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男子寮の日常
わくわく調理実習/男子寮の日常
しおりを挟む冬の午後、男子寮の食堂は、普段の食事時とは違う熱気に包まれていた。
大きな調理台の上には並べられた新鮮な食材。
切れ味の鋭そうな包丁、まだ湯気を立てていない大鍋。
油や玉ねぎの匂いがほのかに漂い始め、寮生たちの胸を自然と高鳴らせていた。
「よーし、今日は俺たちのグループが最高の料理を作ってやる!気合い入れていこうぜ!」
葵がエプロン姿で手を叩くと、その声に引き寄せられるように仲間たちが笑顔を交わす。
「はぁ?気合いで美味しくなるなら苦労しないって。料理は頭脳戦だよ。」
桃瀬は輪廻の視線を意識するように、包丁を軽やかに持ち上げてみせた。
刃先が光を反射し、きらりと光った瞬間、思わず息を呑む。
「ひぃ……!おまっ、危ないって。」
緑は調理台の影に隠れ、緊張した面持ちで桃瀬を睨んだ。
「大丈夫。落ち着いてゆっくりやれば怪我はしないよ。」
輪廻が柔らかい声で宥め、緑の手をそっと支える。
その触れ合いに、緑は一瞬息を止めたように見えた。
火を点けた瞬間、寮の空気は一気に慌ただしくなる。
「ちょっ……待って!肉が暴れてるんだけど!?」
桃瀬がフライパンを振り回すと、油が跳ね、焦げかけた匂いが立ち上る。
「危ないって。……落ち着いて?」
「……っ。べ、別に大丈夫だから。」
輪廻の言葉に桃瀬が視線を逸らし、わずかに赤らんだ横顔を見せる。
隣では、緑が玉ねぎに泣かされていた。
「目があぁぁ……こんなの拷問だ……」
涙を拭う緑の指先を、輪廻がさりげなくハンカチで覆う。
二人の距離は自然と近づき、周囲の喧騒とは違う静かな気配がそこにあった。
「玉ねぎは冷やすと少し楽になるんだ。次から試してみてね。」
輪廻の声に安心したように緑が頷く。
その微笑みは、玉ねぎの辛さとは違う涙を誘いそうなほど柔らかかった。
鍋をかき混ぜながら、葵が困惑した顔で振り返る。
「なあ、スープって……砂糖? それとも塩?」
「砂糖入れたらただの甘いスープになるでしょ。ここは塩……だよね。」
桃瀬が即答するが、声色にはかすかな迷いがあった。
輪廻はその様子に不安を覚え、こっそりと彼の手元を覗き込む。
鍋から立ち上る湯気の向こうで、桃瀬の視線がふいに輪廻と絡んだ。
距離が近く、吐息すら感じるほど――胸の奥が熱を帯びた。
調理の合間、ふと気づいた。
棚の奥に置かれていた古びた小箱。誰が持ち込んだのか分からない。
埃をかぶったそれは場違いなほど異質で、手を伸ばそうとした瞬間――背後から桃瀬の声が飛ぶ。
「輪廻、なにしてんの? ……危ないよ、包丁持ったまま。」
はっとして振り返ると、彼の瞳が妙に鋭く光った気がした。
心臓が不自然なほど高鳴り、輪廻はとっさに「なんでもない。」と笑ってごまかした。
ようやく出来上がった料理は、見た目こそ不揃いだが温かみを感じさせるものだった。
「や、やっと完成したな……でも味はどうだろう。」
緑がお皿を抱え、不安げに仲間を見渡す。
「大丈夫。俺たちが作ったんだ、絶対美味しいさ!」
葵が豪快に胸を張る。
「見た目は……まあ、合格点。……味は保証しないけど。」
桃瀬がからかうように言いながら、輪廻の手元に自分のスプーンを重ねてきた。
わざとか偶然か、わずかな接触に心が揺れる。
試食が始まると、意外にも料理は美味しかった。
「ちょっと塩辛いけど……でも、思った以上に美味しい。」
輪廻が微笑むと、緑も安心した顔で「ほんとだ……感動ぉ。」と呟いた。
「僕たち、料理の才能あるんじゃない?」
桃瀬が得意げに笑い、食堂に笑い声が広がる。
温かな余韻に包まれながらも、輪廻の心だけは落ち着かなかった。
――さっき見かけた古びた小箱。
誰かがわざと隠していたような気がしてならない。
楽しげな会話とスープの香りの奥に、ひそやかな違和感が影のように残っていた。
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