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3章 フラグはへし折るもの、いえ、粉砕するもの
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しおりを挟む何時の間にそんなに時間が経っていたのか、夕日に朱く染まった本邸に入ったヘンドルは何度も来たことがあるようで、真っすぐアーネストの執務室を目指している。
執務室の扉脇で警護に立っている騎士の一人に声をかけ、中に取り次いでもらう。
許可が下りたのか、促されてヘンドルの後ろについて室内に入れば、忙しいのかアーネストは黙々とペンを走らせていた。
キリの良い所まで進められたのか、ペンを置き顔を上げてヘンドルを見上げる。
「待たせて済まない、この書類だけは早々におわらせてしまいたかったのでね……それでどうしたんだい? 予算が足りなくなったか?」
なるほど、ヘンドルが本邸を歩くのに慣れていた理由が垣間見えた気がした。
「ホッホ、そちらはまだ何とか。ただ春までは持ちそうにございませんが」
ふっと眉尻を下げて苦笑するアーネストに、更にヘンドルが続ける。
「ですが、本日は……」
そういってヘンドルの背後に隠れる形になっていたエリューシアを振り返り、そっと手を差し出して前へと促す。
その行動に促されるまま、ヘンドルの前になる様にエリューシアが進み出れば、アーネストは目を丸くした。
「エルル?」
取り次いでくれた騎士には内緒にしてくれとでも頼んでいたのだろうか、アーネストはエリューシアが一緒に来ている事は聞かされていなかったようだ。
沈黙が室内に落ちる。
「エルル、私の可愛いお姫様、どうしたんだい?」
先だって問いへの返事が沈黙だった事に、つい躊躇してしまい、どう切り出せば良いのかわからないまま立ち尽くしていると、流石に困ったようにアーネストの方から声をかけてきた。
「あの……お父様」
「うん?」
「我が家と王家の間には何かあるのですか?」
「…………」
意を決して問いかけてから顔を上げれば、アーネストはやはり険しい表情をしていた。
「旦那様、エリューシアお嬢様はとても聡くていらっしゃいます。館に所蔵されている書物から、先代王妃様があまり表に出ない方だったという事も導き出されております。
お嬢様は知らぬままより、知ったほうが良いように思うのです」
「ヘンドル……」
アーネストはヘンドルから視線を落とし、足元を睨むように険しい表情をしていたが、ふとその視線を緩め小さく嘆息した。
「王家とのあれこれなど、我が子らにはまだ……そう思っていたが、確かに知らぬままでは……そうだな。ネイサン、セシィとシアも呼んできてくれるか?」
「畏まりました」
静かにアーネストの邪魔にならない所に控えていた第2執事のネイサンが、恭しく一礼した後部屋から出て行った。
それを一緒に見送っていたヘンドルも、一礼して退室しようとする。
「ヘンドル?」
一緒にこの場に留まると思っていたヘンドルが出て行こうとする様子に、エリューシアが声をかけた。しかし頭を上げたヘンドルの表情が、何とか笑みを形作ろうとするのに失敗しているような、そんなどこか苦しげな気配を含んでいる事に言葉を失う。
「……お嬢様、申し訳ございません……爺にはこれ以上は…」
言葉を濁しながらもきっぱりとしたその態度に、エリューシアは見送るしかなかった。
閉じられる重い扉の音を聞き終えてから、アーネストの方へ向き直る。
「エルル、ここに座ると良い」
執務室に設えられた、テーブルを挟んで向かい合わせに置かれたソファに、促されるまま近づくと、アーネストが抱き上げて座らせてくれた。
そのアーネストはエリューシアの向かい側のソファに回って腰を下ろすと、丁度扉がノックされる。セシリアとアイシアがやってきたのだろう。
アーネストが返事をすると、ネイサンが開いた扉から、セシリアとアイシアが入って来た。
「旦那様、如何なさいましたの?」
「あぁ、済まない。忙しかったかな?」
「いえ、私は次の寄付の為の刺繍をしていただけですわ」
セシリアも普段アーネストの執務室に呼ばれるという事は、あまりないのかもしれない。少し怪訝な表情で答えている。
目線で二人に着座を促すと、二人ともエリューシアの隣、アーネストの向かいのソファに腰を下ろした。
流石に微妙な空気が流れている事に気付いたのか、アイシアも怪訝そうだ。しかしそんな表情も、エリューシアにとっては眼福でしかない。
思わず姉の横顔をウットリと眺めていると、アーネストが口を開いた。
「……その…話そうかと思ってね…」
「話す? あぁ、王家からの封書の事かしら…何が書いてありましたの?」
「あ、あぁ、そっちは既に対応済みだから、セシィは気にしなくて良い」
「そうなんですの? じゃあ今は何のお話を?」
先だって齎され、家族の不快の原因となった、金の封蝋のアレだ。アレについてはアーネストが何らかの対策を取ったようだ。
「シアには少しだけ話した事があったね……それでエルル以外はどうしてもこう条件反射と言うか……それでエルルは自分であの後図書館で調べていたらしい」
しどろもどろと歯切れの悪い言い方をするアーネストに、セシリアとアイシアも思わずエリューシアに顔を向けた。
「「エルル……」」
「……ごめんなさい…」
悪いとは思っている。誰しも知られたくない、触れられたくないことがあって当然で、それを気になるからと当事者でもないのに調べまくるなんて、正直良くない行動だと分かってはいるのだ。
しかし、前世の記憶があり『マジない』の事を知っている身としては、王家に嫌悪を持つのはおかしくないと思っている。
だが、それはヤバイン…失礼、ヒロインと攻略対象が心底嫌いだからであって、それがなければ嫌いになる要素が、今の所見つけられないのだ。
今にして思えば、とんでもなくガバガバ設定なゲームだったと思えるが、単に語られていなかっただけかもしれない。
エリューシアはキッと顔を上げ視線をぐるりと巡らせ、執務室の防音遮音状況を確認した後、捲し立てた。
「その……不敬だと叱られる事は承知の上で言います!
今の王家がアレなのは知っているのです。現王一家がどうしようもない存在だと…とんでもない馬鹿だと。だから尊敬できないのはわかっているのですが、我が公爵家は現在王家とは距離を取っていますよね? お父様は王宮へ行く事など殆どありませんし、出かけても領都の役所? ぁ、ここでは公館というのでしたっけ…そこくらいですよね?
まぁ他に領内の津々浦々に視察やら何やらで忙しく出かけていて、時間がないのも本当でしょうけれど。
なのにどうして王家と言う言葉だけで空気があれほど悪くなるのかわからなくて…」
普段必要最低限しか喋らないと思われているエリューシアの止まらない言葉に、家族が目を瞠って固まっている。
それに気づき、やらかしたなと内心焦っていると、ふふっと小さく笑い声が聞こえた。
「エルル、不敬だなんて言いません。えぇ、言う訳がありません。
それにしても…ふふ…『アレ』に『馬鹿』ですか、えぇえぇ、エルル間違えていませんよ」
母セシリアの顔が般若の形相に見えたというのは、一生の内緒だ。
「旦那様、この子達はちゃんと理解できるでしょう。すべて話す事に賛成いたしますわ」
「ぁ、そ、そうだね」
気圧されていたのか、ハッとしたように慌てるアーネストだったが、ふぅと本当に小さくだが深呼吸をしてから座り直し、ぽつりぽつりと話し出した。
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