15 / 27
15.ノアはエルを連れて行く
しおりを挟むノアは執務室からよく晴れた空を眺めていた。訓練場からは、魔法師団員の活気のある声が聞こえてくる。
大広間での断罪が終わると、入院していた団員たちは、元の生活へと戻っていった。エルも同様で、心配をかけた家族の待っている侯爵家へ帰ってしまった。
断罪の翌日には、ノアも忙しい合間を縫って訓練場へ顔を出した。久しぶりの訓練に入院中に魔法を使えなかった団員たちは、水を得た魚のように訓練に参加していた。
ノアは、滞っていた王族としての執務と魔法師団長としての今回の残務処理に追われながらも、あのエルと過ごした日々を毎日思い出す。ふと顔を上げると、すぐそばにエルがいた。今まで生きてきた中で一番心が満たされる日々だった。当然ながら周囲を見渡しても、ふわふわのプラチナブロンドに空色の瞳は見つかるはずもなかった。ノアはそのことに寂しさをおぼえた。
「……仕事に戻るか」
誰に聞かせるでもなく、ノアはそう呟くと書類の山ができている机を見て、ため息を吐くのであった。
ノアはどんなに忙しくても、エルとの夕食の時間は確保していた。
「エル、今日の訓練はどうだった?」
「やはり体力が落ちていて、ついていくのに必死でグッタリしていました。でも、僕もですけどみんな魔法を使うのが嬉しくて、訓練をしっかりやっていましたよ」
「復活の日の魔法は勘を取り戻したのかな?」
「はい。呪をかけられていた時の不調が嘘のようです。しっかり間に合わせます」
エルはニッコリ笑ってノアにそう言った。
「あまり、焦らずに頑張るんだよ。もし、心配事があったら、私になんでも言いなさい」
「……僕は大丈夫ですよ。ノア師団長」
エルの瞳が一瞬翳り、視線が揺れる。それから、取り繕うように小さく微笑んで、そうノアに静かに言った。
食事中に何気ない会話をしていても、あの断罪の日からエルの元気がない。誰が気付かなくても、ノアにはわかっていた。そして、エルもノアに気付かれていると知っている。お互いそこには触れずに、この大切な二人の時間を過ごすのだった。
「エル、侯爵家まで送る。馬車に乗って」
「いつもありがとうございます」
夕食を一緒に摂ったあとは、エルを侯爵家まで送るのが、いつものパターンだ。ほんのわずかな時間でも長く一緒にいたいとノアは思うのだ。
馬車の中で二人きりになると、遠慮がちに甘えてくるエルが愛しい。指を絡めて手を握り合い、ノアの肩に甘えるように、ふわふわのプラチナブロンドの頭を寄せてくる。
ノアは頭のてっぺんに口づけて、自分も頬を寄せた。触れ合うところからエルの魔力が流れてきて、満たされた気持ちになる。
ノアはエルの憂いを晴らすために、動くことを決意した。エルを送り届けて一人になった馬車の中で、今後の算段をつけることにした。
「まずは父上に、あのことを言っていいか相談してみるか……」
ノアは、ある覚悟をして馬車の窓を開けた。指先に魔法を込めると白い鳩の形になる。国王である父へと、面会を求める内容を託すと、王宮へと青白い軌跡を描いて鳩は飛び立った。
数日後、訓練が終わったあと、ある事を伝えるために、わざわざエルを師団長室に呼び出した。ノックの音に返事をすると、エルが入ってくる。
なぜ呼び出されたのかエルはわからないようで、少し緊張しているようだ。
「エル、明日は私と一緒に視察に行ってもらいたいところがある」
「視察……ですか? わかりました。僕でよければ、お供します」
「ちょっとした視察だから、緊張する必要はないよ。そうだな、遠出するデートだと思えばいい。」
「デ、デート……ですか?」
エルの顔が赤くなるのを見て、ノアは満足気にうなずいた。
「早朝に馬で出発する。南門で待ち合わせだ。エルは乗馬が好きだったな」
「はい、覚えていてくださったのですね」
「エルの言ったことを、私が忘れるわけがない……今回の視察で、エルが元気になってくれるのを願うよ」
エルはハッとした表情でノアを見つめると、滲むように微笑んだ。ノアが元気づけるために、今回の視察を提案したことに気付いたのだろう。
「明日の視察を楽しみにしています」
「ああ。エル、早く帰って明日に備えなさい。気を付けて」
「はい、ノア師団長。失礼します……おやすみなさい」
「おやすみ、エル」
エルが出ていくと、ノアは少し元気になったエルに安心した。エルの入院中に、ベッドの中で、よく交わしていた挨拶をされて頬が緩む。ノアは手早く執務を終わらせると帰宅するのだった。
夜明け前の薄明かりの中、ノアは近づいてくる馬の蹄の音に気が付いて振り返った。
「おはようございます。お待たせしました、ノア師団長」
「おはよう、エル。私が楽しみで早く来てしまっただけだ。さあ行こう」
「はい」
門番に合図を送ると、開門されてノアとエルは王都から出発した。徐々に明るくなっていく空と、一面に広がる花が咲いている景色に、エルは久しぶりに目をキラキラとさせて、楽しそうにしている。
「いい景色だな」
「はい、心が洗われるようです。空気がおいしい」
「エルの気晴らしになったのなら良かった」
ノアは、笑みを浮かべてそう言った。
「ところで、どこを視察するのですか?」
「それは、行ってからのお楽しみだよ」
不思議そうな表情を浮かべるエルに、ノアは着いた時に驚くエルの姿を思い浮かべて、心が浮き立つのだった。
一度だけ休憩をはさんで、たどり着いたのは中規模の町だった。活気もあり、住んでいる人々の表情も明るい。
「良い町ですね」
「ここを中心とした一帯は、国の直轄地なんだ。将来、私が臣籍降下した時に治めることになる。まぁ、魔法師団を辞める気はないから、代官を置くつもりだが、今もたまに視察に来ている」
「そうだったのですね」
中心街を見ながら町中を進む。建物がまばらになってきた小高い丘を進むと、その教会は建っていた。遠くまで子どもたちの楽しそうな声が響いている。
「エル、ここが視察する場所だ」
「ここは、教会と孤児院が併設されているのですね」
厩舎番にノアたちの馬を預けていると、教会の入口から人の良さそうな初老の女性と中年の男性が出てきた。
「ようこそいらっしゃいました。ノア殿下、お久しぶりです」
「マザー、そなたも元気そうだな。エル、こちらの女性はこの教会と孤児院を運営している。彼はその補佐だ」
ノアがそう紹介すると、エルも自己紹介した。
「本日は、ノア師団長の付き添いで来ました。魔法師のエルです。よろしくお願いします」
「あらあら、こちらの方が? ノア殿下もようやく……うふふ、失礼しました。エル様、私のことはマザーとお呼びください。お二人とも中へどうぞ。ご案内します」
ノアは魔法師団に入る前に、公務でここの孤児院によく視察に来ていた。ここの内情を知っていたので、彼をここに託すことに決めていた。
「最近、困ったことはないか?」
「いいえ、おかげさまで特にございません。むしろ助かっておりますよ。子どもたちは、自分に危害を加えるものに敏感です。ですが、彼とはすぐに打ち解けました。とても良い子です」
「そうか。ここなら安心して、彼を任せられると思ったんだ」
エルが不思議そうに、ノアにたずねた。
「ノア師団長のお知り合いの方ですか?」
ノアは悪戯っぽく笑みをつくってみせる。
「すぐにわかるよ、エル」
ノアの意味ありげな言葉に、エルは少し不思議そうにしながらも、大人しく着いてくる。
教会の奥の扉を開くと、そこは中庭になっていた。
子どもたちが楽しそうに遊んでいる。エルはその中心にいる人物を見て、驚いたように思わず声をあげた。
「あっ! あそこにいるのは──」
155
あなたにおすすめの小説
翼が生えた王子は辺境伯令息に執心される
尾高志咲/しさ
BL
「ふわふわな翼が!背中に?」
慌てる僕の元にやってきたのは無表情な美形婚約者。どどどうする!?
――ファンタン王国の第五王子ミシューの背中に、ある朝目覚めたら真っ白な翼が生えていた。原因がわからずに慌てふためいていると、婚約者の辺境伯令息エドマンドが会いにやってくる。美形でいつも無表情なエドマンドは王都から離れた領地にいるが、二月に一度は必ずミシューに会いにくるのだ。翼が生えたことを知られたくないミシューは、何とかエドマンドを追い返そうとするのだが…。
◇辺境伯令息×王子
◇美形×美形
◆R18回には※マークが副題に入ります。
◆誰にも言えない秘密BLアンソロジー寄稿作品を改題・改稿しました。本編(寄稿分)を加筆し続編と番外編を追加。ほのぼの溺愛ファンタジーです。
【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる
ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。
・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。
・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。
・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。
【完結】あなたのいない、この異世界で。
Mhiro
BL
「……僕、大人になったよ。だから……もう、───いいよね?」
最愛の人に先立たれて3年。今だ悲しみから立ち直れず、耐えられなくなった結(ゆい)はその生涯を終えようとする。しかし、次に目が覚めたのは、生命を見守る大樹がそびえ立つ異世界だった。
そこで亡き恋人の面影を持つ青年・ルークと出会う。
亡き恋人への想いを抱えながらも、優しく寄り添ってくれるルークに少しずつ惹かれていく結。そんなある日、ある出来事をきっかけに、彼から想いを告げられる。
「忘れる必要なんてない。誰かを想うユイを、俺はまるごと受け止めたい」
ルークの告白を受け入れ、幸せな日々を送る結だったが、それは突然終わりを迎える。
彼が成人を迎えたら一緒に村を出ようと約束を交わし、旅立つ準備を進めていた矢先、結は別の女性と口づけを交わすルークの姿を目撃してしまう。
悲しみの中で立ち止まっていた心が、異世界での出会いをきっかけに再び動き出す、救済の物語。
※センシティブな表現のある回は「*」が付いてますので、閲覧にはご注意ください。
ストーリーはゆっくり展開していきます。ご興味のある方は、ぜひご覧ください。
狼領主は俺を抱いて眠りたい
明樹
BL
王都から遠く離れた辺境の地に、狼様と呼ばれる城主がいた。狼のように鋭い目つきの怖い顔で、他人が近寄ろう者なら威嚇する怖い人なのだそうだ。実際、街に買い物に来る城に仕える騎士や使用人達が「とても厳しく怖い方だ」とよく話している。そんな城主といろんな場所で出会い、ついには、なぜか城へ連れていかれる主人公のリオ。リオは一人で旅をしているのだが、それには複雑な理由があるようで…。
素敵な表紙は前作に引き続き、えか様に描いて頂いております。
転生悪役弟、元恋人の冷然騎士に激重執着されています
柚吉猫
BL
生前の記憶は彼にとって悪夢のようだった。
酷い別れ方を引きずったまま転生した先は悪役令嬢がヒロインの乙女ゲームの世界だった。
性悪聖ヒロインの弟に生まれ変わって、過去の呪縛から逃れようと必死に生きてきた。
そんな彼の前に現れた竜王の化身である騎士団長。
離れたいのに、皆に愛されている騎士様は離してくれない。
姿形が違っても、魂でお互いは繋がっている。
冷然竜王騎士団長×過去の呪縛を背負う悪役弟
今度こそ、本当の恋をしよう。
【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました
ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。
タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。
魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!
松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。
15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。
その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。
そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。
だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。
そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。
「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。
前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。
だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!?
「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」
初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!?
銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。
生贄傷物令息は竜人の寵愛で甘く蕩ける
てんつぶ
BL
「僕を食べてもらっても構わない。だからどうか――」
庶子として育ったカラヒは母の死後、引き取られた伯爵家でメイドにすら嗤われる下働き以下の生活を強いられていた。その上義兄からは火傷を負わされるほどの異常な執着を示される。
そんなある日、義母である伯爵夫人はカラヒを神竜の生贄に捧げると言いだして――?
「カラヒ。おれの番いは嫌か」
助けてくれた神竜・エヴィルはカラヒを愛を囁くものの、カラヒは彼の秘密を知ってしまった。
どうして初対面のカラヒを愛する「フリ」をするのか。
どうして竜が言葉を話せるのか。
所詮偽りの番いだとカラヒは分かってしまった。それでも――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる