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22.幸福の花が降る日
しおりを挟む「夢、じゃないですよね?」
「ああ。夢では困る」
エルは、ノアにプロポーズされて胸がいっぱいだ。嬉し涙が頬を伝う。それを優しい笑みを浮かべたノアが、指の背で拭う。エルも微笑み返す。
ノアが嬉しそうに、エルを抱きしめてきた。エルを包み込む腕に胸が高鳴る。ノアのプロポーズの魔力を受け取り、その温もりにうっとりしていた。相性の良い魔力だ、この上ない多幸感にエルは身を委ねた。ノアの柑橘系の匂いに包まれて、守られている感覚がある。
「エル……惜しいが、そろそろ時間だ」
「──っ! つい、すみません。ノア様」
エルは、このあとの大役のことを思い出した。あんなに緊張していたのに、プロポーズのおかげで、全て吹き飛んでしまった。
「いや、本当ならこのまま連れて帰りたいくらいだが、エルが頑張っていた大役が待っているからな」
「はい」
ノアの声で我に返ると、周囲の歓声が耳に入ってくる。公衆の面前で恥ずかしいけど、この溢れそうな幸福感と魔力が、僕を後押しする。
「ノア様。僕、ものすごく幸せです。今なら王都中に花を降らせることができるかも。そばにいてくれますか?」
「ああ、ここにいる。私が見届けるよ」
二人で視線を合わせると小さくうなずいて、ノアが今度は背後からエルを抱きしめた。すぅっと深呼吸して両手を空へと掲げる。ノアが抱きしめてくれている。なにも怖くない。
スムーズに魔力が練られていく。今までにない魔力量だ。ノアから受け取った分も含まれている。
二人の愛の魔力のかたまりが、幸福感とともにエルの全身を巡った。いつになく魔力が漲るのがわかる。
王都中に届け。エルは、この幸福をみんなにも伝えたい。
これまでの特訓の成果が出ている。
キラキラと輝く魔力の球体が、エルの身体を巡った温かい魔力の奔流を、指先から流し込むと、徐々に大きくなっていく。それは、普段よりも明らかに大きなものになっていった。魔力の密度が濃い。
でも、ちゃんとエルは操作できていた。背中に感じるノアの存在が心強い。もう少しいける。
一時期、呪で上手く操れなくなっていたのが嘘みたいだ。綿密な精度を必要とするこの魔法を、今までで一番上手く操ることができていた。
──いける。
エルは確信すると、手元から魔力の球体がふわりと離れる。ゆっくりとエルの瞳のような青空へと昇っていく。
それは王都にいるみんなにも見えるほど高く高く。民衆の視線が陽の光を反射して、キラキラと輝く魔力の球体を追っていく。
──そして。
「皆に祝福を!」
──遠く遠く、王都中へ届くように。
エルの思いに応えるように、魔力はどんどん広がっていく。やがて王都を覆うように魔力が行き届くと、シャボンのようにパチンと弾けた。
ひらりひらりと、澄み渡った青空から太陽に照らされて色とりどりの花が降り注いでくる。
「ママー! お花がたくさん降ってくるよ。キレイね」
「本当ね。ママもそう思うわ」
花を指さして、母親に抱かれた子どもが嬉しそうに手を差し出すと、楽しそうに掴もうとする。
客と話していた商人も、巡回していた騎士団員も空から舞い落ちる花に目を奪われていた。魔法師団を目指す学生は、その魔法の精度に心酔した。
幸福の花が王都全体に降り注ぐ。
「すっげぇ! エルのやつ本番にとんでもないことしてくれたな!」
「これは、二つ名持ちになるな。後世に語り継がれるぞ」
「俺達も負けていられないな」
仲間の魔法師団員は、自分のことのように誇らしく思った。
民衆の笑顔を見つめていた国王と王妃もまた満ち足りていた。
「思った以上の光景じゃのう。余の目に狂いはなかった」
「フフ。ノアのあの穏やかな表情。あの二人が巡り会えて本当に良かったわ」
「これを運命と呼ぶのかもしれんな」
ノアの兄である王太子もまた、笑顔で奇跡のような光景を見ていた。
「王太子としても兄としても、彼がノアの伴侶になってくれるのは大歓迎だな。ノア、幸せになれよ」
観光客は、フローラ王国が真実、平和の国なのだと、幸福感を感じる降り注ぐ花を目の当たりにして、身をもって味わった。
恋人たちも寄り添い指を絡ませると、その光景をウットリと眺め続けた。中央広場にいる人々にも路地裏で佇んでいる人にも、屋根の上で昼寝をしていた猫にさえ、エルの花は降り注いだ。
不治の病を患っていた青年は、今年が最期だろうと、復活の日の空気を味わいに恋人に横抱きにされて外に出たとき、恋人と一緒にエルの花を浴びた。
息がしやすくなり、幸せを味わっていた。顔色の良くなった余命いくばくもない彼を見て、恋人は、くしゃりと泣きそうに笑った。最期の復活の日の思い出に温かな涙を流した。
しかし、その後、病院に行くと、病が完治したことを知るのだった。
一部で起こった、このような病気の人たちに起きた奇跡によって、エルの花は奇跡の花とも呼ばれることになる。
エルの願いは叶い、王都中の人々がその花に触れる事ができた。触れた瞬間に、淡雪のように消える花に癒されたあと、心には幸せな余韻が残った。
また、ノアとの魔力の相乗効果で、いくつもの奇跡が起こっていたのを知ったのは、翌日以降だった。その人たちにとってエルは「奇跡の魔法師」と呼ばれるようになったが、幸福を感じた多くの人々からは「幸福の魔法師」と呼ばれるようになった。
「エル、大成功だ。幸せだな」
「はい! ノア様のおかげで、癒しの花が王都中に行き届いたと思います。良かった」
「癒しだけではない、幸福感を感じる。幸福の花だ」
「そうだったら嬉しいな」
「エル。私は今、幸せだ」
「ノア様……」
そのことをまだ知らないエルとノアは、降り注ぐ花の中で、エルを背後から抱きしめていたノアが顔を寄せてきた。エルはそれに応えて甘い口づけを交わしていた。みんな空を見上げていて、目撃者はいなかった。
「なるべく早く式を挙げたいな」
「ノア様……」
「エルを早く私の伴侶にしたい」
「僕も、ノア様の伴侶になりたい」
エルのその言葉に、ノアが嬉しそうに目を細めて微笑んでくれる。
「魔法師としても、王子妃としてもノア様の隣に並べるように頑張ります」
「エルなら心配いらないだろう」
花降る青空を見ながら、エルとノアは将来について語っていた。
エルは、今日という日を絶対に忘れないように、ノアと寄り添って幸せそうな民衆を目に焼きつけるのだった。
──エレネア、我らの愛し子が奇跡を起こしたぞ。
地下深くで視ていたノワールが、傍らに眠るエルネアに嬉しそうに報告をした。
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