9回巻き戻った公爵令嬢ですが、10回目の人生はどうやらご褒美モードのようです

志野田みかん

文字の大きさ
17 / 81
にしょう!

しおりを挟む
『すまなかった、ご主人。あれが敵か味方か、あの時の我にはどうにも判断がつきかねた……』

 鷹のたっくんが王太子を「あれ」呼ばわりしながら、ソファに座るアリーの周囲をくるくる旋回している。
 王太子マクシミリアンのために建てられた王宮西翼、その日当たりのいいサンルームで午前中の勉強を終えたところだった。
 ちなみに離宮を離れる際に「この子は実家から連れてきたペットです」と言い張ったので、現在はたっくんも西翼で同居中だ。
 アリーは自分の膝を枕にしてスヤスヤ眠るスティラの頭を撫で、遠い目をして微笑んだ。

「もう気にしないでいいよ、たっくん。実際スティラ様に関しては、何もかもがいい方向に転がったし……」

 ここへ連れてこられて二週間が過ぎたが、スティラの血色はよくなる一方だ。
 あんな見た目──スティラを抱かせたら粉々に握りつぶしそうな鎧のような筋肉を纏っていながら、マクシミリアンは些細なことに気の回る男だった。
 スティラの身の回りの品々はあっという間に整い、居室の調度も彼女の背丈にあっていて申し分ない。
 ただひとつ難を言えば、マクシミリアンの放つ覇気があまりに凄すぎて、淑女教育のために雇った家庭教師が三日と持たない。妹を愛するあまりちょいちょい顔を出す覇王に、教師たちが恐れをなして逃げ出してしまうのだ。

「でも、わたしなんかが淑女教育を請け負っていいのかしら……。一応は、マクシミリアンの覇気に耐えられる教師が見つかるまで、ということにはなっているけれど……」

 もう10歳になっているスティラの淑女教育はまったなし。しかし肝心の教師が続かない。そこでマクシミリアンは、アリーに白羽の矢を立てた。
 マクシミリアンさえスティラの周りをうろつかなければ万事解決なのだが、妹思いの覇王にそれを言うのは心が痛む。いや実際は言ったのだが無視された。
 もちろんアリーは男爵令嬢という己の身分を考えて、かたくなに拒否した。しかしマクシミリアン以下四天王たちに「できるできる絶対できる!」と太鼓判を押されてしまった。
 意識的に男爵令嬢として振る舞っていたのに、9回の公爵令嬢人生で染み付いた所作やマナーが漏れ出てしまっていたらしい。

『まあアリーは見た目はともかく、振る舞いは完璧ですからねえ……。闇の世界の王族たちにも、まったくひけをとりませんし……』

 空中に浮いているボール大の黒い円からアベルの声がする。やはり「あれ」に見つかりたくないという理由で、ここ最近はもっぱら声のみの参加だ。

「前から聞いてみたいと思ってたんだけど、アベルって暇なの? 闇の世界ではどんな仕事してるの?」

『うむ。我も聞いてみたいと思っていた』

 アリーとたっくんから問われて、黒い丸からアベルがひょこっと顔だけ出した。相変わらず、ムカつくほど美しい男だ。

『私ですか? 端的に言えば、現魔王です』

 アリーとたっくんは同時に「ふぁーっ!」と叫んだ。スティラが一瞬身じろぎしてドキッとしたが、目を覚ますことは無かった。
 アリーは驚愕のあまりごくんと唾を呑み込んだ。アベルってば魔王感ありまくり、とは思っていたが、まさか本当に魔王だったとは。

<え、魔王を呼び出したわたし、すごくない? それを撤退させた上に現在進行形でビビらせてるマクシミリアン、もっとすごくない?>

『最近の魔界は刺激が足りなくて……。アリーのおかげでしばらく楽しめそうです、ありがたやありがたや……』

 黒い丸から二本の手がにょっきり出てきて、異国の神を拝むような仕草をされた。ただの暇つぶし扱いとはいえ、呼べばいつでも相談相手になってくれるアベルには、かなり救われている。
 二週間前のあの日、アベルの撤退により惑いの森を抜けることができたマリアンヌが、食料や日用品を満載した大八車を引きながら息も絶え絶えで離宮に到着した。
 同じタイミングで王宮治安判事のガッシム伯爵本人もやってきて、王妃の隠ぺい工作は白日の下に晒されることになった。
 マクシミリアンは雄々しく猛々しい声でマリアンヌの捕縛を命じ、それ以外にも多くの使用人が牢屋にぶち込まれた。
 王弟ラドフェン公爵は現在、嬉々として兄である国王を糾弾している。王妃も大変肩身の狭い思いをしているそうだ。

「まあ、スティラ様のお世話と教育係、その上マクシミリアンたち『我が国の危機を救う会』の書記までやる羽目になったから、正直めちゃくちゃ忙しいけど……お給金は三倍になったし……」

 西翼での使用人募集に手を上げたのは、マクシミリアン以下四天王(最近は面倒くさいので筋肉特戦隊と呼んでいる)の男気に惚れました! と言わんばかりのむさくるしい男たちばかり。
 老齢の侍女たちはみな心優しいが、マクシミリアンの覇気に当たると心臓発作でぽっくり逝きかねない。
 なぜか西翼で共同生活を送っている筋肉特戦隊の連中は、さすがに長期間山籠もりしていただけあって、自分の生活は自分で面倒を見られる。西翼に戻ってからは使用人の手も借りているが、それでも従僕がひとりいれば十分であるらしい。
 しかしどうしても女手が必要なときは、奴らは必ずアリーを呼ぶ。
 この西翼での暮らしのメリットは、スティラの身の安全がこれ以上ないほど確保されていることと、むくつけき男たちの中で相対的にアリーが痩せて見えるということくらいだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

何も決めなかった王国は、静かに席を失う』

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 表には立たず、裏で国を支えてきた公爵令嬢ネフェリア。 だが―― 彼女が追い出されたのは、嫉妬でも陰謀でもなかった。 ただ一つ、「決める役割」を、国が彼女一人に押しつけていたからだ。 婚約破棄の後、ネフェリアを失った王国は変わろうとする。 制度を整え、会議を重ね、慎重に、正しく―― けれどその“正しさ”は、何一つ決断を生まなかった。 一方、帝国は違った。 完璧ではなくとも、期限内に返事をする。 責任を分け、判断を止めない。 その差は、やがて「呼ばれない会議」「残らない席」「知らされない決定」となって現れる。 王国は滅びない。 だが、何も決めない国は、静かに舞台の外へ追いやられていく。 ――そして迎える、最後の選択。 これは、 剣も魔法も振るわない“静かなざまぁ”。 何も決めなかった過去に、国そのものが向き合う物語。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完】聖女じゃないと言われたので、大好きな人と一緒に旅に出ます!

えとう蜜夏
恋愛
 ミレニア王国にある名もなき村の貧しい少女のミリアは酒浸りの両親の代わりに家族や妹の世話を懸命にしていたが、その妹や周囲の子ども達からは蔑まれていた。  ミリアが八歳になり聖女の素質があるかどうかの儀式を受けると聖女見習いに選ばれた。娼館へ売り払おうとする母親から逃れマルクト神殿で聖女見習いとして修業することになり、更に聖女見習いから聖女候補者として王都の大神殿へと推薦された。しかし、王都の大神殿の聖女候補者は貴族令嬢ばかりで、平民のミリアは虐げられることに。  その頃、大神殿へ行商人見習いとしてやってきたテオと知り合い、見習いの新人同士励まし合い仲良くなっていく。  十五歳になるとミリアは次期聖女に選ばれヘンリー王太子と婚約することになった。しかし、ヘンリー王太子は平民のミリアを気に入らず婚約破棄をする機会を伺っていた。  そして、十八歳を迎えたミリアは王太子に婚約破棄と国外追放の命を受けて、全ての柵から解放される。 「これで私は自由だ。今度こそゆっくり眠って美味しいもの食べよう」  テオとずっと一緒にいろんな国に行ってみたいね。  21.11.7~8、ホットランキング・小説・恋愛部門で一位となりました! 皆様のおかげです。ありがとうございました。  ※「小説家になろう」さまにも掲載しております。  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~

キョウキョウ
恋愛
ある日、婚約相手のエリック王子から呼び出された聖女ノエラ。 パーティーが行われている会場の中央、貴族たちが注目する場所に立たされたノエラは、エリック王子から突然、婚約を破棄されてしまう。 最近、冷たい態度が続いていたとはいえ、公の場での宣言にノエラは言葉を失った。 さらにエリック王子は、ノエラが聖女には相応しくないと告げた後、一緒に居た美しい女神官エリーゼを真の聖女にすると宣言してしまう。彼女こそが本当の聖女であると言って、ノエラのことを偽物扱いする。 その瞬間、ノエラの心に浮かんだのは、万が一の時のために準備していた計画だった。 王国から、聖女ノエラに関する記憶を全て消し去るという計画を、今こそ実行に移す時だと決意した。 こうして聖女ノエラは人々の記憶から消え去り、ただのノエラとして新たな一歩を踏み出すのだった。 ※過去に使用した設定や展開などを再利用しています。 ※カクヨムにも掲載中です。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...