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神さま(?)拾いました【本編完結】
38.春は出会いと別れの季節
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◆◇◆◇◆◇◆◇◆
春は出会いと別れの季節だ。思い出と後悔とをそっとしまって、期待と希望を胸に抱いて進む季節だ。
たくさんたくさん、ケイスケと久しぶりに会話した。
かつて大好きだった人、ずっと一緒に生きていくのだと思っていた人――でも、それは勘違いだった。ケイスケが悪かった部分はあると思うけれど、私が彼に期待しすぎていたということも、この数日でよくわかった。早かれ遅かれすれ違いの正体に気づくことになっただろう。
私の期待のすべてに応えるには、ケイスケは普通すぎる男だったのだ。
「……うん。じゃあ、これで」
ケイスケの了解を示す声。向こうから通話は切られた。
これで、本当に、終わり。今後、顔を合わせることはあるかもしれないが、ただの知人としての付き合いになるだろう。
今までありがとうございました。さようなら、私の未熟すぎる初恋。
結果的には、静かな終わりを迎えたのだった。
「……お疲れ様、弓弦ちゃん」
「うん」
思ったよりも鼻声で、内心笑ってしまった。感傷にひたるものでもあるまいに、泣きたい気分なんだからおかしなものだ。
「お茶を淹れようか?」
「はい、お願いします」
ずっと様子を見守ってくれた神様さんは、少し困ったように笑って薬缶をコンロにかけた。マグカップとティーパックを準備してくれる。
そんな彼の背中を見ながら、ティーポットを買ってもいいかな、なんて考えていた。自分一人で飲むならティーパックで充分だからと我が家にはないのだけど、誰かと家で飲むならあった方が便利のような気がして――それで、神様さんがここに居着くことを望んでいる自分にハッとする。
ケイスケと別れたからって、次の男にすぐさま乗り替えるってどうなのよ?
お茶ができるのを待つ時間はケイスケと恋人として過ごした数年間を回想する時間だっただろうに、もう私はこれからのことを考えている。しかも、神様さんがここにいることを当然のように考えてしまったなんて。
そうじゃないだろ、と自分に言い聞かせている間に、マグカップが私の正面に置かれた。
「ふふ。僕のことばかり見ていたようだけど、誘ってくれるならやぶさかではないよ?」
「下心で見つめていたわけじゃないですよ……」
そうだ。神様さんはそういうことを言い出す男だ。
私はため息をつく。
彼が顕現する際に私が妙なことを願っていたせいで、体を要求することがコミュニケーションだと思わされている可哀想な怪異。少々不憫だと思う。
私は淹れてもらった紅茶を啜った。熱々の少し濃いめの味は私の好きな味だ。
「上書きしたいのかなあって」
「充分に上書きされちゃいましたから、しばらく結構です」
私の返しが想定と違ったのか、彼は驚いたように目をぱちぱちさせて表情を崩した。
「じゃあ、気分になったら誘ってね。僕はいつでも歓迎だよ」
慣れた様子でテーブルを挟んで正面に座る。彼は機嫌がよさそうだ。
「いつでもっておっしゃいましたけど、私のそばから離れる予定はないんですか?」
私が素朴な疑問をぶつけると、不思議そうな顔をされた。
「そりゃあ、伴侶だからねえ……と言いたいところだけど、少なくとも新しい御守りとお札が揃うまでは離れるつもりはないよ。またあの怪異が近づいてきたら厄介だし、ほかも君を狙っているからねえ」
「実感ないんですけど」
「梓くんの焦りっぷりを見て察してほしいな。僕を無理にでも引き剥がそうとしないのは、外で待ち構えている連中よりもまだマシだと判断したからだと思うよ?」
神様さんの方便だとも考えられるかと思って話題を振ったのだが、よくよく思い返せばアニキも外の状況を把握している。何かが外で待ち構えているのは嘘ではなさそうだ。
「なるほど」
「だから、好きなだけ僕を使役すればいいんじゃないかな。ご満足いただけるように頑張るよ」
「自称神様なのに、私みたいなものに仕えていていいんですか?」
私が笑って返せば、神様さんは私をじっと見つめてふわりと笑った。梅の花が咲いたみたいな、そんな優しい顔。
胸がトクンと強く鳴った。
「ここは君の世界だからね。君が望まない世界だというなら、僕はすぐにでも消し去ってあげるよ」
「きゅ、急に物騒な話にしないでいただきたいんですが」
ときめきを返せ。
私が紅茶を飲み干すと、神様さんは声を立てて笑った。
「あはは。本気なんだけどなあ」
「別に私、世界を滅ぼしてほしいと思えるほど、期待も絶望もしちゃいないんですよ……。慎ましくもごく普通の生活が送れれば充分なわけで」
すでにだいぶ《ごく普通》の範疇からはみ出している気がするけれど、だからこそ、普通の生活に憧れるというか。
特大のため息をつけば、神様さんは小さく笑った。
「知ってる」
「知っててそれなんですか」
「念のために?」
「そこ、首を傾げながら言わないでください」
「ふふ。些細なことだよ」
「重要なところだと思いますけど」
「そう? ただ、さ」
彼の美麗な顔が私の視界いっぱいに広がった。近い。咄嗟に離れようとしたけれど、彼の右手に阻まれた。顎が持ち上げられて目が合う。そらすことなんてできない。色気を含んだ視線に、自然と体が熱を帯びた。
唇が動く。
「――僕をそばに置いていれば、僕以外の怪異に振り回されることはなくなるってことさ」
「……こ、この状態だと、私が拒めないってわかっててやってますよね?」
「使えるものは使っておこうって。弓弦ちゃん、僕の顔、好きでしょ?」
「顔は、好きですよ」
精一杯の虚勢。顔が好きなのは認めよう。それは出会ったときから、ずっとこの顔に惹かれている。
「今はそれで充分さ」
私を抱くときの、私を求める雄の顔をして、神様さんは私に口づける。深い口づけに変わるまでに時間は必要なかった。
春は出会いと別れの季節だ。思い出と後悔とをそっとしまって、期待と希望を胸に抱いて進む季節だ。
たくさんたくさん、ケイスケと久しぶりに会話した。
かつて大好きだった人、ずっと一緒に生きていくのだと思っていた人――でも、それは勘違いだった。ケイスケが悪かった部分はあると思うけれど、私が彼に期待しすぎていたということも、この数日でよくわかった。早かれ遅かれすれ違いの正体に気づくことになっただろう。
私の期待のすべてに応えるには、ケイスケは普通すぎる男だったのだ。
「……うん。じゃあ、これで」
ケイスケの了解を示す声。向こうから通話は切られた。
これで、本当に、終わり。今後、顔を合わせることはあるかもしれないが、ただの知人としての付き合いになるだろう。
今までありがとうございました。さようなら、私の未熟すぎる初恋。
結果的には、静かな終わりを迎えたのだった。
「……お疲れ様、弓弦ちゃん」
「うん」
思ったよりも鼻声で、内心笑ってしまった。感傷にひたるものでもあるまいに、泣きたい気分なんだからおかしなものだ。
「お茶を淹れようか?」
「はい、お願いします」
ずっと様子を見守ってくれた神様さんは、少し困ったように笑って薬缶をコンロにかけた。マグカップとティーパックを準備してくれる。
そんな彼の背中を見ながら、ティーポットを買ってもいいかな、なんて考えていた。自分一人で飲むならティーパックで充分だからと我が家にはないのだけど、誰かと家で飲むならあった方が便利のような気がして――それで、神様さんがここに居着くことを望んでいる自分にハッとする。
ケイスケと別れたからって、次の男にすぐさま乗り替えるってどうなのよ?
お茶ができるのを待つ時間はケイスケと恋人として過ごした数年間を回想する時間だっただろうに、もう私はこれからのことを考えている。しかも、神様さんがここにいることを当然のように考えてしまったなんて。
そうじゃないだろ、と自分に言い聞かせている間に、マグカップが私の正面に置かれた。
「ふふ。僕のことばかり見ていたようだけど、誘ってくれるならやぶさかではないよ?」
「下心で見つめていたわけじゃないですよ……」
そうだ。神様さんはそういうことを言い出す男だ。
私はため息をつく。
彼が顕現する際に私が妙なことを願っていたせいで、体を要求することがコミュニケーションだと思わされている可哀想な怪異。少々不憫だと思う。
私は淹れてもらった紅茶を啜った。熱々の少し濃いめの味は私の好きな味だ。
「上書きしたいのかなあって」
「充分に上書きされちゃいましたから、しばらく結構です」
私の返しが想定と違ったのか、彼は驚いたように目をぱちぱちさせて表情を崩した。
「じゃあ、気分になったら誘ってね。僕はいつでも歓迎だよ」
慣れた様子でテーブルを挟んで正面に座る。彼は機嫌がよさそうだ。
「いつでもっておっしゃいましたけど、私のそばから離れる予定はないんですか?」
私が素朴な疑問をぶつけると、不思議そうな顔をされた。
「そりゃあ、伴侶だからねえ……と言いたいところだけど、少なくとも新しい御守りとお札が揃うまでは離れるつもりはないよ。またあの怪異が近づいてきたら厄介だし、ほかも君を狙っているからねえ」
「実感ないんですけど」
「梓くんの焦りっぷりを見て察してほしいな。僕を無理にでも引き剥がそうとしないのは、外で待ち構えている連中よりもまだマシだと判断したからだと思うよ?」
神様さんの方便だとも考えられるかと思って話題を振ったのだが、よくよく思い返せばアニキも外の状況を把握している。何かが外で待ち構えているのは嘘ではなさそうだ。
「なるほど」
「だから、好きなだけ僕を使役すればいいんじゃないかな。ご満足いただけるように頑張るよ」
「自称神様なのに、私みたいなものに仕えていていいんですか?」
私が笑って返せば、神様さんは私をじっと見つめてふわりと笑った。梅の花が咲いたみたいな、そんな優しい顔。
胸がトクンと強く鳴った。
「ここは君の世界だからね。君が望まない世界だというなら、僕はすぐにでも消し去ってあげるよ」
「きゅ、急に物騒な話にしないでいただきたいんですが」
ときめきを返せ。
私が紅茶を飲み干すと、神様さんは声を立てて笑った。
「あはは。本気なんだけどなあ」
「別に私、世界を滅ぼしてほしいと思えるほど、期待も絶望もしちゃいないんですよ……。慎ましくもごく普通の生活が送れれば充分なわけで」
すでにだいぶ《ごく普通》の範疇からはみ出している気がするけれど、だからこそ、普通の生活に憧れるというか。
特大のため息をつけば、神様さんは小さく笑った。
「知ってる」
「知っててそれなんですか」
「念のために?」
「そこ、首を傾げながら言わないでください」
「ふふ。些細なことだよ」
「重要なところだと思いますけど」
「そう? ただ、さ」
彼の美麗な顔が私の視界いっぱいに広がった。近い。咄嗟に離れようとしたけれど、彼の右手に阻まれた。顎が持ち上げられて目が合う。そらすことなんてできない。色気を含んだ視線に、自然と体が熱を帯びた。
唇が動く。
「――僕をそばに置いていれば、僕以外の怪異に振り回されることはなくなるってことさ」
「……こ、この状態だと、私が拒めないってわかっててやってますよね?」
「使えるものは使っておこうって。弓弦ちゃん、僕の顔、好きでしょ?」
「顔は、好きですよ」
精一杯の虚勢。顔が好きなのは認めよう。それは出会ったときから、ずっとこの顔に惹かれている。
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