ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい

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第202話 四人の患者 その2

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 俺達四人と、ベッドに眠る患者四人だけが残された客室には、何とも言えない重苦しい空気が漂っていた。
 ゲーム内のNPCとはいえ、最新のVR技術で描かれた彼らは、ほとんど実在の人間と変わらない。それに、俺達自身も今の自分を、もう一人の自分だと思うくらいには、この世界に入り込んでいる。「所詮ゲームだから」なんて割り切れる者は、この場にはいないはずだ。
 それだけに、患者の命運を委ねられた今、この緊張感と戸惑いは否応なく胸を締めつけてくる。場合によっては、自分の放った第一声が判断に大きな影響を与えるかもしれないと考えれば、迂闊には喋れなくなるというものだ。

 だけど、俺はギルドマスターにして、今のパーティのリーダーでもある。
 こういう状況になれば、中心になって話を進めるのは俺の役目だろう。
 俺は一つ深く息を吐き、意を決して口を開く。

「……モンスター狩りのお使いクエストかと思っていたら、まさかこんな展開になるなんてな。でも、町長に頼まれた以上、これも依頼のうちだ。俺達が手に入れた特効薬――『赤い葉』を四人の患者のうち誰に使うのか、俺達で決めよう」

 三人の顔を見渡す。返事はないが、それぞれが静かにうなずいた。

 さて――誰から話を聞くべきか。

 俺が最初に意見を出してしまうと、リーダーという立場上、全体の流れを誘導してしまうかもしれない。だから、自分の考えは最後に述べるのがいいだろう。
 となれば、まずは信頼できる相棒――クマサンの意見を聞いてみよう。

「それぞれの考えを、順番に聞いていこうと思う。まずは、クマサン、誰に使うのがいいと思う?」

 声をかけると、クマサンはすぐに顔を上げた。戸惑いはなく、まるで最初に聞かれることを予期していたかのような落ち着いた表情だった。

「……正直、それぞれに事情があって、簡単にこの人とは決められないが――ステラかベルトルト、そのどちらかだと思っている。……でも、そのどちらかしか助けられないのなら、やっぱりステラだ」

 言葉に迷いはなかった。

「ほかの三人は、広い意味では自分の行動が招いた結果として感染している。でもステラは違う。医療ミスなんて、自分ではどうしようもない。理不尽に巻き込まれたんだ。この中で一番、助けられるべき人間は、間違いなく彼女だと思う

 ……なるほど。
 クマサンらしい、まっすぐな答えだった。
 確かに、森に遊びに行って感染したベルトルト、趣味で珍品を集める中で感染したホフマン、薬の悪用で感染したレイラ――この三人の感染は、自己責任と言えなくもない。
 しかし、ステラだけはそうではなかった。ただ普通に診察を受けに行っただけなのに――その結果がこれだ。その境遇は、明らかにほかの三人とは異なっている。
 話し合いは難航するかと思っていたが、これはすんなり決まるかもしれない。
 俺は軽くうなずき、次にミコトさんへと視線を向けた。

「ミコトさんはどう思う?」
「……はい」

 ミコトさんはわずかにうつむき、小さくうなずいた。

「私も……ステラさんとベルトルトさんで悩みました。ステラさんのことを思うと、胸が痛みます。誰かの過ちで、何の罪もないのに、こんな目に遭って……」

 その声には、きっとヒーラーとしての想いが滲んでいた。
 現実世界でも、医療ミスで苦しむ人達は確かに少なくない。ミコトさんがステラに心を寄せるのは、当然の感情だ。
 だが――

「……ですが、今回はベルトルトさんに特効薬を使うべきだと思います」

 顔を上げたミコトさんの瞳は、揺らぎのない光を湛えていた。

「彼が助かれば、この町で、これから先に救われる命は少なくありません。彼はまだ若く、魔法医として長年にわたって町のために働くことができます。ステラさんには申し訳なく思います。でも……一人を助けるのではなく、未来に続く多くの命を選ぶべきだと、私は思います」

 言い終えたミコトさんは、静かに俺の目を見た。

 ――なるほど。ミコトさんの考えも、確かに一つの正しさだった。

 ステラを助ければ、家族や親しい人はきっと救われる。でも、ベルトルトを救えば、これから幾人もの人間が、その手によって命を救われるだろう。
 この町のためという視点で考えるのならば、ベルトルトこそ助けるべきかもしれない……。
 でも、気の毒なステラさんをそのままにしておくというのも辛い……。
 どちらの考えも間違ってはいない。正しさが、ぶつかり合っている。
 クマサンはステラ。ミコトさんはベルトルト。今のところ、票は一対一。
 俺は残る三人目――メイに視線を向ける。だが、俺が話を振るより先に、彼女は口を開いた。

「ちょっと待ってくれ。二人とも、最初からステラとベルトルトだけで考えてたみたいだけど、ホフマンは? 悪人としか言えないレイラを外すのはわかる。あれは、どう考えても擁護できない。でも、ホフマンまで最初から除外してるのって、おかしくないか?」

 おいおい、またややこしいことを言い出してきた……と思ったが、同時に思い知らされる。
 ――確かに、一理ある。
 俺も心のどこかで、無意識にホフマンを外して考えていた。

「メイ、それは……誤解だ。ホフマンとレイラを同じに扱っていたわけじゃない」

 クマサンがすぐに弁明する。ミコトさんも、慌てたように言葉を継いだ。

「そうですよ。もし特効薬が三つあれば、間違いなくホフマンさんにも使います」

 俺も小さくうなずく。
 ホフマンを悪人と同列だなんて思ってもいない。ただ、選べる命が一つしかないとなれば、どうしても優先順位をつけざるを得なかっただけだ。
 だが、メイはその前提自体に異を唱えるように、静かに言った。

「じゃあ、もし特効薬が二つだったら? そのときは、ホフマンを外すんだろ?」
「…………」
「…………」

 クマサンとミコトさんは押し黙った。

「ホフマンは、富豪ってだけで、何も悪いことをしていない。町長がつい漏らしていたけど、彼を助ければ町や病院への寄付も見込める。それって、結果的に町のためになるってことだよな? だったら、町に貢献するって意味では、ベルトルトと同じじゃないのか?」
「……でも、それってどうなんでしょうか? お金を期待して治療するのって……私はあまり良いこととは思えません」

 ミコトさんが言葉を探しながら応じる。
 だが、メイは首を振った。

「そうか? それって、魔法で助けるのは綺麗で、お金で助けるのは汚いってイメージに引っ張られているだけじゃないのか? どっちも町の未来のためだよ。方法が違うだけで、目的は一緒だ」

 言われてみれば、確かにそうかもしれない。
 俺も、なんとなく「人を救う力」を持つベルトルトのほうが「善い」と思っていた。でも、メイの言うとおり、それは直感的な印象でしかなかったのかもしれない。お金の力だって、人を救えるんだ。

 ……でも、そう考えると、さらにわからなくなってくる。
 そもそも、命の価値って、そんなふうに「町のためになるかどうか」で測っていいのか?
 ステラは何の落ち度もない。ホフマンも悪いことはしていない。ベルトルトは未来の命を救える力を持っている。
 じゃあ、俺達は誰かの命に「優先順位」をつけていい存在なのか?

 ふと、頭に浮かんだ言葉が口をついて出た。

「……なあ、みんな。命って、平等だと思うか?」
「……え?」

 三人が同時に顔を上げた。
 突然の問いに、クマサンは眉をひそめ、ミコトさんは首をかしげ、メイは探るような視線を向けてくる。

「いや、今までの話を聞いててさ、ふと思ったんだ。よく言うだろ? 『命の重さに差はない』って」

 そう前置きしながら、俺は言葉を続けた。

「だったらさ……たとえば、くじ引きで決めるっていうのも、公平な方法なんじゃないか? 本当に命が平等なら、レイラも含めて、全員の名前を書いたくじを引く。あるいは、効くかどうかわからないけど、薬を四等分して、全員に均等に使う……そういうのも、一つのやり方だと思わないか?」

 俺としては、真剣に投げかけたつもりだった。それが正しいこととしての提案ではなく、一つの考え、一つの手段として示したつもりだった。
 だけど――
 なぜか三人の視線が、じわりと痛い。

「……レイラが美人だから、ってことじゃないよな?」

 クマサンが疑わしそうに言い、ミコトさんは困ったように苦笑いし、メイは呆れたように腕を組んだ。

「確かに綺麗な人だし、ショウさんの気持ちもわからなくはないですけど……」
「くじ引きっていう提案の裏には、美人だから一発逆転で助けたいなんて思ってないだろうな?」

 ……ダメだ。完全に誤解されてる。
 ――っていうか、俺ってそういう奴だと思われてるの?
 意図が正しく伝わらなかったことより、そっちのほうがイヤなんだけど……
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