえに全ての船にあらかじめ多くの小船を積んでおいたのだ。

 10名ほどが乗れる小船がまるで小魚の群れのように進んでいく。
 そこにも砲弾が撃ち込まれるが、的が小さいため命中するのはごく一部だった。
 多くの小船は被弾をまぬがれ、腕力を誇る赤毛の女たちのかいによってぐんぐんと進んでいく。
 だが、大型船はあっという間に半数以上が砲弾の餌食えじきになった。

 多くの乗組員たちが脱出して小船に乗り換えていくが、それでも初撃で犠牲になった哀れな赤毛の女たちの亡骸なきがらが次々と波間に浮かんでいく。
 そして……砲弾の餌食えじきになるのは銀髪の総指揮官そうしきかんが乗る旗艦きかんも例外ではない。
 船首に砲弾を受けて炎がき上がり、衝撃で船が大きく揺れて多くの船員らが倒れ込む。
 それでも総指揮官そうしきかんたる銀髪の女王はその強靭きょうじんな足腰で立ち続けた。
 彼女の背後で、部下たちが思わず声を上げる。

「ベ、ベリンダ様!」
「落ち着きなさい! 今のワタシはクローディアよ!」

 そう言ったのはクローディアではなく、その従姉妹いとこであるベリンダだった。
 総指揮官そうしきかんの華美な革鎧かわよろいに身をまとい、美しい銀髪を海風になびかせている。
 クローディアと背格好の似たベリンダがそうしていると、クローディアを知らない者はもちろん、知っている者でも遠目から見たら見分けがつかないだろう。
 これもアーシュラが考案した作戦の一環だった。
 クローディアひきいる大船団だと王国軍には思わせておいて、当の本人はここにいないのだ。

「船がしずもうともダニアの誇りはしずまないわ! ダニアの女ならば、このクローディアに付いて来なさい!」
 
 そう叫ぶとベリンダは燃え盛りしずみ行く船から海面へと身をおどらせるのだった。

 ☆☆☆☆☆

 まるで遠雷のように遠くから轟音ごうおんが聞こえてくる。
 そしてはる彼方かなたの水平線に火柱が上がる様子が見えた。
 そんな中、王国領の陸地近くの海を一艘いっそうの小船が進んでいく。
 この時期は陸地近くの海流が東から西へと進むため、西進するのは比較的楽だった。
 小船に乗っているのは防水と防寒に優れた漁服に身を包んだ3人の漁師だ。
 
 戦時とはいえ、漁師たちは魚をらねば食べていけない。
 王国兵らもそうした自国の兵たちの経済活動を止めることはしなかった。
 戦時に兵たちが食べる多くの糧食を支えるのは、農民であり漁師なのだから。
 ゆえにその小船を見咎みとがめる王国兵はいなかった。

「……ベリンダ。きっと無事よね」

 船首でかいぐその漁師はそうつぶやく。
 頭には防水の頭巾ずきんを目深に被っているため顔は見えにくいが、それは女の声だった。
 その声を受けて船尾で同じくかいぐ漁師が言う。

「心配すんな。あいつはしぶといし図太い。何よりずる賢い。簡単には死なないさ」 

 それもまた女の声だった。
 そしてその2人にはさまれて船の真ん中で水面に落としたあみを握っているのもまた女だ。
 彼女は漁をするふりをして前方を見つめている。
 その視線のはるか先では、数km先の港から次々と大型船が沖合へ向けて出航して行く様子が見て取れた。

「見て下さい。王国軍の船が次々と出港していきます。ベリンダ様が沖合で敵を引き付けて下さっているおかげで、こちら側が手薄になっているのです」  

 彼女の冷静な言葉に船首の女はうなづいた。

「……そうね。ベリンダを信じてこちらはこちらの役目を果たさないと」
「はい。あのみさきの裏に協力者たちが待っています。そこからはいよいよ陸路ですよ。慎重かつ大胆にいきましょう」

 小船は目的の場所に向けて進んで行く。
 日が西に傾きつつある。
 夜が訪れようとしていた。
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