不可思議カフェ百鬼夜行は満員御礼

一花カナウ

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不可思議カフェ百鬼夜行の業務日誌・2【短編集】

僕の名前を呼んで

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「獅子野くん」
「あ?」

 台拭きを片付け終えた俺に店長が声を掛けてきた。これから昼休憩なのだが、なにか急ぎの用事だろうか。
 首を傾げて見つめると、店長は人たらしの笑顔を向けてくる。

「君はちっとも僕の名前を呼んでくれないね」
「ん?」

 確かに名を呼ばないが、それはある種の気遣いである。何を期待されているのだろうかと黙っていると、店長は困ったような顔をした。

「おや、もしかして、僕の名前を覚えていないのかい?」

 それはない。
 店長が名乗ったのは俺が初めて出会ったときだけで、周囲の人物が店長の名前を呼んでいるのすら聞いたことがない。記憶にないだけかもしれないが、店長は自分の名前を言わないし言わせないようにしている節があった。

「フルネームは知らねえな。それに、本名は聞いてねえよ」
「ああ、そうだったね」

 店長も記憶を遡ったようだ。俺の指摘に店長は満足げに頷いた。

「獅子野くんの名前は本名なのかな?」
「いや、俺がこっちの世界で姿が安定するようにつけられた通り名だな」

 店長相手に隠していても無駄だと思ったので素直に白状する。聞かれなかったから黙っていただけだ。

「シシノオウ……ライオンかい?」
「どうだろ。俺がつけたわけじゃねえから」

 ずっと昔の話だ。名前をつけてくれた彼女に、この社会での生き方を教わったことはうっすら覚えている。

「猫として過ごすことは考えなかったのかい?」

 店長は俺が猫のような姿に変身できることを知っている。俺は小さく首を横に振った。

「人間に近づくにはその手もあったが、それじゃ目的が達成できねえからな」
「そうか」

 人間の姿をしてわざわざこの社会に溶け込む努力をしているのは、人間社会でしたいことがあるからだ。目的が達成できていない以上、俺は怪異の世界に戻るつもりはない。どんなに危険があるとしても、だ。
 そこで俺は疑問を抱く。

「店長は?」
「うん?」
「百目鬼店長は、どうしてその名前なんだ?」

 彼が自己紹介として告げていたはずの名を呼べば、彼は目を見開いて驚く顔をして、ふっと表情を緩めた。まるい眼鏡が反射して顔を隠す。

「――さて、忘れてしまったよ」
「やっぱ、本性と関係があんのかな」

 忘れたという彼の返答が真実かどうかは怪しい。少し踏み込むつもりで独り言のように告げれば、店長は興味深そうに小さく唸った。

「名は体を表すというからね。怪異たる所以に繋がっていたかは定かではないが、僕はそうあるように成ったのだろう」
「名前も物語の一部だしな」

 怪異として実態を留めるには、名前が必要だ。名付けられた怪異には物語が付随する。俺たちのようなものは、それらの姿のないものから形づくられているのだ。

「ふふ。獅子野くんが名前を忘れずにいてくれたようで安心したよ」
「なあ」
「うん?」

 片付けの作業に戻ろうとした店長を引き留める。何を言われるのだろうと期待する彼の眼差しに、俺はまっすぐ応えた。

「店長は、会うたびに名乗る名前を変えているのか?」
「どうして?」
「忘れてもらうために」

 平常心の顔。動揺するかと思ったのに、店長にとっては想像の範疇だったらしかった。少し悩むような顔をして、店長は形のいい唇を動かす。

「それは少し違うかな」
「どっちの否定だ?」

 店長は笑う。

「僕は名前を変えているつもりはないし、彼等の物語に干渉しないために名を伏せている――そういうことだよ」
「この店で、俺に自身の名前を確認したのは、俺が名を呼べないように術が掛かっているか、確かめたかったからだろう?」
「ふふ――君は聡いね」

 正解だったようだ。俺は続ける。

「俺の身に何か起こることを察したなら、まどろっこしいことをしねえで、はっきり言ったらどうだ?」
「僕だって万能ではないからね。はっきりと直接君に伝えられない術に嵌っていることもあるさ」
「術に嵌っていることはねえだろうけど……制限がかかることですり抜けてくる情報はあるだろうな」

 なにごとにもバランス調整がされているものだ。強すぎる力はこの人間社会に大穴を穿ちかねない。あえて制限をかけることでうまく機能するものもあるのだろう、と俺は経験則から察している。
 いつもよりもはっきりと店長が呼吸した音を俺は聞き逃さなかった。

「本当に君は聡いね」
「潜り抜けてきた修羅場の数がそれなりにあんだよ。あんたほどじゃないだろうけどよ」
「それは買いかぶりすぎじゃないかな」
「どうだか」

 俺は肩をすくめる。

「忠告は受け取っておく。俺としては、店長に何もないならそれでいい」

 店長は目を瞬かせた。

「おやおや。僕まわりの厄介ごとが君に飛び火してしまいそうだという話のつもりだったのだが」
「俺は俺の力で身を守れる。消えちまったらそれまでだったってことだろ」

 そう返して、俺は皮肉をこめて笑みを作る。

「それに、俺の寿命は数十年はあるって話だったじゃねえか。あんたが言ったんだぞ」
「はは。そうだったね」

 店長が片付けの作業に戻るので、俺もそれに合わせて動く。

「――店長は店長の目的があってここにいるんだろ。その目的に俺が使えそうだからそばに置いているだけ……別に俺は、今はそういう関係で構わねえよ」

 目的に至る情報が得られれば、俺は次の場所に移るだろう。面倒をみてもらっていると思うから労働で返しているだけだ。仕事の関係を続けるのならこのままでいい。
 店長のことを慕っていると思ってはいるが、それだけだし。
 どこに線を引くのか、見誤ってはいけない。俺は自分に言い聞かせるつもりで言葉を選ぶ。

「ふむ。今日の君は機嫌がいいようだね。もう少し踏み込んできてもよいのだが」

 残念がっているような口調で言わないでほしい。
 秘密主義というわけではないようだが、自分のことを進んで語らない店長からそんなことを言われると動揺してしまうではないか。
 やりづれえ……。
 俺は一瞬手を止めたが、それを悟られないように皿を棚にしまう。

「機嫌がいいのは昼食がサバサンドだからで、踏み込むのをやめたのも早く食いてえからだよ」
「そうか。長話をしたい時は、好物を用意しないほうがいいということだね。勉強になったよ」

 なんだよ、それ。
 俺は作業が残っていないのを確認して、店長に向き合う。

「ん。必要なら……こっちでメシにしてもいいが」
「君が嫌じゃないなら。顔を合わせていたら休めないだろう?」

 そうきたか。俺は頭を働かせる。

「それは……店長の読書タイムを邪魔するのはよくねえって思っているからで。情報を貪り食ってるあんたの迷惑にはなりたくねえんだよ」

 食事を必要としない店長は昼休憩の時間を読書にあてている。それは彼がさまざまな情報に興味を示し、自分の血肉にしているからだ。俺に食事が必須であるように、読書の時間が店長には必要なのだろうと思っていたから遠慮していただけである。
 俺が返すと、店長は嬉しそうに笑って両手を前で合わせた。

「ああ、獅子野くんはそう思っていたんだね。ならば、僕は君を食べてしまいたいから、ぜひとも同席願いたいところだ」
「誤解を生む表現をやめろ、店長」
「僕たちしかいないよ」
「思い出したら気まずいんだよ! 察しろ」
「はははっ。そんなに意識してもらえていたとは」
「からかうんじゃねえっ」

 不穏なことを言い出すから何事だと警戒した自分がアホらしくなってくる。
 俺はぷいっと横を向くとそのままスタッフルームに向かう。そして用意されていた昼食のサバサンドを掴んでホールに戻り、どっかとカウンター席に腰を下ろす。

「ふふ。素直じゃないねえ」

 コーヒーをいれる準備が始まる。

「うるせえ。聞きたいことがあんなら勝手に聞けよ」

 サバサンドに齧り付く。とても美味しい。
 感情が顔に出てしまっていたのだろう。店長が俺の顔を見てほっとしたように笑っている。

「僕が君の情報をほしいと思ったのは、対策のためが主だ。君自身に興味が湧いたわけじゃなくて悪いね」
「わかってる。別に悪いことじゃねえし、そういう方面であんたの特別になりたいわけじゃねえから。あんたの心労が減るなら、開示できることは開示する……それだけだ」

 発情期のときのあれこれを引きずっているせいか、店長に妙な解釈をされてしまったようで訂正に困る。完全に否定するのを躊躇ってしまったことが、こんなふうに影響を残すとは。

「僕は君に好かれているのだね」
「信用してんだよ。美味しいメシ、食わせてくれるし。俺がこっちで活動してるのも、メシが美味いからってのもあるからな」
「この腕が君を口説くのに役立ったようで、嬉しく思うよ」

 執着されているように感じられるが、それは恋愛でも性愛でもないと俺は思っている。彼の持つ俺への興味関心は研究対象であってほしい――そう願うのは、俺の身勝手さゆえなのだろうけども。
 俺はサバサンドをよく噛んで飲み込む。

「へいへい。で、何から話せばいいんだ?」
「君に僕の物語に巻き込まれる覚悟があるかを知りたいな」

 むせるかと思った。俺がサバサンドを皿に置いて店長を見やると、グラスに入った水が出てきた。

「……いきなり重い話題じゃねえか」

 グラスを受け取ろうと手を伸ばすと、店長の手が引っ込んだ。俺はグラスを受け取らせてくれないことに違和感を覚える。すると店長は言葉を続けた。

「まだ引き返せる」

 俺は店長の意図を察した。面倒くさそうに俺は笑う。

「半分くらい、踏み込んじまってんだろ、すでに」
「どうしてそう思う?」
「名前を尋ねたから、だ」
「ああ、そうだった――ふふ。話が早くて助かるよ」

 ようやくグラスを受け取れて、俺はひと口含んだ。よく冷えたやわらかい水だ。

「あんたが俺に魅了の術を使ってんじゃねえなら、聞き分けのいい俺でいてやるから、好きにしていいぞ」
「ふむ。獅子野くんが僕を魅了しているのだと思っていたが……君が望むなら、君を守るために巻き込まれてほしいかな」
「――で、なんの話だ?」

 俺が促すと、店長は立てた人差し指を自身の口元に寄せた。

「これから話すことは、僕自身と君自身の話だ。入れ違いにならぬように、聴きたまえ」

 そこにあったのは怪異らしい表情。カフェの店長をしているときの人たらしの顔ではない。
 俺は息をのんで、静かに耳を傾けるのだった。


《終わり》
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