4 / 4
4.
しおりを挟む
それから三ヶ月後。ノルデン子爵家の応接間にて、婚約解消の話し合いが行われました。
フィリーネ様とアルベルト様に同席なさっているのは旦那様と奥様、グラーツ夫妻、そしてフランツィスカ様です。
「第三者がいた方が、より公平な判断が下せるでしょう?フィリーネ様は大切な友人ですもの。喜んで協力させて頂きますわ」
なぜフランツィスカ様がいらっしゃるのかと怪訝な顔だったグラーツ夫妻も、侯爵令嬢にそう言われると黙るしかありません。伯爵家から見ればノルデン子爵家は格下。いざとなれば婚約続行をごり押しされるかもしれませんもの。フランツィスカ様、グッジョブですわ。
「おおむねは事前にご連絡したとおりです。アルベルト君のフィリーネへの態度は目に余ります。このまま結婚しても、うまくやっていけるとは思えない。これは娘の希望でもあります」
「ちょっと待って下さいな。うちの子が悪いというんですか?」
「普段からフィリーネ嬢の振る舞いには問題があると息子は言っていました。それでも彼女を愛している、共にありたいとアルベルトは強く望んでいます」
やはり。あのクソ害虫野郎、家族にもお嬢様の悪口を吹聴していましたわね。本当にそんなダメ令嬢を妻にしたら、自らの評判も下がるでしょうに。そんなことも想定できないのでしょうか、この単細胞は。
「俺はフィリーネにどれだけ足りない部分があったとしても、受け入れるつもりです。彼女が何を言ったか知りませんが、娘だからと闇雲にその言葉を信用するのは如何なものでしょうか」
「これはここ三ヶ月、アルベルト君が娘と交わした会話を侍女に記録させたものです」
すっと書類を取り出してグラーツ夫妻へ渡す旦那様。それを読んだグラーツ伯爵の顔が、みるみるうちに険しくなりました。
「アルベルト……お前、本当にこんなことをフィリーネ嬢に言ったのか?」
アルベルト様が青ざめる様子に、私は胸がすく思いでした。その記録は全て私が書いたものです。実はお嬢様があの男と婚約して以来、私が立ち会った場での会話は覚えている限り全て書き残してしております。それをお見せしたところ、旦那様がドン引きなさっておられましたけれども。お役に立てて何よりです。
「そ、そんなのでたらめだ!フィリーネが侍女に書かせたものなんて、信用できるかっ」
「あら。聞き捨てなりませんわね」
ここまで黙って静観なさっていたフランツィスカ様が初めて口を開きました。冷たい光を湛えたその眼力に、さしものアルベルト様もたじろいだ様子です。
「公正を期すため、ここ三ヶ月はお二人の茶会に我が家の侍女も同席させておりました。我が家の侍女とイルゼの記録を付き合わせて、差異がないことを確認しておりますわ」
なぜこの話し合いまで三ヶ月もかかったのか。
それはこの場で公正な証拠として、提示できる資料を作成するためだったのです。
「本当に言ったのか?どうなんだ、アルベルト!」
「う……言いました」
「なんてこと……!こんなの、ほとんど言いがかりのようなものばかりじゃない。しかもフィリーネ嬢どころか、ノルデン子爵家を貶めるようなことまで……」
「また先日、グラーツ家の馬車に置いて行かれた件ですが」
「それは行き違いがあったと聞いております。既に謝罪は受けて頂いたはずですが」
「行き違いではなく、グラーツ令息はわざとフィリーネ様を置いていったようですわ。彼がそのように吹聴していたことを、私自身が耳にしております」
「何っ!?本当か、アルベルト!」
何やら声にならぬ声で答える害虫、いえアルベルト様を、グラーツ伯爵が叱り飛ばしました。
旦那様も彼を睨み付けて「偶然アーレンス侯爵令嬢に拾って頂けたから良かったが、フィリーネにもしもの事が有ったらどう責任を取るつもりだったのかね?」と怒りを孕んだ声で問い掛けます。
「今さらそんなことを蒸し返さなくても……何でも無かったんだから良かったじゃないですか。それに、学院には共用の馬車だってあります。そのくらいの機転を利かせられなかったフィリーネにも非があるでしょう」
「あの時間では、最終の馬車には間に合いませんでしたわ」
そうです。アルベルト様を待たず、授業が終わってすぐに帰り支度をしていれば、十分に間に合ったはずなのです。
アルベルト様は余計なことを言うなとばかりにお嬢様を睨み付けましたが、フィリーネ様は素知らぬ顔をされていました。いつもならびくびくとしながら謝罪の言葉を述べていたでしょう。ですがもう、お嬢様の心にあの男の居場所など無いのです。
「ノルデン子爵、フィリーネ嬢。この度はうちの馬鹿が本当に申し訳ありませんでした。婚約の解消、いや破棄でも当家は受け入れます」
おや。グラーツ夫妻は案外ちゃんとした方たちのようです。優秀なアルベルト様の言うことだからと、信じてしまったのかもしれませんね。親としてそれはどうかと思いますけども。
「父上、俺は納得してない!そりゃ少し強引なやり方だったかもしれないが、俺はそれがフィリーネのためになると信じていたんだ。俺の言うとおりにすれば、理想的な淑女になれるって」
「そんなもの、お前の妄想を押しつけているだけだろうが」
「確かに私に至らないせいで、アルベルト様の理想から外れてしまっていたのでしょうね」と、お嬢様が上品に首を傾げながらおっしゃいました。
「だろう?フィリーネ、やはり君だけは分かってくれるんだね。君は俺の理想の女性だ」
「アルベルト様。私にも理想としている殿方像はありますわ。貴方も、それに沿うようにして下さるのですか?」
「あ、ああ!勿論だ。君のためなら努力する」
「ではまず、学院の専攻を騎士科に変わって下さいませ」
「は?」
「私は騎士様のような逞しい殿方が好みですの。だから近衛騎士を目指して下さいませ。ああ、あと収入は父上と同じくらいは欲しいですわね。ならば最低でも近衛隊長くらいにはなって頂かないと。あと月に一回は観劇に連れて行って頂きたいですし、毎月友人を招いてお茶会を開きたいですわ。それにドレスも新しいものを月に一度は仕立てて欲しいですわね」
「何をバカなことを!そんなこと、出来る訳ないだろう!常識で考えてものを言え」
顔を赤くしてぷるぷると震えながらそう叫んだ屑男は、周囲からの冷たい目線に気づいて口を閉ざしました。
『常識で考えろ』それは彼自身の言動そのものです。自分がどんなに理不尽なことを言っていたか、少しは気付けたのかしら。
「私は貴方の理想に沿うことができません。貴方も、私の理想に近づこうとする気はないのでしょう?ならば、私たちは一緒にいるべきではないと思いますわ」
「そんなのは努力次第だろう!君がもっと努力してくれたなら……」
「どうして私だけが、努力しなければならないのです?」
優雅な微笑みを消し、お嬢様は鋭い視線で婚約者を見据えました。
「私の希望は何一つ叶えようとしないくせに、こちらへ自分の理想を押し付ける。そんな身勝手な方のために、どうして努力する気になれましょう。次の婚約者にはあるがままの私を愛し、尊重して下さる方を選びたいですわ」
それは、容赦のない拒絶でした。それでも反論しようとしたアルベルト様の肩をグラーツ伯爵が叩いて「諦めろ」と諭します。
がっくりとうなだれるアルベルト様の姿に、私は心の中で天へ向かって拳を突き上げました。
「イルゼ、この服で本当に大丈夫?」
「はい。良く似合っておいでですよ、お嬢様」
今日のお嬢様は薄い赤色のワンピースをお召しです。ふんわりとした色合いが、お嬢様の美しさをより際立たせておりますわ。
「オスヴィン様は喜んで下さるかしら」
「勿論です!今日のお嬢様の可愛らしさを見れば、涙を流して喜ぶに違いありませんわ」
「ふふ。イルゼはいっつも大げさなんだから」
あれから婚約は無事に解消となり、お嬢様にはフランツィスカ様から幾人かの令息をご紹介頂きました。その中で相性が良さそうだったオスヴィン・バルツァー子爵令息と、婚約を前提に交流を行っているところです。前回の反省もあり、じっくりと互いの相性を見極めるそうですわ。
オスヴィン様はバルツァー子爵の次男で、近衛騎士を目指しておられるそうです。お嬢様好みの逞しい身体に加え、お優しくて気遣いの出来る方。フィリーネ様はすっかり彼がお気に召したようです。
一方、アルベルト様ですが。しばらくはフィリーネ様に付きまとっていましたが、当家からきつく苦情を申し上げた後は大人しくなりました。聞くところによれば新たな婚約者を探しているものの、どこの家からも断られているとのこと。
彼が元婚約者についてあることないことを言いふらして貶めたという過去は、学院どころか社交界中に広まっています。そんな方へ嫁ぎたい令嬢などいないでしょう。
彼は誰にも選んで貰えないという事実にいたく憤慨したらしく「俺は世界的に有名な研究者になる男だ!その時に後悔しても遅いんだぞ」と息巻いていたそうですわ。
その後トップの成績で研究所へ就職したものの、今では閑職に回されているとか。上司の指示を聞かない、注意されればふてくされる。あまりにも独善的な性格で使い物にならないと判断されたようです。そんなザマでは高名な研究者になるどころではありませんねえ。ふふふ。
「これであの目障りなあの男も終わりね。すっきりしたわ」
先日お会いした際、フランツィスカ様はそう仰いました。お嬢様に聞こえないよう、こっそりと。
「これも全て、フランツィスカ様のおかげでございます」
「私は大したことはしていないわ。あの男が、自分で自分の足を引っ張っただけよ」
アルベルト様の噂を社交界へ広めたのは、フランツィスカ様です。
あの日、お嬢様を送って下さったのがアーレンス侯爵令嬢と聞いた時……私は天の助けだと思いました。
学院へ通っている妹から、アーレンス侯爵令嬢が同級生のアルベルト・グラーツ令息とその仲間を酷く嫌っているという話を聞いたことがあったのです。
私はお嬢様からのお礼状を携えてフランツィスカ様の元を訪れ、無礼を承知で協力をお願いしました。フィリーネ様とアルベルト様の婚約解消へ手を貸して欲しい、と。
フランツィスカ様は「以前から、あの男は気にくわなかったのよ」と快く承知して下さいました。
あの害虫野郎は以前、フランツィスカ様のことを「美人だが気が強すぎる。あんな女の夫になる男は苦労が耐えないだろう」と悪し様に言っていたらしいのです。
侯爵令嬢を怒らせるなんて、愚かにも程がありますわね。どのみち、あの男には先が無かったのです。別れられて本当によろしゅうございました。
あれ以来、フランツィスカ様とフィリーネ様はすっかり仲良くなられました。お嬢様も友人が増えて嬉しそうです。
「あのね、イルゼ。オスヴィン様が二人だけで出掛けられたらいいのにって仰ったの」
「いけません!まだ婚約もしていないのに、二人っきりになるなど。そんな不埒な殿方だったとは……これは婚約者候補から外すべきかもしれませんわ」
「冗談で言われただけよ。もうっ、イルゼはお父様より厳しいわね」
「当然です。私は旦那様からくれぐれもお相手のお人柄を見極めるよう、仰せつかっておりますので!」
ええ、そうですとも。
お嬢様のことは、このイルゼがしっかりお守り致しますわ。御身に相応しい殿方へ嫁がれる、その日まで。
フィリーネ様とアルベルト様に同席なさっているのは旦那様と奥様、グラーツ夫妻、そしてフランツィスカ様です。
「第三者がいた方が、より公平な判断が下せるでしょう?フィリーネ様は大切な友人ですもの。喜んで協力させて頂きますわ」
なぜフランツィスカ様がいらっしゃるのかと怪訝な顔だったグラーツ夫妻も、侯爵令嬢にそう言われると黙るしかありません。伯爵家から見ればノルデン子爵家は格下。いざとなれば婚約続行をごり押しされるかもしれませんもの。フランツィスカ様、グッジョブですわ。
「おおむねは事前にご連絡したとおりです。アルベルト君のフィリーネへの態度は目に余ります。このまま結婚しても、うまくやっていけるとは思えない。これは娘の希望でもあります」
「ちょっと待って下さいな。うちの子が悪いというんですか?」
「普段からフィリーネ嬢の振る舞いには問題があると息子は言っていました。それでも彼女を愛している、共にありたいとアルベルトは強く望んでいます」
やはり。あのクソ害虫野郎、家族にもお嬢様の悪口を吹聴していましたわね。本当にそんなダメ令嬢を妻にしたら、自らの評判も下がるでしょうに。そんなことも想定できないのでしょうか、この単細胞は。
「俺はフィリーネにどれだけ足りない部分があったとしても、受け入れるつもりです。彼女が何を言ったか知りませんが、娘だからと闇雲にその言葉を信用するのは如何なものでしょうか」
「これはここ三ヶ月、アルベルト君が娘と交わした会話を侍女に記録させたものです」
すっと書類を取り出してグラーツ夫妻へ渡す旦那様。それを読んだグラーツ伯爵の顔が、みるみるうちに険しくなりました。
「アルベルト……お前、本当にこんなことをフィリーネ嬢に言ったのか?」
アルベルト様が青ざめる様子に、私は胸がすく思いでした。その記録は全て私が書いたものです。実はお嬢様があの男と婚約して以来、私が立ち会った場での会話は覚えている限り全て書き残してしております。それをお見せしたところ、旦那様がドン引きなさっておられましたけれども。お役に立てて何よりです。
「そ、そんなのでたらめだ!フィリーネが侍女に書かせたものなんて、信用できるかっ」
「あら。聞き捨てなりませんわね」
ここまで黙って静観なさっていたフランツィスカ様が初めて口を開きました。冷たい光を湛えたその眼力に、さしものアルベルト様もたじろいだ様子です。
「公正を期すため、ここ三ヶ月はお二人の茶会に我が家の侍女も同席させておりました。我が家の侍女とイルゼの記録を付き合わせて、差異がないことを確認しておりますわ」
なぜこの話し合いまで三ヶ月もかかったのか。
それはこの場で公正な証拠として、提示できる資料を作成するためだったのです。
「本当に言ったのか?どうなんだ、アルベルト!」
「う……言いました」
「なんてこと……!こんなの、ほとんど言いがかりのようなものばかりじゃない。しかもフィリーネ嬢どころか、ノルデン子爵家を貶めるようなことまで……」
「また先日、グラーツ家の馬車に置いて行かれた件ですが」
「それは行き違いがあったと聞いております。既に謝罪は受けて頂いたはずですが」
「行き違いではなく、グラーツ令息はわざとフィリーネ様を置いていったようですわ。彼がそのように吹聴していたことを、私自身が耳にしております」
「何っ!?本当か、アルベルト!」
何やら声にならぬ声で答える害虫、いえアルベルト様を、グラーツ伯爵が叱り飛ばしました。
旦那様も彼を睨み付けて「偶然アーレンス侯爵令嬢に拾って頂けたから良かったが、フィリーネにもしもの事が有ったらどう責任を取るつもりだったのかね?」と怒りを孕んだ声で問い掛けます。
「今さらそんなことを蒸し返さなくても……何でも無かったんだから良かったじゃないですか。それに、学院には共用の馬車だってあります。そのくらいの機転を利かせられなかったフィリーネにも非があるでしょう」
「あの時間では、最終の馬車には間に合いませんでしたわ」
そうです。アルベルト様を待たず、授業が終わってすぐに帰り支度をしていれば、十分に間に合ったはずなのです。
アルベルト様は余計なことを言うなとばかりにお嬢様を睨み付けましたが、フィリーネ様は素知らぬ顔をされていました。いつもならびくびくとしながら謝罪の言葉を述べていたでしょう。ですがもう、お嬢様の心にあの男の居場所など無いのです。
「ノルデン子爵、フィリーネ嬢。この度はうちの馬鹿が本当に申し訳ありませんでした。婚約の解消、いや破棄でも当家は受け入れます」
おや。グラーツ夫妻は案外ちゃんとした方たちのようです。優秀なアルベルト様の言うことだからと、信じてしまったのかもしれませんね。親としてそれはどうかと思いますけども。
「父上、俺は納得してない!そりゃ少し強引なやり方だったかもしれないが、俺はそれがフィリーネのためになると信じていたんだ。俺の言うとおりにすれば、理想的な淑女になれるって」
「そんなもの、お前の妄想を押しつけているだけだろうが」
「確かに私に至らないせいで、アルベルト様の理想から外れてしまっていたのでしょうね」と、お嬢様が上品に首を傾げながらおっしゃいました。
「だろう?フィリーネ、やはり君だけは分かってくれるんだね。君は俺の理想の女性だ」
「アルベルト様。私にも理想としている殿方像はありますわ。貴方も、それに沿うようにして下さるのですか?」
「あ、ああ!勿論だ。君のためなら努力する」
「ではまず、学院の専攻を騎士科に変わって下さいませ」
「は?」
「私は騎士様のような逞しい殿方が好みですの。だから近衛騎士を目指して下さいませ。ああ、あと収入は父上と同じくらいは欲しいですわね。ならば最低でも近衛隊長くらいにはなって頂かないと。あと月に一回は観劇に連れて行って頂きたいですし、毎月友人を招いてお茶会を開きたいですわ。それにドレスも新しいものを月に一度は仕立てて欲しいですわね」
「何をバカなことを!そんなこと、出来る訳ないだろう!常識で考えてものを言え」
顔を赤くしてぷるぷると震えながらそう叫んだ屑男は、周囲からの冷たい目線に気づいて口を閉ざしました。
『常識で考えろ』それは彼自身の言動そのものです。自分がどんなに理不尽なことを言っていたか、少しは気付けたのかしら。
「私は貴方の理想に沿うことができません。貴方も、私の理想に近づこうとする気はないのでしょう?ならば、私たちは一緒にいるべきではないと思いますわ」
「そんなのは努力次第だろう!君がもっと努力してくれたなら……」
「どうして私だけが、努力しなければならないのです?」
優雅な微笑みを消し、お嬢様は鋭い視線で婚約者を見据えました。
「私の希望は何一つ叶えようとしないくせに、こちらへ自分の理想を押し付ける。そんな身勝手な方のために、どうして努力する気になれましょう。次の婚約者にはあるがままの私を愛し、尊重して下さる方を選びたいですわ」
それは、容赦のない拒絶でした。それでも反論しようとしたアルベルト様の肩をグラーツ伯爵が叩いて「諦めろ」と諭します。
がっくりとうなだれるアルベルト様の姿に、私は心の中で天へ向かって拳を突き上げました。
「イルゼ、この服で本当に大丈夫?」
「はい。良く似合っておいでですよ、お嬢様」
今日のお嬢様は薄い赤色のワンピースをお召しです。ふんわりとした色合いが、お嬢様の美しさをより際立たせておりますわ。
「オスヴィン様は喜んで下さるかしら」
「勿論です!今日のお嬢様の可愛らしさを見れば、涙を流して喜ぶに違いありませんわ」
「ふふ。イルゼはいっつも大げさなんだから」
あれから婚約は無事に解消となり、お嬢様にはフランツィスカ様から幾人かの令息をご紹介頂きました。その中で相性が良さそうだったオスヴィン・バルツァー子爵令息と、婚約を前提に交流を行っているところです。前回の反省もあり、じっくりと互いの相性を見極めるそうですわ。
オスヴィン様はバルツァー子爵の次男で、近衛騎士を目指しておられるそうです。お嬢様好みの逞しい身体に加え、お優しくて気遣いの出来る方。フィリーネ様はすっかり彼がお気に召したようです。
一方、アルベルト様ですが。しばらくはフィリーネ様に付きまとっていましたが、当家からきつく苦情を申し上げた後は大人しくなりました。聞くところによれば新たな婚約者を探しているものの、どこの家からも断られているとのこと。
彼が元婚約者についてあることないことを言いふらして貶めたという過去は、学院どころか社交界中に広まっています。そんな方へ嫁ぎたい令嬢などいないでしょう。
彼は誰にも選んで貰えないという事実にいたく憤慨したらしく「俺は世界的に有名な研究者になる男だ!その時に後悔しても遅いんだぞ」と息巻いていたそうですわ。
その後トップの成績で研究所へ就職したものの、今では閑職に回されているとか。上司の指示を聞かない、注意されればふてくされる。あまりにも独善的な性格で使い物にならないと判断されたようです。そんなザマでは高名な研究者になるどころではありませんねえ。ふふふ。
「これであの目障りなあの男も終わりね。すっきりしたわ」
先日お会いした際、フランツィスカ様はそう仰いました。お嬢様に聞こえないよう、こっそりと。
「これも全て、フランツィスカ様のおかげでございます」
「私は大したことはしていないわ。あの男が、自分で自分の足を引っ張っただけよ」
アルベルト様の噂を社交界へ広めたのは、フランツィスカ様です。
あの日、お嬢様を送って下さったのがアーレンス侯爵令嬢と聞いた時……私は天の助けだと思いました。
学院へ通っている妹から、アーレンス侯爵令嬢が同級生のアルベルト・グラーツ令息とその仲間を酷く嫌っているという話を聞いたことがあったのです。
私はお嬢様からのお礼状を携えてフランツィスカ様の元を訪れ、無礼を承知で協力をお願いしました。フィリーネ様とアルベルト様の婚約解消へ手を貸して欲しい、と。
フランツィスカ様は「以前から、あの男は気にくわなかったのよ」と快く承知して下さいました。
あの害虫野郎は以前、フランツィスカ様のことを「美人だが気が強すぎる。あんな女の夫になる男は苦労が耐えないだろう」と悪し様に言っていたらしいのです。
侯爵令嬢を怒らせるなんて、愚かにも程がありますわね。どのみち、あの男には先が無かったのです。別れられて本当によろしゅうございました。
あれ以来、フランツィスカ様とフィリーネ様はすっかり仲良くなられました。お嬢様も友人が増えて嬉しそうです。
「あのね、イルゼ。オスヴィン様が二人だけで出掛けられたらいいのにって仰ったの」
「いけません!まだ婚約もしていないのに、二人っきりになるなど。そんな不埒な殿方だったとは……これは婚約者候補から外すべきかもしれませんわ」
「冗談で言われただけよ。もうっ、イルゼはお父様より厳しいわね」
「当然です。私は旦那様からくれぐれもお相手のお人柄を見極めるよう、仰せつかっておりますので!」
ええ、そうですとも。
お嬢様のことは、このイルゼがしっかりお守り致しますわ。御身に相応しい殿方へ嫁がれる、その日まで。
634
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
グランディア様、読まないでくださいっ!〜仮死状態となった令嬢、婚約者の王子にすぐ隣で声に出して日記を読まれる〜
月
恋愛
第三王子、グランディアの婚約者であるティナ。
婚約式が終わってから、殿下との溝は深まるばかり。
そんな時、突然聖女が宮殿に住み始める。
不安になったティナは王妃様に相談するも、「私に任せなさい」とだけ言われなぜかお茶をすすめられる。
お茶を飲んだその日の夜、意識が戻ると仮死状態!?
死んだと思われたティナの日記を、横で読み始めたグランディア。
しかもわざわざ声に出して。
恥ずかしさのあまり、本当に死にそうなティナ。
けれど、グランディアの気持ちが少しずつ分かり……?
※この小説は他サイトでも公開しております。
婚約破棄された侯爵令嬢ですが、帝国の次席秘書官になりました ――王の隣ではなく、判断を誤らせない場所へ
ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として王宮に仕える侯爵令嬢ゼクレテァ。
彼女は華やかな場に立つことはなく、ただ静かに、しかし確実に政務と外交を支えていた。
――その役割が、突然奪われるまでは。
公の場で告げられた一方的な婚約破棄。
理由はただひとつ、「愛している相手がいるから」。
ゼクレテァは感情を見せることなく、その決定を受け入れる。
だが彼女が王宮を去った後、王国には小さな歪みが生じ始めた。
些細な行き違い、遅れる判断、噛み合わない政策。
それらはやがて、国家全体を揺るがす事態へと発展していく。
一方、行き場を失ったゼクレテァの前に、思いもよらぬ「選択肢」が差し出される。
求められたのは、身分でも立場でもない。
彼女自身の能力だった。
婚約破棄から始まる、
静かで冷静な逆転劇。
王の隣に立つことを拒んだ令嬢は、
やがて「世界を動かす場所」へと歩み出す――。
-
記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛
三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。
「……ここは?」
か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。
顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。
私は一体、誰なのだろう?
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました
しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。
そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。
そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。
全身包帯で覆われ、顔も見えない。
所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。
「なぜこのようなことに…」
愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。
同名キャラで複数の話を書いています。
作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。
この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。
皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。
短めの話なのですが、重めな愛です。
お楽しみいただければと思います。
小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!
[異世界恋愛短編集]私のせいではありません。諦めて、本音トークごと私を受け入れてください
石河 翠
恋愛
公爵令嬢レイラは、王太子の婚約者である。しかし王太子は男爵令嬢にうつつをぬかして、彼女のことを「悪役令嬢」と敵視する。さらに妃教育という名目で離宮に幽閉されてしまった。
面倒な仕事を王太子から押し付けられたレイラは、やがて王族をはじめとする国の要人たちから誰にも言えない愚痴や秘密を打ち明けられるようになる。
そんなレイラの唯一の楽しみは、離宮の庭にある東屋でお茶をすること。ある時からお茶の時間に雨が降ると、顔馴染みの文官が雨宿りにやってくるようになって……。
どんな理不尽にも静かに耐えていたヒロインと、そんなヒロインの笑顔を見るためならどんな努力も惜しまないヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
「お望み通り、悪役令嬢とやらになりましたわ。ご満足いただけたかしら?」、その他5篇の異世界恋愛短編集です。
この作品は、他サイトにも投稿しております。表紙は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:32749945)をおかりしております。
公爵令嬢は愛に生きたい
拓海のり
恋愛
公爵令嬢シビラは王太子エルンストの婚約者であった。しかし学園に男爵家の養女アメリアが編入して来てエルンストの興味はアメリアに移る。
一万字位の短編です。他サイトにも投稿しています。
【完結】見えるのは私だけ?〜真実の愛が見えたなら〜
白崎りか
恋愛
「これは政略結婚だ。おまえを愛することはない」
初めて会った婚約者は、膝の上に女をのせていた。
男爵家の者達はみな、彼女が見えていないふりをする。
どうやら、男爵の愛人が幽霊のふりをして、私に嫌がらせをしているようだ。
「なんだ? まさかまた、幽霊がいるなんて言うんじゃないだろうな?」
私は「うそつき令嬢」と呼ばれている。
幼い頃に「幽霊が見える」と王妃に言ってしまったからだ。
婚約者も、愛人も、召使たちも。みんな私のことが気に入らないのね。
いいわ。最後までこの茶番劇に付き合ってあげる。
だって、私には見えるのだから。
※小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
イルゼさんとフランツスィカ様、グッジョブ!!
モラハラ野郎は職場でもモラハラってたんだな。
虫野郎のバラエティに富んだ呼称が、好き。
ご感想ありがとうございます!
この作品はイマイチ人気が無かったのでお読み頂けて嬉しいです。
アルベルトはモラハラクソ男なので、台所の黒い奴呼ばわりも仕方ありませんね!😅
お嬢様、モラハラクズ男の精神的DVによる洗脳から解放されて良かった。
イルゼ本当に有能。
素敵な親友と婚約者(予定)も出来てめでたしめでたしですね。