釣った魚、逃した魚

円玉

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#67 根本的な話

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 前陛下は、根本的に民に興味が無かった。

庶民の暮らし向きについては、各地域の領主がそれなりに治めれば良いのであって、自分がそれを考慮する必要性は無いという考え。

議会での論議も、それは貴族院の仕事であり、彼らが導き出した結果を承認するのが自分の仕事だと思っていたようだ。

おそらく、苦言を呈するものが居なかったわけでは無いだろう。
しかし、甘言を弄するものだけを手元に残した。よくある構図だ。
多くの貴族達の中で、そんな前陛下にある種の失望感を抱き始めたときから、それに比例するかのように、王兄殿下への期待感が高まったのも致し方なかったのかも知れない。

事実、王兄殿下は公爵位を持ち、王国の中でも屈指の広さを誇る領地を、実に上手に運営していた。領民達からも慕われている。
政治能力も高いと思われるには充分な実績だ。

実際には、王国の中でも特に問題の少ない、恵まれた地域であるから、という側面もあるだろう。
元々、前陛下よりも、座学も武芸も芸術もコミュニケーション能力も、全てが勝っているという評価を幼少期から受け続けていた。

彼は人の話を良く聞く。
苦情でも批判でも、穏やかに受け止める。
アイデアの売り込みなども良く聞き、ものによっては採用してそれなりの結果も出している。

平時であれば、確かに前陛下よりはずっと上手く回せる人なのだろう。
だが、有事の際にはどうなのか。

神子様は「お手並みを拝見する」と言っていた。
あの、初対面の挨拶の時。




神子様の『幽体離脱』なる盗聴透視の術で見る、国王の執務室では、グレイモスが孤軍奮闘状態だった。
話が進むにつれ、新宰相であろう若者から状況説明を受けていた革鎧の騎士が、グレイモス寄りになった。

「四の五の言わねーで、金払えば浄化してくれるってんならそうしてもらえば良いじゃん。これ、揉める必要ある?」

「だから、そんな金はないと言っているだろう。どのくらい要求されるのか判らないのに」

「いや、聞いてみなきゃわかんねーじゃん。相手がどのくらいを望んでんのか。そもそも、家宝でも何でも売れば良いんじゃねえ?領地全滅しちゃったら、お宝持ってる意味もないでしょ。お宝護って、領民が死にゆくのを座視していた非道領主として歴史に名を残しちゃうよ?」

「アウデワート!簡単に言うな」
新宰相が窘める。
「いや、簡単なことだろうよ」
アウデワートと呼ばれた、革鎧の騎士…燃えるような赤毛の屈強な美丈夫が宰相の机に腰掛ける。

そこで新宰相が、苦々しく、新政権が前政権から引き継いだ負の遺産について説明をし始める。
そして、この先様々な復興のために必要な予算がどのくらいで、現状どれ程足りていないのかも説明し始める。
長々と語られ続けるそれを「なあ、ファビアン」と遮る。

「それはいいとして」

アウデワート騎士は、ファビアンと呼ばれた新宰相とエムゾード辺境伯に目線を向けた後、周りの文官達をぐるりと見回して「ひとつ訊きてえんだけど」と告げる。

「じゃあさ、神子様って、今までの働きに関してはどのくらい貰ったの?報奨金とか出たよね?当然。まさか後宮入りさせてそれでチャラとかないよね?」

ファビアン新宰相は苦虫をかみつぶしたような表情で、それに関しては現在調査中だと答えるに留めた。


そのやりとりが始まった時から、神子様から少なからず愉快そうな気持ちが流れ込んできた。

「いや、今その話をしているわけじゃ無いから」
ファビアン新宰相が軌道修正を図る。
えー、肝心なことだろ?と、口をとがらすアウデワート騎士を見てグレイモスは苦笑を漏らした。
「だが、今更それを話し合ってももう遅い。既に、カイルはコンセデス領に書状を送ってしまったし、あまつさえ飛竜騎士団も出動させてしまった」

マジか、とアウデワートはエムゾード辺境伯を咎めるような眼差しで見た。

「だが、事実デスタスガス騎士は罪人だろう!前陛下は玉座を追われたが、護衛騎士が側妃を拐かして逃走したのだから!それを抗議するのも、彼らの身柄引き渡しを要求するのも当然の権利だ。コンセデス領が独立?あいつらは元々いつ独立しようかと虎視眈々と機会を狙っていたんだ。そもそも、神子を召喚したのは我が国の中枢だ。神子の所有権は我々の方に有る!」

エムゾード辺境伯のその言葉を聞いた瞬間、ドッと怒りの感情が神子様から流れ込んできた。
直後、かなり遠くで轟音のようなものが響いた。

ああ、多分議事堂が崩落したんだろうな、と俺は思った。

室内の空気が凍り付いた。



新国王陛下もさすがに青ざめて固まった。

その場に居た、書類整理を黙々とこなしていた文官達は、全員が顔を上げ、完全にフリーズしていた。
暫くすると、はくはくと細切れの呼吸をしながら震え始めた者も何人か見られた。

空を見つめて耳をそばだてる新宰相。中腰のまま止まっているエムゾード辺境伯。

アウデワート騎士がグレイモスを見る。
ふっと溜息なのか苦笑なのか判らない息を漏らしてグレイモスはエムゾード辺境伯に告げる。

「ああ、カイル。もうダメです。あなたは完全に神子様を怒らせてしまった」

「…なっ…何を…」
文官達がざわつく。
「いや、グレイモス。何を脅しているんです。まるで神子様が今のカイルの言葉を聞いていたとでも…」

新宰相の窘めるような言葉に、ええ、と、グレイモスは頷く。

「おそらく、神子様は我々の会話など全て聞いておられますよ。筒抜けです。今までもそうだったのですから。…どう言う魔法を操られているのかは判りませんがね。どうやら我々にとっては未知の魔法も、自在に操れるみたいなのです」

いやいやいや…と、グレイモスの言葉を脅し文句とも、キツめの例え話とも受け止めた風に、受け流そうとする空気が流れた。

「…けど、もし、グレイモスの言う通りなら…」
アウデワートが呟く。

「エムゾード辺境伯領は、絶望的なんじゃね?」
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