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第6章
想念実現魔法
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遠くで、声が聴こえる。
……ディ、ミンディ。
体中が重い。眠い。両肩を揺さぶられている。
「……ディ! ミンディ!」
ミンディはうっすらと目を開ける。
白い背景の中に、黒い人影。ミンディがよく知る彼は、見たこともない必死な顔で叫んでいた。
「ミンディ、しっかりして!」
「……ハーディ」
弱々しい声で、ミンディが答える。
「ミンディ、大丈夫?」
ミンディの手が、弱々しくハーディのコートの裾をつかむ。
「ミンディ?」
「ハーディ、ちがうの……」
いまにも消え入りそうな声で、ミンディは言った。
「違う? 違うって何が?」
ミンディの青い瞳に、うっすらと涙が浮かぶ。
「女王様は……悲しい人なの……」
ミンディの首が、がくんと折れた。
「ミンディ、ミンディ!」
ミンディの両肩を揺さぶるハーディの肩を、白い手がそっと抑える。
エリーは優しく言った。
「ミンディは、もう大丈夫。暖かなベッドで過ごせば、二、三日で元気になると思うよ」
「ありがとう、エリー」
ハーディは、ほっと胸をなで下ろす。
「かけられた魔術がじっくり効くタイプなのが、幸いしたね」
ダーティの手の中、ぐったりしているグラッセが言った。
「グラッセ、お前、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないよ。まったく、最近の若い者は……」
悪態にも、いつもの精彩がない。相当つらそうな様子で、しかし、グラッセは自分のすべきことを忘れない。
「ミンディのことはともかく、こっちはあまり時間がないよ」
疲れ切った様子で、グラッセは氷柱を見上げる。
「マックが風をまとうことで、かろうじて完全な氷漬けを避けてる。けど、あまり時間がない」
ダーティの手の中で、グラッセはゆっくりと身を起こす。
「おい、大丈夫か?」
不安と焦りを露にしているダーティに、毅然と彼は言った。
「大丈夫」
手の平の上でよろよろと立ち上がり、グラッセはエリーに尋ねる。
「どうだい? エリー」
「……うん」
エリーは静かに目を閉じる。
感じる。
速い。そして、大きい。まだ広がっている。
いま、ヨールカ村を飲み込んだ。
エリーはゆっくりと目を開いた。
「うん。よくないね。広がり続けている」
「そうかい」
「ど、どういうことだよ?」
ダーティの問いかけに、エリーは振り返った。
「うん。あのスクラップ・ブックを見たときは、あんまりよく分からなかったけど、これ、想念実現魔法だね」
「想念実現魔法?」
「うん」
エリーはのんびりと解説を始める。
「病は気から――って言葉があるとおり、病気だ、病気だって思っていると、本当に病気になっちゃうことってあるでしょ? 逆に、治らないって言われてる病気が治ったり。でも反対に、いくら自分は元気って思ってても、病気になっちゃったりすることもあるよね。精神が肉体をつくるのか、肉体が精神をつくるのか、この世界でははっきりしてないけど、精霊たちは違う。彼らはまちがいなく、思いが形を造る存在なんだ。そして、その思いで造られた存在が、思いを実現する魔術、魔法を創る。そんな魔術・魔法のかけかたがあるんだよ。それが、想念実現魔法」
「――いわゆる、呪いとかおまじないってやつか?」
「うん。まあ、それに近いものだね。でも、これは呪いより、もっと強力。想念系の魔術はもともとこの世界には存在しないもので、その行使権利はこの世界のものより、一段高い位置にある」
ハーディとダーティは、互いに顔を見合わせる。同時に尋ねた。
「それで? これからどうなるの?」
「うん。これはね、死にたいって思うと、その思いが結晶化し、氷になって、その人を包む。で、眠るように安らかに死んでいく。そういう魔法なんだよ」
「……つまり?」
「本当に死にたいって思っている人は、救えない」
ダーティとハーディは互いに顔を見合わせる。
「時間さえあれば何とか……」
考え込んだ様子のエリーは、しかし、すぐ首を横に振った。
「いや、やっぱり女王様に会いに行かないと。この二人にかけられた魔術はとにかく、ヨールカを覆っているあれは、ぼくだけじゃ止めるのは難しい」
「ヨールカ?」
「そんなところまで?!」
同時に叫んだ二人に向かって、グラッセが言った。
「当然だよ。大体、人間に生まれた以上、安らかに死にたくない人間がいるとでも思っているのかい?」
「……」
二人は互いに顔を見合わせる。
「――こうしよう」
グラッセがてきぱきと指示を出す。
「まず、エリー。君はぼくとミンディを連れて、ヨールカに向かって。時間はかかるかもしれないけど、とにかく村を覆っている魔法だけでも解いてほしい」
「わかった」
「次に、ダーティ。君はここに残ること」
「何で?」
八割の驚きと二割の非難のまじった声で、ダーティは叫んだ。
「この魔術が解けたら、マックとバルバザンは氷の中から解放される。でも、マックがそのとき戦える状態でなかったら? バルバザンにまた逃げられてしまうよ」
ぐっ、とダーティは言葉につまる。グラッセはさらにダメを押す。
「ダートハルト・ハリオット一等兵、君の任務は?」
「け、けど……」
「何があっても、命令は命令。兵士になるとは、そう言うことだよ」
ダーティは押し黙る。
「ハーディ」
「はい?」
グラッセのオレンジの瞳が、ハーディをじっと見つめる。
「君には、一番大事なことをお願いしたい。――いいかい?」
ハーディは真剣な眼差しで、言った。
「何をすればいいの?」
……ディ、ミンディ。
体中が重い。眠い。両肩を揺さぶられている。
「……ディ! ミンディ!」
ミンディはうっすらと目を開ける。
白い背景の中に、黒い人影。ミンディがよく知る彼は、見たこともない必死な顔で叫んでいた。
「ミンディ、しっかりして!」
「……ハーディ」
弱々しい声で、ミンディが答える。
「ミンディ、大丈夫?」
ミンディの手が、弱々しくハーディのコートの裾をつかむ。
「ミンディ?」
「ハーディ、ちがうの……」
いまにも消え入りそうな声で、ミンディは言った。
「違う? 違うって何が?」
ミンディの青い瞳に、うっすらと涙が浮かぶ。
「女王様は……悲しい人なの……」
ミンディの首が、がくんと折れた。
「ミンディ、ミンディ!」
ミンディの両肩を揺さぶるハーディの肩を、白い手がそっと抑える。
エリーは優しく言った。
「ミンディは、もう大丈夫。暖かなベッドで過ごせば、二、三日で元気になると思うよ」
「ありがとう、エリー」
ハーディは、ほっと胸をなで下ろす。
「かけられた魔術がじっくり効くタイプなのが、幸いしたね」
ダーティの手の中、ぐったりしているグラッセが言った。
「グラッセ、お前、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないよ。まったく、最近の若い者は……」
悪態にも、いつもの精彩がない。相当つらそうな様子で、しかし、グラッセは自分のすべきことを忘れない。
「ミンディのことはともかく、こっちはあまり時間がないよ」
疲れ切った様子で、グラッセは氷柱を見上げる。
「マックが風をまとうことで、かろうじて完全な氷漬けを避けてる。けど、あまり時間がない」
ダーティの手の中で、グラッセはゆっくりと身を起こす。
「おい、大丈夫か?」
不安と焦りを露にしているダーティに、毅然と彼は言った。
「大丈夫」
手の平の上でよろよろと立ち上がり、グラッセはエリーに尋ねる。
「どうだい? エリー」
「……うん」
エリーは静かに目を閉じる。
感じる。
速い。そして、大きい。まだ広がっている。
いま、ヨールカ村を飲み込んだ。
エリーはゆっくりと目を開いた。
「うん。よくないね。広がり続けている」
「そうかい」
「ど、どういうことだよ?」
ダーティの問いかけに、エリーは振り返った。
「うん。あのスクラップ・ブックを見たときは、あんまりよく分からなかったけど、これ、想念実現魔法だね」
「想念実現魔法?」
「うん」
エリーはのんびりと解説を始める。
「病は気から――って言葉があるとおり、病気だ、病気だって思っていると、本当に病気になっちゃうことってあるでしょ? 逆に、治らないって言われてる病気が治ったり。でも反対に、いくら自分は元気って思ってても、病気になっちゃったりすることもあるよね。精神が肉体をつくるのか、肉体が精神をつくるのか、この世界でははっきりしてないけど、精霊たちは違う。彼らはまちがいなく、思いが形を造る存在なんだ。そして、その思いで造られた存在が、思いを実現する魔術、魔法を創る。そんな魔術・魔法のかけかたがあるんだよ。それが、想念実現魔法」
「――いわゆる、呪いとかおまじないってやつか?」
「うん。まあ、それに近いものだね。でも、これは呪いより、もっと強力。想念系の魔術はもともとこの世界には存在しないもので、その行使権利はこの世界のものより、一段高い位置にある」
ハーディとダーティは、互いに顔を見合わせる。同時に尋ねた。
「それで? これからどうなるの?」
「うん。これはね、死にたいって思うと、その思いが結晶化し、氷になって、その人を包む。で、眠るように安らかに死んでいく。そういう魔法なんだよ」
「……つまり?」
「本当に死にたいって思っている人は、救えない」
ダーティとハーディは互いに顔を見合わせる。
「時間さえあれば何とか……」
考え込んだ様子のエリーは、しかし、すぐ首を横に振った。
「いや、やっぱり女王様に会いに行かないと。この二人にかけられた魔術はとにかく、ヨールカを覆っているあれは、ぼくだけじゃ止めるのは難しい」
「ヨールカ?」
「そんなところまで?!」
同時に叫んだ二人に向かって、グラッセが言った。
「当然だよ。大体、人間に生まれた以上、安らかに死にたくない人間がいるとでも思っているのかい?」
「……」
二人は互いに顔を見合わせる。
「――こうしよう」
グラッセがてきぱきと指示を出す。
「まず、エリー。君はぼくとミンディを連れて、ヨールカに向かって。時間はかかるかもしれないけど、とにかく村を覆っている魔法だけでも解いてほしい」
「わかった」
「次に、ダーティ。君はここに残ること」
「何で?」
八割の驚きと二割の非難のまじった声で、ダーティは叫んだ。
「この魔術が解けたら、マックとバルバザンは氷の中から解放される。でも、マックがそのとき戦える状態でなかったら? バルバザンにまた逃げられてしまうよ」
ぐっ、とダーティは言葉につまる。グラッセはさらにダメを押す。
「ダートハルト・ハリオット一等兵、君の任務は?」
「け、けど……」
「何があっても、命令は命令。兵士になるとは、そう言うことだよ」
ダーティは押し黙る。
「ハーディ」
「はい?」
グラッセのオレンジの瞳が、ハーディをじっと見つめる。
「君には、一番大事なことをお願いしたい。――いいかい?」
ハーディは真剣な眼差しで、言った。
「何をすればいいの?」
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