【完結済】悪役令嬢の妹様

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1章 終わって始まる異世界転生

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「ホントあり得ない……何なのよ」

 背まであるストレートの長い黒髪を、無造作に後ろで結んだ女性が、ビーズクッションに凭れ込みながら、携帯ゲーム機を放り投げた。

 彼女の名前は星守 真珠深(ほしもり ますみ)。
 社畜人生をひた走り、婚期も何もかも逃した、絶賛お一人様有望株のお局候補な女性だ。住まいは『メゾン 星の真珠』等と言うメルヘンチックな名前の建物の2階にある一室なのだが、蓋を開ければただの寂れた、由緒正しき昭和のアパートである。御丁寧に階段の手すりには錆も浮いている。
 寂れたの寂と錆をかけたわけではない、決して……。

 そんな彼女は休日ともなれば、出かける事もせずにゲームに時間を費やしている。
 現在嵌っているのは『マジカルナイト・ミラクルドリーム』略して『マジナイ』という、何ともチープなタイトルの乙女ゲームだ。

 どっぷり社畜人生で、お金がない訳ではない。しかしやっとの休日に出かける気力も体力もなく、また最大の問題は友人が居るには居るのだが、どいつもこいつも社畜かオタクなのだ。
 もうお察しいただけるだろう。真珠深自身がオタクなのだ。最初から外に出かけると言う選択肢は欠片もない。
 いや、あるにはあるのだが、その場合出かける先は、近所のコンビニかスーパーかゲームショップに限定される。

 そんな彼女が現在進行形で嵌っている乙女ゲームは、所謂王道モノだ。

 平民出身の健気な女の子が、王族や高位貴族、豪商に果ては裏社会のイケメンたちを攻略していくという、何処にでも転がっていそうな、何の捻りもないゲームなのだ……なのだが、真珠深は正直ヒロインはどうでもよかった。何しろ嵌っているのはゲームそのものではなく、その中に登場する御令嬢の1人だ。

 真珠深のイチオシは、悪役令嬢に分類されるアイシア・フォン・ラステリノーア公爵令嬢。
 深青の髪に深青の瞳が、本当に美しい。
 マジで神絵師様には頭が上がらない。昨今流行のタイプの絵師様ではないが、髪の一筋まで美しく描き上げる絵師様で、真珠深の好みド真ん中なのだ。

 その絵師様が描き出すアイシアは、流行のドリル令嬢ではない。先だけ緩く波打つ髪で、悪役令嬢らしからぬ可愛らしい系の顔立ちに描かれている。
 ただやはりと言うかなんというか、メリハリの利いた、女性らしさ満載の美ボディの持ち主だ。

 そんなアイシアだが、これも昨今の流行なのだろうか……行いは決して悪役ではない。
 位の低いものから声をかけない事、相手の性別問わず不用意に触れない事、特に異性にはみだりに近づかない、理由がある場合は節度を保つ事等々。最初の声掛けは兎も角、相手との距離感などは現代日本であっても、気を遣って然るべきところだ。
 だがこの作中のヒロイン、デフォルトネーム『シモーヌ』は、そんな事お構いなしの傍若無人っぷりを盛大に披露してくれる。

 製作陣も、ヒロインの名前をシモーヌとしたのは、下が緩すぎのガバガバだからというのが理由なんじゃなかろうかと、ネットで憶測が飛び交うほど、攻略対象のキャラたちとの距離感がおかしい。距離感どころか、日本人が作ったはずなのに、恥じらいも何も欠落している。人目もはばからず、何時でも何処でも攻略対象とイチャイチャベタベタ…。
 それでいて18禁でも何でもなく、全年齢対象だ。
 まぁその辺りは、そういう場面が直接的に描かれていないというのもあって、百歩譲るのも吝かではない。
 しかし、あんな常識ナシがヒロインの作品を、子供達にさせて良いのかと言う疑問は残る。

 幾つか例を挙げてみよう。

 町に出た際、商店に並ぶ品を勝手に手に取った挙句、自分から『おじさん、これ貰っても良い?』と聞き、『いいよ』と返事をもらうや否や、それじゃとお金も払わず笑顔で去って行く。
 ステータスが一定値にならなかった時に発生する補習イベントでは、教えてくれるキャラを選べるのだが、攻略対象以外を選んだ場合、御礼すら言わない。言わないだけならまだしも、自室に戻ってからの一幕で文句を言う始末である。
 制服も、ヒロインだけスカートの丈が異様に短く、どう考えても勝手に改造してるだろうと思わざるを得ない。

 どうだろう?
 これが『マジカルナイト・ミラクルドリーム』と言う作品の、ヒロインとか言う生物なのだ。頭おかしいと思うのが普通ではないだろうか。もはや呪物レベルだと思う真珠深がおかしいのだろうか?
 『ヒロインならぬヒドイン』どころか『ヤバイン』と思っている真珠深の方が常識ナシなのだろうか。

 百では効かないと思うので万歩譲って、描写外ではちゃんとお金も払って、御礼も言っているのだとしても、だったらそれをテキストでいいから書けと言いたい。

 まぁ、当然真珠深も、アンチヒロインになった。もう至極当然に、流れる様になった。
 ならばそんなゲームしなければ良いではないかと思うだろう。そこも当然、真珠深も思った。しかしスチルが美しすぎた。
 しかもイチオシのアイシアのスチルが超絶美麗なのだ。

 だがそんな美麗スチルに釣られて、延々苦行とも言えるシナリオを頑張っていたわけではない。
 悲しい事だが、悪役令嬢分類のアイシアには、当然ながら断罪劇が待っている。
 もう心底、ヒロインは当然ながら、攻略対象もアホばっかりだろと突っ込み処しかないが、そんなアホどもに、アイシアは酷い目に遭わされるのだ。
 国外追放は言うに及ばず、魔物の森への捨て去りや濁してはあったが凌辱エンドもあった。
 だから、せめてどこかに一つくらいアイシアの救済エンドがないかと、頑張ったのだ。
 おかげでつい先ほど、隠しルートに至るまでの全ルートを攻略し終えた。

 そして……

  ………………
   ……………………

      ………………………………投げた。


 もう思考も何も追いつかない。
 製作陣はアイシアに何か恨みでもあるのかと、本気で問い詰めたくなった。そのくらいに酷いエンドしかなかった。正直修道院エンドが一番マシだと思う。
 それ以外は悉く命の危険に晒され、明言はされていないが死を迎えただろうと思われる。そして全年齢対象の作品で、匂わせでしかないとはいえ凌辱エンドを用意するか!?
 本気であり得ない。

「あぁ、もうマジでない! だから『マジない』って書かれるのよ!……このどす黒く渦巻く感情は、掲示板に叩きつけでもしないと収まらないわ!」

 ビーズクッションに凭れ込んだまま手を伸ばし、スマホを手にすると、とんでもない勢いでポチポチと打ち込んでいく。
 途中レスが挟まり、それに大きく頷いたりしながら一頻り書き込んだ後、一瞬の放心の後、一言呟いた。

「小腹空いたな……コンビニでも行くか」

 よっと掛け声とともに立ち上がり、椅子に引っ掛けたままだった薄手の上着を通りすがり様に手に取ると、ポケットの財布と鍵を確認して玄関に向かう。

 リィィィン

 大阪奈良に旅行に行った時、買った土産の残りのキーホルダーなのだが、それが澄んだ音を響かせた。
 土産配りで万が一足りなかった時用に購入したものだが、その音色は存外気に入っている。そんな真珠深お気に入りの音を聞きながらサンダルをひっかけ、玄関を出て鍵をかけた。

 すっかり夜は更けていて、細い月が真上に見えた。
 一応エレベーターは設置されているが、いつか閉じ込められそうに思える程ボロいので、階段で下へ降りる。
 非常階段なせいか、降りた先は少し見通しが悪いが、エレベーターで降りるよりコンビニに近い事もあって、真珠深はよく利用している。

「ついでに日本酒とつまみも買って帰るかな。新作スイーツもそう言えばまだ買った事なかったっけ」

 そんな事を一人呟きながら、車道へ踏み出したところで、眩しい光と激しいブレーキ音、それに続く耳を劈く様な金属の悲鳴、そして何かが潰れひしゃげるような鈍い音を、真珠深は壮絶な痛みと共に、酷く他人事のように聞いて……


 ………そして意識を失った。





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