ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい

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第43話 ドラゴンブレス

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 俺は、耳の神経を研ぎ澄ましながら、竜の尻尾に料理スキルを叩き込んでいく。

「尻尾!」

 通常、人の行動は、「認知」「判断」「実行」のプロセスを経て行われる。だが、今の俺には「判断」は不要だった。声を聞いた瞬間、格闘ゲームのキャンセル技のように、思考をすっ飛ばし、身体が勝手に動く。
 後ろに飛び退くと、太い尻尾が俺の目の前をかすめていった。

「助かる!」

 メイへと短く感謝を伝え、俺はすぐにまた前にダッシュして尻尾へと切りつけた。
 回避行動の動きはロスになるが、テイルスマッシュを食らってダウンしている時間に比べれば問題にならない。何より、体力を大量に失って、仲間のSPを無駄に消耗させることがない。
 俺とメイのコンビネーションは、もうテイルスマッシュを攻略していた。

「ブレス!」

 再びメイの声が飛び、身体が一瞬反応しそうになるが、俺は足を動かす前に視線をインフェルノの首へと向ける。
 推測では、ドラゴンブレスは離れたプレイヤーへの攻撃だと見ているが、近接している者への攻撃の可能性もゼロではない。確証を得られていない以上、警戒は必要だった。
 だが、その首は俺の方を向くことなく、メイをターゲットとする。
 メイのことが心配にはなるが、彼女の姿を追っている場合じゃない。
 彼女を信じ、俺はひたすら目の前への敵へと料理スキルを叩き込んでいく。

【インフェルノの炎の余波 メイにダメージ10】

 流れるシステムメッセージを目にし、俺はひとまず安堵する。

「メイも逃げるのがうまくなってきてるな」

 ドラゴンブレスは直撃でなければ、そこまで脅威ではない。とはいえ、それでも受けるダメージは少なければ少ないほうがいいのも確かだ。最初は余波で50のダメージを受けていたメイも、今回は10にまで抑えてる。それだけ回避のタイミングがうまくなっている証だった。

 インフェルノの体力はもうすぐ残り二割といったところだが、肝心の俺のSPがそろそろ底を尽きかけていた。

「すまない、みんな! 休息に入る!」

 俺は皆にそう告げると、インフェルノから少し距離を取り、その場にしゃがみこんだ。
 これは「休息」という体力とSPの回復手段だ。休息中は完全無防備で一切の行動ができないが、その代わり一定時間ごとに体力とSPが回復していく。回復量は休息時間が長ければ長い程増えるので、細かく何度も休息を取るより、減ってから長時間休息を取る方が断然効率がいい。
 体力はヒールなどのスキルにより回復することもできるが、SP回復手段は限られている。料理効果やアイテムで回復できるのは微量で、主となるなSPの回復手段はこの休息しかない。
 通常は、戦闘終了後に行うものだが、こういうボス級モンスター相手では、戦闘が長時間になり、もとのSP値だけではとても1戦闘分もたない。そのため、戦闘中にタイミングを見計らって休息を取ることが重要になってくる。
 実際、ミコトさんとメイも、ここまで折を見て交互に休息を取り合ってSPを維持してきている。メイは戦闘経験が少なく、メインヒーラーでもないため、二人の休息のタイミングはすべてミコトさんが指示していた。休息を取りながらの回復でも、クマサンの体力が危なげなく維持されているところを見る限り、彼女の指示のタイミングは完璧のようだ。

 俺はしゃがみ込んだまま、そんな三人の戦闘を見守る。
 もし、ブレスが来るようなら、すぐに休息を中止しなければならないが、それまではSP回復に専念だ。
 身体がうずうずして、早く戦闘に戻りたいと心がはやるが、ここは我慢のしどころ。
 休息による時間ロスはこれで最後にしたい。残りのインフェルノの体力を削り切れるだけのSPをここで回復させる。それが今、俺がすべきことだ。
 そう自分に言い聞かせていると――突如、インフェルノが、洞窟全体を揺るがすほどの轟音で吼えた。

【インフェルノの咆哮
 ショウは動けなくなった
 クマサンは動けなくなった
 ミコトはレジストした
 メイはレジストした】

 指一本動かせなくなり、俺は一瞬戸惑う。
 だが、システムメッセージからすぐにインフェルノの戦闘行動によるものだと理解した。
 効果は行動不能。効果時間は不明だが、ミコトさんやメイが抵抗に成功したことから、全員が強制的にかかるというものではないようだ。

 この状況であのブレスが来たらどうする?――そんな考えが脳裏をよぎるが、時として現実はそんな悲惨な想像を上回ってくる。

 咆哮を上げた後、赤い鱗に覆われたインフェルノの体が、キラキラと赤く輝き出した。
 明らかに何かよくないことが起きようとしていると直感する。
 その変化に、ミコトさんがすぐに反応した。

「スキル、キュア!」

 キュアは状態異常を回復するスキルだ。巫女はヒーラーと呼ばれる職業の中でも、豊富なバフ系スキルを有しているが、その代わり状態異常回復スキルに乏しい。そのため、キュアはサブ職業の白魔導士によるスキルだが、一般的な状態異常はたいていこれで回復することができる。

【ミコトはキュアを使った クマサンには効果がなかった】

 しかし、流れたメッセージは無情だった。
 そもそもスキルで回復不能のものなのか、さらに高レベルの状態異常回復スキルなら治せるのかは不明だが、少なくとも、ミコトさんにはこれ以上の状態回復手段はない。
 こうなっては自然回復を待つしかない。
 だが、ヒーラー役のミコトさんとメイがレジストに成功したのはせめてもの救いだった。
 動けるようになるまではヘイトを重ねることこそできないが、これまでのヘイトでターゲットは依然としてクマサンに固定されている。
 動けずとも受けるダメージ自体は変わらない。ミコトさんとメイがクマサンを回復して支えてくれれば、そのうち俺達の行動不能も解けるだろう。

 ――ただ、問題は、インフェルノがこれまでと違う行動を取っているということだった。

 インフェルノは赤い輝きを帯びたまま、クマサンから少し距離を取り、その口を大きく開いた。
 かぶりつくつもりだとしたら、距離を取った理由がわからない。
 俺はインフェルノの行動の意図を探ろうとするが、すぐにその答えはわかった。
 インフェルノの口から溢れ出したのは、これまでの火球などとは比べものにならない圧倒的な灼熱の炎だった。その炎の奔流は瞬く間にクマサンを飲み込み、扇状に広がって、まるで洪水のように洞窟の壁まで炎で埋め尽くしていく。

【インフェルノのブレス クマサンにダメージ100】

 どうやら俺達は勘違いしていたらしい。
 これまでインフェルノが吐き出していた火球は、ブレスなどではなかった。
 今のこの炎の地獄とも言うべき攻撃、これが本物のブレスだったのだ。
 もし、この空間の端から中央に向かって吐かれれば、空間すべてを覆い尽くしてしまうであろう圧倒的な広範囲攻撃。
 俺達が幸運だったのは、クマサンの後ろには誰もいないことだった。
 それに、見た目の凄まじさとは裏腹に、ダメージはそれほどではない――そう考えて、すぐに俺は自分の間違いを知る。

【クマサンにダメージ100】
【クマサンにダメージ100】
【クマサンにダメージ100】

 クマサンのダメージ表示が連続して流れていく。
 本物のドラゴンブレスは、一度ダメージを受ければ終わりの攻撃ではなく、ブレスの範囲内にいる限り継続ダメージを受け続ける、灼熱の地獄とも言うべき技だった。

「スキル、フルヒール!」

【ミコトはフルヒールを使った クマサンの体力は全快した】

 ミコトさんが慌てて回復スキルを使ったことで、尽きかけていたクマサンの体力がマックスにまで回復する。しかし――

【クマサンにダメージ100】
【クマサンにダメージ100】
【クマサンにダメージ100】

 瞬く間に、その回復メッセージは再びダメージの嵐に飲み込まれる。

【ミコトはヒール・大を使った クマサンの体力が240回復】
【クマサンにダメージ100】
【クマサンにダメージ100】
【メイはヒール・大を使った クマサンの体力が240回復】
【クマサンにダメージ100】

 回復とダメージのログが洪水のように流れていく。
 このまま回復を繰り返せば、何とかクマサンを持ちこたえさせられるかもしれない――そう思いたいところだが、フルヒールやヒール・大のクールタイムは長い。今は一時的に回復スキルを繰り出せても、すぐに限界が訪れることは目に見えていた。

 このままじゃクマサンが――そう思ったとき、俺は身体に自由が戻ったのを感じた。
 不幸中の幸いというべきか、行動不能中も休息の効果は続いていたようで、すでにSP値は大きく回復している。
 俺はすぐに立ち上がり、クマサンの方へと視線を向ける。

「俺が動けるようになったということは、クマサンも――」

 インフェルノの炎のブレスは壁まで広がっているが、扇型の形状ゆえに、顔に近ければ近いほどその炎の幅は狭くなっている。前の方にいたクマサンなら、横に逃げれば、その灼熱の領域を抜け出すことができるはずだ。
 クマサンも同じように動けるようになっていると信じ、炎を見つめる。
 クマサンもすでに行動不能から解放され、必死に炎の外を目指しているに違いない。そう信じることしか、今の俺にはできなかった。

【クマサンにダメージ100】
【ミコトはヒール・中を使った クマサンの体力が120回復】
【クマサンにダメージ100】
【クマサンにダメージ100】
【メイはヒール・中を使った クマサンの体力が120回復】
【クマサンにダメージ100】
【クマサンにダメージ100】

 回復スキルのランクが落ち、回復量はダメージ量を下回っている。クマサンに残された時間は短い。クマサンの体力が尽きる前に、安全圏まで脱出できるかどうかが勝負だった。

「クマサン!」

 俺は叫んだ。何の支援もできない無力さが胸を締めつける。だが、それでも声を上げずにはいられなかった。祈りを込めたその叫びが、クマサンに届くかどうかはわからない。それでも、俺は信じていた。クマサンを、ミコトさんを、メイを――あの炎の洪水の中で、クマサンが倒れるはずがないと。
 リアルでは俺の方が守ってあげなきゃいけない女の子かもしれないけど、このゲームではいつだって頼りになる相棒なんだから!

 ――そして、俺が信じた通り、クマサンの巨体が炎の中から飛び出してきた。

 体力の残りはもうミリに近いところまで減っていたが、それでも彼女は生きている。俺の信じた通り、頼もしい姿で俺達の前に帰ってきてくれたんだ!
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