釣った魚、逃した魚

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#44 宰相の姪

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暫く、イヤーカフからは何も聞こえなかった。
神殿から姿を消したらすぐに帰宅するのか、とも思ったが、その様子は無かった。

はぁはぁと言う苦しげな息づかいと呻きと共に、なにかガサゴソと衣擦れや、コツコツと歩き回ったり、食器の当たる音や物を置くような音がする。
途中、神子様の声で「しっかりしなさい!」と聴こえた。

直後。
「…神子様…?」
息も絶え絶えな女性の声がした。そのあと「大丈夫ですか?」という声がけと咳き込む音、一定の時間をおきながら水を飲ませている様子があった。

「具合はいかがです」
「何…、なぜあなたがここに!…あ、あなたのせいでわたくしはッ!」
呼吸が落ち着いてきた途端に、急に激高し始めたその声は王妃だった。

王妃は確か、近衛騎士との不貞で投獄されているという話だった。

投獄と聞いて、パッと地下牢のような場所をイメージしてしまったのだが、一応、王妃なのだから、王族専用の獄である塔に入れられていたのだと思い至った。
王族向けの塔ならばそれなりの設えの部屋なのだろう。先ほどの足音から絨毯が敷かれているのを感じたし、広さも窺えた。

「あなたがこんな目に遭っているのが、俺のせいだと本気で思っているならば、あなたは本当に愚かな王妃です」
「な、何ですって?あなた、誰に向かって…!そ、それに…、“俺”?」

「王妃様。言っておきますが、この食事に毒を盛ってあなたを殺害しようとしたのは陛下ではありませんよ」
元気を取り戻した途端に、神子様を責め立て始めた王妃の言葉を無視して神子様は言った。王妃の言葉が止まった。

「…え、…そ、それでは…」
「あなたに『神子様神子様と持ち上げられても、ゆめゆめ王族よりも立場が上などと勘違いを起こさせぬように躾けるのだ。側妃の序列で言えば、最も下っ端であると分からせてやれ』と再三にわたって忠告してきた人ですよ」

「伯父様が・・・?」

伯父様?
宰相か!

思えばあの宰相は、何かと神子様のやる事に突っかかるヤツだった。暇を持て余しているからと俺に剣術を習い始めたときも、後宮警備長を使って難癖を付けてきた。

後宮の図書館に出入りしたときも「我が国の文字の読み書きが出来ないあなたがなぜ図書館に?」と邪魔してきた。
実は神子様は読む事は出来るのだ。だが、書く事が出来ない。文字を書こうとすると元の世界の文字になってしまう。
だが、自分の名前も書けない様子を見て、“読み書き”が出来ないのだと決めつけていたのだ。そして、それは彼らにとって都合が良かったのだろう。
ことあるごとに「家庭教師を付けて欲しい」と願い出た神子様の希望はのらりくらりといつまでも叶えてもらえなかった。

「バカをいわないでちょうだい!伯父様がわたくしにそんな事をする理由がないわ」

「あなたもご存じの通り、あなたが罪人になった理由って、近衛とのロマンスの他に、後宮が俺を虐げてきた責任を押しつけられたからじゃないですか。
虐げようと思ったきっかけが、宰相の指示だったとバラされたら、立場がヤバいと思ったんでしょうよ。
そもそも今現在、俺が失踪した事で王宮が神殿や国民だけでなく、貴族達からも糾弾されて、日に日にピリピリしていますから。」

「嘘よッ!伯父様がそんな…!!ああ、ううん、そうじゃなくって、…そう、そうよ、そうだったわ!
あなた!なぜ突然姿をくらませたのよっ!そのせいでこんな目に遭っているのよッ。陛下までがわたくしの責任だって責めてきて!ちゃんと説明して!陛下や皆の前で、わたくしのせいじゃないって。戻ってきたのなら、ちゃんと説明してわたくしをここから出しなさい!」

つい先ほど神子様に言われた言葉は届いていなかったらしい。

「いえ、戻ってきては居ません。この先も戻りません」

「なんですって?じゃあ、なぜここに居るのッ」
ヒステリックに叫ぶ。

「今日ここに来たのは偶然です。
実はこれでも俺は、結構あなたに同情はしているんですよ。昨日、あなたのお相手だった騎士様が処刑されたので、きっと落ち込まれているのだろうと…ちょっと、気になって、様子をうかがってしまったんですよね。そしたら、まさか毒を盛られているなんて…。思わず飛んで来てしまった次第です。
ちょっと…お節介かなとも思ったんですが…。
でも、もうお元気になったようなので、俺はこれにて失礼します」

「え…、ちょ、…ちょっと!お待ちなさい!ねえ、待って!…神子様ッ」

「ひとつ、アドバイスしておきます。あなたが引きずり出されるであろう弾劾裁判みたいなものがあるなら、ちゃんと主張した方が良いですよ。宰相に指示されたんだって」

「いや、だって…、だって、ねえ、わたくしは…、わたくしはあなたに何もしてないでしょ?あなたが受けた嫌がらせは、わたくしが命じたわけではないわ!本当にわたくしは何もしていないのよ?」

ええ、知っています、と神子様は応えた。何気に声の移動を感じる。
おそらく一歩二歩、王妃から離れながら頷いたと思われる。

「それでもあなたの耳には入っていて、承知はしていましたよね?侍女達がどう言う悪戯をしていたか。
世の中には、『なにもしない』ことが咎になるお立場の人も居るのですよ」

「あっ、待って!ちょっと、待ってちょうだい!!」

神子様の言葉は、最後の方が少し滲み始めていた。おそらく転移魔法陣が展開され、呑まれ始めていたのだろう。王妃の声は先細りに聞こえ辛くなっていった。

そのあと、音声はぷつりと途切れた。

後宮での日々、王妃の態度には色々と思うところはある。
けれど、確かに彼女自身が悪さを命じた事は無かった。でも、彼女の周りに侍る者達は彼女に忖度して神子様を蔑ろにした。

愚かな振る舞いだ。

政略結婚とはいえ、王太子殿下に輿入れしたときは、あの王妃だってかなり仲睦まじかった。
だが、次々と側室を召し上げる陛下を、どう感じていたのか。
公爵家令嬢で幼少期に婚約者となった彼女は、王妃になるためだけの人生を送ってきたはずだ。

神子様が、つい、同情してしまったのも分かる気はする。
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