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男子寮のミステリー
消えたラーメン/男子寮のミステリー
しおりを挟む週末の深夜。
男子寮の廊下には、足音ひとつ響かない。
冷たい床が冷気を含み、しんとした静けさの中に規則的な換気の音だけが漂っていた。
輪廻はベッドの上で何度も寝返りを打っていた。
眠気よりも空腹が勝ってしまい、胸の奥からじわじわと小さな苛立ちがこみ上げる。
スマホの画面を確認すると、午前一時を過ぎていた。
「……あれ食べよっかな。」
ぽつりと呟き、輪廻は布団を抜け出した。
目当ては共用キッチンに置いてあるカップラーメン。
名前をしっかり書いてあるから、誰かに食べられる心配もない──そう思っていた。
廊下を歩くと、窓がわずかに音を立てる。
月光の差し込む窓辺を過ぎ、最近物置から簡易的なキッチンに改装された、その部屋の扉をそっと開ける。
蛍光灯は消えており、外からの淡い光が棚やテーブルをぼんやりと浮かび上がらせていた。
夜の冷気に包まれた空間は、昼間の喧噪とはまるで別世界だ。
輪廻は棚に近づき、期待を込めて手を伸ばす。
──だが、そこにあるはずのカップラーメンは影も形もなかった。
「……ない?」
声がかすかに震えた。
何度も棚を探すが、残っていたのはラーメンの置かれていたわずかな空間と、僅かな擦れ跡だけ。
包装のかけらすら見つからない。
「嘘だろ……」
空腹の胃袋がきゅうと鳴り、輪廻は唇を噛む。
誰かが持ち出したのか、それとも──。
答えは分からないまま、夜は過ぎていった。
翌朝。
共用スペースのソファには数人の仲間が集まり、眠たげな顔をして朝の時間を過ごしていた。
輪廻は意を決して口を開いた。
「……俺のカップラーメンがなくなったんだ。名前もちゃんと書いてたのに。誰か、他に盗まれた人の情報とか、何か知らない?」
周囲が一瞬静まり、視線が彼に集まる。
「へぇ、ラーメンにそんな執着してるなんて意外だな。」
葵が茶化すように笑い、輪廻の肩を軽く叩いた。
その笑顔に、困惑していた気持ちがわずかに和らぐ。
「まあ、俺も夜更かししてることが多いし、夜食盗難事件は大事件だよなっ! 協力してやるよ。」
「盗まれるのが嫌なら、最初から部屋で保管しておけばいいのに。」
桃瀬はそっぽを向き、少し冷ややかな口調で言った。
だがその横顔には、気遣いを隠そうとする影があった。
「……僕なら絶対そうするけどね。」
「……そういえば、昨日キッチンの棚が妙に濡れてたんだ。関係あるかもしれない。」
緑が遠慮がちに声を上げる。
手がかりは小さいが、無視できない。輪廻は一つひとつ整理しながら次に向かう相手を決めた。
寮監代行としてときおり泊まっている保健医の紫苑が、湯気の立つティーカップを片手に輪廻を迎えた。
部屋の窓からは柔らかな朝の光が差し込み、紫苑の横顔を白く照らしていた。
「棚が濡れていた? それは少し不自然だね。」
紫苑の瞳が細められ、思索の色が宿る。
「夜中に害虫が出ることもある。この立地だと、ネズミや小動物が侵入してもおかしくはない。」
「……害虫?」
輪廻は驚きの声を漏らす。
人間の仕業だとばかり思っていたからだ。
紫苑の落ち着いた声に背中を押され、輪廻は再びキッチンへ向かい、棚の隅や裏を丁寧に探った。
すると──埃の中から、かじられたカップラーメンの包装片が出てきた。
「これ……俺のラーメンだ!」
歯形がくっきりと残ったその残骸に、輪廻の表情が一気に曇る。
「……ネズミ、だったのか。山奥だから仕方ないのかもしれないけど……」
悔しさと安堵が入り混じった吐息が漏れる。
「まあまあ、いい教訓になったんじゃない?」
桃瀬が肩をすくめる。
視線を合わせないようにしているが、声色はほんの少し柔らかい。
「駆除業者も来ることになったし、次からは、ちゃんと部屋に置いておけばいいじゃん。」
「ハハ! これで解決だな。」
葵は笑って場の空気を明るくしようとする。
「なあ、今度一緒に買いに行こうぜ。俺のオススメも教えてやるからさ。」
その誘いに輪廻は目を瞬かせた。
心の奥が不意に温かくなる。
「……ありがとう。次からは気をつけるよ。」
仲間たちの言葉に支えられ、輪廻の表情にようやく小さな笑みが戻った。
共用スペースを後にする足取りは、昨夜よりもずっと軽かった。
たとえ些細な騒動でも、こうして皆で笑い合えば新しい思い出に変わる。
男子寮の静けさが戻る中、輪廻の胸には──不思議と心強い温もりが刻まれていた。
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