【完結済】悪役令嬢の妹様

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3章 フラグはへし折るもの、いえ、粉砕するもの

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 エリューシアは何か思いついたかの様に、ハッと顔を上げ、厳しい表情のままセシリアを見据えた。

「お母様、お願いがあります。
 ドリスとサネーラを『裏』としてお貸し頂けませんか?」
「エルル!? 貴方いったいどこでそれを……」

 公爵家ともなれば諜報部を持っているのはおかしな事ではない。しかしそれは前世の記憶があるからおかしな事ではないと思えるだけで、普通お披露目も済んでいないような幼児が思い至るわけがない。
 しかし、今はその母の問いに答える時間も惜しい。何故なら遠目とは言え視認できる位置にシモーヌが居るのだ。
 そして彼女の後ろに立っていた薄汚い男性も恐らく無関係ではない。予測でしかないが、過日ニックに迫っていた不審者ではないかと考えている。
 ならば、彼らが何処の何者なのかを知る事は、最重要案件だ。

「お母様、今はそんな事をお話ししている時間はありません。ここから少し離れた場所でしたが、不審な者を見かけました。彼らが何者なのか知りたいのです、お願いします!」

 あまりの剣幕で捲し立てるエリューシアに、セシリアの方が気圧されて、目をぱちくりしている。

「ぁ、え、えぇ、わ…わかったわ。ドリス、サネーラ、お願いできるかしら」

 やはり母もなかなか肝が据わっているのだろう。少し困惑に振り回されていたが、直ぐに気を取り直した。

「はい」
「勿論です、奥様」

 その様子に、すぐさまエリューシアはシモーヌ達を見かけた場所を振り返り、指し示そうとして固まった。

 ほんの少し後手に回ってしまったようだ。もう二人の姿は見える範囲に確認できない。だが……まだそう遠くに行ってはいないはずだ。

「あっち、あの通りの一番奥に不審な二人を見たの。一人は女の子、茶色の髪で擦り切れた服を纏っていたわ。靴は履いてなかったと思う。
 もう一人は男性。帽子をかぶっていて髭も髪も茶色で伸び切ってる感じ。
 だけど平民が着るような服ではなく、コートを羽織っていたわ」

 エリューシアの言葉でバッと戦闘メイドが二人同時に、示された方へ顔を向けたが、そこには誰もいない。いや、それ以前にそこまで判別できると思えない距離である。

「お嬢様……どうやってそこまで」
「人影はありません、あっても、服が擦り切れてるとか、訓練を受けた私達でも到底わかりそうにないです」

 驚愕を隠せない様子に、エリューシアもどうしてだろうと、不思議に思いはするが、わからない事はまるっと押し付けて放り投げてしまえば良いのだ。

「そんな事わからないわ、だけど、精霊のおかげかもしれないわね」

 他からはもう見えなくなっているだろうが、エリューシアの周りを興奮気味に飛び交っている光球達は未だ多数存在している。そんな彼らから不本意そうな気配が伝わってきた。
 彼らのご機嫌は後で取るとして、今はそんな場面ではない。

「お願い急いで、時間が経てば経つほど、不審者の手掛かりがなくなっちゃう!」

 懇願するようにエリューシアが叫べば、ドリスとサネーラは急いで現場へ向かってくれた。


 その間に慌てて駆けつけて来たのか、警備兵の姿が見えた。
 他は知らないが、公爵家では自領の町や村には警備を担う兵士を、可能な限り配備している。
 指南役のみを派遣して、他は現地に暮らす民たちで構成された自警団なども多いが、流石に領都ともなれば、公爵家の兵士が配備されていた。
 騎士達とも面識があるようで、荷車の手配や報告に走るよう要請する声が風に乗って聞こえてくる。

 ―――コンコンコン

 外から誰かが馬車の車体をノックしている。
 ドリスとサネーラが不審人物を探しに出るときに、馬車の扉はきっちりと閉めて行ったせいだろう。

「奥様、もう少しで出発できそうです」

 馬車の外から聞こえてきたのはマービンの声だ。

「あら、じゃあドリスとサネーラが戻り次第帰ることが出来そうね」
「ドリスもサネーラも、自身で戻れますので御心配には及びません。賊どもの移送準備ができ次第出発で宜しいでしょうか?」

 思わずエリューシアとセシリアが顔を見合わせる。
 暫く見合った後、エリューシアの方がおずおずと返事をした。

「ドリスとサネーラも待ってあげたいのだけど……」
「お嬢様が裏の事を御存じの様なので、言葉は濁さず申し上げます。二人ともそんなに柔じゃございませんですよ」

 ドリスの姪に当たるサネーラは、エリューシアより6歳ほど年上ではあるが、前世感覚だとまだ小学生なので、自分が頼んでおいてなんだが、彼女たちを置いて帰邸するのは、どうにも躊躇われてしまう。
 そんな気持ちをセシリアは、エリューシアの表情から読み取ったのだろう。ふわりと柔らかく微笑んで目を合わせながら口を開いた。

「彼女たちなら大丈夫よ。
 普段から領都はお買い物でもよく訪れているはずだし、馬車を使わない事も多々あるわ」
「……はい」

 エリューシアがコクリと頷くのを見てから、セシリアが外のマービンに声を開ける。

「マービンにお任せするわ。お願いね」
「畏まりました」

 結局ドリスもサネーラも戻らないまま、程なくして馬車は動き出す。

 帰りは順調で、何事もなく邸に帰り着く事が出来た。
 賊を載せた荷車は裏門の方から入ったようで、一切姿を見る事はなかったが、先に報告が走っていたらしく、帰りついた途端、ナタリアやオルガたちが駆け寄ってきた。
 一頻り怪我はないか等、侍医であるミソック先生までやってきて、セシリア共々入念な身体検査を受けた後、苦笑に顔が引き攣り始めた所でやっと解放された。
 使用人一同から『ゆっくりお休みください』と言われ、大人しく言に従う事にする。
 自室に戻り、色々考えようと思っていたのだが、存外疲れていたのか、いつの間にか熟睡していたようだ。気づけば窓から差し込む光はかなり赤味を増している。

 王城へ向かったアーネストとアイシアは夕刻になっても帰邸していない。行きも帰りも転移紋の使用許可があると言っていたから、そんなに遅くはならないだろうと思っていたのだが、何かトラブルでもあったのだろうか……心配で仕方ない。
 ドリスとサネーラの事も気にかかる。もう戻って居れば良いのだが……気になり出すと落ち着かず、エリューシアは軽く衣服を整えて、セシリアの部屋を目指した。




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