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音楽・不可思議カフェ百鬼夜行の業務“外”日誌・2
歌うストラディバリウス
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午後のティータイムの時間が過ぎた頃、眼帯の青年がバイオリンのケースを持って店にやってきた。嫌な予感がする。
「百目鬼《どうめき》くんはいるかい?」
「裏で仕事してるが、すぐ戻る」
「そう」
店内に客がいなくなったタイミングで現れたあたり、様子をうかがっていたのかもしれない。俺がバイオリンケースをじっと見つめ過ぎたのか、眼帯の青年は苦笑した。
「気になるかい? それとも、音が聞こえているのかな?」
「音?」
黙って耳を傾ける。確かに、風の音というには少々高い、か細い音が聞こえる気がする。
「曰く付きの品、か? 店長が頼んだのか?」
「いや、たまたま通りかかったから持ち込んだものだよ」
「ふぅん……」
怪異がらみの依頼ならば、注文は取らなくてもいいのだろうかと考えていると、奥から店長が顔を出した。
「おや。連絡はなかったと思うが、どうかしたのかね?」
どうかしたのかね、などと尋ねているが、店長の言葉には興奮の色が混じっている。
「君はこういうのが好みじゃないかと思ってね」
「ふむ。話を聞こう」
そう告げて、店長は俺に水を出すようにさりげなく指示をする。店長に従って、眼帯の青年は奥のボックス席に案内されたのだった。
俺が水を入れたグラスを持ってボックス席に運ぶと、そこに座るように勧められる。
また、このパターン……。
渋々と腰を下ろしたところで、眼帯の彼はバイオリンケースからバイオリンを取り出した。
「ほう……工芸品のようだ」
「ストラディバリウスだよ」
「え……こんなところにあってはいけない品じゃねえのかよ」
俺だってストラディバリウスは知っている。バイオリンの中でもかなり高価な名器。奏でる音が素晴らしいのだと聞いているが、生でその音を聞いたことは残念ながらないのだった。
「預かっているんだ」
「見せびらかしにきたわけではないのだろう?」
「ご明察」
店長の指摘に眼帯の青年は頷いて、バイオリンをケースに片付けた。
「これは歌うストラディバリウスと呼ばれていてね。実際、弾かずとも音が出るのだけど、悪いものは憑いていないよ。君もそう感じただろう?」
「弾いてもらえない鬱憤が溜まっているようではあったがね」
「あはは。それはそうかもしれない」
彼は苦笑した。
「僕は専門ではないから、誰か都合がつく人間に奏でてもらおうと思う」
「確かに、プロに任せた方が彼女も喜びそうだ」
「だろう?」
「だが」
「うん?」
店長が立ち上がって手を差し出した。
「もしよろしければ、僕も触れてみたいのだが……持ち主の許可が必要だろうか」
「え、店長、弾けるのか?」
俺と眼帯の青年は別の理由で目をまるくしているらしかった。店長が笑う。
「弾くとは言っていないよ。触ってみたいんだ」
「……彼女に聞いてみよう」
眼帯の青年は少し悩んだ顔をして、バイオリンケースの蓋を開けた。
バイオリンがか細く歌い出す。
「いい音色だ。僕が触れても構わないかね、お嬢さん」
店長が話しかけると、その音は不意に止んだ。
「では、失礼」
静かになったバイオリンを優しく持ち上げて、店長はしげしげとその楽器を眺める。
「女性の体を見つめるのは緊張するね。どこも美しい」
店長の称賛の声に反応したのか、バイオリンが震えるようにキキキキと鳴った。これは喜んでいるのか照れているのか、はたまた苦情なのか、どうなのだろう。
「ありがとう。僕もずいぶんと長くこちらで生活しているが、こんなに美しいストラディバリウスにお目にかかったのは初めてだ」
「喜んでもらえてよかったよ。連れてきた甲斐があった」
店長が眼帯の青年に返すと、寂しげに弦が鳴った。とてもおしゃべりなバイオリンである。
「僕は楽器との相性がよくないようでね。こうして預けてもらえたのは嬉しかったよ」
「ふふ。彼女の演奏会には呼んだほうがいいかい?」
「そうだね。邪魔にならないなら」
「オーケイ。承知した。観客は多いほうがいいからね」
そう告げて、彼はバイオリンケースを持って立ち上がる。
「では、店の準備があるから僕はこれで」
「近々、そちらにお邪魔するよ」
「先日の件もあるから、ご馳走するね」
そう応えて、眼帯の青年は立ち去った。
店内が静まり返る。
「――なあ、店長?」
「なんだい、獅子野《ししの》くん」
「バイオリンは彼女、なのか?」
性別はないと思っていたが、店長が切り出した際に眼帯の青年も彼女だと言い切っていたのが気になったのだった。
「バイオリンなどの弦楽器は、曲線が美しいだろう? だから、彼女、女性だと評する者が多い」
「ああ……そういう」
「実際、彼女も自認は女性だったようだ。持ち主がそのように扱っていたのだろうね」
傷のない美しいボディだった。とても大事に扱われてきたのだろう。
「でも、なんで歌うんだ?」
「作られてから百年もすれば擬似的な魂も生まれるよ」
「そんなに経つのに、本体が保たれているんだな」
俺はどうだっただろうか、そんなことを考えながら仕事に戻るのだった。
《終わり》
「百目鬼《どうめき》くんはいるかい?」
「裏で仕事してるが、すぐ戻る」
「そう」
店内に客がいなくなったタイミングで現れたあたり、様子をうかがっていたのかもしれない。俺がバイオリンケースをじっと見つめ過ぎたのか、眼帯の青年は苦笑した。
「気になるかい? それとも、音が聞こえているのかな?」
「音?」
黙って耳を傾ける。確かに、風の音というには少々高い、か細い音が聞こえる気がする。
「曰く付きの品、か? 店長が頼んだのか?」
「いや、たまたま通りかかったから持ち込んだものだよ」
「ふぅん……」
怪異がらみの依頼ならば、注文は取らなくてもいいのだろうかと考えていると、奥から店長が顔を出した。
「おや。連絡はなかったと思うが、どうかしたのかね?」
どうかしたのかね、などと尋ねているが、店長の言葉には興奮の色が混じっている。
「君はこういうのが好みじゃないかと思ってね」
「ふむ。話を聞こう」
そう告げて、店長は俺に水を出すようにさりげなく指示をする。店長に従って、眼帯の青年は奥のボックス席に案内されたのだった。
俺が水を入れたグラスを持ってボックス席に運ぶと、そこに座るように勧められる。
また、このパターン……。
渋々と腰を下ろしたところで、眼帯の彼はバイオリンケースからバイオリンを取り出した。
「ほう……工芸品のようだ」
「ストラディバリウスだよ」
「え……こんなところにあってはいけない品じゃねえのかよ」
俺だってストラディバリウスは知っている。バイオリンの中でもかなり高価な名器。奏でる音が素晴らしいのだと聞いているが、生でその音を聞いたことは残念ながらないのだった。
「預かっているんだ」
「見せびらかしにきたわけではないのだろう?」
「ご明察」
店長の指摘に眼帯の青年は頷いて、バイオリンをケースに片付けた。
「これは歌うストラディバリウスと呼ばれていてね。実際、弾かずとも音が出るのだけど、悪いものは憑いていないよ。君もそう感じただろう?」
「弾いてもらえない鬱憤が溜まっているようではあったがね」
「あはは。それはそうかもしれない」
彼は苦笑した。
「僕は専門ではないから、誰か都合がつく人間に奏でてもらおうと思う」
「確かに、プロに任せた方が彼女も喜びそうだ」
「だろう?」
「だが」
「うん?」
店長が立ち上がって手を差し出した。
「もしよろしければ、僕も触れてみたいのだが……持ち主の許可が必要だろうか」
「え、店長、弾けるのか?」
俺と眼帯の青年は別の理由で目をまるくしているらしかった。店長が笑う。
「弾くとは言っていないよ。触ってみたいんだ」
「……彼女に聞いてみよう」
眼帯の青年は少し悩んだ顔をして、バイオリンケースの蓋を開けた。
バイオリンがか細く歌い出す。
「いい音色だ。僕が触れても構わないかね、お嬢さん」
店長が話しかけると、その音は不意に止んだ。
「では、失礼」
静かになったバイオリンを優しく持ち上げて、店長はしげしげとその楽器を眺める。
「女性の体を見つめるのは緊張するね。どこも美しい」
店長の称賛の声に反応したのか、バイオリンが震えるようにキキキキと鳴った。これは喜んでいるのか照れているのか、はたまた苦情なのか、どうなのだろう。
「ありがとう。僕もずいぶんと長くこちらで生活しているが、こんなに美しいストラディバリウスにお目にかかったのは初めてだ」
「喜んでもらえてよかったよ。連れてきた甲斐があった」
店長が眼帯の青年に返すと、寂しげに弦が鳴った。とてもおしゃべりなバイオリンである。
「僕は楽器との相性がよくないようでね。こうして預けてもらえたのは嬉しかったよ」
「ふふ。彼女の演奏会には呼んだほうがいいかい?」
「そうだね。邪魔にならないなら」
「オーケイ。承知した。観客は多いほうがいいからね」
そう告げて、彼はバイオリンケースを持って立ち上がる。
「では、店の準備があるから僕はこれで」
「近々、そちらにお邪魔するよ」
「先日の件もあるから、ご馳走するね」
そう応えて、眼帯の青年は立ち去った。
店内が静まり返る。
「――なあ、店長?」
「なんだい、獅子野《ししの》くん」
「バイオリンは彼女、なのか?」
性別はないと思っていたが、店長が切り出した際に眼帯の青年も彼女だと言い切っていたのが気になったのだった。
「バイオリンなどの弦楽器は、曲線が美しいだろう? だから、彼女、女性だと評する者が多い」
「ああ……そういう」
「実際、彼女も自認は女性だったようだ。持ち主がそのように扱っていたのだろうね」
傷のない美しいボディだった。とても大事に扱われてきたのだろう。
「でも、なんで歌うんだ?」
「作られてから百年もすれば擬似的な魂も生まれるよ」
「そんなに経つのに、本体が保たれているんだな」
俺はどうだっただろうか、そんなことを考えながら仕事に戻るのだった。
《終わり》
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