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第36話 西部戦線
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帝都での戦いに決着がつく少し前、西方での緑の公国と黒の帝国との戦いにも動きがあった。
エイミから「ダブルキャスト」ジェイドが率いた兵達の敗北の報せを受けたソードは、自分の部隊の2000人の兵を「堕とす者」フェルズに預けると、1000人の兵と共にすぐに帝都へと向かった。
その動きを見た緑の公国の公王ジャンは、ソード達の足止めをせず、残った敵に集中する選択を取った。
撤退の動きが敵全軍のものならば、それを止めるために攻撃を仕掛けただろうが、5000の兵を残されていては、その壁を越えてまで迂闊に仕掛けることはできない。
なにより、時間稼ぎとしてはすでに最低限の役割はこなしている。紺の王国軍が順調に侵攻していれば、今から1000の兵が戻ったところで、間に合うとは思えなかった。
そして、そこからは、ジャン率いる緑の公国軍4000と、フェルズ率いる黒の帝国軍5000との、新たな戦いが始まっていた。もっとも、両軍ともにすでに少なくない死傷者が出ており、実際に戦える兵数はそこまでいなかったが。
「……さすがに時間稼ぎとしてはもう十分か」
ソードが戦場から離れた翌日、ジャンは天幕を出て、河岸へと向かう。
昨日の攻撃はしのぎ切り、敵は一旦河向こうへと引き上げている。夜の間に襲撃はなく、今は睨み合いの静かな膠着状態だ。
河岸に達したジャンは、向こう岸の敵に向かって呼びかける。以前フェルズがそうしたように。
「フェルズ公! 聞こえているか!」
ジャンがしばらく待っていると、対岸に派手な金の意匠を施した黒い鎧姿のフェルズが現れた。
「これはこれは、ジャン公王! 朝からなんの御用か?」
「先日は一騎打ちの誘いを断って申し訳ないことをした! お詫びに今度はこちらから、貴公に一騎打ちを申し込む!」
その言葉に両軍の兵がざわめく。
ただ、フェルズだけは遠目でもわかるほどに嬉々とした笑みを浮かべていた。
「いいね! そうこなくては! 俺が負ければ、兵を降伏させればいいか?」
「いや、その必要はない! 剣士が一騎打ちに懸けるのは、互いの誇りのみ!」
ジャンの言葉に、フェルズの顔から笑みが消える。
優男然とした顔が、戦士の顔に変わった。
「それでこそ、武勇で名を馳せるジャン公王! 俺がそちらに行けばよいか?」
「それでは、周りの兵が気になって戦いに集中できまい!」
ジャンは足が濡れることに構わず、河の中へと進みだした。
「ここはフェアに、この河の真ん中で一騎打ちといこうではないか!」
「上等!」
ジャンの言葉を受け、フェルズもバシャバシャと水音を立てながら河の真ん中へ進んでいく。
両者は数メートルの間を開け、河の中央で立ち止まり、向かい合う。
どちらからともなく剣を抜いて構えた。
足元を流れる河の水は、踏み込む足を鈍らせるが、条件はどちらも同じ。あくまで対等の状況での決闘だった。
(これが「堕とす者」と言われるフェルズか。確かに隙のない構えだ)
構えと相手から感じる気配だけで、およその相手の力量は測れる。
ジャンは相手がミュウにさえ匹敵する剣士だと認め、胸が沸き立つのを感じた。
今回の両軍の戦いの最序盤にて、フェルズから一騎打ちを申し込まれながら、それを断らざるを得なかったことが、ずっとジャンの心に引っかかっていた。たとえこのまま戦に勝利したとしても、一剣士として、ジャンにはそのことが心のモヤモヤとして残り続けただろう。
だからジャンは待っていた。敵主力軍の足止めという役目を果たし終える時を。
相手の一騎打ちを受けるなど、公王としては褒められたことではないが、少なくとも紺の王国に対する責任はまっとうしている。ならば、遠慮する必要はなかった。
「どうした? この前は随分威勢がよかったが、仕掛けてこないのか? 公王である俺の方から手を出しては大人気ないと自重していたが、俺から仕掛けた方がよいか?」
挑発とも取れる言葉だが、フェルズの心に動揺は生まれない。普段は軽薄な部分も垣間見せるフェルズだが、戦いに関しては常に真摯だった。言葉で動揺するような未熟さは持ち合わせていない。
「参る!」
挑発に応じたわけではない。ただ、公王に対してなら、自分は挑戦者。挑戦者の礼儀としてフェルズが先に打って出た。
フェルズは二重関節の持ち主だった。二重関節といっても、一箇所に二つの関節があるわけではない。二重関節とは、生まれつき通常の人間よりも広い稼働範囲を持った関節のことをいう。
その二重関節から繰り出される攻撃は、普通ではあり得ない角度から迫り、考えられないほどのふりかぶりによる重さを秘めている。その上、防御においては、信じられないほどの可動範囲を持つ腕で、およそ不可能な態勢で受けてくる。
とはいえ、二重関節の持ち主は、およそ20人に1人と言われ、決して極まれな能力というわけではない。見慣れぬ攻撃に違和感を覚えはするが、それが絶対的な差となるほどのものではなかった。
その上、河の中という慣れない足場だ。互いに本気の踏み込みはせず、様子見のような打ち合いが続き、ジャンも敵の動きに慣れていく。
(「堕とす者」フェルズ……確かにクセのある攻撃だが、聞いていたほどではないな。すでに腕の動きと剣の間合いは見切った! これならばミュウのほうが余程イヤな相手だ!)
少し期待外れに感じながら、ジャンは決着をつけにいく決意を固める。
先の先を取る戦いを信条とするミュウと違い、ジャンの戦いの神髄は後の先を取ることだった。相手の攻撃をギリギリのところでかわし、態勢の崩れた相手へ、相手の踏み込みの速度をも利用した一撃をカウンターで返す。特に、その際にジャンが用いる突き技は、いかずちにも例えられ、雷突と呼ばれているほどだ。
(来い、フェルズ! 次に仕掛けてきた時が、お前の敗れる時だ!)
足場の水の感覚は理解した。敵の速さと間合いも把握した。
ジャンは誘いのため、敢えて打ち込みの隙を一部にだけ作り、剣を構える。
次の一撃が、互いの勝負を決める攻撃になることをフェルズも感じていた。
互いに、放った後のことを考えない全力の一撃を繰り出せば、確実にそこで勝負がつく。
フェルズが必殺の一撃を繰り出すため、水が跳ねるよりも速く踏み込んだ。
フェルズの二重関節は、確かにフェルズにとって武器の一つだった。
だが、その程度で一騎打ち無敗を成せるほど戦場は甘くない。むろん、フェルズ自身の鍛錬の成果や、剣士として持ち合わせたセンスによるものもあるが、フェルズを「堕とす者」と呼ばれるまでにした最大の能力は、フェルズの有したもう一つの特異な能力だった。
フェルズは二重関節を持っているだけでなく、瞬間的にその関節を外し、肩、肘、手首を伸ばすことができる。伸ばすとはいえ、10センチも20センチも伸ばせるわけではない。肩、肘、手首、すべて伸ばしきっても数センチのリーチを得られるに過ぎない。
だが、剣士にとって、その数センチの間合いの誤差は致命的なものになり得た。
剣士は戦いの中で互いの間合いを見切り、その間合いの取り合いの攻防を繰り返す。
その状況下で、突然相手のリーチが伸び、間合いが広がるとしたら、それはもはや反則的な攻撃だと言わざるをえない。一度見せてしまえば、新たな間合いとして把握され、二度目は通用しないが、初見ならばそれは必勝の一撃だった。フェルズを一騎打ち無敗とさせたのは、まさにこの攻撃があったからこそだった。
先ほどまでとは違う、急激な伸びのある剣戟がジャンへと迫る。
後の先を取る動きのジャンは、フェルズの剣をギリギリでかわす算段だった。
余裕をもってかわしているようでは、後の先は取れない。
そのジャンにとって、数センチの剣の間合いの誤差は致命的なものになるはずだった。
数ミリレベルでかわす動きのジャンに、数センチ伸びて迫る剣は、その身を切り裂くはずだった。
だが、ジャンはその伸びた剣を数ミリレベルの見切りで回避する。
ソードが鍛えた「戦術眼」は、一対一の極限状態において、未来視に匹敵するレベルにまで研ぎ澄まされた。とはいえ、それはどこまでいっても、予測であり、可能性の高い未来の姿でしかない。絶対に確実の未来とは言い切れない。その上、予測の範囲外にある、初見の攻撃に対して効果は不十分。
しかし、未来視が見せる未来は絶対確実の未来。ある意味、人知を超えた能力とも言える。
その「未来視」の能力をジャンは有していた。
見えるのは、1秒にも満たないコンマの世界のビジョンでしかない。ソードの戦術眼のように、何手も先の戦場の動きを読んで、部隊を動かすことにはまったく使えない。だが、刹那の世界で繰り広げられる、一対一の剣術勝負においては、圧倒的なアドバンテージをもたらす力だった。
(その攻撃は見えている!)
初見のはずのフェルズの伸びる剣の未来の姿を見て、ジャンは現実世界でそれを数ミリのところでかわし、必殺の雷突を放つ。
完全なカウンターの一撃として繰り出されたその突きは、雷が落ちたような音を上げ、フェルズの鎧を砕いて胸に突き刺さった。
「……お見事」
フェルズの体が河の中に倒れ、川面に血が帯のように広がっていく。
ジャンは、フェルズの血で濡れた剣を、その場で天に向け高く突き上げる。。
「全軍、突撃!」
ジャンの声で、緑の公国兵が歓声を上げながら、敵軍に攻め込むため河へと飛び込んでいく。
予想だにしなかった将の敗北に動揺した黒の帝国兵は、代わりの指揮官を立てられないまま、河を渡って攻め入ってきた公国兵の波に飲まれていく。
この一騎打ちを契機に、緑の公国軍は黒の帝国軍を打ち破り、帝国軍を敗走させるに至った。
西部戦線を制した緑の公国軍は、数日後、帝都での紺の王国軍の勝利の報せを受け取る。
こうして、紺の王国・緑の公国の同盟軍は、帝都でも西部でも黒の帝国に対して勝利を収めた。
しかし、両国には次の問題が控えている。
勝ったのは2国に対して、敗れたのは1国。その領地を、2国でどうわかけるのかという重要な次に待っていた。
エイミから「ダブルキャスト」ジェイドが率いた兵達の敗北の報せを受けたソードは、自分の部隊の2000人の兵を「堕とす者」フェルズに預けると、1000人の兵と共にすぐに帝都へと向かった。
その動きを見た緑の公国の公王ジャンは、ソード達の足止めをせず、残った敵に集中する選択を取った。
撤退の動きが敵全軍のものならば、それを止めるために攻撃を仕掛けただろうが、5000の兵を残されていては、その壁を越えてまで迂闊に仕掛けることはできない。
なにより、時間稼ぎとしてはすでに最低限の役割はこなしている。紺の王国軍が順調に侵攻していれば、今から1000の兵が戻ったところで、間に合うとは思えなかった。
そして、そこからは、ジャン率いる緑の公国軍4000と、フェルズ率いる黒の帝国軍5000との、新たな戦いが始まっていた。もっとも、両軍ともにすでに少なくない死傷者が出ており、実際に戦える兵数はそこまでいなかったが。
「……さすがに時間稼ぎとしてはもう十分か」
ソードが戦場から離れた翌日、ジャンは天幕を出て、河岸へと向かう。
昨日の攻撃はしのぎ切り、敵は一旦河向こうへと引き上げている。夜の間に襲撃はなく、今は睨み合いの静かな膠着状態だ。
河岸に達したジャンは、向こう岸の敵に向かって呼びかける。以前フェルズがそうしたように。
「フェルズ公! 聞こえているか!」
ジャンがしばらく待っていると、対岸に派手な金の意匠を施した黒い鎧姿のフェルズが現れた。
「これはこれは、ジャン公王! 朝からなんの御用か?」
「先日は一騎打ちの誘いを断って申し訳ないことをした! お詫びに今度はこちらから、貴公に一騎打ちを申し込む!」
その言葉に両軍の兵がざわめく。
ただ、フェルズだけは遠目でもわかるほどに嬉々とした笑みを浮かべていた。
「いいね! そうこなくては! 俺が負ければ、兵を降伏させればいいか?」
「いや、その必要はない! 剣士が一騎打ちに懸けるのは、互いの誇りのみ!」
ジャンの言葉に、フェルズの顔から笑みが消える。
優男然とした顔が、戦士の顔に変わった。
「それでこそ、武勇で名を馳せるジャン公王! 俺がそちらに行けばよいか?」
「それでは、周りの兵が気になって戦いに集中できまい!」
ジャンは足が濡れることに構わず、河の中へと進みだした。
「ここはフェアに、この河の真ん中で一騎打ちといこうではないか!」
「上等!」
ジャンの言葉を受け、フェルズもバシャバシャと水音を立てながら河の真ん中へ進んでいく。
両者は数メートルの間を開け、河の中央で立ち止まり、向かい合う。
どちらからともなく剣を抜いて構えた。
足元を流れる河の水は、踏み込む足を鈍らせるが、条件はどちらも同じ。あくまで対等の状況での決闘だった。
(これが「堕とす者」と言われるフェルズか。確かに隙のない構えだ)
構えと相手から感じる気配だけで、およその相手の力量は測れる。
ジャンは相手がミュウにさえ匹敵する剣士だと認め、胸が沸き立つのを感じた。
今回の両軍の戦いの最序盤にて、フェルズから一騎打ちを申し込まれながら、それを断らざるを得なかったことが、ずっとジャンの心に引っかかっていた。たとえこのまま戦に勝利したとしても、一剣士として、ジャンにはそのことが心のモヤモヤとして残り続けただろう。
だからジャンは待っていた。敵主力軍の足止めという役目を果たし終える時を。
相手の一騎打ちを受けるなど、公王としては褒められたことではないが、少なくとも紺の王国に対する責任はまっとうしている。ならば、遠慮する必要はなかった。
「どうした? この前は随分威勢がよかったが、仕掛けてこないのか? 公王である俺の方から手を出しては大人気ないと自重していたが、俺から仕掛けた方がよいか?」
挑発とも取れる言葉だが、フェルズの心に動揺は生まれない。普段は軽薄な部分も垣間見せるフェルズだが、戦いに関しては常に真摯だった。言葉で動揺するような未熟さは持ち合わせていない。
「参る!」
挑発に応じたわけではない。ただ、公王に対してなら、自分は挑戦者。挑戦者の礼儀としてフェルズが先に打って出た。
フェルズは二重関節の持ち主だった。二重関節といっても、一箇所に二つの関節があるわけではない。二重関節とは、生まれつき通常の人間よりも広い稼働範囲を持った関節のことをいう。
その二重関節から繰り出される攻撃は、普通ではあり得ない角度から迫り、考えられないほどのふりかぶりによる重さを秘めている。その上、防御においては、信じられないほどの可動範囲を持つ腕で、およそ不可能な態勢で受けてくる。
とはいえ、二重関節の持ち主は、およそ20人に1人と言われ、決して極まれな能力というわけではない。見慣れぬ攻撃に違和感を覚えはするが、それが絶対的な差となるほどのものではなかった。
その上、河の中という慣れない足場だ。互いに本気の踏み込みはせず、様子見のような打ち合いが続き、ジャンも敵の動きに慣れていく。
(「堕とす者」フェルズ……確かにクセのある攻撃だが、聞いていたほどではないな。すでに腕の動きと剣の間合いは見切った! これならばミュウのほうが余程イヤな相手だ!)
少し期待外れに感じながら、ジャンは決着をつけにいく決意を固める。
先の先を取る戦いを信条とするミュウと違い、ジャンの戦いの神髄は後の先を取ることだった。相手の攻撃をギリギリのところでかわし、態勢の崩れた相手へ、相手の踏み込みの速度をも利用した一撃をカウンターで返す。特に、その際にジャンが用いる突き技は、いかずちにも例えられ、雷突と呼ばれているほどだ。
(来い、フェルズ! 次に仕掛けてきた時が、お前の敗れる時だ!)
足場の水の感覚は理解した。敵の速さと間合いも把握した。
ジャンは誘いのため、敢えて打ち込みの隙を一部にだけ作り、剣を構える。
次の一撃が、互いの勝負を決める攻撃になることをフェルズも感じていた。
互いに、放った後のことを考えない全力の一撃を繰り出せば、確実にそこで勝負がつく。
フェルズが必殺の一撃を繰り出すため、水が跳ねるよりも速く踏み込んだ。
フェルズの二重関節は、確かにフェルズにとって武器の一つだった。
だが、その程度で一騎打ち無敗を成せるほど戦場は甘くない。むろん、フェルズ自身の鍛錬の成果や、剣士として持ち合わせたセンスによるものもあるが、フェルズを「堕とす者」と呼ばれるまでにした最大の能力は、フェルズの有したもう一つの特異な能力だった。
フェルズは二重関節を持っているだけでなく、瞬間的にその関節を外し、肩、肘、手首を伸ばすことができる。伸ばすとはいえ、10センチも20センチも伸ばせるわけではない。肩、肘、手首、すべて伸ばしきっても数センチのリーチを得られるに過ぎない。
だが、剣士にとって、その数センチの間合いの誤差は致命的なものになり得た。
剣士は戦いの中で互いの間合いを見切り、その間合いの取り合いの攻防を繰り返す。
その状況下で、突然相手のリーチが伸び、間合いが広がるとしたら、それはもはや反則的な攻撃だと言わざるをえない。一度見せてしまえば、新たな間合いとして把握され、二度目は通用しないが、初見ならばそれは必勝の一撃だった。フェルズを一騎打ち無敗とさせたのは、まさにこの攻撃があったからこそだった。
先ほどまでとは違う、急激な伸びのある剣戟がジャンへと迫る。
後の先を取る動きのジャンは、フェルズの剣をギリギリでかわす算段だった。
余裕をもってかわしているようでは、後の先は取れない。
そのジャンにとって、数センチの剣の間合いの誤差は致命的なものになるはずだった。
数ミリレベルでかわす動きのジャンに、数センチ伸びて迫る剣は、その身を切り裂くはずだった。
だが、ジャンはその伸びた剣を数ミリレベルの見切りで回避する。
ソードが鍛えた「戦術眼」は、一対一の極限状態において、未来視に匹敵するレベルにまで研ぎ澄まされた。とはいえ、それはどこまでいっても、予測であり、可能性の高い未来の姿でしかない。絶対に確実の未来とは言い切れない。その上、予測の範囲外にある、初見の攻撃に対して効果は不十分。
しかし、未来視が見せる未来は絶対確実の未来。ある意味、人知を超えた能力とも言える。
その「未来視」の能力をジャンは有していた。
見えるのは、1秒にも満たないコンマの世界のビジョンでしかない。ソードの戦術眼のように、何手も先の戦場の動きを読んで、部隊を動かすことにはまったく使えない。だが、刹那の世界で繰り広げられる、一対一の剣術勝負においては、圧倒的なアドバンテージをもたらす力だった。
(その攻撃は見えている!)
初見のはずのフェルズの伸びる剣の未来の姿を見て、ジャンは現実世界でそれを数ミリのところでかわし、必殺の雷突を放つ。
完全なカウンターの一撃として繰り出されたその突きは、雷が落ちたような音を上げ、フェルズの鎧を砕いて胸に突き刺さった。
「……お見事」
フェルズの体が河の中に倒れ、川面に血が帯のように広がっていく。
ジャンは、フェルズの血で濡れた剣を、その場で天に向け高く突き上げる。。
「全軍、突撃!」
ジャンの声で、緑の公国兵が歓声を上げながら、敵軍に攻め込むため河へと飛び込んでいく。
予想だにしなかった将の敗北に動揺した黒の帝国兵は、代わりの指揮官を立てられないまま、河を渡って攻め入ってきた公国兵の波に飲まれていく。
この一騎打ちを契機に、緑の公国軍は黒の帝国軍を打ち破り、帝国軍を敗走させるに至った。
西部戦線を制した緑の公国軍は、数日後、帝都での紺の王国軍の勝利の報せを受け取る。
こうして、紺の王国・緑の公国の同盟軍は、帝都でも西部でも黒の帝国に対して勝利を収めた。
しかし、両国には次の問題が控えている。
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