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第200話 町長のお願い
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患者が一人だと思い込んでいたのは、どうやら俺だけではなかったらしい。クマサン達も困惑した表情を浮かべている。
俺は視線を仲間から町長へと戻した。
「そういうことなら、これからほかのブラッドリーフ・トレントを探しに森に戻ります」
あと三枚必要になるが、色づいた森の中にいる緑の葉のブラッドリーフ・トレントは目立つ。見つけるのはそれほど苦労しないはずだ。必要数がわかっているのなら、確実に一枚ずつゲットしていけばいい――そう思い、町長のもとを離れかけた、その時だった。
「お待ちください。今回発見されたブラッドリーフ・トレントは一体だけ。あのモンスターは、一つの森に二体以上いることはないと言われています。……残念ながら、あの森でこれ以上は望めないでしょう」
まじか……。
その一言に、森へと向かおうとした足が止まる。
これから「赤い葉」を求めて世界中の森を巡る羽目になるとしたら、その労力は想像もつかない。さっきの森をしらみつぶしに探すほうが遥かにマシだった。
「モヤっとするクエスト」って、もしかして「ただの面倒なだけのクエスト」なのか……。そう思いかけたところで、町長が再び口を開いた。
「今回の依頼は、町の近くの森から『赤い葉』を取ってきていただくことでした。あなたがたは、その依頼を見事に果たしてくださいました。数が一枚しか手に入らなかったのは残念でしたが、それは致し方ありません。むしろ、一枚でも入手できたことを感謝すべきでしょう」
実にできた町長だった。
町の人々からの評判が良いのも、なるほどとうなずける。
患者全員分の「赤い葉」が揃わなかったのは心残りだが、町長がこれで依頼完了と言ってくれるのなら、俺達の役目はここまでだろう。
「もし今後、ブラッドリーフ・トレントの目撃情報が入りましたら、また依頼を出します。その時には、再び力を貸していただけると嬉しいのですが」
「はい、その時はぜひ! 患者さん全員分の『赤い葉』が揃うまで、協力させてもらうつもりです」
「モヤっとするクエスト」というのは、一度で終わらないからこその「モヤっと」なのかもしれない。
だけど、続きがあるクエストというのは決して珍しいものではない。わざわざ話題にするほどのことではないと思うのだが……。
まぁ、でもとにかくこれで一旦クエストは完了だ。
あとは俺が持っている「赤い葉」を町長に渡して、報酬を貰うだけ――のはずだった。
「それでは町長、『赤い葉』をお渡ししますね」
そう言って町長にトレードを申し込もうとしたところで、彼の声がそれを遮る。
「お待ちください。その前に、一つお願いがあります」
「……お願い、ですか?」
足りない分の「赤い葉」については、今後の再依頼で対応するという話になったはずだ。ほかに何のお願いがあるというのか。俺は首をかしげる。
「今回、あなたがたが手に入れてくださった『赤い葉』――それを、四人の患者のうち、誰に使うか決めていただけませんか?」
「……はぁ?」
あまりに想定外の内容に、思わず間抜けな声が漏れた。
一つしかない貴重な特効薬を誰に使うか――それは患者にとっても、その家族にとっても、非常に重要な問題だ。
それを、たまたま依頼をこなしただけの俺達に任せる?
いくらなんでも、それは無責任すぎるんじゃないか――そう思った矢先、町長が口を開いた。
「もしかしたら、私が決めればよいのにとお考えかもしれませんが、町長である私は、患者ともその家族とも何かしらの関わりがあります。私の判断で決めてしまえば、誰かを優遇したと捉えられ、選ばれなかった側から強い反感を買う可能性が高いのです。医者や魔法医が選んだとしても、それは同じです。その点、あなたがたは外部の冒険者で、誰とも個人的な関係を持っていません。最も中立な立場にいらっしゃる。だからこそ、あなたがたに判断をお願いしたいのです」
まるで、心を見透かされたようだった。
町長の言い分は理解できる。だが、納得できるかは別だ。
だって、そんな役回りを押し付けられたら、今度は俺達が選ばれなかった患者やその関係者から恨まれるかもしれないじゃないか――と、そこまで考えたとき、またしても町長が先回りしてきた。
「もちろん、あなたがたのお名前が外に漏れることはありません。あなたがたのことは、私だけが把握し、外部には伏せておきます。ですから、関係者に恨まれることはありません。ご安心を」
……なんだこの町長。エスパーなのか?
あまりに思考を先読みされて、怖くなってくる。
「そういうわけですので、なにとぞ、誰に特効薬を使うのか、ご判断いただきますようよろしくお願いします」
深く頭を下げる町長に、俺は何も言わず、そっとトレード申請を出した。
このゲームは、プレイヤー相手だけでなく、NPC相手にもトレードが可能だ。依頼品の納品は基本的にこの方式で行うし、依頼など関係なしに、プレゼントとしてNPCにトレードで物を贈ることもできる。
それぞれのNPCには好感度が設定されているので、たとえば、いきつけの酒場の看板娘にトレードで宝石などを送り続けていると、店を訪れたときの反応がだんだんよくなっていく。それが一定レベルを超えれば、まるで恋人相手のような対応をしてくれたりもするのだ。実際、俺も手作り料理をプレゼントし続けて、随分と仲良くなり、みんなとギルド結成するまでは王都の酒場に足しげく通っていたものだ。
今回も、そのトレードで無理矢理にでも「赤い葉」を町長に渡してしまおうと思ったのだが――
【トレードは拒否されました】
……は?
NPC相手に拒否されるなんて、初めて見た。
この町長、善人そうな顔をしているけど、本当は腹黒なんじゃないだろうか?
「病院のベッドを占領しておくわけにもいかないので、四人の患者は、私の屋敷の客室で眠っています。案内しますので、ついてきてください」
……俺達、まだ引き受けるなんて言ってないんだけど?
町長はそんなのお構いなしに、さっさと屋敷の奥へと歩き出していく。
ここで彼を無視して屋敷を出ていくこともできなくはないが、そんなことをすればこのクエストを未クリアのまま放置することになるだけだ。
俺達は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。結局のところ、拒否するなんて選択肢ははじめからなかったのだ。
結局、俺達は仕方なく町長を追うことにした。
「モヤっとするクエスト」――その意味がようやくわかってきた。
四人の患者に対して、手に入った「赤い葉」はたった一枚。
これは、一人を救うこのクエストであると同時に、三人を見捨てるクエストということだ。
しかも、誰を救い、誰を見捨てるのか、それをプレイヤー自身に選ばせる。
なかなか性格の悪いクエストを用意してくれたものだ。
俺は視線を仲間から町長へと戻した。
「そういうことなら、これからほかのブラッドリーフ・トレントを探しに森に戻ります」
あと三枚必要になるが、色づいた森の中にいる緑の葉のブラッドリーフ・トレントは目立つ。見つけるのはそれほど苦労しないはずだ。必要数がわかっているのなら、確実に一枚ずつゲットしていけばいい――そう思い、町長のもとを離れかけた、その時だった。
「お待ちください。今回発見されたブラッドリーフ・トレントは一体だけ。あのモンスターは、一つの森に二体以上いることはないと言われています。……残念ながら、あの森でこれ以上は望めないでしょう」
まじか……。
その一言に、森へと向かおうとした足が止まる。
これから「赤い葉」を求めて世界中の森を巡る羽目になるとしたら、その労力は想像もつかない。さっきの森をしらみつぶしに探すほうが遥かにマシだった。
「モヤっとするクエスト」って、もしかして「ただの面倒なだけのクエスト」なのか……。そう思いかけたところで、町長が再び口を開いた。
「今回の依頼は、町の近くの森から『赤い葉』を取ってきていただくことでした。あなたがたは、その依頼を見事に果たしてくださいました。数が一枚しか手に入らなかったのは残念でしたが、それは致し方ありません。むしろ、一枚でも入手できたことを感謝すべきでしょう」
実にできた町長だった。
町の人々からの評判が良いのも、なるほどとうなずける。
患者全員分の「赤い葉」が揃わなかったのは心残りだが、町長がこれで依頼完了と言ってくれるのなら、俺達の役目はここまでだろう。
「もし今後、ブラッドリーフ・トレントの目撃情報が入りましたら、また依頼を出します。その時には、再び力を貸していただけると嬉しいのですが」
「はい、その時はぜひ! 患者さん全員分の『赤い葉』が揃うまで、協力させてもらうつもりです」
「モヤっとするクエスト」というのは、一度で終わらないからこその「モヤっと」なのかもしれない。
だけど、続きがあるクエストというのは決して珍しいものではない。わざわざ話題にするほどのことではないと思うのだが……。
まぁ、でもとにかくこれで一旦クエストは完了だ。
あとは俺が持っている「赤い葉」を町長に渡して、報酬を貰うだけ――のはずだった。
「それでは町長、『赤い葉』をお渡ししますね」
そう言って町長にトレードを申し込もうとしたところで、彼の声がそれを遮る。
「お待ちください。その前に、一つお願いがあります」
「……お願い、ですか?」
足りない分の「赤い葉」については、今後の再依頼で対応するという話になったはずだ。ほかに何のお願いがあるというのか。俺は首をかしげる。
「今回、あなたがたが手に入れてくださった『赤い葉』――それを、四人の患者のうち、誰に使うか決めていただけませんか?」
「……はぁ?」
あまりに想定外の内容に、思わず間抜けな声が漏れた。
一つしかない貴重な特効薬を誰に使うか――それは患者にとっても、その家族にとっても、非常に重要な問題だ。
それを、たまたま依頼をこなしただけの俺達に任せる?
いくらなんでも、それは無責任すぎるんじゃないか――そう思った矢先、町長が口を開いた。
「もしかしたら、私が決めればよいのにとお考えかもしれませんが、町長である私は、患者ともその家族とも何かしらの関わりがあります。私の判断で決めてしまえば、誰かを優遇したと捉えられ、選ばれなかった側から強い反感を買う可能性が高いのです。医者や魔法医が選んだとしても、それは同じです。その点、あなたがたは外部の冒険者で、誰とも個人的な関係を持っていません。最も中立な立場にいらっしゃる。だからこそ、あなたがたに判断をお願いしたいのです」
まるで、心を見透かされたようだった。
町長の言い分は理解できる。だが、納得できるかは別だ。
だって、そんな役回りを押し付けられたら、今度は俺達が選ばれなかった患者やその関係者から恨まれるかもしれないじゃないか――と、そこまで考えたとき、またしても町長が先回りしてきた。
「もちろん、あなたがたのお名前が外に漏れることはありません。あなたがたのことは、私だけが把握し、外部には伏せておきます。ですから、関係者に恨まれることはありません。ご安心を」
……なんだこの町長。エスパーなのか?
あまりに思考を先読みされて、怖くなってくる。
「そういうわけですので、なにとぞ、誰に特効薬を使うのか、ご判断いただきますようよろしくお願いします」
深く頭を下げる町長に、俺は何も言わず、そっとトレード申請を出した。
このゲームは、プレイヤー相手だけでなく、NPC相手にもトレードが可能だ。依頼品の納品は基本的にこの方式で行うし、依頼など関係なしに、プレゼントとしてNPCにトレードで物を贈ることもできる。
それぞれのNPCには好感度が設定されているので、たとえば、いきつけの酒場の看板娘にトレードで宝石などを送り続けていると、店を訪れたときの反応がだんだんよくなっていく。それが一定レベルを超えれば、まるで恋人相手のような対応をしてくれたりもするのだ。実際、俺も手作り料理をプレゼントし続けて、随分と仲良くなり、みんなとギルド結成するまでは王都の酒場に足しげく通っていたものだ。
今回も、そのトレードで無理矢理にでも「赤い葉」を町長に渡してしまおうと思ったのだが――
【トレードは拒否されました】
……は?
NPC相手に拒否されるなんて、初めて見た。
この町長、善人そうな顔をしているけど、本当は腹黒なんじゃないだろうか?
「病院のベッドを占領しておくわけにもいかないので、四人の患者は、私の屋敷の客室で眠っています。案内しますので、ついてきてください」
……俺達、まだ引き受けるなんて言ってないんだけど?
町長はそんなのお構いなしに、さっさと屋敷の奥へと歩き出していく。
ここで彼を無視して屋敷を出ていくこともできなくはないが、そんなことをすればこのクエストを未クリアのまま放置することになるだけだ。
俺達は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。結局のところ、拒否するなんて選択肢ははじめからなかったのだ。
結局、俺達は仕方なく町長を追うことにした。
「モヤっとするクエスト」――その意味がようやくわかってきた。
四人の患者に対して、手に入った「赤い葉」はたった一枚。
これは、一人を救うこのクエストであると同時に、三人を見捨てるクエストということだ。
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