【完結済】悪役令嬢の妹様

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2章 気付けなかったフラグ

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 「こちらは夫人に如何でしょう?」

 ルダリー伯爵の販促は未だ続いていた。その隣で静かに立っている息子で彫金師見習いのディオンは暇だったが、それを顔に出すわけにもいかず、何気なく部屋の外へ目を向けて固まった。

 窓越しに裏庭の奥の方へ走って行く子供の背中が、ちらりと見えたのだ。

 商会の規模に拘らず、子供も貴重な労働力で、大きな取引の際には一緒に出掛けて行く事もあったりする。
 商会側の事情もあるが、子供の方も安定した商会の働き口は、希望者も多い。
 勿論子供、どうしても平民の割合が多くなってしまうので、礼儀などはなっていないし、貴族に対して不敬を働く可能性もある為、あくまで荷運び等で動ける範囲に限って行動が許されるのだが、どうやらその子供はそれを反故にしてしまったようだ。

 そんな場面を目撃してしまったディオンは、販促に勤しむ父親に告げることを諦め、後ろで原石の入った箱を抱えて控えている男性、ルダリー商会を大いに支えてくれているカール・マハウトに、微かに身を逸らして目配せすれば、流石商人、直ぐに気づいて耳を寄せてくれる。

「(ディオン様、どうされました?)」
「(ちょっと気がかりな物を見てしまって)」
「(気がかり……と言いますと?)」
「(あそこの窓、奥の方に裏庭かな、見えてるでしょう? そっちに何処かの商会の子かな、平民の子供が1人入って行ったのを見てしまったんだ)」
「(なんですって!?)」
「(どうしたら良いだろう……)」
「(お任せください) あの……公爵様、お話を遮る不敬をお許しください」

 自分の右腕とも考えるカールが、ちょっとやそっとの事でこんな行動はとらないと知っているルダリー伯爵が慌てて顔を向けてきた。
 それと同時に公爵家一家も顔を上げて見つめる。

「カール……今は…」
「………」
「お待ちになって。お話を聞きましょう?」
「うん! そうだね。どうしたんだい?」

 最初に困ったように名を呼んだのはルダリー伯爵。
 その後しかめっ面で沈黙を放ったのはアーネストだ。
 そこへ助け舟を出したセシリアに、がらりと表情を変えてにこやかな表情を浮かべ直すアーネスト。
 わかりやすくいつもの光景なので、アイシアが口元を手で隠しながらふわりと笑うが、続くカールの言葉に室内の空気が冷え固まった。

「実は、先程ディオン様が奥へ走って行く子供の姿を見たと…」
「「「!!!!!」」」
「なんだ、と……」

 間髪入れずに厳しい表情を湛えたアーネストが立ち上がった。

「すぐに向かう。セシリア、部屋の方を見てきてくれるか? 私は外から向かう」
「はい、直ぐに」
「お母様、私もいきます」
「伯爵達はこの部屋から出ないでくれ」

 公爵家三人のただならぬ様子に、ルダリー伯爵の顔色も悪くなった。もしかして自分の抱える商会の者ではないかと、蒼褪めたのだ。





「うっひょおおぉ、すげーな」

 オレンジ色の髪を帽子から覗かせた男の子が、荷運びが一段落して、つい暇を持て余し、裏とは言え綺麗に咲く花々に近づいてしまった。
 彼は今日、他と同じく納入に来たロネーニ商会の三男坊である。

 本日訪れている商会は3つ。
 一つは宝石の原石の納入と、カットやデザインの相談の為に訪れたルダリー商会。
 一つは使用量が増える可能性があった為に、急遽呼んだ魔石を取り扱うコナード商会。こちらのコナード商会はラステリノーア公爵家の遠縁だったりする。最早他人と言って良い程離れた縁ではあるが…。
 最後の一つはロネーニ商会。こちらは金属が主な取引商品だ。宝飾品と言っても宝石だけで成り立つわけではない。
 金属で台座を作り、磨き、組み合わせて一つの芸術作品を作り上げるのだ。だから金属も重要な要素なのである。

 そんなロネーニ商会の三男坊…名前はニックと言うが、主力である金属ではなく、花等綺麗な物が好きと言って憚らない男の子だった。
 自家の取扱商品である金属も、アクセサリーなんかに加工された物だったら大好きなのだが、磨かれる前の鉱石や無骨なインゴットなんかには興味を惹かれない。
 そんな彼だったので綺麗に整えられ、咲き誇る花々に目を奪われるのも、ある意味仕方なかったのかもしれない。

 秋が訪れ、花々だけでなく木々まで、その葉の色を徐々に、そして鮮やかに染めていて、全く飽きない。
 そよぐ風に乗ってひらりと舞う落ち葉さえも本当に美しく、庭師によって計算されつくしたその造形に、最早足が止まらない。
 彼は時間も忘れて眺めているうちに、どんどんと裏庭の奥の方まで入り込んでしまった。

 気づけば鳥の囀りと、枝葉の揺れる音が少し聞こえるだけの、静寂の中に居た。

「やっべ、おいら何時の間に……兄ちゃんに怒られちまう……」

 不安そうな顔で辺りを見回すが、人影はない。
 目頭が思わず熱くなり、しゃがみ込んでしまった。下唇をグッと噛んで涙がこぼれそうになるのを必死に止めるが、不安は大きくなる一方だ。
 だからといって、ここで立ち止まっていても状況は改善しない。

 全く周囲に気を払わずに進んできてしまったので、方向さえわからず、今一度周囲をぐるりと見る。
 すると視界の端で動く何かに気付いた。
 もしかしたらこの屋敷の使用人かもしれないと、急いで見上げた窓に、ニックは再び目を奪われた。

「……ふぁぁあぁ………なんて、綺麗…」

 窓の奥、開かれたカーテンの隙間に銀色の輝きが見える。
 顔立ちまでは判然としないが、女の子のように思えた。だけど人間離れした美しさに、とても生きている人間だと思えず、口をついて出た言葉は『お人形……』だった。

 しかしそのお人形はすぐに居なくなり、ハッと我に返ったニックは怖くなって、慌てて進んできただろう方向に戻るべく走った。

 走って
  走って走って

 走り抜けた先、見慣れた荷車や皆の顔にホッと息を吐く。

「良かった……戻ってこれた」
「おい、ニックお前何やってんだよ」
「ロスマン……」

 ホッとして、乱れた息を整えるかのように胸を押さえていたニックに、同じ年ごろだろうか、男の子が声をかけてきた。





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