28 / 81
にしょう!
12
しおりを挟む
アベルの転移陣で西翼に戻ったアリーは、ぐずるスティラを何とかパジャマに着替えさせて、天蓋付きの豪華なベッドに運んだ。
小さな主のすこやかな寝息を確認してソファに座り、虚空に向かって話しかける。
「ねえアベル。わたしの持っている記憶のすべてを、マクシミリアンたちに伝えた方がいいのかな……?」
アリーの声のあまりの深刻さを心配したのか、久しぶりにアベルがぽんっと姿を現した。
美麗な魔王は空中で脚を組んで『そうですねえ』と口を開く。
『別に言わなくてもいいと思います。アリーの中にある過去の傷、彼らが本当に変わったのかどうか見極めたいという気持ちが、十分に慰められるまでは』
『我もそう思うぞ、ご主人』
アベルの言葉をたっくんが引継ぎ、アリーは思わず小さく微笑んだ。
「ありがとうアベル、たっくん。わたし、あなたたちに物凄く救われてる」
今のマクシミリアンたちを見ていると時折、本当に時折、過去にこだわっている自分が悪いような気分になってくる。
しかし過去の記憶を伝えようにも、公爵令嬢アリーシアは誰よりも早く断罪され、いの一番に処刑されてしまった。オランドリア王国がどのような結末を迎えたのか、アリーには全くわからない。
「何度もの転生とか、逆行とか、そういうことってよくあるのかな?」
『そうですねえ。魔界はいろんな世界とつながっていますから、すべてを細かく把握してはいませんが。あまり珍しいことではないと思います』
「異世界から聖女が降ってくることも?」
『そうですねえ、それもわりとよく聞く話です。あのクソ忌々しい光の天使どもの気まぐれか、ただの運命なのか、それよりもっと大きな力によるものなのかは知りませんが』
アベルは「光の天使ども」という部分で、大げさに口元を歪めた。
『私はアリーを気に入っています。なんだったら、前代未聞の『闇の聖女』に祭りあげてもいいですよ。異世界から落ちてくる『光の聖女』に対抗できるだけの力を授けてあげましょう』
「うーん。有難いけど、遠慮しとく。今みたいに、こっちの魔力消費ほとんどナシで動いてくれるだけで、もう十分すぎるくらい。それに闇の聖女って、語感だけでも世界を滅ぼしちゃいそうだし……」
『まあ、闇の聖女ともなればそれくらいはできますね。闇の使徒は基本的に面倒くさがりなので、聖女なんか作ってきませんでしたけど』
莫大な魔力量が必要な転移陣を、行きと帰りで二回も使ったのに、アリーはほとんど疲れていなかった。何が理由でここまで気に入ってくれたのかはわからないが、アベルが自前の魔力で転移陣を出してくれたことだけはわかる。
<オランドリアが滅びるくらいなら、大事な人たちを抱えて逃げればいいけど。世界が丸ごと滅びるのは大変困るもんなあ……>
それに闇の聖女などという御大層なものになってしまうと、光の聖女ミアと直接対決するのはアリーということになってしまう。
別にマクシミリアンとよりを戻したいわけではないけれど。しかしこれから本当にミアが降ってくるとして、彼らがどうなるのか──脅威と対決するという決意が変わってしまうのか変わらないのか──だけは、見届けたい気がする。
『ま、面倒くさいからやめておきますか。聖女になるということは、人外になるのと同じことですし。光の聖女に王太子たちがどこまで対抗できるか、高みの見物といきましょう』
普段のほほんとしているアベルが、若干黒い笑みを見せた。
「やだ、アベルってば魔王っぽい顔しちゃって。あ、そもそも魔王か」
あはは、とアリーは笑った。『そうですよ』とアベルものんびりと笑った。
「それにしても、聖女は人外と同じなのね……だったらミアが、あの細い身体で治癒魔法を連発したり、同時多発的に魅了魔法を使えたのもうなずけるな……」
ジャンや家族、領地の民、そしてスティラ。守りたいものはたくさんある。
できることなら、オランドリア王国だって滅んでほしくはない。そう思いながら、アリーは赤いクラバットに手を伸ばした。とりあえず今できることを、地道にやろうと思った。
小さな主のすこやかな寝息を確認してソファに座り、虚空に向かって話しかける。
「ねえアベル。わたしの持っている記憶のすべてを、マクシミリアンたちに伝えた方がいいのかな……?」
アリーの声のあまりの深刻さを心配したのか、久しぶりにアベルがぽんっと姿を現した。
美麗な魔王は空中で脚を組んで『そうですねえ』と口を開く。
『別に言わなくてもいいと思います。アリーの中にある過去の傷、彼らが本当に変わったのかどうか見極めたいという気持ちが、十分に慰められるまでは』
『我もそう思うぞ、ご主人』
アベルの言葉をたっくんが引継ぎ、アリーは思わず小さく微笑んだ。
「ありがとうアベル、たっくん。わたし、あなたたちに物凄く救われてる」
今のマクシミリアンたちを見ていると時折、本当に時折、過去にこだわっている自分が悪いような気分になってくる。
しかし過去の記憶を伝えようにも、公爵令嬢アリーシアは誰よりも早く断罪され、いの一番に処刑されてしまった。オランドリア王国がどのような結末を迎えたのか、アリーには全くわからない。
「何度もの転生とか、逆行とか、そういうことってよくあるのかな?」
『そうですねえ。魔界はいろんな世界とつながっていますから、すべてを細かく把握してはいませんが。あまり珍しいことではないと思います』
「異世界から聖女が降ってくることも?」
『そうですねえ、それもわりとよく聞く話です。あのクソ忌々しい光の天使どもの気まぐれか、ただの運命なのか、それよりもっと大きな力によるものなのかは知りませんが』
アベルは「光の天使ども」という部分で、大げさに口元を歪めた。
『私はアリーを気に入っています。なんだったら、前代未聞の『闇の聖女』に祭りあげてもいいですよ。異世界から落ちてくる『光の聖女』に対抗できるだけの力を授けてあげましょう』
「うーん。有難いけど、遠慮しとく。今みたいに、こっちの魔力消費ほとんどナシで動いてくれるだけで、もう十分すぎるくらい。それに闇の聖女って、語感だけでも世界を滅ぼしちゃいそうだし……」
『まあ、闇の聖女ともなればそれくらいはできますね。闇の使徒は基本的に面倒くさがりなので、聖女なんか作ってきませんでしたけど』
莫大な魔力量が必要な転移陣を、行きと帰りで二回も使ったのに、アリーはほとんど疲れていなかった。何が理由でここまで気に入ってくれたのかはわからないが、アベルが自前の魔力で転移陣を出してくれたことだけはわかる。
<オランドリアが滅びるくらいなら、大事な人たちを抱えて逃げればいいけど。世界が丸ごと滅びるのは大変困るもんなあ……>
それに闇の聖女などという御大層なものになってしまうと、光の聖女ミアと直接対決するのはアリーということになってしまう。
別にマクシミリアンとよりを戻したいわけではないけれど。しかしこれから本当にミアが降ってくるとして、彼らがどうなるのか──脅威と対決するという決意が変わってしまうのか変わらないのか──だけは、見届けたい気がする。
『ま、面倒くさいからやめておきますか。聖女になるということは、人外になるのと同じことですし。光の聖女に王太子たちがどこまで対抗できるか、高みの見物といきましょう』
普段のほほんとしているアベルが、若干黒い笑みを見せた。
「やだ、アベルってば魔王っぽい顔しちゃって。あ、そもそも魔王か」
あはは、とアリーは笑った。『そうですよ』とアベルものんびりと笑った。
「それにしても、聖女は人外と同じなのね……だったらミアが、あの細い身体で治癒魔法を連発したり、同時多発的に魅了魔法を使えたのもうなずけるな……」
ジャンや家族、領地の民、そしてスティラ。守りたいものはたくさんある。
できることなら、オランドリア王国だって滅んでほしくはない。そう思いながら、アリーは赤いクラバットに手を伸ばした。とりあえず今できることを、地道にやろうと思った。
320
あなたにおすすめの小説
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
何も決めなかった王国は、静かに席を失う』
ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、
表には立たず、裏で国を支えてきた公爵令嬢ネフェリア。
だが――
彼女が追い出されたのは、嫉妬でも陰謀でもなかった。
ただ一つ、「決める役割」を、国が彼女一人に押しつけていたからだ。
婚約破棄の後、ネフェリアを失った王国は変わろうとする。
制度を整え、会議を重ね、慎重に、正しく――
けれどその“正しさ”は、何一つ決断を生まなかった。
一方、帝国は違った。
完璧ではなくとも、期限内に返事をする。
責任を分け、判断を止めない。
その差は、やがて「呼ばれない会議」「残らない席」「知らされない決定」となって現れる。
王国は滅びない。
だが、何も決めない国は、静かに舞台の外へ追いやられていく。
――そして迎える、最後の選択。
これは、
剣も魔法も振るわない“静かなざまぁ”。
何も決めなかった過去に、国そのものが向き合う物語。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完】聖女じゃないと言われたので、大好きな人と一緒に旅に出ます!
えとう蜜夏
恋愛
ミレニア王国にある名もなき村の貧しい少女のミリアは酒浸りの両親の代わりに家族や妹の世話を懸命にしていたが、その妹や周囲の子ども達からは蔑まれていた。
ミリアが八歳になり聖女の素質があるかどうかの儀式を受けると聖女見習いに選ばれた。娼館へ売り払おうとする母親から逃れマルクト神殿で聖女見習いとして修業することになり、更に聖女見習いから聖女候補者として王都の大神殿へと推薦された。しかし、王都の大神殿の聖女候補者は貴族令嬢ばかりで、平民のミリアは虐げられることに。
その頃、大神殿へ行商人見習いとしてやってきたテオと知り合い、見習いの新人同士励まし合い仲良くなっていく。
十五歳になるとミリアは次期聖女に選ばれヘンリー王太子と婚約することになった。しかし、ヘンリー王太子は平民のミリアを気に入らず婚約破棄をする機会を伺っていた。
そして、十八歳を迎えたミリアは王太子に婚約破棄と国外追放の命を受けて、全ての柵から解放される。
「これで私は自由だ。今度こそゆっくり眠って美味しいもの食べよう」
テオとずっと一緒にいろんな国に行ってみたいね。
21.11.7~8、ホットランキング・小説・恋愛部門で一位となりました! 皆様のおかげです。ありがとうございました。
※「小説家になろう」さまにも掲載しております。
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~
キョウキョウ
恋愛
ある日、婚約相手のエリック王子から呼び出された聖女ノエラ。
パーティーが行われている会場の中央、貴族たちが注目する場所に立たされたノエラは、エリック王子から突然、婚約を破棄されてしまう。
最近、冷たい態度が続いていたとはいえ、公の場での宣言にノエラは言葉を失った。
さらにエリック王子は、ノエラが聖女には相応しくないと告げた後、一緒に居た美しい女神官エリーゼを真の聖女にすると宣言してしまう。彼女こそが本当の聖女であると言って、ノエラのことを偽物扱いする。
その瞬間、ノエラの心に浮かんだのは、万が一の時のために準備していた計画だった。
王国から、聖女ノエラに関する記憶を全て消し去るという計画を、今こそ実行に移す時だと決意した。
こうして聖女ノエラは人々の記憶から消え去り、ただのノエラとして新たな一歩を踏み出すのだった。
※過去に使用した設定や展開などを再利用しています。
※カクヨムにも掲載中です。
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる