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さんしょう!
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「アリー、アリー、死なないでえええ……」
可愛い主人の声が聞こえて、アリーはぱっと目を覚ました。美しい菫色の目を涙でびしょびしょにしているスティラの姿が目に飛び込んでくる。
「スティラ様……。アリーは大丈夫ですわ。お昼寝から目覚められたのですね。お側にいられずに申し訳ありませんでした」
アリーはゆっくり起き上がって、えぐえぐ泣いているスティラを抱きしめた。
母親であるケリー妃を失ったことがトラウマにならないわけがない。スティラを悲しませた弱っちい自分を心の中で殴りつけながら、アリーは室内を見回した。
ほっとしたような顔でこっちを見ている四天王、黒点、たっくん、そして──さっきアリーを驚愕させたマクシミリアンの姿が見えない。
「あの、殿下はどちらへ?」
まさか第二形態になったついでに爆散でもしたのだろうかと背筋が寒くなる。弱っちい、覇王、俺様系とアリー的にあれは第三形態なのだが、マクシミリアンにとっては変身など想像の埒外であったことだろう。
「それがその……。王宮の中央から呼び出されまして。王妃様は今日も見合い相手選定のためのお茶会を催しているのです。なんというか、その、王妃様は殿下のあの姿を見て、狂喜乱舞なさっているらしく……」
成り上がりスティーブンが苦り切った口調で言う。ほんの数分気を失っている間に、事態はとんでもないことになっていた。
「お兄様、あの姿だと闘気が出せないみたい。中央からきた人たちに、簡単に連れていかれちゃったよ」
スティラの言葉にアリーは目を剥いた。目が乾きすぎて切実に目薬が欲しいところだった。
脳筋マーティンが「いや」と首を振る。
「闘気云々ではなく、ご自分の意思で中央に行かれたのです。これ以上王妃様からの呼び出しを断り続けるのは、殿下も不味いと思っておられたので」
「ええ、そうですね」
天才クリスがうなずき、言葉を続ける。
「殿下も我らも、己の見た目が他者に威圧感を通り越して恐怖心を与えることを、ようやく自覚したばかり。惰弱な姿など論外ですが、公務に支障が出てしまうのは不味いと思い始めていたんです。精霊たちはそんな心を見抜いて、飴玉で願いを叶えてくれたのかもしれません」
「たしかに、この飴から邪悪な気配は感じない……」
リーダー格ジェフリーが思いつめたようなまなざしで、自分の右の手のひらをじっと見つめている。そこにはマクシミリアンが食べたのと同じ飴玉があった。
「床で転がすおもちゃがほしかっただけなのに、祖父母から本物の大型四輪馬車を貰ってしまったような感覚はありますが。我らが呼び出した精霊たちからは、純粋な好意しか感じませんから……これはきっと、我らにとって必要な変身なのでしょう」
おばあちゃん(おじいちゃんだったかもしれない)精霊から貰った飴玉を、ジェフリーはおもむろに口に入れた。
ガリガリッと奥歯で噛み砕く音が聞こえたと思ったら、ジェフリーの体を霧が取り囲む。瞬き数回の間に霧は消え、ちょうどいい感じに逞しく広い肩と、長くて筋肉質な足を持つ美丈夫が出現した。
へなちょこ時代の眼鏡が復活するかと一瞬期待したが、それはなかった。さすがおばあちゃん、可愛い孫の視力を下げるなどもってのほからしい。
「ふむ。殿下が変身したときと同じで、衣装は自在に伸び縮みするようですね」
ジェフリーが己の姿を壁に貼り付けられた鏡に映し、細部を確認するように眺め回す。
「しかし惰弱な姿だ。夢の中のへなちょこほどではないですが、こんな姿はマリリンには見せられない」
いえむしろ積極的に見せてあげてください、という言葉をアリーは飲み込んだ。聡明で心優しいマリリンのことだ、どんな姿のジェフリーだって変わらず愛するに違いない。
ジェフリーの様子をじっと眺めていた脳筋マーティンが、深々と息を吐く。
「我らの筋肉、違いの分かる男たちからは羨望の眼差しを浴びるのにな。有象無象にとってはあれだ、過ぎたるは及ばざるがごとしっつーやつだったのか」
そうみたいですねえ、とスティーブンが応じる。
ずっと口元に手を当てて考え込んでいたクリスが口を開いた。
「ジェフリー。その姿ではやはり闘気は出せませんか? 己の意思で即座に解くことはできそうですか?」
「ああ、ちょっと待ってくれ。闘気は……駄目だな、やはり出せない。でも変身を解くことは気合いを入れればいけそうな気が……ぐぬぬぬぬ、ふんっ!」
ぼんっ! と爆発するように煙が上がって、ジェフリーはいつもの濃く暑苦しい姿に戻った。その場にいた全員がほうっと安堵の息を吐く。
慣れない第二形態で中央に行ってしまったマクシミリアンも、いざとなれば元に戻れるらしい。
<いやそうなると大勢の淑女が絶対に気絶するから、また別の問題が起きちゃうな……>
一体何を心配すればいいのかわからず、泣きやんだスティラの細い身体を抱きしめていると、黒点がのんびりした声を上げた。
『王太子様がお茶会会場に到着したようですよ。そこの大鏡に、現場の様子を映してあげましょう』
なんという親切心、と思った次の瞬間には、第二形態であっても十分逞しく男らしい体格のマクシミリアンが鏡に映っていた。
社交界の他の男性たちとは明らかに違った、クールな黒一色の装い。マクシミリアンに纏わりつく野性的な雰囲気に、赤いクラバットが華を添えている。
広間の中央に立つマクシミリアンの顔には険しさがあった。機嫌が悪いというより、迷惑気な表情のように思える。
<というか、引いてる? 周囲を引かせてばかりだったマクシミリアンが、ドン引いてる?>
何人かの令嬢たちが、乙女らしく恥じらいながらマクシミリアンを見つめている。誰もかれも、激しい興奮が湧き上がっているようだ。
マクシミリアンは9歳で脅威の夢を見るようになってから、華やかな場所には滅多に顔を出さなくなったらしい。おまけに二年間も山に籠っていたことが、彼の神秘性に拍車をかけていた。
無造作に額にかかる銀髪の下の、令嬢たちを冷ややかに見下ろす菫色の瞳には傲慢ささえ浮かんで見える。
「殿下……内心では、思いっきり怯えてますね」
アリーがつぶやくと、四天王とスティラが同時にうなずいた。
初めまして、だの、お会いできて光栄です、だのという淑女たちの可愛らしい挨拶に、マクシミリアンはただうなずくだけだ。
見上げなくてはならないほど背の高い王太子のぎこちなくよそよそしい態度を、令嬢たちはポジティブに受け取っているらしい。そっけない態度が素敵、しびれちゃう、などというつぶやきが聞こえ、これぞまさしくイケメン無罪状態と謎の感動が湧いてくる。
生まれて初めての「モテ」体験に、内心でおどおどしているマクシミリアンの周囲を、4体のレジェンド精霊が守るように飛び回っていた。
おばあちゃんたちはマクシミリアンに近づいてこようとする令嬢たちを、頭のてっぺんからつま先まで検分しているようだ。そして「喝っ!」とばかりに謎の圧迫感を放って、片っ端から追い払っている。
どうやら社交のために用意されたらしい第二形態、マクシミリアン自身は闘気を出せないが、頼もしいモンスターペアレント(いやモンスター祖母)がいるので、何の心配もいらないっぽかった。
可愛い主人の声が聞こえて、アリーはぱっと目を覚ました。美しい菫色の目を涙でびしょびしょにしているスティラの姿が目に飛び込んでくる。
「スティラ様……。アリーは大丈夫ですわ。お昼寝から目覚められたのですね。お側にいられずに申し訳ありませんでした」
アリーはゆっくり起き上がって、えぐえぐ泣いているスティラを抱きしめた。
母親であるケリー妃を失ったことがトラウマにならないわけがない。スティラを悲しませた弱っちい自分を心の中で殴りつけながら、アリーは室内を見回した。
ほっとしたような顔でこっちを見ている四天王、黒点、たっくん、そして──さっきアリーを驚愕させたマクシミリアンの姿が見えない。
「あの、殿下はどちらへ?」
まさか第二形態になったついでに爆散でもしたのだろうかと背筋が寒くなる。弱っちい、覇王、俺様系とアリー的にあれは第三形態なのだが、マクシミリアンにとっては変身など想像の埒外であったことだろう。
「それがその……。王宮の中央から呼び出されまして。王妃様は今日も見合い相手選定のためのお茶会を催しているのです。なんというか、その、王妃様は殿下のあの姿を見て、狂喜乱舞なさっているらしく……」
成り上がりスティーブンが苦り切った口調で言う。ほんの数分気を失っている間に、事態はとんでもないことになっていた。
「お兄様、あの姿だと闘気が出せないみたい。中央からきた人たちに、簡単に連れていかれちゃったよ」
スティラの言葉にアリーは目を剥いた。目が乾きすぎて切実に目薬が欲しいところだった。
脳筋マーティンが「いや」と首を振る。
「闘気云々ではなく、ご自分の意思で中央に行かれたのです。これ以上王妃様からの呼び出しを断り続けるのは、殿下も不味いと思っておられたので」
「ええ、そうですね」
天才クリスがうなずき、言葉を続ける。
「殿下も我らも、己の見た目が他者に威圧感を通り越して恐怖心を与えることを、ようやく自覚したばかり。惰弱な姿など論外ですが、公務に支障が出てしまうのは不味いと思い始めていたんです。精霊たちはそんな心を見抜いて、飴玉で願いを叶えてくれたのかもしれません」
「たしかに、この飴から邪悪な気配は感じない……」
リーダー格ジェフリーが思いつめたようなまなざしで、自分の右の手のひらをじっと見つめている。そこにはマクシミリアンが食べたのと同じ飴玉があった。
「床で転がすおもちゃがほしかっただけなのに、祖父母から本物の大型四輪馬車を貰ってしまったような感覚はありますが。我らが呼び出した精霊たちからは、純粋な好意しか感じませんから……これはきっと、我らにとって必要な変身なのでしょう」
おばあちゃん(おじいちゃんだったかもしれない)精霊から貰った飴玉を、ジェフリーはおもむろに口に入れた。
ガリガリッと奥歯で噛み砕く音が聞こえたと思ったら、ジェフリーの体を霧が取り囲む。瞬き数回の間に霧は消え、ちょうどいい感じに逞しく広い肩と、長くて筋肉質な足を持つ美丈夫が出現した。
へなちょこ時代の眼鏡が復活するかと一瞬期待したが、それはなかった。さすがおばあちゃん、可愛い孫の視力を下げるなどもってのほからしい。
「ふむ。殿下が変身したときと同じで、衣装は自在に伸び縮みするようですね」
ジェフリーが己の姿を壁に貼り付けられた鏡に映し、細部を確認するように眺め回す。
「しかし惰弱な姿だ。夢の中のへなちょこほどではないですが、こんな姿はマリリンには見せられない」
いえむしろ積極的に見せてあげてください、という言葉をアリーは飲み込んだ。聡明で心優しいマリリンのことだ、どんな姿のジェフリーだって変わらず愛するに違いない。
ジェフリーの様子をじっと眺めていた脳筋マーティンが、深々と息を吐く。
「我らの筋肉、違いの分かる男たちからは羨望の眼差しを浴びるのにな。有象無象にとってはあれだ、過ぎたるは及ばざるがごとしっつーやつだったのか」
そうみたいですねえ、とスティーブンが応じる。
ずっと口元に手を当てて考え込んでいたクリスが口を開いた。
「ジェフリー。その姿ではやはり闘気は出せませんか? 己の意思で即座に解くことはできそうですか?」
「ああ、ちょっと待ってくれ。闘気は……駄目だな、やはり出せない。でも変身を解くことは気合いを入れればいけそうな気が……ぐぬぬぬぬ、ふんっ!」
ぼんっ! と爆発するように煙が上がって、ジェフリーはいつもの濃く暑苦しい姿に戻った。その場にいた全員がほうっと安堵の息を吐く。
慣れない第二形態で中央に行ってしまったマクシミリアンも、いざとなれば元に戻れるらしい。
<いやそうなると大勢の淑女が絶対に気絶するから、また別の問題が起きちゃうな……>
一体何を心配すればいいのかわからず、泣きやんだスティラの細い身体を抱きしめていると、黒点がのんびりした声を上げた。
『王太子様がお茶会会場に到着したようですよ。そこの大鏡に、現場の様子を映してあげましょう』
なんという親切心、と思った次の瞬間には、第二形態であっても十分逞しく男らしい体格のマクシミリアンが鏡に映っていた。
社交界の他の男性たちとは明らかに違った、クールな黒一色の装い。マクシミリアンに纏わりつく野性的な雰囲気に、赤いクラバットが華を添えている。
広間の中央に立つマクシミリアンの顔には険しさがあった。機嫌が悪いというより、迷惑気な表情のように思える。
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マクシミリアンは9歳で脅威の夢を見るようになってから、華やかな場所には滅多に顔を出さなくなったらしい。おまけに二年間も山に籠っていたことが、彼の神秘性に拍車をかけていた。
無造作に額にかかる銀髪の下の、令嬢たちを冷ややかに見下ろす菫色の瞳には傲慢ささえ浮かんで見える。
「殿下……内心では、思いっきり怯えてますね」
アリーがつぶやくと、四天王とスティラが同時にうなずいた。
初めまして、だの、お会いできて光栄です、だのという淑女たちの可愛らしい挨拶に、マクシミリアンはただうなずくだけだ。
見上げなくてはならないほど背の高い王太子のぎこちなくよそよそしい態度を、令嬢たちはポジティブに受け取っているらしい。そっけない態度が素敵、しびれちゃう、などというつぶやきが聞こえ、これぞまさしくイケメン無罪状態と謎の感動が湧いてくる。
生まれて初めての「モテ」体験に、内心でおどおどしているマクシミリアンの周囲を、4体のレジェンド精霊が守るように飛び回っていた。
おばあちゃんたちはマクシミリアンに近づいてこようとする令嬢たちを、頭のてっぺんからつま先まで検分しているようだ。そして「喝っ!」とばかりに謎の圧迫感を放って、片っ端から追い払っている。
どうやら社交のために用意されたらしい第二形態、マクシミリアン自身は闘気を出せないが、頼もしいモンスターペアレント(いやモンスター祖母)がいるので、何の心配もいらないっぽかった。
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