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第203話 命の重さ
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「ち、違うよ!」
三人の、まるで責めるような視線にさらされて、俺は首を振るだけでは足りず、両手も振って全力で否定してみせた。
「ただ……命の重さが本当に同じかどうか、それについてはちゃんと考えたほうがいいと思ったんだ」
命に差はないという言葉はよく聞く。でも実際はどうなんだろう――人によって考え方は違うかもしれないし、同じ人でも状況によって感じ方は変わるのかもしれない。
どちらが正しいのかは、きっと誰にも断言できない。
でも今、この場では、それぞれがどう考えているかを確認しておく必要がある。もし「命の重さは等しい」と全員が思っているなら、そもそも誰を救うかなんて話し合っていること自体が間違いになってしまう。
「じゃあ、ショウはどう思ってるんだよ。今度は自分の考えを最初に言いなよ」
メイの声には、少しだけトゲがあった。話の流れを断ち切った俺への不満か、あるいは……まだどこかで俺が、レイラが美人だから助けようとしていると疑っているのかもしれない。
でも、命の重さの話を持ち出したのは俺だ。だったら、自分の考えを真っ先に話すのは確かに筋だろう。
「……わかった。俺は――」
一瞬の間に、もう一度自分の中を見つめ直す。
もし、ここにもう一つベッドがあって、クマサンやミコトさん、メイの誰かがそこに患者として眠っていたら――俺は、ほんの刹那の迷いすらなく、誰を選ぶのか即断する。ゲームの話ではなく、現実世界で、同じ選択を迫られたとしても、それは変わらない。
「……俺は、命の重さには違いがあると思っている。もし俺が神様だったらまた別かもしれない。でも、今の俺はただの一人の人間だ。だったら、自分にとって大切な人の命を、ほかの誰かと同じようには扱えない」
言葉を選びながら、それでも正直に口にする。
「クマサン、ミコトさん、メイ……もし誰かが奇病にかかっていたら、俺はほかの四人を犠牲にしてでも、迷わず助ける。極端な話、見ず知らずの十万人とみんなのうち一人、どっちかしか助けられないとしても、俺は迷わずみんなを選ぶ」
自分でも少し極端だと思った。
言い終えてから、最後の一言は余計だったかと心配になってメイをちらりと見る。すると、なぜか彼女は顔を赤らめて視線を逸らしていた。ミコトさんもクマサンも、どこか照れたような、気恥ずかしそうな顔をしている。
……引かれたわけじゃなさそうだ。でも、もしかしたら「急に熱くなる恥ずかしい奴」って思われているのかもしれない……。
「……ショウの考えはわかった。私も、命の重さが誰でも同じだなんて、本音では思ってない。そう言うこともあるけど、それはあくまで建前だ」
「私も同じです。……それって、正しさで割り切れることじゃないと思います」
メイもミコトさんも、根っこでは俺と同じ考えだったようだ。
――思えば、誰を選ぶかを真剣に話していた時点で、命の重さを一律に捉えていたわけではなかったのかもしれない。
ただ、クマサンだけは少しだけ違った。
「……俺は、命の重さそのものは同じだと思っている。ただ――その人が、何を考えてどうやって生きてきたのか、その価値には差があると思う」
その言葉に、ギクリとする。
その基準でいったら、こうしてゲームにハマっている俺なんて、まったく無価値な人間ってことになりかねない。
――でも、クマサンの言葉は、そういう話じゃなかった。
「あ、勘違いしないでくれよ。何かすごい発明をしたとか、オリンピックでメダルを取ったとか、そういう功績がある人を指しているわけじゃない。そうじゃなくて……傷つきながらも前を向ける人、誰かの痛みを自分のことのように感じられる人、困ってる誰かのそばに立ってあげられる人。そういう生き方ができる人にこそ、価値を感じるんだ。だから、命そのものの重さは同じでも、その価値によって差が生まれるのは自然なことだと思う」
クマサンは、獣人のつぶらの瞳で俺をまっすぐに見つめていた。
社会的な成功の話じゃないとわかって、俺は密かに胸を撫で下ろす。
クマサンに「お前なんて価値がない」なんて言われた日には、間違いなく寝込んでしまう。
クマサンの言っている価値とは、人間としての在り方そのものだ。俺もクマサンの言うような人間になりたいけど……なかなか難しそうだ。でも、クマサンがそういう人に価値を見出しているのなら、出来る限りそれを目指したい。俺だってクマサンに認められるような人にはなりたいからな。
――ともあれ、多少の差こそあれ、「命の重さは一律ではない」という認識は、俺達四人の間で共有できたようだった。
ならば、いよいよ話を次の段階へ進めよう。
「ありがとう。みんなの考えはわかった。――それを踏まえて確認したいんだけど、これまで悪事ばかり働いてきて、更生の兆しも見えないレイラは、特効薬の対象から外すってことでいいよね?」
俺の言葉に、三人はうなずいた。
はなから俺達の中でレイラを選ぶなんて選択肢はなかったとは思う。実際に彼女の名前を挙げた人はいなかったし。
けれど、だからこそ、明確にしておくべきだと思った。なぜ彼女を選ばないのか、その理由を。
俺達は今、命の選択を託された立場にある。ただ「なんとなく外した」では、いくら相手が悪人とはいえ、命に対して不誠実だ。
たとえ眠っているレイラに届かなくても、俺達自身がその理由をはっきり言葉にすることが、せめてもの礼儀だと思った。
「あと、誰に特効薬を使うのか、三人の中からくじ引きで決めるって方法や、あるいは三等分にして使うって方法もあると思うけど、それについてはどう思う? 患者と直接関係のない俺達が、彼らの命を選択するなんておかしいって思うのなら、それも一つの手だとは思うけど?」
俺は敢えて問いかけた。
ゲームのシステム上、薬を分けられるかはわからない。でも、それが無理なら、フェアという点では同じなんだから、くじ引きにするだけだ。
重要なのはその方法じゃない。俺達が誰かを選ぶという役目を担うかどうか、そこが重要な部分なんだ。
俺達が誰かを選ぶべきじゃない、あるいは、そういう責任のある行動を取りたくないと考えるのなら、これは一つの正当な選択肢だ。
「……それは、確かに公平な方法かもしれません。でも……何だか逃げみたいで、私はそういう決め方はしたくないです。町長さんに任せられた以上、ちゃんと私達で決めたいです」
ミコトさんが、まっすぐな眼差しでそう言った。
クマサンも静かにうなずき、メイも無言で同意を示す。
三人の意志は一つだった。
正直、自分で提案しておきながらも、俺もくじ引きに乗り気だったわけじゃない。
ただ、今後の議論が滞らないよう、想定される選択肢を先に提示しておいただけだ。
けど、それを「逃げだ」と言い切る三人の姿勢を、俺は誇りに思った。
「わかった。レイラを除いた、ステラ、ベルトルト、ホフマン。この三人の中から、誰に特効薬を使うのか――改めて、俺達でしっかり話し合おう」
一見すると、状況は、クマサンとミコトさん、メイで意見が違っていた最初の状況と何も変わっていないように見えるかもしれない。
けれど実際は違う。
俺達は、すべての可能性を検討し、その上で自分達の意志で選択を絞った。
出発点は同じでも、踏みしめた道と覚悟は違う。
――だからこそ、これからの議論には、本当の意味で意味がある。
三人の、まるで責めるような視線にさらされて、俺は首を振るだけでは足りず、両手も振って全力で否定してみせた。
「ただ……命の重さが本当に同じかどうか、それについてはちゃんと考えたほうがいいと思ったんだ」
命に差はないという言葉はよく聞く。でも実際はどうなんだろう――人によって考え方は違うかもしれないし、同じ人でも状況によって感じ方は変わるのかもしれない。
どちらが正しいのかは、きっと誰にも断言できない。
でも今、この場では、それぞれがどう考えているかを確認しておく必要がある。もし「命の重さは等しい」と全員が思っているなら、そもそも誰を救うかなんて話し合っていること自体が間違いになってしまう。
「じゃあ、ショウはどう思ってるんだよ。今度は自分の考えを最初に言いなよ」
メイの声には、少しだけトゲがあった。話の流れを断ち切った俺への不満か、あるいは……まだどこかで俺が、レイラが美人だから助けようとしていると疑っているのかもしれない。
でも、命の重さの話を持ち出したのは俺だ。だったら、自分の考えを真っ先に話すのは確かに筋だろう。
「……わかった。俺は――」
一瞬の間に、もう一度自分の中を見つめ直す。
もし、ここにもう一つベッドがあって、クマサンやミコトさん、メイの誰かがそこに患者として眠っていたら――俺は、ほんの刹那の迷いすらなく、誰を選ぶのか即断する。ゲームの話ではなく、現実世界で、同じ選択を迫られたとしても、それは変わらない。
「……俺は、命の重さには違いがあると思っている。もし俺が神様だったらまた別かもしれない。でも、今の俺はただの一人の人間だ。だったら、自分にとって大切な人の命を、ほかの誰かと同じようには扱えない」
言葉を選びながら、それでも正直に口にする。
「クマサン、ミコトさん、メイ……もし誰かが奇病にかかっていたら、俺はほかの四人を犠牲にしてでも、迷わず助ける。極端な話、見ず知らずの十万人とみんなのうち一人、どっちかしか助けられないとしても、俺は迷わずみんなを選ぶ」
自分でも少し極端だと思った。
言い終えてから、最後の一言は余計だったかと心配になってメイをちらりと見る。すると、なぜか彼女は顔を赤らめて視線を逸らしていた。ミコトさんもクマサンも、どこか照れたような、気恥ずかしそうな顔をしている。
……引かれたわけじゃなさそうだ。でも、もしかしたら「急に熱くなる恥ずかしい奴」って思われているのかもしれない……。
「……ショウの考えはわかった。私も、命の重さが誰でも同じだなんて、本音では思ってない。そう言うこともあるけど、それはあくまで建前だ」
「私も同じです。……それって、正しさで割り切れることじゃないと思います」
メイもミコトさんも、根っこでは俺と同じ考えだったようだ。
――思えば、誰を選ぶかを真剣に話していた時点で、命の重さを一律に捉えていたわけではなかったのかもしれない。
ただ、クマサンだけは少しだけ違った。
「……俺は、命の重さそのものは同じだと思っている。ただ――その人が、何を考えてどうやって生きてきたのか、その価値には差があると思う」
その言葉に、ギクリとする。
その基準でいったら、こうしてゲームにハマっている俺なんて、まったく無価値な人間ってことになりかねない。
――でも、クマサンの言葉は、そういう話じゃなかった。
「あ、勘違いしないでくれよ。何かすごい発明をしたとか、オリンピックでメダルを取ったとか、そういう功績がある人を指しているわけじゃない。そうじゃなくて……傷つきながらも前を向ける人、誰かの痛みを自分のことのように感じられる人、困ってる誰かのそばに立ってあげられる人。そういう生き方ができる人にこそ、価値を感じるんだ。だから、命そのものの重さは同じでも、その価値によって差が生まれるのは自然なことだと思う」
クマサンは、獣人のつぶらの瞳で俺をまっすぐに見つめていた。
社会的な成功の話じゃないとわかって、俺は密かに胸を撫で下ろす。
クマサンに「お前なんて価値がない」なんて言われた日には、間違いなく寝込んでしまう。
クマサンの言っている価値とは、人間としての在り方そのものだ。俺もクマサンの言うような人間になりたいけど……なかなか難しそうだ。でも、クマサンがそういう人に価値を見出しているのなら、出来る限りそれを目指したい。俺だってクマサンに認められるような人にはなりたいからな。
――ともあれ、多少の差こそあれ、「命の重さは一律ではない」という認識は、俺達四人の間で共有できたようだった。
ならば、いよいよ話を次の段階へ進めよう。
「ありがとう。みんなの考えはわかった。――それを踏まえて確認したいんだけど、これまで悪事ばかり働いてきて、更生の兆しも見えないレイラは、特効薬の対象から外すってことでいいよね?」
俺の言葉に、三人はうなずいた。
はなから俺達の中でレイラを選ぶなんて選択肢はなかったとは思う。実際に彼女の名前を挙げた人はいなかったし。
けれど、だからこそ、明確にしておくべきだと思った。なぜ彼女を選ばないのか、その理由を。
俺達は今、命の選択を託された立場にある。ただ「なんとなく外した」では、いくら相手が悪人とはいえ、命に対して不誠実だ。
たとえ眠っているレイラに届かなくても、俺達自身がその理由をはっきり言葉にすることが、せめてもの礼儀だと思った。
「あと、誰に特効薬を使うのか、三人の中からくじ引きで決めるって方法や、あるいは三等分にして使うって方法もあると思うけど、それについてはどう思う? 患者と直接関係のない俺達が、彼らの命を選択するなんておかしいって思うのなら、それも一つの手だとは思うけど?」
俺は敢えて問いかけた。
ゲームのシステム上、薬を分けられるかはわからない。でも、それが無理なら、フェアという点では同じなんだから、くじ引きにするだけだ。
重要なのはその方法じゃない。俺達が誰かを選ぶという役目を担うかどうか、そこが重要な部分なんだ。
俺達が誰かを選ぶべきじゃない、あるいは、そういう責任のある行動を取りたくないと考えるのなら、これは一つの正当な選択肢だ。
「……それは、確かに公平な方法かもしれません。でも……何だか逃げみたいで、私はそういう決め方はしたくないです。町長さんに任せられた以上、ちゃんと私達で決めたいです」
ミコトさんが、まっすぐな眼差しでそう言った。
クマサンも静かにうなずき、メイも無言で同意を示す。
三人の意志は一つだった。
正直、自分で提案しておきながらも、俺もくじ引きに乗り気だったわけじゃない。
ただ、今後の議論が滞らないよう、想定される選択肢を先に提示しておいただけだ。
けど、それを「逃げだ」と言い切る三人の姿勢を、俺は誇りに思った。
「わかった。レイラを除いた、ステラ、ベルトルト、ホフマン。この三人の中から、誰に特効薬を使うのか――改めて、俺達でしっかり話し合おう」
一見すると、状況は、クマサンとミコトさん、メイで意見が違っていた最初の状況と何も変わっていないように見えるかもしれない。
けれど実際は違う。
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