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第49話 動画完成
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こんなに近くにいるのに、違う世界に入ってしまったかのような彩さんを、俺は固唾をのんで見守った。
「クマーヤだよー。初めての人も、何度目かの人も、よろしくねー。今日は、おすすめのゲーム動画を一緒に見ていってほしいな。『アナザーワールド・オンライン』っていうゲームなんだけど、知ってるかな?」
そんな軽快な声とともに、クマーヤのゲーム紹介が始まった。
彼女は巧みに言葉を操りながら、リズミカルに話を進めていく。
彼女の表情に合わせて画面のクマーヤも同じように表情を変え、画面だけ見ていればそのクマーヤが話しているようにしか見えない。
「今回のパーティは、アップデートで新しく追加されたレッドドラゴン・インフェルノと初めて戦うみたい! ドラゴンといえば、ファンタジーの象徴みたいな存在! どんな戦いになるのか楽しみだね! えっと、パーティメンバーは、重戦士のクマサン、巫女のミコト、それと……鍛冶師のメイに……こっちは料理人のショウって――え、何このパーティ構成!? 本気でドラゴンと戦う気、あるのかな?」
もちろん俺達が本気だったことは、彼女が誰よりも知っている。今の言葉は、彼女自身の言葉ではなく、あくまでクマーヤとしての言葉だ。いつもはクマサンになりきっている彼女が、今はすっかりクマーヤになりきっている。
「わあっ! 出たっ、ドラゴン! でっかい! こんなのとホントに戦うの!? 私だったら、すぐに逃げ出しちゃうよ!」
「クマサンが真っ先に突っ込んでいく! 可愛いクマフォルムなのに、凄い勇気!」
クマーヤがクマサンに向ける愛情たっぷりの声に、つい口元がほころんだ。
きっと、クマサンの姿を見て「可愛い」と思うのは、君くらいだよ――そんなことを思いながら、モニターを見つめる。画面の中のクマーヤは、必死にクマサンを応援しているように見えた。
「おおっ!? 料理人のショウが凄いダメージ叩き出してる!? ドラゴン相手にみじん切り!? なにそれっ!?」
言うまでもなく彼女は料理スキルについて知っている。でも、驚くクマーヤの声は、まるで初めて見たかのようで、全く不自然さがなかった。「女はみんな女優だ」なんて言うけど、その中でも彼女はやっぱり特別だ。声一つで世界を描き出せる本物のプロだと思えてくる。
「理屈はわからないけど、そんなダメージが出せるなら、とにかくやっちゃえー! ショウ、がんばれっ!」
「あれ? インフェルノの様子がちょっと変だよ?」
「うわっ! 火の球を吐いてきたぁぁ!」
「うひゃー! ミコトもメイも避けたと思ったのにダメージ受けてる! 酷い攻撃だよ!」
感情豊かなクマーヤの言葉に、あの激闘の興奮が蘇ってきた。
展開を知っているはずなのに、クマーヤと一緒に応援したくなってくる。
「ショウ、今がチャンスだよ! 仲間に攻撃が向いているうちに――ああっ! ショウが尻尾であっさり吹き飛ばされたぁぁ!」
「頑張れっ、ショウ! あああぁ! またショウが吹き飛ばされちゃったぁ!」
いやいや、俺の格好悪いところはそんなに強調しなくていいから!
クマーヤの悲壮感溢れる声に、彼女の声に真剣さが増すほど、俺の情けなさが浮き彫りになるようで、どうしようもなく恥ずかしい。
「あっ、ショウが尻尾への攻撃を諦めたみたい。そうだよね、あんなに吹き飛ばされたら、戦い方を変えるのも無理ないよね。うんうん、わかるよ。……あ、攻撃場所を変えたのにショウがまた潰された」
ちょ、俺ばっかりに注目しなくていいからー!
心の中で叫ぶが、もちろん口には出せない。クマーヤの実況が続く限り、俺は心の中に思いを封じ込めるしかなかった。
「あーっ、ついにショウが尻尾攻撃をかわしたよ! 戦闘しながら尻尾攻撃の予備動作を見抜くなんて、メイ、凄い! こんなの私だったら絶対気づかないよ!」
そう、凄いのはメイなんだよ。わかってる、それは俺が一番わかってる。
だから、クマーヤに褒めてもらえないからといって、悔しくなんかないんだからぁぁぁ!
「凄いよ! みんな、インフェルノを追い詰めてる! このままやっちゃえー!」
「え、何!? インフェルノが急に吼えた!? 体がキラキラして……何か嫌な予感がする……」
「うわぁぁぁぁぁ!? ブレスきたぁぁぁぁ! クマサンが死んじゃうぅぅぅ!」
クマーヤのあまりに必死な声に、展開を知っている俺ですら不安を感じた。このままクマサンが焼き殺されてしまうんじゃないかと一瞬不安になり、つい「頑張れクマサン!」と心の中で応援してしまう。
どうやら、俺はすっかりクマーヤの言葉の世界に引き込まれてしまっているようだ。
「ミコトもメイも凄いよっ! あんな強烈なブレスを受け続けているクマサンの体力を支え続けるなんて、普通はできないよ!」
確かに、ミコトさんも咄嗟に回復スキルを使ってさすがだと思った。でも、あの攻撃を耐えきれた一番の要因はクマサン自身のタフさだろう。普通のタンクだったらあれは耐えきれなかったと思う。クマサンが自分の操作キャラだからこそ、そのことに気づいていないのかもしれない。
「みんな、頑張れっ! インフェルノだって追い詰められてる! ここが正念場だよ!」
彼女の声に応えるように、俺の手にも自然と汗が滲む。
立場的には全体の監修をしなければならないのに、俺はすっかりクマーヤの世界に引き込まれていた。
「ええっ!? 飛ぶの!?」
画面では、インフェルノの巨大な翼が羽ばたき、その巨体が空中へと舞い上がっていた。
ここからは、無情な空中ブレスの嵐が始まる。
「ひどいぃぃ! 一方的じゃないの!」
クマーヤの声には怒りさえ感じられた。確かに、今この状況でインフェルノに攻撃できるのは、魔法のスクロールを持っているメイだけだ。俺なんかは、ひたすら逃げまどっていた。対空攻撃手段のないクマサンもそれは同じだっただろう。それだけに、クマーヤの言葉には、これまで以上に感情が乗り、恨みの気持ちがこもっているかのようだった。
「みんな、逃げてぇぇぇ!」
あの時は自分しか見えていなかったが、ほかのみんなも俺と同じように必死に走り回っている。でも、そんな中でもミコトさんは隙を見て仲間に回復を入れていた。
これが本物のヒーラーかと頭が下がる。
……それにしても、俺の方に空中ブレスが来る回数がやっぱり多い!
俺が逃げるのが下手なせいで一番ダメージを食らっていたのかと思ったけど、純粋にブレスを向けられる回数が多いじゃないか! ……もしかすると、単純に逃げる場所が悪いだけかもしれないけど。
「ああ、よかった……。やっと下に降りてきたよ。――って、何それ!? 回転ブレス!? 不条理だぁぁぁ! クマサンの体力がやばいよぉぉぉ!」
クマーヤの実況がますます熱を帯びる。
戦いはもう終盤だ。インフェルノが最後の力を振り絞った各種ブレス地獄がパーティを瀕死の状態に追い込んでいた。
そして、このあとは、ミコトさんのアレだ。
「この窮地に、ミコトの巫女の祝福きたっ! パーティの体力を全回復させる巫女の特別なスキル! でも、このままじゃミコトが狙われてやられちゃうよ!」
クマーヤは、緊迫した状況の中でも、的確にスキルの解説を挟んでくる。ゲームのことを詳しく知らない人へのフォローを忘れない彼女のプロ意識が垣間見える。
「うそ!? こんなところでまた咆哮!? もしかしてまたあのブレスを吐くの!?」
インフェルノの咆哮が響き、その体が赤い輝きを帯びる。
この後に来るのは破滅の炎――動画はいよいよクライマックスへと近づいていた。
「ミコトが死んじゃうぅぅ!」
「えっ!? ショウがミコトを庇ったの!? でも、そんなことしたらショウが死んじゃうよ!」
映像は俺がミコトさんを弾き飛ばした場面だった。
クマーヤの声が、そのシーンを仲間のために自分の命さえいとわない戦士の選択として際立たせる。
画面の端に映るクマーヤの表情は、アバターだというのに痛々しいほどの緊迫感をたたえ、見ている者の胸を締めつける。
「ショウ、早く逃げてっ! ――え!? どうして逃げずに、炎の方に突っ込んでいくの!?」
「嘘!? ブレスの中、攻撃をしているの!? でも、そんなの体力がもたないよ!」
「メイ!? ブレスの中に飛び込んでまでショウの回復をするなんて!? そこまでして守りたいと思ったんだ……」
「ショウ! ここはもう君が決めるしかないよ! みんな、君を信じてるんだから!」
クマーヤの声が叫びとなって響く。
まるでその想いを乗せたかのような一撃を、画面の中のショウはインフェルノへと叩きこんでいた。
その一撃を最後に、インフェルノの巨体が崩れ落ちていく。
「――――!! やったぁぁぁぁ! 勝ったぁ! ホントに勝ったよ!!」
クマーヤの歓喜の叫びが、勝利を祝福するファンファーレのようにこだまする。
俺はモニターの前で、息をするのも忘れて映像を見つめていた。
何度も見たシーンのはずなのに、心臓が高鳴り、手のひらは汗ばんでいる。
クマーヤの実況が、まるで今まさにその場で戦っているかのような錯覚を俺に起こさせていた。
「うわっ! 称号が『1stドラゴンスレイヤー』になってる! 1stの称号って初めて見た! これってこの4人が最初にインフェルノを倒したってことだよね! 4人とも、ホントに凄いよ……」
動画の最後には、1stドラゴンスレイヤーの称号をつけた仲間のステータスを見る映像を追加しておいた。実際のプレイだと、聖域を出てレベルアップに気づいた俺がステータスを見るまで1stドラゴンスレイヤーの称号に気づかなかった。だけど、そこまですべて入れてしまうと動画が冗長になってしまう。そのため、称号を見る場面だけは、最後に編集でうまく追加しておいた。
ちょっと自慢げで嫌味に感じる人もいるかもしれないが、ここはやっぱり外せない。
何しろ、このサーバーでこれをつけているのは、ここに映ってる4人だけ。その証をこうして記しておきたかった。
俺は感傷に浸るようにすでに止まってしまった映像をただ見つめていた。
ふいに腕をつつかれるような感覚を覚え、我に返る。
気づけば、彩さんが首を傾げながら、俺の腕を指でツンツンしていた。
俺は慌てて、ソフトを終了する。
「お疲れ様、クマサン。よかったよ!」
「気になるところある? もっとこうした方がいいってところがあれば、もう一度やり直すけど?」
「いや、十分! 俺としては大満足だよ!」
「そう? ショウがそう言ってくれるのなら……よかった」
彩さんは、安心したように柔らかな笑みを浮かべた。その表情は優しげで、どこか愛しらしかった。クマーヤを演じていた時の彼女とはまったく違う表情で、そのギャップに思わずドキリとしてしまう。
こうして、俺は無事クマーヤの声と映像をゲーム動画に組み込むことができた。
ひとまず、俺は彩さんを途中まで送ると、部屋へと戻り、再びパソコン机に向かった。
メイから送られていた音源の中から、今回のドラゴン戦に最も相応しいと思える楽曲を選び出す。アップテンポで力強いビート、そして胸を焦がすようなメロディー――それは、まるで灼熱の戦場で己の限界を超えた俺達の闘志をそのまま音に変えたような曲だった。これしかない。俺は迷うことなく、その曲をBGMとして採用し、クマーヤの3本目動画をようやく完成させた。
「よし、あとはみんなに確認してもらうだけだな」
完成した動画を仲間達と共有し、意見をもらう。みんなの反応は上々で、クマーヤの実況は戦闘の熱気にさらに高め、メイの楽曲はその場面を一層ドラマチックに彩っていると絶賛してくれた。
仲間達の言葉に、心の奥がじんわりと温かくなっていくのを感じた。
そして、満を持して動画サイトにアップロードを行う。タイトルは、『クマーヤのアナザーワールド・オンライン実況動画「対決レッドドラゴン・インフェルノ 1stドラゴンスレイヤーへの道」』とした。
前回の料理動画の再生数はようやく100を超えたくらいでしかない。今回の動画は、もっと多くの人に見てもらえるだろうか――期待と不安が胸の中で複雑に入り混じる。
視線を窓の外に向ければ、すでに夜の帳が降りていた。
色々気を巡らせていたせいか、思いのほか疲労が全身に溜まっているのを感じる。
「どれくらい再生されるかな……」
つぶやきながらベッドに横たわる。
目を閉じても頭の中でドラゴン戦の映像がちらつき、ふと仲間達の笑顔が思い浮かぶ。
動画完成の達成感がゆっくりと広がり、安らぎの中で眠気が一気に押し寄せてきた。
俺はそのまま、深い眠りの中へと沈んでいった。
夢の中で、再びあの戦場へと足を踏み入れ、仲間達と共に、あの紅蓮のドラゴンに挑んでいる自分を見ていた――
「クマーヤだよー。初めての人も、何度目かの人も、よろしくねー。今日は、おすすめのゲーム動画を一緒に見ていってほしいな。『アナザーワールド・オンライン』っていうゲームなんだけど、知ってるかな?」
そんな軽快な声とともに、クマーヤのゲーム紹介が始まった。
彼女は巧みに言葉を操りながら、リズミカルに話を進めていく。
彼女の表情に合わせて画面のクマーヤも同じように表情を変え、画面だけ見ていればそのクマーヤが話しているようにしか見えない。
「今回のパーティは、アップデートで新しく追加されたレッドドラゴン・インフェルノと初めて戦うみたい! ドラゴンといえば、ファンタジーの象徴みたいな存在! どんな戦いになるのか楽しみだね! えっと、パーティメンバーは、重戦士のクマサン、巫女のミコト、それと……鍛冶師のメイに……こっちは料理人のショウって――え、何このパーティ構成!? 本気でドラゴンと戦う気、あるのかな?」
もちろん俺達が本気だったことは、彼女が誰よりも知っている。今の言葉は、彼女自身の言葉ではなく、あくまでクマーヤとしての言葉だ。いつもはクマサンになりきっている彼女が、今はすっかりクマーヤになりきっている。
「わあっ! 出たっ、ドラゴン! でっかい! こんなのとホントに戦うの!? 私だったら、すぐに逃げ出しちゃうよ!」
「クマサンが真っ先に突っ込んでいく! 可愛いクマフォルムなのに、凄い勇気!」
クマーヤがクマサンに向ける愛情たっぷりの声に、つい口元がほころんだ。
きっと、クマサンの姿を見て「可愛い」と思うのは、君くらいだよ――そんなことを思いながら、モニターを見つめる。画面の中のクマーヤは、必死にクマサンを応援しているように見えた。
「おおっ!? 料理人のショウが凄いダメージ叩き出してる!? ドラゴン相手にみじん切り!? なにそれっ!?」
言うまでもなく彼女は料理スキルについて知っている。でも、驚くクマーヤの声は、まるで初めて見たかのようで、全く不自然さがなかった。「女はみんな女優だ」なんて言うけど、その中でも彼女はやっぱり特別だ。声一つで世界を描き出せる本物のプロだと思えてくる。
「理屈はわからないけど、そんなダメージが出せるなら、とにかくやっちゃえー! ショウ、がんばれっ!」
「あれ? インフェルノの様子がちょっと変だよ?」
「うわっ! 火の球を吐いてきたぁぁ!」
「うひゃー! ミコトもメイも避けたと思ったのにダメージ受けてる! 酷い攻撃だよ!」
感情豊かなクマーヤの言葉に、あの激闘の興奮が蘇ってきた。
展開を知っているはずなのに、クマーヤと一緒に応援したくなってくる。
「ショウ、今がチャンスだよ! 仲間に攻撃が向いているうちに――ああっ! ショウが尻尾であっさり吹き飛ばされたぁぁ!」
「頑張れっ、ショウ! あああぁ! またショウが吹き飛ばされちゃったぁ!」
いやいや、俺の格好悪いところはそんなに強調しなくていいから!
クマーヤの悲壮感溢れる声に、彼女の声に真剣さが増すほど、俺の情けなさが浮き彫りになるようで、どうしようもなく恥ずかしい。
「あっ、ショウが尻尾への攻撃を諦めたみたい。そうだよね、あんなに吹き飛ばされたら、戦い方を変えるのも無理ないよね。うんうん、わかるよ。……あ、攻撃場所を変えたのにショウがまた潰された」
ちょ、俺ばっかりに注目しなくていいからー!
心の中で叫ぶが、もちろん口には出せない。クマーヤの実況が続く限り、俺は心の中に思いを封じ込めるしかなかった。
「あーっ、ついにショウが尻尾攻撃をかわしたよ! 戦闘しながら尻尾攻撃の予備動作を見抜くなんて、メイ、凄い! こんなの私だったら絶対気づかないよ!」
そう、凄いのはメイなんだよ。わかってる、それは俺が一番わかってる。
だから、クマーヤに褒めてもらえないからといって、悔しくなんかないんだからぁぁぁ!
「凄いよ! みんな、インフェルノを追い詰めてる! このままやっちゃえー!」
「え、何!? インフェルノが急に吼えた!? 体がキラキラして……何か嫌な予感がする……」
「うわぁぁぁぁぁ!? ブレスきたぁぁぁぁ! クマサンが死んじゃうぅぅぅ!」
クマーヤのあまりに必死な声に、展開を知っている俺ですら不安を感じた。このままクマサンが焼き殺されてしまうんじゃないかと一瞬不安になり、つい「頑張れクマサン!」と心の中で応援してしまう。
どうやら、俺はすっかりクマーヤの言葉の世界に引き込まれてしまっているようだ。
「ミコトもメイも凄いよっ! あんな強烈なブレスを受け続けているクマサンの体力を支え続けるなんて、普通はできないよ!」
確かに、ミコトさんも咄嗟に回復スキルを使ってさすがだと思った。でも、あの攻撃を耐えきれた一番の要因はクマサン自身のタフさだろう。普通のタンクだったらあれは耐えきれなかったと思う。クマサンが自分の操作キャラだからこそ、そのことに気づいていないのかもしれない。
「みんな、頑張れっ! インフェルノだって追い詰められてる! ここが正念場だよ!」
彼女の声に応えるように、俺の手にも自然と汗が滲む。
立場的には全体の監修をしなければならないのに、俺はすっかりクマーヤの世界に引き込まれていた。
「ええっ!? 飛ぶの!?」
画面では、インフェルノの巨大な翼が羽ばたき、その巨体が空中へと舞い上がっていた。
ここからは、無情な空中ブレスの嵐が始まる。
「ひどいぃぃ! 一方的じゃないの!」
クマーヤの声には怒りさえ感じられた。確かに、今この状況でインフェルノに攻撃できるのは、魔法のスクロールを持っているメイだけだ。俺なんかは、ひたすら逃げまどっていた。対空攻撃手段のないクマサンもそれは同じだっただろう。それだけに、クマーヤの言葉には、これまで以上に感情が乗り、恨みの気持ちがこもっているかのようだった。
「みんな、逃げてぇぇぇ!」
あの時は自分しか見えていなかったが、ほかのみんなも俺と同じように必死に走り回っている。でも、そんな中でもミコトさんは隙を見て仲間に回復を入れていた。
これが本物のヒーラーかと頭が下がる。
……それにしても、俺の方に空中ブレスが来る回数がやっぱり多い!
俺が逃げるのが下手なせいで一番ダメージを食らっていたのかと思ったけど、純粋にブレスを向けられる回数が多いじゃないか! ……もしかすると、単純に逃げる場所が悪いだけかもしれないけど。
「ああ、よかった……。やっと下に降りてきたよ。――って、何それ!? 回転ブレス!? 不条理だぁぁぁ! クマサンの体力がやばいよぉぉぉ!」
クマーヤの実況がますます熱を帯びる。
戦いはもう終盤だ。インフェルノが最後の力を振り絞った各種ブレス地獄がパーティを瀕死の状態に追い込んでいた。
そして、このあとは、ミコトさんのアレだ。
「この窮地に、ミコトの巫女の祝福きたっ! パーティの体力を全回復させる巫女の特別なスキル! でも、このままじゃミコトが狙われてやられちゃうよ!」
クマーヤは、緊迫した状況の中でも、的確にスキルの解説を挟んでくる。ゲームのことを詳しく知らない人へのフォローを忘れない彼女のプロ意識が垣間見える。
「うそ!? こんなところでまた咆哮!? もしかしてまたあのブレスを吐くの!?」
インフェルノの咆哮が響き、その体が赤い輝きを帯びる。
この後に来るのは破滅の炎――動画はいよいよクライマックスへと近づいていた。
「ミコトが死んじゃうぅぅ!」
「えっ!? ショウがミコトを庇ったの!? でも、そんなことしたらショウが死んじゃうよ!」
映像は俺がミコトさんを弾き飛ばした場面だった。
クマーヤの声が、そのシーンを仲間のために自分の命さえいとわない戦士の選択として際立たせる。
画面の端に映るクマーヤの表情は、アバターだというのに痛々しいほどの緊迫感をたたえ、見ている者の胸を締めつける。
「ショウ、早く逃げてっ! ――え!? どうして逃げずに、炎の方に突っ込んでいくの!?」
「嘘!? ブレスの中、攻撃をしているの!? でも、そんなの体力がもたないよ!」
「メイ!? ブレスの中に飛び込んでまでショウの回復をするなんて!? そこまでして守りたいと思ったんだ……」
「ショウ! ここはもう君が決めるしかないよ! みんな、君を信じてるんだから!」
クマーヤの声が叫びとなって響く。
まるでその想いを乗せたかのような一撃を、画面の中のショウはインフェルノへと叩きこんでいた。
その一撃を最後に、インフェルノの巨体が崩れ落ちていく。
「――――!! やったぁぁぁぁ! 勝ったぁ! ホントに勝ったよ!!」
クマーヤの歓喜の叫びが、勝利を祝福するファンファーレのようにこだまする。
俺はモニターの前で、息をするのも忘れて映像を見つめていた。
何度も見たシーンのはずなのに、心臓が高鳴り、手のひらは汗ばんでいる。
クマーヤの実況が、まるで今まさにその場で戦っているかのような錯覚を俺に起こさせていた。
「うわっ! 称号が『1stドラゴンスレイヤー』になってる! 1stの称号って初めて見た! これってこの4人が最初にインフェルノを倒したってことだよね! 4人とも、ホントに凄いよ……」
動画の最後には、1stドラゴンスレイヤーの称号をつけた仲間のステータスを見る映像を追加しておいた。実際のプレイだと、聖域を出てレベルアップに気づいた俺がステータスを見るまで1stドラゴンスレイヤーの称号に気づかなかった。だけど、そこまですべて入れてしまうと動画が冗長になってしまう。そのため、称号を見る場面だけは、最後に編集でうまく追加しておいた。
ちょっと自慢げで嫌味に感じる人もいるかもしれないが、ここはやっぱり外せない。
何しろ、このサーバーでこれをつけているのは、ここに映ってる4人だけ。その証をこうして記しておきたかった。
俺は感傷に浸るようにすでに止まってしまった映像をただ見つめていた。
ふいに腕をつつかれるような感覚を覚え、我に返る。
気づけば、彩さんが首を傾げながら、俺の腕を指でツンツンしていた。
俺は慌てて、ソフトを終了する。
「お疲れ様、クマサン。よかったよ!」
「気になるところある? もっとこうした方がいいってところがあれば、もう一度やり直すけど?」
「いや、十分! 俺としては大満足だよ!」
「そう? ショウがそう言ってくれるのなら……よかった」
彩さんは、安心したように柔らかな笑みを浮かべた。その表情は優しげで、どこか愛しらしかった。クマーヤを演じていた時の彼女とはまったく違う表情で、そのギャップに思わずドキリとしてしまう。
こうして、俺は無事クマーヤの声と映像をゲーム動画に組み込むことができた。
ひとまず、俺は彩さんを途中まで送ると、部屋へと戻り、再びパソコン机に向かった。
メイから送られていた音源の中から、今回のドラゴン戦に最も相応しいと思える楽曲を選び出す。アップテンポで力強いビート、そして胸を焦がすようなメロディー――それは、まるで灼熱の戦場で己の限界を超えた俺達の闘志をそのまま音に変えたような曲だった。これしかない。俺は迷うことなく、その曲をBGMとして採用し、クマーヤの3本目動画をようやく完成させた。
「よし、あとはみんなに確認してもらうだけだな」
完成した動画を仲間達と共有し、意見をもらう。みんなの反応は上々で、クマーヤの実況は戦闘の熱気にさらに高め、メイの楽曲はその場面を一層ドラマチックに彩っていると絶賛してくれた。
仲間達の言葉に、心の奥がじんわりと温かくなっていくのを感じた。
そして、満を持して動画サイトにアップロードを行う。タイトルは、『クマーヤのアナザーワールド・オンライン実況動画「対決レッドドラゴン・インフェルノ 1stドラゴンスレイヤーへの道」』とした。
前回の料理動画の再生数はようやく100を超えたくらいでしかない。今回の動画は、もっと多くの人に見てもらえるだろうか――期待と不安が胸の中で複雑に入り混じる。
視線を窓の外に向ければ、すでに夜の帳が降りていた。
色々気を巡らせていたせいか、思いのほか疲労が全身に溜まっているのを感じる。
「どれくらい再生されるかな……」
つぶやきながらベッドに横たわる。
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佐藤健太、32歳。会社ではリストラ寸前の窓際サラリーマン。彼は人生逆転を賭け『探索者』になるも、与えられたのは戦闘に役立たない地味スキル【無限収納】だった。
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だが彼は気づいてしまう。このスキルが、思考一つでアイテムや武器を無限に取り出し、敵の魔法すら『収納』できる規格外のチート能力であることに!
サラリーマン時代の知恵と誰も思いつかない応用力で、地味スキルは最強スキルへと変貌する。訳ありの美少女剣士や仲間と共に、不遇だった男の痛快な成り上がり無双が今、始まる!
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