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不可思議カフェ百鬼夜行の業務日誌・2【短編集】
送り火
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俺がこっちで暮らすようになった頃は迎え火も送り火もよく見かけていた気がするのだが、ここ最近はめっきり見ない。それは俺が最初に住んでいた地域が八月の中頃で行われていたのに対し、今住んでいる地域は七月の中頃で行われるという違いがあるからだろうか。
いや、人間の死が遠くなっちまっただけのような気がするな。
ホールの天井の隅に怪異の通り道があるのだが、精霊馬が駆けていくのがちらりと見えてしまって、送り火のことを思い出してしまった。
小さな頃過ごしていた地域は、この時期はどの家の前にも火がたかれていたものだった。そして、その炎を目印に訪ねてくるものの姿もよく目にした。
俺は怪異の類を見ることができたから、この世のものではない異質な者にはすぐに気づけた。だが、余計な干渉をしてしまうと静かな者たちを変えてしまう。俺はいつも遠く見守るだけにしていた。
「今日は落ちてこないんじゃないかな」
気づくとホールの隅ばかり見つめてしまうことに店長は気づいたらしかった。俺は店長に顔を向ける。
「なんかな、どうにも気になっちまって。悪ぃ」
「うん? 獅子野くんには誰か帰って来る予定でもあったのかな?」
そっちに話が振られるとは思っていなくて、俺はギョッとしてしまう。だが、この問いに深い意味などないことを察して肩をすくめた。
「いや。帰ってくる相手もいなけりゃ、会いたがってる奴もいねえよ」
「そうか」
「店長はどうなんだ?」
質問されたのは、店長にそういう相手がいるからだと考えて俺は尋ねる。店長は薄く笑って、まるい眼鏡に触れた。
「僕個人としては会いたいと思う相手はいるんだがね。向こうはそうでもないようだと思うようになってからは、迎え火をたくのをやめてしまった」
意外な返事に、俺は目を丸くする。
「迎え火をたいたのに、来なかったのか?」
「きっと都合がつかなかったのだろう。方向音痴だったから、僕の場所まで来られなかったのかもしれないね」
「縁のあるやつなんだろ? 辿り着けないとか有り得るのか?」
「その程度の縁だったか、僕よりも会いたい相手がいたのだろう。僕はだいぶ待ったんだがねえ」
「ずいぶんと片想いじゃねえか」
「ははっ、その通りだ」
店長は珍しく寂しそうに笑った。彼にとって大事な相手だったのだろう。
「いや、もしかしたら、もう別の生き物に変わってその辺を彷徨いているかもしれない。僕は長生きだから、そういうこともあるんじゃないかな」
「いつの話だったんだよ……」
俺自身は輪廻転生を信じていないのだが、店長はそういう実例に遭遇しているのかもしれない。俺よりもずっと長生きなのだから、そういうこともあるんじゃないかと思えた。
「僕が気づいていないだけだったら申し訳ない話だね」
「まあ、そうだな」
ドアが動く。新しい客だ。俺たちは雑談を切り上げて、喫茶店の業務に戻るのだった。
《終わり》
いや、人間の死が遠くなっちまっただけのような気がするな。
ホールの天井の隅に怪異の通り道があるのだが、精霊馬が駆けていくのがちらりと見えてしまって、送り火のことを思い出してしまった。
小さな頃過ごしていた地域は、この時期はどの家の前にも火がたかれていたものだった。そして、その炎を目印に訪ねてくるものの姿もよく目にした。
俺は怪異の類を見ることができたから、この世のものではない異質な者にはすぐに気づけた。だが、余計な干渉をしてしまうと静かな者たちを変えてしまう。俺はいつも遠く見守るだけにしていた。
「今日は落ちてこないんじゃないかな」
気づくとホールの隅ばかり見つめてしまうことに店長は気づいたらしかった。俺は店長に顔を向ける。
「なんかな、どうにも気になっちまって。悪ぃ」
「うん? 獅子野くんには誰か帰って来る予定でもあったのかな?」
そっちに話が振られるとは思っていなくて、俺はギョッとしてしまう。だが、この問いに深い意味などないことを察して肩をすくめた。
「いや。帰ってくる相手もいなけりゃ、会いたがってる奴もいねえよ」
「そうか」
「店長はどうなんだ?」
質問されたのは、店長にそういう相手がいるからだと考えて俺は尋ねる。店長は薄く笑って、まるい眼鏡に触れた。
「僕個人としては会いたいと思う相手はいるんだがね。向こうはそうでもないようだと思うようになってからは、迎え火をたくのをやめてしまった」
意外な返事に、俺は目を丸くする。
「迎え火をたいたのに、来なかったのか?」
「きっと都合がつかなかったのだろう。方向音痴だったから、僕の場所まで来られなかったのかもしれないね」
「縁のあるやつなんだろ? 辿り着けないとか有り得るのか?」
「その程度の縁だったか、僕よりも会いたい相手がいたのだろう。僕はだいぶ待ったんだがねえ」
「ずいぶんと片想いじゃねえか」
「ははっ、その通りだ」
店長は珍しく寂しそうに笑った。彼にとって大事な相手だったのだろう。
「いや、もしかしたら、もう別の生き物に変わってその辺を彷徨いているかもしれない。僕は長生きだから、そういうこともあるんじゃないかな」
「いつの話だったんだよ……」
俺自身は輪廻転生を信じていないのだが、店長はそういう実例に遭遇しているのかもしれない。俺よりもずっと長生きなのだから、そういうこともあるんじゃないかと思えた。
「僕が気づいていないだけだったら申し訳ない話だね」
「まあ、そうだな」
ドアが動く。新しい客だ。俺たちは雑談を切り上げて、喫茶店の業務に戻るのだった。
《終わり》
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