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2章 気付けなかったフラグ
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しおりを挟む今日は邸内も、そして裏手の方も少し騒がしい。
それというのも、先日からシア姉様ことアイシアの5歳のお披露目会の為に、いろんな商会が納品に訪れているのだ。
そして今日はどうやら魔石と宝飾品関係。
流石に表側、正面玄関の方は商人が出入りする事はないので、ひっそりと静まり返っているが、裏手の喧騒はエリューシアの部屋にまで、微かに届いていた。
エリューシアは自分がまだ隠されている事を承知しているので、大人しく部屋で本を読んでいる。
読んでいる本はというと、まだ幼いにも拘らず『魔法学大系 3巻』と物々しく背表紙に記された分厚い書籍だ。
精霊の光が見えるようになってから、エリューシアの魔力は更に増え、日々研鑽に余念はないのだが、如何せん実技として許されているのは初級魔法までなので、それ以降の中級及び上級魔法については、本を読んで知識を蓄える事しかできない。
それでも決して無駄な努力ではないはずである。
(ふむ、炎と風の複合は兎も角、他とも合わせられたりしないかしら…。風との複合だとピンポイントは難しそうなのよね。
こう……例えば氷や石の礫に炎を纏わせることが出来れば、狙い撃ちも可能じゃない? だけど属性的には難しい?)
―――コンコンコン
書かれている内容だけでは足りないのか、あれこれと思考を広げていると、小さく扉をノックする音が聞こえたので、本を机に閉じ置いて顔を上げた。
「はい、どうぞ」
返事をすれば扉が静かに開き、メイド長のナタリアがワゴンを押して入ってきた。何事かと思えば、ワゴンの上には焼き立てなのか、微かに湯気も見えるアップルパイが存在感を放って鎮座している。
表面はつやつやで、焼き色に思わず目を奪われる。そしてとても馨しい香りが室内に広がるが、置き時計を見てみれば、まだおやつの時間と言う訳でもなく、思わずコテリと首を傾げた。
「ナタリア、それは?」
「今朝一番に納品された果物、特にリンゴが良いと、料理長が新作パイを焼いたと言うんですよ。
エリューシアお嬢様は本日、朝食をあまり召し上がられなかったようなので、是非エリューシアお嬢様にと」
「まぁ、デリックが? でも……こんな時間に良いの?」
「はい、旦那様も奥様も良いとおっしゃっていましたよ。今日の納品物は旦那様と奥様の同席が必要な物なので、あまりこちらにお時間を取れないようでして」
少し沈んだ表情に苦笑を交えて、ナタリアがパイとお茶の用意をしてくれる。
ナタリアがパイを切り分けるべくナイフを入れれば、サクリと小気味よい音が耳に届いて、音まで美味しさを乗せていた。
ちなみにデリックというのは、ラステリノーア公爵家の料理長の名前である。
「シアお姉様は? ご一緒できるならそうしたいのだけど」
「アイシアお嬢様も、旦那様と奥様と御一緒です」
「そうなの? じゃあ今日の納品のお品は宝飾品? それともお衣装とかかしら」
エリューシアがカップに注がれるお茶を眺めながらそう言うと、ナタリアは思わず手を止めて目を丸くした。
「まぁ、たったあれだけの話でおわかりになったのですか?」
「分かるも何も、お姉様も一緒に見たほうが良いお品って事でしょう? だったら衣装か宝飾品か……そのくらいではない?」
「エリューシアお嬢様には敵いませんね。今日は宝飾品の方だと聞いております」
エリューシアの前にお茶の用意を整えた後、ナイフなどを片付けてながら、ふいにナタリアが室内を見回した。
「人の出入りが今日は多いので仕方ありませんけど……とてもお天気が良く、気持ちが良いですから、カーテンだけでも開けましょうか?」
その言葉にエリューシアがフォークに伸ばそうとしていた手を止め、ナタリアが止める間もなく椅子から滑り降りた。
「ホント!? じゃあ私が開けてくるわ。
薄暗いのは慣れてるけど、やっぱり気分は滅入っちゃうの…とっても嬉しいわ」
そう言いながら窓の近くに置かれた台座によじ登り、カーテンの紐を引っ張った。全部は流石にダメだろうと、1つだけ開ければ、本当に気持ちの良い日差しが差し込んでくる。
嬉しそうにカーテンを開けるエリューシアに、ナタリアの表情が悲し気に歪んだ。
精霊に愛された証のせいで、外に出る事も出来ず、人の出入りが多くなる日ともなれば、カーテンさえ閉め切らざるを得ないエリューシアを不憫に思っている使用人は多い。いや、多いどころか家族を含め全員が、口には出さないが心を痛めているのだ。
そんな環境であるにも拘らず、我儘の一つも言わない彼女に、ほんの少しだけでも笑顔になってほしいと思ったその行為が、後に悲劇を呼ぶと、いったい誰が想像しえただろう。
一方その頃、別室ではエリューシアを除く家族全員が、テーブルの上に所狭しと並べられた宝石の原石を見比べていた。
公爵家一家の前に並んでいるのは、原石を持ち込んだルダリー伯爵とその第二令息であるディオン・ルダリー。ディオンは丁度アイシアと同じくらいの年齢のようでありながら、彫金師として修業を始めるところなのだと言う。その後ろにルダリー商会の者が、まだ並べていない原石の入った箱を持って控えていた。
「これは…この原石はこちらに持ち込んで良かった物なの?」
セシリアが示したのは、サファイアの原石のようだ。
「色、大きさは勿論、品質も王家に献上するに相応しいものですが、王家には現在サファイアを好まれる方はおられませんから」
困ったように笑って答えたのはルダリー伯爵。
「この原石から首飾り用と言うのは如何でしょう? 丁度こちらの小さめの物が色合いも似ており、耳飾り髪飾り用に回せます」
販促に余念のない伯爵の口上に、アーネストが苦笑を浮かべた。
「アイシアが気に入ればそれで良い。どうかな? お姫様」
「良いのですか? 私にはまだこんな上質な物は早いように思うのですが」
「まぁ、すっかり影響されてしまってるわね」
アーネストの言葉に戸惑うように返事をしたアイシアを、セシリアが微笑んで揶揄う。
エリューシアが生まれた直ぐは、アイシアも妹を可愛がっていた。しかし大きくなるにつれ父も母もどうしても、目を離せない幼子の方に手を取られてしまうのは、仕方ない部分がある。だけどそれを少し年上とは言え、同じく幼いアイシアに理解しろと言うのは酷な話だ。
それ故アイシアも一時期我儘になった。
父母を独り占めしようとし、妹に関わらせないよう泣いたり癇癪を起したりと、ごく普通に、突然『姉』と言う立場を押し付けられた幼子が行う、ありふれた反応だ。
しかしそんな可愛い我儘も徐々に落ち着いた。
エリューシアのおかげとも言える。
エリューシアは生まれてすぐから、あまり手のかからない赤ちゃんだった。食事、排泄、入浴、色々なお世話を最低限するだけで大人しくしていた。本当に必要に迫られなければ声さえ出さない、あまり泣かない赤ちゃんだったのだ。
成長に伴い、寝返り、掴まり立ちと行動範囲を広げるにつれて、反対に父母や使用人達の方が焦ったくらいだ。
だが、そんな大人たちの行動に、アイシアが拗ねてしまった事を、より幼いエリューシアの方が察しているように思われた。
元々手の掛からない子だったエリューシアだが、独り立ちや言葉、そういった成長の証を、アイシアが寂しさを抱え始めた頃から、あまり見せなくなったのだ。
気づけばしっかりと立ち、危なげなく歩いていた。言葉も突然会話が成り立った。
そんな妹を見て、どうして何時までも拗ねて居られるだろうか。
元々聡い子供だったアイシアは、そう気づいた時からしっかり『姉』という自覚を持った。
そして公爵家の次女とはいえ御令嬢という、お金に困る事のない家に生まれたにも拘らず、エリューシアはアレが欲しいコレが欲しいなどの我儘は殆ど言わなかった。望んだのは本と教育くらいだ。
ドレスもアクセサリーも、玩具さえ欲しがらない、そんな健気で可愛い妹に、アイシアもいつしか感化されていた。
まぁ、実の所、エリューシアの欲しいものは目の前にあっただけなのだが、そんな事はアイシアは知らない。
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