神子ですか? いいえ、GMです。でも聖王に溺愛されるのは想定外です!

楢山幕府

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本編

神子、心配になる

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(これは……中々、精神的にきますね)

 今は神子であっても、元は一般人だ。
 座っているだけとはいえ、視線が集中する中、平静を保つのは至難の業だった。
 それでも慌てずにいられるのは、カンストしているレベルのおかげだろうか。
 心の中でどれだけ冷や汗を流していても、それが表に現れることはない。

 例えば、スキルに【威圧】というものがある。
 相手の行動を精神的に阻害し、動けなくするものだ。
 しかし効力は相手のレベルに準ずる。
 他にも精神へ向けたスキルは、自分より高いレベルの相手には効かないことがほとんどだった。
 イリアの場合、まず他者から精神攻撃を受けることはない。
 今までだってエヴァルドを威圧的に感じても、行動が阻害されることはなかった。
 どんなに怖い相手でも、向き合おうと思えば、いくらでも向き合える。

 だからといって、何も感じないわけじゃないのが辛いところで。
 気分転換に、動かせる範囲でイリアは視線を彷徨わせた。

 国会議事堂の床は石畳でできており、転んだら痛そうだ。
 ただ中二階に設けられた玉座から正面入口に向かっては、真紅の絨毯が一直線に敷かれている。
 その歩行路を避けて、長机と椅子が玉座に対し扇状に設置されていた。
 オペラの観客席のように、玉座から離れるにつれ、着席する位置が高くなっている。
 ときには元老院や関係者を招いて議論がおこなわれるためか、机や椅子の数は多い。
 今はそこに列席者が腰を下ろしていた。

 誰も身じろぎ一つしない。

 窓から入る陽光がイリアの髪に触れ、スペクトルを描く。
 睫毛の一本一本にも光が宿っていた。
 どこまでも神々しい神子の姿に、みな見惚れているのだ。
 そんな中、動けるのは称号を持つ者だけだった。
 エヴァルドが視線で進行を急かす。
 謁見の進行係はエヴァルドに睨まれ慌てて口を開こうとするが、頭が真っ白になったようで言葉が中々発せられない。
 進行係が青ざめたところで、列席者の中から動きがあった。

 長い黒髪を後ろでまとめた青年が、歩行路を進む。
 他の列席者と同じく、式典用のケープを纏っているが、エヴァルドやイリアに比べると装飾に派手さがない。
 細身だが、歩調にブレがなく、芯の通った力強さを感じさせた。
 鼻筋の通った端整な顔付きはエヴァルドと似ていたが、両者が浮かべる表情は真逆だった。
 進行が滞ったことで、眉根を寄せて歩行路を見下ろすエヴァルドに対し、青年は穏やかさを失わないまま、玉座と一定の距離を保つ位置で跪く。

「ヴィルフレード・レ・オラトリオ、聖王の兄にして財務長、補佐官を務めております。神子の宿魂を心からお慶び申し上げます」

 ヴィルフレードが動いたことで、ようやく他の列席者たちも息を漏らすことができた。
 議事堂内の視線が、イリアからヴィルフレード、そしてエヴァルドへと交互に移動する。
 兄弟の確執は周知の事実だった。

 エヴァルドが鷹揚に頷けば、ヴィルフレードの出番は終わる。
 短いようだが、列席者はまだまだいるのだ。
 黙っているだけとはいえ、慣れない場にイリアを留めるのは負担になる。
 それがわかっているエヴァルドとしては、一人に時間を割いていられない。
 最初にヴィルフレードが挨拶に来ることは決まっていた。
 挨拶の内容まで、予め列席者には伝わっている。
 次を促すため、エヴァルドが顔を動かそうとした、そのとき。
 爆弾が投下された。

「このヴィルフレード、神子、並びに聖王に対し、心から忠誠を誓います」

 これには王兄派だけでなく聖王派までが驚いた。
 予定になかった文言に加え、今までヴィルフレードがエヴァルドの臣下になると明言したことはなかったからだ。
 ざわつく気配に、イリアの視線が左右に揺れる。
 ヴィルフレードの忠誠が予定調和でなかったことは、何も聞かされていないイリアにも察せられた。

(何が起きているんですか?)

 エヴァルドに尋ねたくとも、この状況では無理だ。
 今は黙って時間が過ぎるのを待つしかない。
 ざわめきは、エヴァルドが視線を巡らせたことで鳴りをひそめた。
 ヴィルフレードが自分の席へ戻り、次の者が歩行路を進む。
 以後、挨拶が滞ることは一度もなかった。


◆◆◆◆◆◆


 行きと同じように護衛官に守られながら廊下を渡る。
 玄関のドアが閉められて、ようやくイリアは肩から力が抜けた。
 ファビオが、イリアから司教冠を受け取り、丁寧に箱へ収める。
 重みのなくなった解放感から、頭を軽く振った。サラサラと白髪が揺れる。

「疲れたか?」
「主に気疲れですが。ヴィルフレードのあれは、どういう意味ですか?」

 厚手のケープを脱ぐため、寝室へ移動しながら尋ねる。

「そのままの意味だろう。イリアと余に忠誠を誓ったのだ」
「けど……王兄派とは軋轢があるんでしょう?」
「世話係から聞いたのか? イリアが気にすることではない」

 政治に関わることだからだろうか。
 しかしイリアは納得できなかった。

「心配もするなと言うんですか」
「……心配してくれるのか?」

 答える前に腰を抱かれる。
 その手を、イリアは抓った。

「っ、痛いだろう」
「痛くしてるんです。誤魔化さないでください」

 真剣に心配しているのだと、目で訴える。

「そなたは怒る顔ですら美しいな」
「エヴァルド」
「案ずるな。余だけでなく、イリアにも誓ったのだ。神子にうそをつける者など、このオラトリオには存在しない」
「では王兄派との問題は、もう大丈夫なんですか?」
「まだ、だな」

 そこで言葉を切ると、エヴァルドは自分の手でケープを脱ぐ。
 集まった世話係たちは、イリアのケープとローブを外しにかかった。

「今頃、ヴィルフレードの傘下にいる者たちは大騒ぎだろう。余に対し、強気に出ていたものほどな。後ろ盾をなくし、窮鼠と化した者が最後にどう出るか見物だ」

 こともなげにエヴァルドは言うが、事態がそう生易しいものでないことはイリアにもわかる。

「それで心配するなと?」
「王兄派の中枢には、信頼できるスパイを送ってある。動きは全て筒抜けだ、心配はいらぬ」

 本当だろうか。
 優秀な者であっても、潜入する内に考えが変わり、二重スパイとなる場合がある。
 もしくは潜入がバレている可能性は?
 万全なんてどこにもないのだ。
 一波乱ありそうな予感に、心がざわついた。
 早くも一人着替え終わったエヴァルドは、安心させるようイリアの頬を両手で包む。

「心配されるのは嬉しいがな。そなたが気に病むことは何もない。此度の謁見で、余の足元が盤石になるのは確かだ。余にだって優秀な者はたくさんついている、信じてくれ」
「……わかりました」

 これ以上、イリアに言えることはなかった。
 エヴァルドがイリアのことを考えて、政治に関わらせまいとしているのは理解できたからだ。

 平和の象徴。

 その重みを、イリアは知っていた。
 信仰と政治が絡むと、悲劇的な事態を招くことも。
 だからエヴァルドが言いたいこともわかる。
 わかっている。
 けれど「理解」は、心に残る疎外感を払拭してはくれなかった。
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