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#35 情勢悪化
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「やっぱり人口の多い都市部は危ないね」
神子様は家にたどり着いたあと、ふーっと息を吐いた。
「かなりの人数に囲まれていたようでしたけど」
「そうだね。都市警吏っぽいのが、30人前後くらいは居たかな。神官の何人かはすぐに俺を背中に庇ってくれたけど。でも一応終わるまで待ってくれたのはありがたかったね」
外套を脱ぎ、階段を昇り始めながら告げた。
「走ったから先ずはお風呂に入るよ」
ウチに戻る前、神子様はギヴェト町から、グレイモス達と巡った西南の街に転移して、黒髪黒目の神子様の姿のままうろつき、気づいた警邏の騎士に声をかけられそうになって走って逃げ、追い詰められかけた裏路地で死角に入った途端、忽然と消えるというフェイクをぶちかまして来た。
この情報はおそらく王都にすぐに届き、あの街をしらみつぶしに探すだろう。
見つからなかったら、あの外套の目撃証言を頼りに港町まで行くのではなかろうか。
「当分はおとなしくこの村で過ごすよ。エーフィンガ市にはほとぼりが冷めてから行く。ああ、でもストグミク市には行こうね。双子の赤ちゃん、目が見えるようになったかな」
風呂から上がり、魔法で髪を乾かしながら思い浮かべるように宙を見て、微笑みながら言った。
黒髪が艶めきながら宙を舞う。心臓に悪い。
俺はテーブルに、今日3人の村の奥さん達が持ってきてくれたパイに切り目を入れて出した。
あとは昼間ずっと煮込んでおいたシチュー。
神子様が居ない日は当然俺が夕食を準備する。
3人の奥さんが持ってきてくれたパイは、少年達に剣術を教えてやったお礼だそうだ。
剣術だけでなく、相性によってはハルバードやメイスの方が手にあっているような子も居るから、それも確かめながら指南している。
あと当然弓は必須だ。魔法で自前で発射出来るならその訓練も。
翌日神子様は悪戯な子供のように、うっすらと笑いながら報告してくれた。
「早速、中央に情報提供が有ったみたいで、今日は朝からグレイモス達と行った西南の方と、ギヴェト町に捜索の指令が下ったみたい。エーフィンガ市でも捜索されて居るみたいだね。多分エッソン村とフィチファ村にも調べは入るだろう」
ほとぼりが冷めるまではエーフィンガ市には近づかないと言ってくれた。
それから暫くはまたのんびりと日々を過ごす。
雪に埋もれていた頃には判然としなかった周辺の地形や森の所々に張り巡らされている猟師道や杣人道、冒険者道。
その周辺に生息する動植物などを説明しながら案内し散策する。
行き交う人と挨拶を交わしながら。
毎日でこそ無いが、数日おきに共同井戸に行くと、すっかり村人と馴染んだタカは治癒の為に声をかけられ、俺は子供達に戦闘の指南をする。
基礎訓練の反復と共に、最初の頃よりだんだんと具体的に、魔獣を想定しながらの訓練を織り交ぜステップアップしていく。
そしてそんな日々の合間、たまに姉の家を訪れる。
王都の噂を商会の若い衆からきかされて、その度にまるで知らない世界の話を聞くかのように、興味深そうに相槌を打つタカ。
王都では新たに召し上げられた二人の側妃様達が、ちょうど同じ頃に後宮入りもしたし、それぞれの実家の家格もほぼ同じくらいと言う事で、とかく張り合っているらしい。
その為にドレスや宝石、味方を取り込むための茶会や付け届け、時に後宮に芸人一座を呼んだりと散財が酷いとのこと。
あの、王太子時代の瘴気や魔獣に蹂躙された爪痕は、まだ完全に復旧されたわけではない。
国道や運河、水道橋、橋、など地元の民の生活のみならず、流通は勿論、基本的な産業にも必須なインフラの整備は、領の出資だけではなく国庫からも助成が出る事になっている。
だが、あらゆる面でその決定が遅れこみ、停滞している場所が殆どだ。
領によっては後で国に請求するとして、助成分も立て替えて進めてしまっている所も多い。
それは総じて国の借金となり、赤字の増え方は半端ではない。
おそらく、もうじき又増税となるだろうと、商人達の間ではもっぱらの噂だという。
根雪がほぼ溶け、春の花々が山野を彩り始める頃、ポツリポツリと村に冒険者が出入りするようになる。村の広場や目抜き通りが活気づく。
逆に俺とタカは街に出て冒険者ギルドで見繕い、適当なクエストの為に出かけるようになる。二人で暮らすようになって、初めてのクエストだ。
後宮に居た頃の、ダミーで不在を誤魔化しながらの時と違って、時間の制約はほぼ無い。
ウォーミングアップを図るために、少し手間のかかりそうなモノを選ぶ。
何度か回を重ねるごとに、少しずつ面倒なクエストも取り入れるようになってきた。
タカは成功する度に酷く嬉しそうだった。
その日々は充実していた。
そして、出先の山野の新緑が眩しくなってきた頃。
王宮はどんどんと求心力を失っていた。
いつの間にか王妃は断罪され、投獄されていた。近い将来廃妃されることがほぼ決まっているという。
神子様の件もあるが、加えて王妃付き近衛騎士隊長との不貞が発覚したからとのこと。
「そりゃ王妃様だって、不貞のひとつやふたつしたくなるよね。
ただでさえ懐妊でお褥から外れていても、ナタリー妃の元へは度々見舞いに行くのに、新たな側妃が迎え入れられてから、王妃様のところへは全く顔も見せない。
その上、俺への嫌がらせは王妃様が指示したわけではないのに、後宮での俺への冷遇の責任全部背負わされてるんだもん。そんな中で優しく慰めて貰ったらコロッといくよ」
神子様冷遇に関して、後宮を束ねる王妃に責任がないとは思わないが、では陛下の責任は?と思ってしまう。
「王妃様のご実家の公爵家が相当お怒りで、だいぶきな臭くなって来ちゃったみたいだ」
「きな臭く…とは?」
「廃妃される前に、陛下を引きずり下ろそうとし始めたみたいだね。神殿が糸を引いても居るようだけど」
えっと思わず声が出た。
それは…。
いわゆるクーデターではないのか?
想像より遙かに悪くなっている情勢に、俺は愕然とした。
この短期間に?
そして、神子様から切り出された。
その事で、今、中央の意識がそちらに向かっている間に、エーフィンガ市に行ってくると。
神子様は家にたどり着いたあと、ふーっと息を吐いた。
「かなりの人数に囲まれていたようでしたけど」
「そうだね。都市警吏っぽいのが、30人前後くらいは居たかな。神官の何人かはすぐに俺を背中に庇ってくれたけど。でも一応終わるまで待ってくれたのはありがたかったね」
外套を脱ぎ、階段を昇り始めながら告げた。
「走ったから先ずはお風呂に入るよ」
ウチに戻る前、神子様はギヴェト町から、グレイモス達と巡った西南の街に転移して、黒髪黒目の神子様の姿のままうろつき、気づいた警邏の騎士に声をかけられそうになって走って逃げ、追い詰められかけた裏路地で死角に入った途端、忽然と消えるというフェイクをぶちかまして来た。
この情報はおそらく王都にすぐに届き、あの街をしらみつぶしに探すだろう。
見つからなかったら、あの外套の目撃証言を頼りに港町まで行くのではなかろうか。
「当分はおとなしくこの村で過ごすよ。エーフィンガ市にはほとぼりが冷めてから行く。ああ、でもストグミク市には行こうね。双子の赤ちゃん、目が見えるようになったかな」
風呂から上がり、魔法で髪を乾かしながら思い浮かべるように宙を見て、微笑みながら言った。
黒髪が艶めきながら宙を舞う。心臓に悪い。
俺はテーブルに、今日3人の村の奥さん達が持ってきてくれたパイに切り目を入れて出した。
あとは昼間ずっと煮込んでおいたシチュー。
神子様が居ない日は当然俺が夕食を準備する。
3人の奥さんが持ってきてくれたパイは、少年達に剣術を教えてやったお礼だそうだ。
剣術だけでなく、相性によってはハルバードやメイスの方が手にあっているような子も居るから、それも確かめながら指南している。
あと当然弓は必須だ。魔法で自前で発射出来るならその訓練も。
翌日神子様は悪戯な子供のように、うっすらと笑いながら報告してくれた。
「早速、中央に情報提供が有ったみたいで、今日は朝からグレイモス達と行った西南の方と、ギヴェト町に捜索の指令が下ったみたい。エーフィンガ市でも捜索されて居るみたいだね。多分エッソン村とフィチファ村にも調べは入るだろう」
ほとぼりが冷めるまではエーフィンガ市には近づかないと言ってくれた。
それから暫くはまたのんびりと日々を過ごす。
雪に埋もれていた頃には判然としなかった周辺の地形や森の所々に張り巡らされている猟師道や杣人道、冒険者道。
その周辺に生息する動植物などを説明しながら案内し散策する。
行き交う人と挨拶を交わしながら。
毎日でこそ無いが、数日おきに共同井戸に行くと、すっかり村人と馴染んだタカは治癒の為に声をかけられ、俺は子供達に戦闘の指南をする。
基礎訓練の反復と共に、最初の頃よりだんだんと具体的に、魔獣を想定しながらの訓練を織り交ぜステップアップしていく。
そしてそんな日々の合間、たまに姉の家を訪れる。
王都の噂を商会の若い衆からきかされて、その度にまるで知らない世界の話を聞くかのように、興味深そうに相槌を打つタカ。
王都では新たに召し上げられた二人の側妃様達が、ちょうど同じ頃に後宮入りもしたし、それぞれの実家の家格もほぼ同じくらいと言う事で、とかく張り合っているらしい。
その為にドレスや宝石、味方を取り込むための茶会や付け届け、時に後宮に芸人一座を呼んだりと散財が酷いとのこと。
あの、王太子時代の瘴気や魔獣に蹂躙された爪痕は、まだ完全に復旧されたわけではない。
国道や運河、水道橋、橋、など地元の民の生活のみならず、流通は勿論、基本的な産業にも必須なインフラの整備は、領の出資だけではなく国庫からも助成が出る事になっている。
だが、あらゆる面でその決定が遅れこみ、停滞している場所が殆どだ。
領によっては後で国に請求するとして、助成分も立て替えて進めてしまっている所も多い。
それは総じて国の借金となり、赤字の増え方は半端ではない。
おそらく、もうじき又増税となるだろうと、商人達の間ではもっぱらの噂だという。
根雪がほぼ溶け、春の花々が山野を彩り始める頃、ポツリポツリと村に冒険者が出入りするようになる。村の広場や目抜き通りが活気づく。
逆に俺とタカは街に出て冒険者ギルドで見繕い、適当なクエストの為に出かけるようになる。二人で暮らすようになって、初めてのクエストだ。
後宮に居た頃の、ダミーで不在を誤魔化しながらの時と違って、時間の制約はほぼ無い。
ウォーミングアップを図るために、少し手間のかかりそうなモノを選ぶ。
何度か回を重ねるごとに、少しずつ面倒なクエストも取り入れるようになってきた。
タカは成功する度に酷く嬉しそうだった。
その日々は充実していた。
そして、出先の山野の新緑が眩しくなってきた頃。
王宮はどんどんと求心力を失っていた。
いつの間にか王妃は断罪され、投獄されていた。近い将来廃妃されることがほぼ決まっているという。
神子様の件もあるが、加えて王妃付き近衛騎士隊長との不貞が発覚したからとのこと。
「そりゃ王妃様だって、不貞のひとつやふたつしたくなるよね。
ただでさえ懐妊でお褥から外れていても、ナタリー妃の元へは度々見舞いに行くのに、新たな側妃が迎え入れられてから、王妃様のところへは全く顔も見せない。
その上、俺への嫌がらせは王妃様が指示したわけではないのに、後宮での俺への冷遇の責任全部背負わされてるんだもん。そんな中で優しく慰めて貰ったらコロッといくよ」
神子様冷遇に関して、後宮を束ねる王妃に責任がないとは思わないが、では陛下の責任は?と思ってしまう。
「王妃様のご実家の公爵家が相当お怒りで、だいぶきな臭くなって来ちゃったみたいだ」
「きな臭く…とは?」
「廃妃される前に、陛下を引きずり下ろそうとし始めたみたいだね。神殿が糸を引いても居るようだけど」
えっと思わず声が出た。
それは…。
いわゆるクーデターではないのか?
想像より遙かに悪くなっている情勢に、俺は愕然とした。
この短期間に?
そして、神子様から切り出された。
その事で、今、中央の意識がそちらに向かっている間に、エーフィンガ市に行ってくると。
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