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第69話 白の聖王国と青の王国
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聖王レリアナは、白く輝く鎧を身にまとい初めての戦場に臨んでいた。
とはいえ、彼女の役割は味方の兵達を鼓舞するための軍の象徴でしかない。軍の指揮は、先代聖王の頃から補佐を務めている経験豊かな将軍ロムスが執っている。
レリアナは軍の後方から、毅然とした態度で馬上から兵達を見ているだけだった。それが彼女のすべきことであると同時に、彼女にはそれしかできなかった。
レリアナの周囲には護衛の兵士達が当然配置されているが、正式な軍には属していないティセもまた警護のためにそばについている。
「ティセ、何もできない私がこんなところにいていいのかしら……」
今のレリアナにとって、近くにいる者で気軽に話しかけられるのはティセくらいだった。
レリアナの声に相当な不安の音を感じたティセは、いつもと同じ優しい顔をレリアナへと向ける。
「そこでそうしていただかないと困りますよ。聖王は神の使いです。聖王がこうして見守ってくださるからこそ、兵達は命をかけて戦えるのです」
「……だったら先代聖王のように、私も前に出て兵達と共に戦うべきではなくて?」
「まだその時ではありませんよ。今は戦場を見て多くのことを学んでください。レリアナ様が兵を率いて戦われるのは、十分に学んでからでも遅くはありません。なーに、聖騎士団は最強の騎士団です。ロムス将軍に任せておけば、青の王国など追い返してくれます。それに、グレイとフィーも遊撃に出ています。レリアナ様はここで彼らの活躍ぶりを見てあげてください」
「……わかったわ。でも、もし何か私にできそうなことに気付いたら教えてね」
「承知しました。それではさっそくですが、背中が少し猫背気味です。王らしく背筋を伸ばし、しっかりと胸を張ってください。レリアナ様はお美しいので、綺麗な姿勢でいてくだされば、皆には女神のように見えます」
「……ティセってたまに私にいじわるだよね」
自分を女神のようだなどと一度も思ったことのないレリアナは、少し拗ねた顔で半目にした視線をティセへと向ける。
「心外です。私ほどレリアナ様を敬愛している者もいないと思いますが? それと、そんな顔をされていては兵達が何事かと思いますので、やめてくださいね」
「はいはい、わかりましたよ」
レリアナは再びキリッとした顔で前を向き、自分のために戦う兵達をその瞳に映した。
レリアナ自身はそう思っていなくとも、陽の光を浴びて輝く白い鎧姿の美姫は、十分に戦いの女神のように見えた。
◆ ◆ ◆ ◆
白の聖王国と青の王国、両国の戦いは、白の聖王国の聖騎士団の進軍によって始まった。
ティセが言ったように、白の聖王国の中でも特に優秀な騎士達によって構成された聖騎士団は、すべての国の中でも最強の騎士団だと言われている。技術的な部分も優れているが、戦場にて最強と言われるその理由は、何よりもその精神的な部分だった。彼らは死を厭わない。聖王の命令のもと、神のために戦って死したとしても、その魂は神の元へと導かれ、そこで新たな安息の生をおくることができる――彼らは本気でそう信じていた。なんとなれば、戦って死ぬことさえ望んでいる。
そのため、彼らはどんな窮地でも引くことなく戦い続ける、その狂気とも言える戦いっぷりに、聖騎士団と戦うことは誰もが躊躇うほどだった。
今も、騎士団長であるレイナルド自らが率いた聖騎士団が、青の王国軍の陣形を切り裂くために突き進んでいた。聖騎士団は歩兵による集団であるため進軍速度は騎馬隊ほど速くはないが、そのかわりにその陣形は容易には崩れない。前後の入れ替えもスムーズで、力を落とすことなく進み続け、敵を食い破る。
その最強の聖騎士団の前に進み出た者達がいた。青の王国の中から2騎の騎馬が飛び出し、進軍する聖騎士団の前に立ち塞がった。
聖騎士団は騎馬隊の突撃を受けてさえかまわず突き進む軍団だ。2騎の騎馬程度気に留めた様子もなく進んでいく。
「ルブルック、白の聖王国との戦い、この緒戦が大事よ」
「わかってる。この青の導士ルブルックの名が世に轟くその第一歩となる戦いだ。まずは俺の力を狂信者達に見せつけてやるさ」
2騎の騎馬の内の一人、ルブルックと呼ばれた男は、隣の長い黒髪の女騎士に自信に溢れた顔を向ける。
「余裕のある態度はいいけど、どんどん騎士団が近づいてきてるわよ。いくらあなたの護衛役とはいえ、あの騎士団に飲まれたら守りきれないわ。とっとと、ご自慢の魔法を仕掛けてくれないかしら」
「少しでも引き付けたほうがいいんだが、まぁ、俺もあまり危険なことはしたくないんでな。ここらで俺の力を披露するとしようか」
ルブルックは右手を前に突き出し、自分の魔力、そして自分以外の魔力をその右手へと集中させていく。
イメージするのは強く激しい波、迫る騎士団をも飲み込む残酷なほどに圧倒的な力の波。
そして十分な魔力の蓄積の後、ルブルックは裂帛の声でその魔法の名を叫ぶ。
「海王波斬撃!」
言葉と同時に、ルブルックの右手から扇型に広がる魔法攻撃の青い光の波が伸びた。その圧倒的な力は、聖騎士団を先頭から一気に飲み込み、彼らを数メートルは吹っ飛ばす。
さすがに聖騎士団の隊列すべてを覆うほどの範囲攻撃ではなかったが、それでも隊の先頭か中央に至るまでという通常の魔法ではありえない人数の騎士達が被害を受けていた。しかも、前の者がやられたため、敵の陣を切り裂くまで止まらないはずの聖騎士団といえども足を止めるしかなかった。範囲が広い分威力が分散しているのか、命を奪われるほどのダメージではないが、すぐに戦闘態勢を取れるほどの軽傷でもない。
初めてみる得体の知れない攻撃、そして自分達がその歩みを止められたことに、騎士達は動揺し、そして混乱した。
「後は指示通り魔導士隊と騎馬隊がやってくれる。俺達は一旦引くぞ」
「わかったわ」
たった一撃の魔法で白の聖王国が誇る聖騎士団の進軍を止めたルブルックは、供の女騎士とともに自陣へ向けて下がっていく。そして、それと入れ替わるように、青の王国軍からは、馬に乗った魔導士隊が駆け上がっていった。
魔導士達は動きを止めた聖騎士団の左右から迫り、移動しながらの魔法攻撃を仕掛けて、混乱する聖騎士団をさらに削っていく。
先の範囲魔法は騎士団すべてを覆うほどのものではないため、無事な騎士も多くいる。だが、彼らが機動魔導士に向かおうとすれば、魔導士達はすぐに離れ、一定以上の距離には近づかない。
奇しくも、それはキッドが用いた機動魔導士隊と同様の戦い方だった。
やがて、無事な聖騎士達が左右に広がってしまい、聖騎士団の陣形はさらに崩れていく。
そこに、青の王国の騎馬隊が突撃を敢行した。
本来の聖騎士団ならば騎馬の突撃とてものともしないが、ここまで隊列を崩されては、さすがに対抗もできずに蹂躙されるしかなかった。
とはいえ、彼女の役割は味方の兵達を鼓舞するための軍の象徴でしかない。軍の指揮は、先代聖王の頃から補佐を務めている経験豊かな将軍ロムスが執っている。
レリアナは軍の後方から、毅然とした態度で馬上から兵達を見ているだけだった。それが彼女のすべきことであると同時に、彼女にはそれしかできなかった。
レリアナの周囲には護衛の兵士達が当然配置されているが、正式な軍には属していないティセもまた警護のためにそばについている。
「ティセ、何もできない私がこんなところにいていいのかしら……」
今のレリアナにとって、近くにいる者で気軽に話しかけられるのはティセくらいだった。
レリアナの声に相当な不安の音を感じたティセは、いつもと同じ優しい顔をレリアナへと向ける。
「そこでそうしていただかないと困りますよ。聖王は神の使いです。聖王がこうして見守ってくださるからこそ、兵達は命をかけて戦えるのです」
「……だったら先代聖王のように、私も前に出て兵達と共に戦うべきではなくて?」
「まだその時ではありませんよ。今は戦場を見て多くのことを学んでください。レリアナ様が兵を率いて戦われるのは、十分に学んでからでも遅くはありません。なーに、聖騎士団は最強の騎士団です。ロムス将軍に任せておけば、青の王国など追い返してくれます。それに、グレイとフィーも遊撃に出ています。レリアナ様はここで彼らの活躍ぶりを見てあげてください」
「……わかったわ。でも、もし何か私にできそうなことに気付いたら教えてね」
「承知しました。それではさっそくですが、背中が少し猫背気味です。王らしく背筋を伸ばし、しっかりと胸を張ってください。レリアナ様はお美しいので、綺麗な姿勢でいてくだされば、皆には女神のように見えます」
「……ティセってたまに私にいじわるだよね」
自分を女神のようだなどと一度も思ったことのないレリアナは、少し拗ねた顔で半目にした視線をティセへと向ける。
「心外です。私ほどレリアナ様を敬愛している者もいないと思いますが? それと、そんな顔をされていては兵達が何事かと思いますので、やめてくださいね」
「はいはい、わかりましたよ」
レリアナは再びキリッとした顔で前を向き、自分のために戦う兵達をその瞳に映した。
レリアナ自身はそう思っていなくとも、陽の光を浴びて輝く白い鎧姿の美姫は、十分に戦いの女神のように見えた。
◆ ◆ ◆ ◆
白の聖王国と青の王国、両国の戦いは、白の聖王国の聖騎士団の進軍によって始まった。
ティセが言ったように、白の聖王国の中でも特に優秀な騎士達によって構成された聖騎士団は、すべての国の中でも最強の騎士団だと言われている。技術的な部分も優れているが、戦場にて最強と言われるその理由は、何よりもその精神的な部分だった。彼らは死を厭わない。聖王の命令のもと、神のために戦って死したとしても、その魂は神の元へと導かれ、そこで新たな安息の生をおくることができる――彼らは本気でそう信じていた。なんとなれば、戦って死ぬことさえ望んでいる。
そのため、彼らはどんな窮地でも引くことなく戦い続ける、その狂気とも言える戦いっぷりに、聖騎士団と戦うことは誰もが躊躇うほどだった。
今も、騎士団長であるレイナルド自らが率いた聖騎士団が、青の王国軍の陣形を切り裂くために突き進んでいた。聖騎士団は歩兵による集団であるため進軍速度は騎馬隊ほど速くはないが、そのかわりにその陣形は容易には崩れない。前後の入れ替えもスムーズで、力を落とすことなく進み続け、敵を食い破る。
その最強の聖騎士団の前に進み出た者達がいた。青の王国の中から2騎の騎馬が飛び出し、進軍する聖騎士団の前に立ち塞がった。
聖騎士団は騎馬隊の突撃を受けてさえかまわず突き進む軍団だ。2騎の騎馬程度気に留めた様子もなく進んでいく。
「ルブルック、白の聖王国との戦い、この緒戦が大事よ」
「わかってる。この青の導士ルブルックの名が世に轟くその第一歩となる戦いだ。まずは俺の力を狂信者達に見せつけてやるさ」
2騎の騎馬の内の一人、ルブルックと呼ばれた男は、隣の長い黒髪の女騎士に自信に溢れた顔を向ける。
「余裕のある態度はいいけど、どんどん騎士団が近づいてきてるわよ。いくらあなたの護衛役とはいえ、あの騎士団に飲まれたら守りきれないわ。とっとと、ご自慢の魔法を仕掛けてくれないかしら」
「少しでも引き付けたほうがいいんだが、まぁ、俺もあまり危険なことはしたくないんでな。ここらで俺の力を披露するとしようか」
ルブルックは右手を前に突き出し、自分の魔力、そして自分以外の魔力をその右手へと集中させていく。
イメージするのは強く激しい波、迫る騎士団をも飲み込む残酷なほどに圧倒的な力の波。
そして十分な魔力の蓄積の後、ルブルックは裂帛の声でその魔法の名を叫ぶ。
「海王波斬撃!」
言葉と同時に、ルブルックの右手から扇型に広がる魔法攻撃の青い光の波が伸びた。その圧倒的な力は、聖騎士団を先頭から一気に飲み込み、彼らを数メートルは吹っ飛ばす。
さすがに聖騎士団の隊列すべてを覆うほどの範囲攻撃ではなかったが、それでも隊の先頭か中央に至るまでという通常の魔法ではありえない人数の騎士達が被害を受けていた。しかも、前の者がやられたため、敵の陣を切り裂くまで止まらないはずの聖騎士団といえども足を止めるしかなかった。範囲が広い分威力が分散しているのか、命を奪われるほどのダメージではないが、すぐに戦闘態勢を取れるほどの軽傷でもない。
初めてみる得体の知れない攻撃、そして自分達がその歩みを止められたことに、騎士達は動揺し、そして混乱した。
「後は指示通り魔導士隊と騎馬隊がやってくれる。俺達は一旦引くぞ」
「わかったわ」
たった一撃の魔法で白の聖王国が誇る聖騎士団の進軍を止めたルブルックは、供の女騎士とともに自陣へ向けて下がっていく。そして、それと入れ替わるように、青の王国軍からは、馬に乗った魔導士隊が駆け上がっていった。
魔導士達は動きを止めた聖騎士団の左右から迫り、移動しながらの魔法攻撃を仕掛けて、混乱する聖騎士団をさらに削っていく。
先の範囲魔法は騎士団すべてを覆うほどのものではないため、無事な騎士も多くいる。だが、彼らが機動魔導士に向かおうとすれば、魔導士達はすぐに離れ、一定以上の距離には近づかない。
奇しくも、それはキッドが用いた機動魔導士隊と同様の戦い方だった。
やがて、無事な聖騎士達が左右に広がってしまい、聖騎士団の陣形はさらに崩れていく。
そこに、青の王国の騎馬隊が突撃を敢行した。
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