ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい

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第75話 20箇所同時ライブイベント

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 ステージの上に立つエルシーは、自信に満ち溢れ、心配する余地すら見せない。まるで、その場にいる全員の視線を引き寄せる磁石のようだ。
 ステージプログラムは一度組んでしまえば、後はもう俺が何もしなくても予定通りに進行していく。組んだパフォーマンスが始まる前なら変更も効くが、俺としては今考えられるベストの構成にしたつもりだ。いまさら変更する気はない。

「さて、俺はどうしたものかな……」

 そんなわけで、俺は手持無沙汰になってしまった。
 もちろん、エルシーのパフォーマンスはとても魅力的で、ただ見ているだけでも十分に楽しめる。俺がただの観客ならそれでよかっただろう。だけど、俺は彼女のプロデューサーだ。エルシーが、ダンスに、歌に、演奏に、全力を尽くしているのなら、俺も見ているだけじゃなく、何かできることをすべきじゃないだろうか?

「今俺に出来ることといったら……」

 俺は思案する。
 ミコトさんのように「応援」の特技でも覚えていれば、ステージのエルシーをフォローすることもできたんだろう。でも、俺にはそんなものはない。
 だったら、やはり俺に出来ることは、ほかの吟遊詩人の情報収集だ。
 俺はここのステージをエルシーに託し、別会場へと足を運ぶことにした。

 最初に向かったのは、予想順位5位のクマサンとウェンディのいる会場だった。
 そこはウェンディがよく子供達を相手に歌を聞かせていた園で、エルシーの海辺の公園よりも街の中心に近いものの、広さや景観では劣る。
 遊具があるわけでもないシンプルな公園だが、今はしっかりとしたステージが組み上げられ、その上ではウェンディが自慢の歌声を披露していた。
 彼女の歌は心に染み渡るような情緒的なもので、エルシーも含めほかの多くの吟遊詩人が激しく情熱的なパフォーマンスを見せているのとは対照的だ。
 いい歌だし、いい声だが、こういう歌では観客を盛り上げるのは難しいのではないかと思ったが、意外にもそういうわけではないようだった。エルシーの会場にいた観客のように、大きな歓声を上げているような人はいないが、観客の顔を見れば、ウェンディの歌声に酔いしれているのがわかる。この街の人々は音楽に対して鋭い感性を持っている。表面的なノリの良さだけでなく、真の音楽を理解し、評価する目を持っているのだろう。
 ただ、気になるのは、ウェンディの客には子供の姿が多く見られることだ。エルシーの観客には、あまり子供はいなかった。男性客、特に若い男性が多かった気がする。それに比べてウェンディの観客は圧倒的な子供の数が多い。場所がもともと子供の多く集まる公園だということも影響しているのだろうか? 一方で大人の方は、性別も年齢も幅広いように思える。いや、若い男女が少ないか? 子供と一定年齢以上の男女、そういった層が多いようだ。

「とはいえ、クマサン。子供に人気があるのはいいが、子供には投票権はないんだよ。クマサンの戦略は最初から間違っていた。残念ながら、勝つのは俺のエルシーだ!」

 ウェンディの偵察を終えると、俺は次の会場へと向かった。
 次に訪れたのは、予想順位第3位のメイとイングリッドがいる会場だ。
 そこは、野外音楽場で、街の中心から少し外れた場所に位置している。俺達が会場として使っている公園とは違い、音楽を楽しむために設計された本格的な施設で、ステージも常設されている。トップ3ともなると、さすがに扱いが違う。
 しかし、これって上位にいる者がさらに有利になってしまう仕組みで、なんかずるくないか?
 そんな不満を抱きながら、ステージへと近づいていったが、俺の不満はすぐに消えてしまった。

「……あれ? 観客が少なくないか?」

 予想順位第3位、会場も文句なし、だというのに、イングリッドのステージの周りにいる観客は、明らかにエルシーやウェンディの客よりも少なかった。休憩中というのなら納得できるが、今もイングリッドはステージの上でリュートを奏でながら懸命に歌っている。

「どうなっているんだ、一体?」

 俺が戸惑いながら呟くと、突然後ろから声をかけられた。

「なんだ、ショウ。自分のところのステージを放っておいてまで敵情視察か?」

 慌てて振り返ると、やつれたような顔をしたメイが立っていた。彼女のいつもとは違う沈んだ様子に、俺はすぐに違和感を覚える。

「メイ、元気がなさそうだけど、大丈夫か? それに、この観客、イングリッドのステージにしては少なくないか? 何かミスでもしたのか?」

 メイは深く息をついてから、ゆっくりと首を振った。

「いや、イングリッドは完璧だよ。こんな客の入りでも、落ち込むことも不貞腐れることもなく、全力でやってくれている」
「じゃあ、どうして?」
「熱愛報道も痛手だったが、それよりもその後の黒い噂がまずかった。あの噂が街中に広まって、あの日以降、イングリッドを見に来る人がどんどん減ってきて……ついにはこのありさまだ。悪いのは私で、イングリッドは無関係なのに……。イングリッドの演奏を聞いてくれれば、あいつが無実なのはわかるはずなんだ。裏社会と繋がってるような人間に、こんな音楽、生み出せやしないんだから……」

 メイの声は、苦しそうに震えていた。
 そういえば、メイとイングリッドが反社会的組織と関係しているというスキャンダルが出たのは25日だった。あの時点ではまだそのニュースは十分に広まっておらず、イングリッドはその日の行動終了後の予想順位で3位につけることができたが、人気はその後も下降を続けていたのだろう。
 きっと熱愛報道だけなら、イングリッドがここまで落ち込むことはなかっただろう。男性人気は下がるかもしれないが、それ以外の層なら十分に挽回できるレベルだったに違いない。だが、反社会的組織との繋がりなんていうスキャンダルは、男女問わずすべての世代に対してマイナスイメージを与えてしまう。自分が招いた事態とはいえ、メイの胸中を思うと、やるせない気持ちが込み上げてくる。

「残念だが、私はここまでのようだ。ショウは私のような失敗をしないよう、せいぜい頑張ってくれよな」

 そういって力なく笑うメイは、すでに勝負を諦めたようだった。
 彼女のらしくない態度に胸がざわめく。
 ステージを見れば、イングリッドはリュートを懸命に弾きながら、必死に歌っている。
 さらにジャンプしながら弾いたり、その場で回転しながら弾いたりと、大道芸のような技まで見せている。しまいには、リュートを高く放り投げ、回転しながら落ちてくるそれを空中キャッチし、そのまま演奏を続けて見せた。

「なんだよ、今の技は!?」
「……あれが14日目のイベントで覚えた特技だよ。まぁ、今となっては無駄なものになってしまったけどな」

 あれが特技か! 今イングリッドが手にしているのは数千万はくだらないスパケディバリウスだろ!? それを使ってあんな派手な技をするなんて! イングリッドはまだ諦めず必死なんだ!
 それなのにメイは……。

「おい、メイ! ステージのイングリッドを見ろ!」
「えっ?」

 俺の声で、それまでうつむいていたメイがステージへと顔を向ける。

「イングリッドは優勝を諦めていないぞ! 全力で『私を見ろ』って今も必死に訴えてるじゃないか! それなのに、どうしてメイが先に諦めてるんだよ!」
「……だけど、もう残りの日数は少ない。この段階で頑張ったって……」
「俺達がインフェルノに勝てたのは、全員が最後まで諦めなかったからだろ! 一人でも途中で諦めていたらあの勝利はきっとなかった。メイ、目の前でまだやれると必死にリュートを掻き鳴らしている子がいるのに、お前は早々に諦めてしまうのか!? 違うだろ! お前はそんな薄情な奴じゃないだろ! 勝つために、仲間のために、インフェルノの炎の中に飛び込む、そういう格好いい女だろ!」
「――――!!」

 俺の言葉にメイが目を見開く。
 つい興奮して言い過ぎたかと思ったが、俺の素直な気持ちだ。後悔はない。

「……今の私達は敵同士だぞ。どうしてわざわざ敵にやる気を出させるようなこと言うんだよ」
「うっ」

 確かにメイの言う通りだった。このまま放っておけば、イングリッドが3位から転落するのは目に見えている。
 けど、やっぱり後悔はない。
 今のメイに勝ってもおもしくもなんともない。

「こういうところがショウらしいというか、なんというか……。でも、ショウに格好悪いところは見せられないよな……」
「ん、何か言ったか?」
「なんでもないよ! こうなったら、私も最後まであがいてやる! 今からチラシ配って呼び込みやって、ここに観客を集めてやる! 見てろよ、ショウ! ここから逆転するのは、私とイングリッドだ!」
「そりゃ選挙当日が楽しみだな」

 俺達は笑い合ってグータッチを交わした。
 しかし、金にものいわせて色々やってきたメイが、ここにきてチラシ配りと呼び込みという地道に手段をとろうとしてくるとは、驚きだ。
 だけど、今のメイの方が前よりも手強い、そんな気がしてくる。
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