でんじゃらすでございます

打ち出の小槌

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第五章 白鈴の文

(六)百地丹波

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中庭から裏へ抜けると、蔵が三つ。その右端に二人は歩いてゆく。
「よっ、淡路屋の旦那、踊りの姉さんとおそろいで」
扉が、がたり。
道珍がへらへらと出てきた。
「よう、おめえもひとつどうだ」
千石が瓶をちゃぷりと振る。阿国が茶碗三つをかちゃりと鳴らす。蔵の前で酒盛りが始まった。
「いやあ、旦那。うっめえ。飯も酒もありつけるとはありがたいこった」
「でも、ずっとかくれんぼもねえ」
「なに、旦那が話をつけてくれるまでの辛抱。そうでしょう」
ああと、千石は苦笑い。阿国が茶碗に濁酒をつぐそばから、道珍は呑み干してゆく。こきっと千石は肩の骨を鳴らした。
「その、酒のさかなとして、ちいと語ってくれ」
「なんです」
「あの寺のこと」
道珍がしょっぱくなった。
「いやあ、わしがいうのもなんですが、触らぬ神になんとやら」
「そんなにかい」
ちらと道珍は寺の方角を見やる。
「おっかねえこって」
「いや、おっかないから、おいしかろう」
「とんだ、酒のさかなだ」
くいっと呑むと呆れたように笑った。
「とはいえ、あの寺もはなから、ああではなかった。それがみょうな案配になったのは、やはり山伏二人が寺を訪ねて来てから。この春ごろか」
道珍が目を細める。
千石と阿国がひそひそ。
「才の字の話から、やはり伊賀ものか。さとりはましら。ましらは頭目と逃げたと」
「なら、もうひとりは百地丹波とやら」
と、道珍がぽりぽりとわき腹を掻いた。
「あ、あいつらは、なにか薄っ気味が悪い。やあ、かゆい。口にするだけでも鳥肌もの。陰気臭いやら、おぞましいやら、まるで蛇がとぐろを巻いてる」
ほうと、千石は濁酒をぐび。
「明海さまの古い客とかで、毎夜の酒びたり。日頃はろくに口もきかぬのに酔えば、ぶちりはまだか、まだかとしつこい。あれをやりたがるとは、いかれてる」
ゆるりと雲が一つ、二つと流れゆく。
日が隠れた。
「やがて、ほんとの、ぶちりの夜。厄にみたてた猪を吊るし護摩を焚き、ひととおり念じたあと放ちのときがくる。そこで、魂消たことが起きた」
ぶるっと震えた。
「おう」
「あんた、居たの」
茶碗の酒を道珍はやけ気味に呑んだ。
「寺の手伝いやらで。けど、口止めなんすよ」
「野暮はやめな」
千石がなみなみと酒をつぐ。
「えい、それで、その猪を放とうとしたら」
「暴れたか」
訊ねる阿国に、道珍がぼそっという。
「山伏のやつらがね」
えっと、千石が目を丸くした。
「控えてるはずの二人が太刀を振り廻して襲いくる」
「うわ、なら、みなの衆は、ばっさりか」
「それが、酔ってるのか、とにかく滅茶苦茶。真っ青なつらに泡も吹いて、恨めしげなつらで、わめき散らす」
むっと阿国の眉がくねる。
「それ、弓矢となったものの、明海さまは血はならぬ。沼が怒る。縄で捕えよと。ふらつくから甘くみたのか。ところがどっこい。そっから、まさに血の祭り」
「下手を打ったな。なまじっか囲むから、斬られにいったようなもの」
「へい。勢いづいた二人は鬼となった。斬って、斬って、頭を割られるもの、手足を落とされるもの、次々に沼へと沈む。ふと、もやのようなもの。それにまぎれて、わしは木に登って身をひそめた」
「そのあと」
「明海さまは逃げるも、盾となった唐の坊主はばっさり。しかし、それで太刀が折れた。すると、山伏のひとりが、なにやら、終わらぬ、始まると叫ぶや、掴みかかってもろともに沼へどぼん」
千石も阿国も、酒の味が飛んでいた。
「いなや、煮えたかというほど沼は泡立ち、煙がもうもう。辺りは真っ白。ひたすら念仏を唱えていたら、ばさりとなにかが藪へ跳ねた。はっと我に返ると、もう煙は失せて沼の岸辺に、ずぶ濡れの明海さま」
「ひとりかい」
「へい、ほかは誰ひとり。やがて隠れてた坊主がちらほら。すると明海さまは痛いと顔をおおう。それで坊主に連れられ本堂へ。あれ以来、明海さまは籠るばかり。いやはや、呪われた。今ではすっかり寺もよどんでる」
ふうむと、千石は腕を組む。


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