ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい

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第206話 俺が選んだのは――

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「俺が選んだのは――ステラだ」

 俺は、三人の視線を受けながら、はっきりと言い切った。
 町長から四人の患者について詳しい話を聞いたときから俺の意見はほぼ決まっていたが、みんなの話を聞く中で、その思いはより固まった。

「ステラは、ベルトルトみたいに魔法の才能があるわけでも、ホフマンのように町に寄付できるほどの資産を持っているわけでもない。でも、だからといって、彼らのようにこれから町に貢献できないと決まったわけじゃない。……俺みたいな何もなかった人間でも、頼れる仲間に出会えてイベントでトップを取れたり、Vチューブでお金を稼いだりできたんだ。ステラだって、これから先、ベルトルトやホフマンに負けないようなことができるかもしれない」

 俺はメイの瞳を、そしてミコトさんの瞳を順に見つめた。

「……ショウさんが何もなかったなんてことは、絶対にないです」

 ミコトさんがそんなことをそっとつぶやくのが聞こえた。
 誰かに聞かせようとした声じゃない。だから聞こえていない振りをしておくけど……彼女がそんなふうに思っていてくれたんだと思うと、胸が熱くなる。

「メイやミコトさんの考えを否定するつもりはない。でも……俺は、未来の可能性を、今、見えるものだけで決めてしまいたくないんだ。そして、もし未来の可能性が皆に等しくあるとしたら――誰が最も理不尽な形でこの奇病に巻き込まれたか。それを考えると、俺は……ステラを救いたいと思った。神様が理不尽な不幸をなくせないのなら、せめて俺達が手を伸ばしてやろうよ」

 これが絶対的に正しい判断だとは思ってるわけじゃない。
 それでも、今の俺がたどり着いた答えはこれだった。

「……納得はしてないけど、理解はした」

 メイの顔は、意外なほど穏やかだった。

「ショウさんがそう言うのなら……私は構いません」

 ミコトさんも、思うところはあるようだが、確かな理解を示してくれた。
 仮にどちらかが意見を翻していれば、二対二で対抗することもできただろう。
 だけど、二人はそうしなかった。やっぱり、二人は俺に委ねるつもりだったのだ。
 俺がギルマスだからか、パーティリーダーだからか、それとも俺という人間だったからかはわからないけど、責任の重みをずしりと感じる。

「ショウなら、そう言うと思ってたぞ」

 クマサンは満足げに、どや顔をしていた。
 別に、クマサンの味方をしたわけではなく、たまたま同じ判断になっただけなんだが……まあ、いいか。

「それぞれ思うところがあるのは、わかってる。だけど、このパーティとしては、手に入れた『赤い葉』をステラに使う。それで、いいね?」

 けじめとして、敢えてもう一度、確認するように言葉にした。
 三人は、それぞれ静かに、けれど力強くうなずいてくれた。

「ありがとう。……それじゃあ、町長のところに戻ろう」

 俺達は病室として使っている客室を後にし、町長が待つ応接室へと向かう。
 歩きながら、ふと頭に浮かんだのは、この手のクエストでよくある展開だった。

 たとえば、俺達が決断を伝えた直後、誰かが駆け込んできて、「森でまたブラッドリーフ・トレントが現れた!」と叫ぶんだ。
 そして向かった森で、赤い葉を三つもつけた個体と遭遇して――
 結局、四人全員救えるような、ご都合主義的展開。
 「俺達が悩んだのは何だったんだよ」なんて文句の一つも言いたくなるだろうけど――そんな物語でも俺はいいと思う。

 そんなことを考えながら応接室の扉を開けると、町長がこちらに気づき、静かに口を開いた。

「誰に特効薬を使うのか、決まりましたか?」
「……はい」

 本来、こういった判断は町長自身が下すべきものかもしれない。
 でも、無関係の俺達ですら、あれだけ悩んだんだ。
 患者それぞれと関わりのある町長の苦しみは、きっとその比ではないだろう。
 彼もまた人間だ。本当に苦しいときは、誰かにその判断を委ねたっていいはずだ。
 俺は真正面から町長を見据えて、はっきりと告げた。

「この『赤い葉』は、ステラに使ってください」

 トレード申請を送ると、今度はすぐに承諾された。
 アイテムウィンドウで「赤い葉」を選択し、受け渡しは滞りなく完了する。

「わかりました。この赤い葉から作る薬は、ステラに投与します。きっと彼女も、ご家族も、心から喜んでくれることでしょう」

 町長の穏やかな声を聞きながら、俺は無意識に視線を巡らせた。
 ――もしこの部屋に誰かが駆け込んでくるなら、今がそのタイミングのはずだ。

 …………

 だが、扉は静かに閉ざされたまま。
 足音も、気配もない。

 ――となると、町長の屋敷を出たタイミングか?

 そんな期待じみた想像を巡らせていた矢先、町長が再び口を開いた。

「みなさん、ありがとうございました。では、今回の報酬をお渡しします」

 ああ、そうだった。町長にとっては、これで依頼は完了したことになるんだった。新たなブラッドリーフ・トレントが見つかったとしても、形としては追加依頼になるはずだ。ここで彼が依頼達成に伴う報酬のことを口にするのは、当然の流れだろう。
 そう思って報酬を受け取った、その瞬間――

【クエスト「四人の患者」をクリアしました】

 目の前に、システムメッセージが浮かび上がった。

 ……マジか。
 これで、本当に終わりなんだ。

 ご都合主義的な奇跡はなかった。
 赤い葉は一つだけ。救えるのも、一人だけ。
 そして――残された三人には、何の救済も用意されていない。少なくとも、現時点では。

 ……なるほど、これは確かに「モヤっとするクエスト」と言われるわけだ。
 シビアで、ドライで、どうにもならない結末。
 けれど、世の中って案外、そういうものなのかもしれない。
 俺はそっと仲間達の表情をうかがった。

 ――大丈夫。誰も、目をそらしてはいない。

 全員が、自分の信じる正しさを胸に議論し、そしてそのうえで導き出された決断を受け入れている。たとえ奥底では納得しきれていなかったとしても、納得以上に大事な「覚悟」を持っている。
 だから、俺達にとって、これは「モヤっとするクエスト」なんかじゃなかった。
 乗り越えるべき、大切な選択だったってことだ。

「みんな、お疲れ様。……王都に戻ろうか」
「そうですね」

 俺達は歩き出した。
 やったことを文字にすれば、ただ森に行ってブラッドリーフ・トレントを狩っただけ。
 でも、実際にはそんな単純なものじゃなかった。
 薬を誰に使うのか――ただそれだけの問いに、俺達は悩み、迷い、向き合った。
 「誰でもいい」「俺には関係がない」なんて他人事のように片付けられるプレイヤーならともかく。俺達のように真剣に選択と向き合ったプレイヤーなら、このクエストの本質にはきっと気づいているだろう。

 ――運営め、性格が悪いな。でも、興味深いクエストだったよ。

 そして、このクエストを経て、俺はふと考えてしまう。
 もし、患者が、クマサン、ミコトさん、メイ――この三人だったら、俺は誰を選ぶのか、と。
 想像しただけで、先ほどの何倍も、心がざわついた。
 ……無理だ。選べるはずがない。
 何が何でも、三人とも助ける。それが俺の覚悟だ。

 ――けれど。

 もしそれが、「助ける・救う」という選択ではなく、「誰か一人を選ぶ」しかない状況だったとしたら?
 世の中には、三人全員を選ぼうとすること自体が、逆に全員の想いを踏みにじってしまう場合もある。ほかの二人を傷つけることになるとわかっていても、一人だけを選ばなければならない――そんな逃げ場のない選択が、いつか俺の前にも現れるかもしれない。
 ――そのとき、俺は……どうするのだろうか。

 そんなモヤっとする思いを抱えたまま、俺は三人の仲間とともに、静かに帰路についた。
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