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第110話 ダークマター対魔貫紅弾
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(魔法の向かう方向を魔弾の中にこめないのであれば、別の方法で方向を定めているはず。ならば、おそらくそれはルージュの指の方向。指を向けた先に、ただ速く強く放つことに特化した魔法と考えられる)
ルージュの魔貫紅弾の仕組みはキッドの読み通りだった。あれほどの速度と貫通力を込める代わりにそれ以外の情報はすべて省いている。
キッドはルージュの指先から目を逸らさない。
(だとしたら、見てからではかわせないほどに射出速度を上げた魔法であっても、ルージュの指の先方向と、魔力の動きを見れば、よけることは可能なはず!)
キッドは意識をルージュの指に向けたまま、ダークブレットによる攻撃を繰り出すが、それらはルージュにすべてかわされる。
もともとダークマターは、離れた場所からミュウを援護するために生み出した魔法だった。敵がミュウに目を向けている隙に、死角に移動させたダークマターからダークブレットを放つからこそ効果がある。敵の目を引き付けてくれる者がいない一対一に特化した魔法ではなかった。
(……ようやく魔力が溜まったわ)
ルージュは反撃の機会を窺う。
ダークマターに背後を取られないよう動き回りつつ、ダークブレットによる攻撃にも注意していたため魔力集中に時間がかかったが、それでもルージュは魔力を練り上げた。
本来、ルージュの魔貫紅弾もまた一対一の状況で、一から魔力を練り上げて使う魔法ではない。
とはいえ、互いに通常魔法の打ち合いでは魔力量勝負に陥り、簡単に決着がつかないことを理解している。そのため、両者ともに無理は承知で自分の切り札とも言える魔法を繰り出していた。
(この勝負、勝つのは私よ!)
ルージュはキッドに向けて右手の二本の指を伸ばした。
(来るか!)
キッドはルージュの指先の魔力に集中する。
(魔法発動を見てからでは遅い。ルージュの溜めた魔力のわずかな動きを感じて反応してみせる! そして、かわすと同時にダークブレットを放つ!)
攻撃直後は魔導士にとって最大の隙になりうる。溜めた魔力の放出の直後は、ルージュにもダークマターの揺らぎを感じ取るだけの余裕はない。
ルージュがこの魔貫紅弾を決めることができればルージュの勝ち、外せばキッドの勝ち。そういう勝負になる――とキッドは考えていた。
しかし、ルージュはそうではなかった。
急に指先を違う方向に向け――
「魔貫紅弾!」
ルージュは切り札ともいうべき魔法を、キッドのいない方向に放つ。
その先にあったのはキッドのダークマターだった。
超高速の魔力弾を受けたダークマターはあたりの空間ごと消失する。
「――――!!」
キッドは急な魔力喪失に、たまらず片膝をつく。
ダークマターはキッドと魔力で繋がっており、キッドの魔力をそのまま具現化した存在とも言える。それが消えるということは、キッドの魔力そのものが失われるということだった。
「思った通りね! ただの魔法の球にしては大きすぎる魔力量、それに加えて術者がコントロールし続けられる奇妙さ、それらから、あの球体と魔力的に繋がっていると思っていたわ!」
ルージュは戦いの中でキッドのダークマターの本質をかなりの部分まで見抜いていた。そのため、ダークマターを潰せばキッドにも魔力的な影響を与えられることも感じ取っていた。
(あのキッドの様子を見るに、私が想像していた以上に魔力喪失は激しいようね! この勝負、私の勝ちよ!)
ルージュは再び伸ばした右手の人差し指と中指への魔力集中を開始する。普通の魔法攻撃で勝負が長引けばキッドの魔力が回復してしまう恐れがある。最短で確実に決着をつける手段として、魔法の溜め時間が必要でも自分の必殺の魔法をルージュは選択した。
そもそもキッドのダークマターを警戒しないでいいのならルージュは魔力溜めに集中できる。ほかに意識を向けずに済むのなら、次弾を撃つまでにはそれほど時間はかからない。
ルージュは勝利へのカウントダウンをするかのように、指先の魔力を膨れ上がらせていく。
しかし、ルージュと対峙するキッドの目は死んでいなかった。
片膝をつきつつも、眼光鋭くルージュを凝視している。
(ルージュ、やはりたいした魔導士だ! ダークマターの特性を見抜き、あの状況で俺でなくダークマターを狙ってくるとは! ……だが、お前ならそうしてくると思っていたぞ!)
もしキッドが以前に戦ったルージュの印象のままに戦っていたのなら、ここで打つ手なく決着をつけられていたかもしれない。だが、青の導士ルブルックという男との戦いを経て、キッドは世に自分と並ぶ、あるいは超えうる魔導士がいることを実感として知っていた。そのため、キッドはルージュに対して一切の油断なく、自分のできる限界の戦いを挑んでいた。
(……ルージュ、見えるぞ。お前のがら空きの頭が!)
キッドは自分の目で見る視界でルージュを正面から見つつ、もう一つの視界でルージュの姿を上から見下ろしていた。
ルージュと一対一の戦いになった際にキッドはダークマターを発動させたが、その時点でこの合戦の最初から使い戦場を俯瞰し続けていたダークマターは消していなかった。つまり、ルージュの前で使ったダークマターは、2つ目のダークマターだったのだ。
2つのダークマターの同時使用については訓練で試したことはあるものの、常時消費し続ける膨大な魔力量、2球同時制御の困難さ、それになにより同時に見える3つの視界を認識する脳の処理、それらによって頭も魔力もすぐに悲鳴に上げてしまった。しかし、それでもルージュを欺き、倒すためにこの手段を選択した。そして、魔力を食われ続け、割れるような頭の痛みに耐えながら、キッドは今のこの状況を作り出した。
後から作ったダークマターはルージュに潰されたものの、最初から出していたダークマターはまだ生きて空に残っている。ルージュはそのダークマターの存在にまったく気づいていない。
キッドは黒色球体を降下させ、ルージュを魔力弾の射程内に入れた。
(これで終わりだ、ルージュ!)
「ダークブレット!」
ルージュはその攻撃に気付かない。しかし、ダークマターの動きに気付いた者がいた。
「姐さん、上だ!」
カオスの懸命な叫びに思わず首を動かしたことにより、ルージュの頭を狙っていたダークブレットがわずかにそれルージュの肩を撃つ。
「ぐぅっ!」
ルイセに斬られた左肩に続き、ルージュは右肩にまで負傷を負う。だが、頭部と違い、肩では致命傷には至らない。ルージュは命を繋いだ。
とはいえ、今の痛みでルージュは魔貫紅弾の魔力集中を切らしてしまった。
(せっかく溜めていた魔力が……。いや、それどころじゃないわ! どうしてまだあの漆黒の魔法球があるの!?)
ようやくルージュは頭上のダークマターに気付くが、すぐにわずかな魔力の揺らぎに気付けるほどにその黒色球体に意識を集中することはできない。
「逃がしはしない! ダークブレット!」
キットがダークマターから放つダークブレットが、今度はルージュへの体を穿つ。
「っうぅ!」
苦悶の声を上げながら逃げるルージュに、ダークマターからダークブレットの追撃が降り続ける。やがて太ももにも魔力弾を受け、ルージュは地面に倒れ込んだ。
(負けるの? この私が……こんなところで!?)
ルージュは倒れながら、宙に浮かんでいる黒色球体を諦観した目で見つめた。
ルージュの魔貫紅弾の仕組みはキッドの読み通りだった。あれほどの速度と貫通力を込める代わりにそれ以外の情報はすべて省いている。
キッドはルージュの指先から目を逸らさない。
(だとしたら、見てからではかわせないほどに射出速度を上げた魔法であっても、ルージュの指の先方向と、魔力の動きを見れば、よけることは可能なはず!)
キッドは意識をルージュの指に向けたまま、ダークブレットによる攻撃を繰り出すが、それらはルージュにすべてかわされる。
もともとダークマターは、離れた場所からミュウを援護するために生み出した魔法だった。敵がミュウに目を向けている隙に、死角に移動させたダークマターからダークブレットを放つからこそ効果がある。敵の目を引き付けてくれる者がいない一対一に特化した魔法ではなかった。
(……ようやく魔力が溜まったわ)
ルージュは反撃の機会を窺う。
ダークマターに背後を取られないよう動き回りつつ、ダークブレットによる攻撃にも注意していたため魔力集中に時間がかかったが、それでもルージュは魔力を練り上げた。
本来、ルージュの魔貫紅弾もまた一対一の状況で、一から魔力を練り上げて使う魔法ではない。
とはいえ、互いに通常魔法の打ち合いでは魔力量勝負に陥り、簡単に決着がつかないことを理解している。そのため、両者ともに無理は承知で自分の切り札とも言える魔法を繰り出していた。
(この勝負、勝つのは私よ!)
ルージュはキッドに向けて右手の二本の指を伸ばした。
(来るか!)
キッドはルージュの指先の魔力に集中する。
(魔法発動を見てからでは遅い。ルージュの溜めた魔力のわずかな動きを感じて反応してみせる! そして、かわすと同時にダークブレットを放つ!)
攻撃直後は魔導士にとって最大の隙になりうる。溜めた魔力の放出の直後は、ルージュにもダークマターの揺らぎを感じ取るだけの余裕はない。
ルージュがこの魔貫紅弾を決めることができればルージュの勝ち、外せばキッドの勝ち。そういう勝負になる――とキッドは考えていた。
しかし、ルージュはそうではなかった。
急に指先を違う方向に向け――
「魔貫紅弾!」
ルージュは切り札ともいうべき魔法を、キッドのいない方向に放つ。
その先にあったのはキッドのダークマターだった。
超高速の魔力弾を受けたダークマターはあたりの空間ごと消失する。
「――――!!」
キッドは急な魔力喪失に、たまらず片膝をつく。
ダークマターはキッドと魔力で繋がっており、キッドの魔力をそのまま具現化した存在とも言える。それが消えるということは、キッドの魔力そのものが失われるということだった。
「思った通りね! ただの魔法の球にしては大きすぎる魔力量、それに加えて術者がコントロールし続けられる奇妙さ、それらから、あの球体と魔力的に繋がっていると思っていたわ!」
ルージュは戦いの中でキッドのダークマターの本質をかなりの部分まで見抜いていた。そのため、ダークマターを潰せばキッドにも魔力的な影響を与えられることも感じ取っていた。
(あのキッドの様子を見るに、私が想像していた以上に魔力喪失は激しいようね! この勝負、私の勝ちよ!)
ルージュは再び伸ばした右手の人差し指と中指への魔力集中を開始する。普通の魔法攻撃で勝負が長引けばキッドの魔力が回復してしまう恐れがある。最短で確実に決着をつける手段として、魔法の溜め時間が必要でも自分の必殺の魔法をルージュは選択した。
そもそもキッドのダークマターを警戒しないでいいのならルージュは魔力溜めに集中できる。ほかに意識を向けずに済むのなら、次弾を撃つまでにはそれほど時間はかからない。
ルージュは勝利へのカウントダウンをするかのように、指先の魔力を膨れ上がらせていく。
しかし、ルージュと対峙するキッドの目は死んでいなかった。
片膝をつきつつも、眼光鋭くルージュを凝視している。
(ルージュ、やはりたいした魔導士だ! ダークマターの特性を見抜き、あの状況で俺でなくダークマターを狙ってくるとは! ……だが、お前ならそうしてくると思っていたぞ!)
もしキッドが以前に戦ったルージュの印象のままに戦っていたのなら、ここで打つ手なく決着をつけられていたかもしれない。だが、青の導士ルブルックという男との戦いを経て、キッドは世に自分と並ぶ、あるいは超えうる魔導士がいることを実感として知っていた。そのため、キッドはルージュに対して一切の油断なく、自分のできる限界の戦いを挑んでいた。
(……ルージュ、見えるぞ。お前のがら空きの頭が!)
キッドは自分の目で見る視界でルージュを正面から見つつ、もう一つの視界でルージュの姿を上から見下ろしていた。
ルージュと一対一の戦いになった際にキッドはダークマターを発動させたが、その時点でこの合戦の最初から使い戦場を俯瞰し続けていたダークマターは消していなかった。つまり、ルージュの前で使ったダークマターは、2つ目のダークマターだったのだ。
2つのダークマターの同時使用については訓練で試したことはあるものの、常時消費し続ける膨大な魔力量、2球同時制御の困難さ、それになにより同時に見える3つの視界を認識する脳の処理、それらによって頭も魔力もすぐに悲鳴に上げてしまった。しかし、それでもルージュを欺き、倒すためにこの手段を選択した。そして、魔力を食われ続け、割れるような頭の痛みに耐えながら、キッドは今のこの状況を作り出した。
後から作ったダークマターはルージュに潰されたものの、最初から出していたダークマターはまだ生きて空に残っている。ルージュはそのダークマターの存在にまったく気づいていない。
キッドは黒色球体を降下させ、ルージュを魔力弾の射程内に入れた。
(これで終わりだ、ルージュ!)
「ダークブレット!」
ルージュはその攻撃に気付かない。しかし、ダークマターの動きに気付いた者がいた。
「姐さん、上だ!」
カオスの懸命な叫びに思わず首を動かしたことにより、ルージュの頭を狙っていたダークブレットがわずかにそれルージュの肩を撃つ。
「ぐぅっ!」
ルイセに斬られた左肩に続き、ルージュは右肩にまで負傷を負う。だが、頭部と違い、肩では致命傷には至らない。ルージュは命を繋いだ。
とはいえ、今の痛みでルージュは魔貫紅弾の魔力集中を切らしてしまった。
(せっかく溜めていた魔力が……。いや、それどころじゃないわ! どうしてまだあの漆黒の魔法球があるの!?)
ようやくルージュは頭上のダークマターに気付くが、すぐにわずかな魔力の揺らぎに気付けるほどにその黒色球体に意識を集中することはできない。
「逃がしはしない! ダークブレット!」
キットがダークマターから放つダークブレットが、今度はルージュへの体を穿つ。
「っうぅ!」
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