釣った魚、逃した魚

円玉

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#66 警告

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元王兄殿下、すなわち新国王陛下の妻子は現時点で王宮内の居住区域で暮らしており、側妃も居ないから、後宮は事実上閉鎖状態だ。

設備の管理のための下僕と数名の侍女や護衛が巡廻し、清掃などして居るのみらしい。
彼らもこの時間だと官舎に居り、各宮は無人となる。

その中で、急に地響きがしたと思ったら建物が崩れ始めたと、叫ぶように侍女が説明していた。

そんな侍女の声を遮るように、また更に遠くから地響きのようなものが聴こえ始める。
また神子様の視線が飛ぶ。

そこは議事堂の中。
激しく上下に振動する建物。
壁に所々亀裂が走る。
天井から吊されている大きなシャンデリアが音を立てて軋み、時々飾りや蝋燭が落下した。
現在は稼働していないから議場の内部は無人だが、守衛は居る。彼らは大慌てで外に避難した。
周辺に人が集まって…といっても、崩落に巻き込まれないように一定距離を取りつつ悲痛に騒いでいる。

一瞬ミシリと大きく音を立てた後、振動がピタリと止まった。
集まってきた皆が、一瞬息を呑んだ後、暫く黙って見守る。2分ほど経っただろうか。少しずつ互いにそっと声をかけ合って「止まった?」「もう大丈夫なんじゃないか?」などとざわつき始めた。

また神子様の視線が飛ぶ。
今度はやけに広くて豪華な執務室のようだ。重厚な机を奥に据えて、その向かい側に補佐官達の机がある。

その部屋で、覚えのある男の叱責の声が聴こえた。

「あれほど言ったのに、なぜあの書状を送ったのですか!そんな事をされたら絶対に神子様の怒りに触れると再三ご忠告申し上げたはずです。
ご覧なさい!コンセデス領は独立に走り、王宮の一部が崩落したのです!挙げ句の果てに、竜騎士軍団を送り出したですって?どうしてくれようッ、この愚か者をッ!!」

「では、どうしろと言うのだ!まさか異世界人の求めに応じて金を積めとでも?冗談じゃ無い!我が領は、あの瘴気の被害を受ける以前に、水害にも遭っていて、領の財政は困窮しているのだ。一体いくら吹っ掛けるつもりか知らんが、ウチの領地にそんな余裕は無い!」

「労働を強いるのであれば、当然報酬が発生します。支払えないのであれば要求は出来ない。当たり前のことです。金が払えないから、脅してやらせようと?破落戸ですか!
カイル、あなたは弾劾裁判で、さも後宮や宰相をはじめとする中央の、神子様に対する不遜な態度が原因の失踪だと、それを糾弾する文言を読み上げて追求していたくせに、それなのに、いざとなったら彼らと同じ考え方をしてしまうのですね。
召喚者は文句を言わず、ただ働きをしろと?
先日、怒りに触れ地下神殿を破壊されたのを知っていて、その態度ですか?
この先もう二度と、我が国では、異世界人を召喚することが出来ないのですよ?
あの地下神殿だからこそ、魔素の巡りの強さ故に召喚魔法が施せていたのだから。
それとも再建されるのを待ちますか?その頃はあなたの領地は全滅でしょうね。
今の神子様に頼るしか術は無いのに、怒らせてどうするのですか!」

グレイモスは一気にまくし立てた。
エムゾード辺境伯は反論したくても言葉が出ず顔を赤くして震えて居る。
新陛下は当主の執務机に着席したまま、少し困惑気味の様子だ。

陛下の執務机の傍らで、小綺麗な、マントの付いた最上級の文官服を着た若者と、見るからに武闘派の、革鎧を纏った若者が、酷い剣幕のグレイモスに圧倒されていた。

最上級の文官服は、すなわち宰相の着用する衣装である。おそらくこの若者が、新政権の宰相なのだ。
革鎧の若者はおそらく新陛下が最も信頼する騎士なのだろう。
騎士が宰相であろう若者に、顔を寄せて、事態の説明を受けているようだ。

「グレイモス、少し落ち着いてはどうだ」
窘めるように新陛下が言う。侍従に茶を取り替えるよう目で指示を送った。

「…陛下…」
目元を手で覆い、煩悶の長いため息をつきながら、新陛下の方も見ずにグレイモスが呟く。
呼んだと言うよりは、説教の矛先を替えた合図のようだった。
その空気を誤魔化すように陛下が作り笑いを浮かべる。
「今は公的な集まりでは無いのだ。兄と呼んでくれ」

「なぜ、カイルに飛竜騎士団出動命令権を与えたのですか?」
新陛下の言葉を無視して切り込んだ。

新陛下は悪びれず「まあ、そう怒るな」とやんちゃな弟を窘める兄の口調で言う。
目元を覆っていた手で煌めく銀糸をかき乱しながらグレイモスは悔しさを滲ませ、暫く沈黙した。その間、誰も言葉を発することが出来ずに居る。

急に、目元の手を外して意を決したように、先ずは新陛下を、次にエムゾード辺境伯を真っ直ぐな視線で射て、ゆっくりと、そしてはっきりと言葉を紡いだ。

「バスティアン兄上、私は危惧しているのです。
先刻の星見の塔や、後宮の一部が破壊されたのは、神子様からの警告ですよ?
そのどちらも、今は無人であることを承知の上で破壊されたのです。
次に破壊される場所は、無人では無いかも知れない。もし、飛竜騎士団を見て更なる怒りに触れ、星見の塔や無人の後宮どころでは無い重要な棟が破壊されたら…そして今度こそ、人的被害が出たら…誰の責任になるのですか」

先ほどまで茹だったように赤くなっていたエムゾード辺境伯の顔面から血の気が引いていく。
「いや…」
少し真剣な声音になって新陛下が漏らす。
「王宮の…人間が行き交っている心臓部には、あちこちに魔術避けの結界魔道具を設置してある…まさか…」

「そんなものが、あの方に通用すると思っているのですか?地下神殿に結界が施されていなかったとでも?」

新陛下とエムゾード辺境伯の、息を呑む気配がした。暫し、重苦しい沈黙が流れたが、それは外から近づく足音と慌てて取り次ぐ侍従の声に破られた。
「陛下に緊急にお取り次ぎを!」
「入室と直の報告を許す」

陛下の許可を得て、顔色を変えた近衛が飛び込んできて、訴えるように告げた。
「つい先ほど、突如、議事堂が原因不明の震動に襲われ、建物の内部に幾つもの亀裂が生じました!」
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