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#08 従属アイテム
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湯浴みを終えた神子様が透けそうな絹のシャツに着替え、逢瀬に必要な物をユノに用意させている間俺は黙って壁際に佇むだけだった。
無論護衛だからそれが俺の仕事だが。
寵を競っている側妃達ならお渡りの宣言を受けた時点でそれはもううきうきと準備をするのだろうけれど、神子様はただ淡々とユノに指示を出しご自身も爪や生え際などのチェックをしていた。
後宮に入りたての頃、当時王太子だった陛下はほぼ日参していた。
その頃はまだ神子様を大切にしていると思っていた。遠征で聞いた噂が気になりつつも。
それでもあの扉の奥で神子様がアイツに抱かれているのだと思うだけで息が止まるかと思うほど苦しくて苦しくて居たたまれなかった。
そして、陛下は多くの供を連れやってきた。
夕食は要らないと言っていた。神子様はきっとナタリー妃のところで済ませておいでだろうと言っていたが予想通りだったようだ。
サロンテーブルには陛下の好きな銘柄の茶と菓子も用意したが、歓談もつかの間、さっさと寝室に入っていった。
遮音魔法が施されたのを感じ取る。
ああ、今この奥で。
・・・気が狂いそうだ。
愛しても居ないくせに。
愛しても居ないくせに!
愛しても・・・!
砕けそうなほど歯を食いしばり掌に爪が刺さるほど握りしめても正気を保つのは容易ではなかった。
今すぐあの男を殺して、そして神子様を攫ってどこかに逃げてしまいたかった。
「あと少しだよ」
支度をしてるとき神子様は窘めるように小声で俺に言った。ユノには聞こえないように。
「あともう少しで自由になれる」
そうだ。
そのために辛抱してきた。その日々を無駄にしてはいけないのだ。
俺はユノに何とか平静を装って「陛下は晩餐はナタリー妃の宮で?」と訊いた。ユノはそのようですと応えた。
「ナタリー妃様はご機嫌を損ねては居ないだろうか」
「そりゃあご不快でしょうとも。ですが、陛下も何とか取りなしたようですよ。こちらで神子様とのご用事が済んだら又ナタリー妃様の宮に戻られるお約束のようですから」
それは全く神子様の想定通りの流れだった。
何故なら直前まで己の宮に引き留め、早々に逢瀬を切りあげて早く戻ってきてねと陛下にねだるようナタリーに指示したのは神子様だからだ。
「だったらずっとナタリー妃様の所で過ごしてくれたらいいのに。そうしたら俺達も早くあがれたのにな」
「まったくですよ」
あえて面倒くさそうに俺が言うとユノがふくれたように同意した。
夜も更け日付をまたぐ頃に扉の奥から鈴の音が聞こえ、陛下付きの侍従達が着替えやリネン類などを持って扉の奥に入っていく。
ユノもそれに従った。
暫く扉の奥で黙って作業する人の気配を感じたが、小一時間ほどもしたら身支度を調えた陛下を筆頭に侍従達が退室した。
そのままユノに「暫く寝かせておいてやれ」と言い残して。
朝。
普通に身支度を調え朝食に現れた神子様の姿を見て俺は愕然とした。
ラフに纏ったシャツの襟元から細い銀の輪が見えたからだ。
それは、まさか、隷属アイテム・・・?
俺は全身が強ばり、目眩がした。足下から重力が消えるのを感じて一瞬蹈鞴を踏んだ。
ユノに一瞬心配されたが、何とか踏ん張って取り繕った。
それでも暫く頭はガンガンしていた。
「隷属じゃ無い・・・『従属』アイテムだね」
次の非番の時、外で会った際に神子様・・・タカはそう答えた。
「さすがに罪人では無い人間に『隷属』は付けられなかったみたいだね。・・・まあ、大差ないけど。・・・それにこれの術式はもう解除してある。ほぼ意味は成していないけど、多分見た目付けて居た方が安心して外に出してくれそうだから形だけ付けてんだよ。・・・だから、ホラ」
憤りで固まる俺の頭に神子様の手が触れた。
「・・・もう泣くな」
俺は無意識に滂沱の涙を流していた。
恥ずかしいと思った。
この世界の人間の一人として。
異世界から召喚してまで救いを求めたのは、ひとえに自国のことを自力で片付けられなかった自分たちの能力不足だ。
それを補って救ってくれた神子様にこのようなマネをする王をいただく国の民として。
それで無くても神子様の元の世界の26年間を全く考慮せず何の断りも無く呼び出しておいて。
むしろその罪滅ぼしでどれ程の厚遇をしても足りないと思うのが普通だろうに。
「ああ、もう、しょうがねえな」
顔にふわりと柔らかい布が当たった。神子様・・・タカが懐から出したハンカチーフだった。
そのぬくもりとタカの匂いが俺の涙を止めた。
「神殿に行くならこれを付けてくれって言われたよ。不安なんだって。俺が離れるのが。又必ず戻るって確証が欲しいんだって。愛してるからってね!笑っちゃうだろ?」
愉快そうに声を上げて笑う。
「でも、これは俺の予想だけどさ。多分陛下は正式に俺が神殿に移る手続きをしないと思うな。この従属アイテムだけ着けさせて、治癒行脚から戻ったら、手違いで手続きが成されてなかったのだ・・・とか言っちゃって、また有耶無耶で側妃のままなんじゃ無いのかなーっと思うんだよな」
「嘘つき野郎じゃ無いですか」
「ま、あくまで予想だけどね」
その予想はおそらく十中八九当たるだろう。なぜなら、後宮の広間での謁見でアイツは神子様の言葉に明確な返答をしなかった。
寝室の中での二人の会話は誰も聞いていないのだから。
影は潜んでいたかも知れないが。所詮陛下側の組織だ。
「まあ、そうなったらナタリーに動いて貰うしかないかな」
ナタリーは神子様の仕込みだ。
陛下の好みに恐ろしいほど合致しており、平民ではあるがいつかどこぞの貴族様を籠絡して玉の輿に乗ってやると野望を燃やす上昇志向の強い町娘に、ほんの少しだけ効果のある魅了アイテムを着けさせて、陛下がお忍びで行く歓楽街の行きつけの酒場で働くようアドバイスした。
無論そのときは神子様ともタカとも違う姿に偽装して。
他にいくつか彼女の成すべき事は指示した上で送り出している。
その見返りに幼い弟たちの病を治し、当面の生活費を渡したのだという。
彼女は忠実に従っている。実に巧くやっている。
無論護衛だからそれが俺の仕事だが。
寵を競っている側妃達ならお渡りの宣言を受けた時点でそれはもううきうきと準備をするのだろうけれど、神子様はただ淡々とユノに指示を出しご自身も爪や生え際などのチェックをしていた。
後宮に入りたての頃、当時王太子だった陛下はほぼ日参していた。
その頃はまだ神子様を大切にしていると思っていた。遠征で聞いた噂が気になりつつも。
それでもあの扉の奥で神子様がアイツに抱かれているのだと思うだけで息が止まるかと思うほど苦しくて苦しくて居たたまれなかった。
そして、陛下は多くの供を連れやってきた。
夕食は要らないと言っていた。神子様はきっとナタリー妃のところで済ませておいでだろうと言っていたが予想通りだったようだ。
サロンテーブルには陛下の好きな銘柄の茶と菓子も用意したが、歓談もつかの間、さっさと寝室に入っていった。
遮音魔法が施されたのを感じ取る。
ああ、今この奥で。
・・・気が狂いそうだ。
愛しても居ないくせに。
愛しても居ないくせに!
愛しても・・・!
砕けそうなほど歯を食いしばり掌に爪が刺さるほど握りしめても正気を保つのは容易ではなかった。
今すぐあの男を殺して、そして神子様を攫ってどこかに逃げてしまいたかった。
「あと少しだよ」
支度をしてるとき神子様は窘めるように小声で俺に言った。ユノには聞こえないように。
「あともう少しで自由になれる」
そうだ。
そのために辛抱してきた。その日々を無駄にしてはいけないのだ。
俺はユノに何とか平静を装って「陛下は晩餐はナタリー妃の宮で?」と訊いた。ユノはそのようですと応えた。
「ナタリー妃様はご機嫌を損ねては居ないだろうか」
「そりゃあご不快でしょうとも。ですが、陛下も何とか取りなしたようですよ。こちらで神子様とのご用事が済んだら又ナタリー妃様の宮に戻られるお約束のようですから」
それは全く神子様の想定通りの流れだった。
何故なら直前まで己の宮に引き留め、早々に逢瀬を切りあげて早く戻ってきてねと陛下にねだるようナタリーに指示したのは神子様だからだ。
「だったらずっとナタリー妃様の所で過ごしてくれたらいいのに。そうしたら俺達も早くあがれたのにな」
「まったくですよ」
あえて面倒くさそうに俺が言うとユノがふくれたように同意した。
夜も更け日付をまたぐ頃に扉の奥から鈴の音が聞こえ、陛下付きの侍従達が着替えやリネン類などを持って扉の奥に入っていく。
ユノもそれに従った。
暫く扉の奥で黙って作業する人の気配を感じたが、小一時間ほどもしたら身支度を調えた陛下を筆頭に侍従達が退室した。
そのままユノに「暫く寝かせておいてやれ」と言い残して。
朝。
普通に身支度を調え朝食に現れた神子様の姿を見て俺は愕然とした。
ラフに纏ったシャツの襟元から細い銀の輪が見えたからだ。
それは、まさか、隷属アイテム・・・?
俺は全身が強ばり、目眩がした。足下から重力が消えるのを感じて一瞬蹈鞴を踏んだ。
ユノに一瞬心配されたが、何とか踏ん張って取り繕った。
それでも暫く頭はガンガンしていた。
「隷属じゃ無い・・・『従属』アイテムだね」
次の非番の時、外で会った際に神子様・・・タカはそう答えた。
「さすがに罪人では無い人間に『隷属』は付けられなかったみたいだね。・・・まあ、大差ないけど。・・・それにこれの術式はもう解除してある。ほぼ意味は成していないけど、多分見た目付けて居た方が安心して外に出してくれそうだから形だけ付けてんだよ。・・・だから、ホラ」
憤りで固まる俺の頭に神子様の手が触れた。
「・・・もう泣くな」
俺は無意識に滂沱の涙を流していた。
恥ずかしいと思った。
この世界の人間の一人として。
異世界から召喚してまで救いを求めたのは、ひとえに自国のことを自力で片付けられなかった自分たちの能力不足だ。
それを補って救ってくれた神子様にこのようなマネをする王をいただく国の民として。
それで無くても神子様の元の世界の26年間を全く考慮せず何の断りも無く呼び出しておいて。
むしろその罪滅ぼしでどれ程の厚遇をしても足りないと思うのが普通だろうに。
「ああ、もう、しょうがねえな」
顔にふわりと柔らかい布が当たった。神子様・・・タカが懐から出したハンカチーフだった。
そのぬくもりとタカの匂いが俺の涙を止めた。
「神殿に行くならこれを付けてくれって言われたよ。不安なんだって。俺が離れるのが。又必ず戻るって確証が欲しいんだって。愛してるからってね!笑っちゃうだろ?」
愉快そうに声を上げて笑う。
「でも、これは俺の予想だけどさ。多分陛下は正式に俺が神殿に移る手続きをしないと思うな。この従属アイテムだけ着けさせて、治癒行脚から戻ったら、手違いで手続きが成されてなかったのだ・・・とか言っちゃって、また有耶無耶で側妃のままなんじゃ無いのかなーっと思うんだよな」
「嘘つき野郎じゃ無いですか」
「ま、あくまで予想だけどね」
その予想はおそらく十中八九当たるだろう。なぜなら、後宮の広間での謁見でアイツは神子様の言葉に明確な返答をしなかった。
寝室の中での二人の会話は誰も聞いていないのだから。
影は潜んでいたかも知れないが。所詮陛下側の組織だ。
「まあ、そうなったらナタリーに動いて貰うしかないかな」
ナタリーは神子様の仕込みだ。
陛下の好みに恐ろしいほど合致しており、平民ではあるがいつかどこぞの貴族様を籠絡して玉の輿に乗ってやると野望を燃やす上昇志向の強い町娘に、ほんの少しだけ効果のある魅了アイテムを着けさせて、陛下がお忍びで行く歓楽街の行きつけの酒場で働くようアドバイスした。
無論そのときは神子様ともタカとも違う姿に偽装して。
他にいくつか彼女の成すべき事は指示した上で送り出している。
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彼女は忠実に従っている。実に巧くやっている。
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