熱のせい

yoyo

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熱のせい

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   ボーッとした頭で天井を見つめる。木島永和きじまとわの額には先程、一磨かずまが貼ってくれた冷却シートが乗っかっている。こんなに熱を出したのはいつぶりだろうか。

   最近、残業続きで疲れが溜まっていたのと、昨日の急な雨に濡れて帰ってきたのがいけなかったのかもしれない。

   いつもの時間に起きてこなかった永和を心配して、同棲している恋人の仲野一磨なかのかずまが起こしに来て、発熱していることに気がづいた。




「取り敢えず、飲み物とか、軽く食べれそうなものとか冷蔵庫に入れておいたから」

「ん、ごめん。ありがとう」



   朝の時間がない中、急いで近くのコンビニまで走ってくれたのかと思うと、申し訳なさと感謝で胸がいっぱいになる。


「ほら、水分はしっかり取って。じゃないと、脱水症状になるから」


   そう言うと、永和の体を起こしペットボトルの蓋を開けたスポーツドリンクを手渡す。口をつけると、熱い身体が水分を欲していたかのようにゴクゴクと半分ほど飲み干す。





「じゃあ、今日はなるべく早く帰るから。ゆっくり寝てるんだよ」

「ちょっと熱あるくらいだし、大丈夫だよ。あ、オレもトイレ行ってからもう一眠りする」



   いつものようにベットから立ち上がろうとすると、グラっと視界が揺れて足元がふらつく。


「あーもう、ほらっ。39度近く熱あるんだからっ!」

「大丈夫、大丈夫。ちょっと立ちくらみしただけ。1人で歩けるから」



   身体を支えてくれた一磨の手を離して、トイレに向かう。立ってしまうと、フラつくことなく歩くことができた。



「じゃあ、もう行くけど、熱高いってこと忘れて、自分の身体過信したらダメだからね」

「あーはいはい」



   怠さと少しのうっとおしさで、投げやりに返していると有らぬ注意までされる。



「トイレもこまめに行くんだよ。永和は調子悪いと失敗するから」

「……っ!一体いつの話してるんだよ。もう、そんなことにはならねーよ!」










   2年ほど前、当時働いていた会社がブラックで、体調を崩した。連日の残業や休日出勤に加えて、上司からの嫌がらせもあって、精神的に参ってしまったのだ。
   一磨と同棲し始めたのも、この時期だった。体調を崩すことが多く、心配した一磨が泊まり込むようになったのが始まりだ。

   その頃は、目眩や頭痛、倦怠感、発熱、不眠症、過呼吸など色々症状があったけど、一番厄介だったのは夜尿症だった。

   小さい頃は、漏らすことは全くと言っていいほどなかったから、20歳を過ぎて盛大に布団を濡らしてしまった時は、自分自身が信じられなくなって、相当ショックを受けた。だけど、この1回だけでは終わらず、ひどい時は週の半分は布団を濡らしていた。

   初めて、一磨の前で漏らしてしまった時は、みっともなくて情けなくて、死にたくなったけど、一磨はそんなオレを嫌な顔せず受け入れて、後始末も全部やってくれた。

   仕事を辞めたことと、ダメな部分も受け入れてくれた一磨の存在があったことで、症状は徐々に改善して、もう1年以上失敗することはなくなっていた。









   朝、一磨が出勤した後、冷蔵庫に入っていたゼリー飲料と薬を飲んで再びベットに入った。
   薬の効果なのか、そのあと1度も目を覚ますことなく、玄関が開く音で目が覚めた。時計を見て、一磨がいつもよりかなり早く帰ってきたのだとわかる。

   喉を潤そうと、ベット脇のサイドテーブルに置かれたペットボトルに手を伸ばそうとした時に、あの嫌な感覚が蘇った。急いで布団をめくると尻を中心にぐっしょりと濡れていた。




   もう、治ったと思っていたのに、またやってしまった……

   ボーと動けず、その惨状を見つめるしかない。




「永和……」

   一磨の控えめな声と共にゆっくりとドアが開く。



   やばっ……


   我に返って急いで布団を被り、目を固く瞑って寝たふりをする。



   ドック……ドック……ドック……


   今更、一磨に隠しても仕方のないことだってわかっているし、拒否されることもないのは、わかってはいるけど……





「永和?まだ寝てる?」

   一磨は近づいてきて、顔を覗き込む。



   ドクドクドクドクドクドク……

   小さい頃、約束を破って母親にバレそうな時と同じく、嫌な感じで心臓がうるさく鳴っている。



   朝の忠告に威勢良く返してしまった手前、情けなさすぎる……

   今度こそ、呆れられるかもしれない……
   そんなネガティブな感情に支配されていく。


   一磨が永和の額に触れた時、ビクッとさらに身体が強張る。


「永和?起きてるよね?どうした?気分悪い?」


   何も答えず、さらに身体を固くした永和に、一磨は全てを悟ったかのように優しく背中をさする。



「大丈夫だよ、永和。こっち向いて……ねっ」

「うっ……うっ……」



   堰を切ったように、我慢していた涙が溢れてくる。漏らしちゃうこともこんな風に泣いてしまうことも、子どもみたいで嫌なのに止めることができない。


「また、熱上がると辛いから、着替えようか」

   少し落ち着いて、顔を上げると一磨の顔があって、涙で濡れた頬を指で優しく拭われる。


「ごめん……朝、あんな態度とったのに……」

「熱、高かったし仕方ないよ」

「でも……こんなんで……オレ、情けない……」

「そんなことないよ。全部熱のせいだよ。それに、僕はそんな永和も全部好きなんだから、そこんところ忘れないでよ」


    一磨は上半身を起こした永和に優しく抱きしめて耳元でそう呟いた。
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