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4章 小さな世界に集いしモノ
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しおりを挟むエリューシア達のいる教室、その廊下側の隔たり越しに、徐々に近づいてくる騒音があった。
「……だ!」
「…から、貴方達はこちらではありません! 戻ってください!」
「……リス王子殿下が通常棟な訳がないだろう!! 貴様不敬だぞ!」
「ここは学び舎です! 私たち教師の指示に従ってください!」
聞こえる内容が鮮明になるにつれて、エリューシアの双眸がどんどん不快そうに細められていく。
(ぉぉぅ……王子殿下って馬鹿リスか…入学当日からかっ飛ばしてるわねぇ…とりあえず攻略対象その1馬鹿リス王子…いや、王太子? もう立太子済ませてるんだっけ? どうだっけ……本当にシアお姉様以外興味なかったからなぁ、綺麗さっぱり記憶にないわ。まぁ攻略対象の事は忘れてたとは言え、忘れたままにしておくのはマズいし、また就寝前にでも記憶の掘り返し奮闘するかな…)
等とエリューシアが考えている間も、教室外の騒ぎは続いていた。
「ハロルド君! いい加減にしてください! 貴方自身もバルクリス君と同じく通常棟です!」
(ゲッ!! マジか……ハロルドって攻略対象その2じゃん! しかも確かゲーム内でも馬鹿リスの腰巾着で、清々しい程に脳筋で猪だった奴!! で、シモーヌにはメロメロ……ぁ、死語か…まぁ気にしない。
って……ば、る…くりす? はえ? バルクリスって…クリス王子じゃないの?
どういう事だってばよ? いやいや、そんな懐かしの忍者君口調を真似してる場合じゃない。ゲーム内でも他でも、クリス王子って記載だったはず……んん??)
流石に無視できなくなったのか、オルガとメルリナがエリューシアの座る席を守る様に位置を変える。
「エリューシア様、外の様子を見てこようと思うのですが。許可頂けますか?」
警戒も怒気も通り越して、殺気に近い物騒な気配を纏ったメルリナが、その手に革紐を巻き付けながら訊ねてきた。
気持ちは分かるが、まだ扉が開かれる等したわけでもないし、苦笑交じりに止める。ちなみにオルガはいつもの表情のまま、少々不穏な空気を纏うにとどまっていた。
「待って。外が騒がしいというだけで、私達にまだ実害は及んでいないわ。もう少し様子を見ましょう?」
「…ック……はい」
メルリナは元々エリューシアが避難していた辺境伯領の貴族令嬢だ。彼女の家は代々辺境伯家に仕える伯爵家で、女子と言えど才能があるなら騎士を目指す事を伝統としている。
エリューシアが避難していた時期に丁度辺境伯軍の訓練に参加しており、変装しての治癒魔法練習の実験台に何度もなってくれた。
そうするうちに、彼女は自分が仕えるのはエリューシアだと言い始めたのだ。
正体を隠し、見た目も特製カツラと特製瓶底眼鏡で酷く怪しい幼女だったというのに、そんな事はお構いなしにエリューシアに仕えると宣言してしまった。それだけなら幼い女の子の気の迷いというか、ノリと勢いで済ませるはずだったのに、彼女の両親であるデラントス伯爵が、あろう事か快諾してしまったのだ。
本当に『何考えてんだ? こいつら……』と、内心何度思った事だろう。
辺境伯一家は、勿論エリューシアの事を承知していたが、配下他の者達に周知するようなことは一切していなかった。
当然だ。そんな事をすればどこから漏れるかわからない。避難しているのに所在が洩れてしまっては本末転倒である。本末転倒と言うだけなら兎も角、危険を引き寄せてしまう可能性もあったのだ。
辺境伯家一家は使用人含め配下を信用していない訳ではないが、そこは流石というべきか、徹底していた。
敵を欺くならまず味方から、それをにっこり微笑みながら遂行していたのだ。
だから長く仕えてくれているからと言って、デラントス伯爵達にエリューシアの事を漏らすようなことはしていない。つまりエリューシアが、万が一ただの平民でも構わないと言っているようなものだったのだ。
仮にも貴族令嬢だし、普通の親なら可愛い娘を、何処の誰ともわからない怪しい幼女に仕えさせたいと思うだろうか? いや、思う訳がない。しかし……
『あたし、あの子に仕える! あたしが守ってあげるの!』
『そうか。メルリナ、お前の気持ちは分かった。誠心誠意仕えるんだよ』
『はい! おとーさま! おかーさま!』
この会話を聞いた時、エリューシアは意識が遠退きかけた事を思い出していた。
結局その意思は変わることなく、戻るタイミングで眼鏡もカツラも外して正体を明かしたのだが、その時のデラントス伯爵一家の驚き様と言ったらなかった。
伯爵本人に至っては腰を抜かしていたほどだった。
そんな事をほっこりと思い出していたが、外の騒ぎはまだ続いていた。
「いいから教室は何処だ!? 何時までバルクリス様を立たせたままにしておくつもりだ!?」
「ですから!!」
「ハル、まだなのか?」
「バルクリス様、申し訳ございません」
わざわざ火中の栗を拾う気はないので動きはしないが、部下を諫めろよと思ってしまっても仕方ないだろう。
「ハル、さっさとして」
「チャコット煩い」
「チャコット様は言い方がきついですよ~~。ハル様が可哀そう……バル様もそう思いますよね~~?」
「ハハ、マミは本当に可愛いな」
「マミカ!! あんたねぇ」
「ヤダ~~、怖ぁ~~い」
何なんだ、この会話。こんなの聞かせられるって、式典不参加に対する罰なの? そうなの? いやいや、待って待って、自分から望んで不参加だったわけでもないのに罰ってあんまりじゃないデスカ?
それ以前に少なくとも入学当日、教師の前で騒ぎを起こしてまでする会話ではないだろう。というか、絶対にない。
「これは何事ですか?」
っと、この声は……
「副学院長先生……すみません…」
「ウティ先生、一体何が?」
こんな騒ぎともなれば誰かが報告に行くのも当然で、ビリオー先生がこの場に現れたのは不思議でも何でもない。
「なるほど、わかりました」
「すみません、私では…」
「大丈夫ですよ………バルクリス君、君はここではなく通常棟です。速やかに移動して貰えますかな?」
「副学院長、ね……俺が王子と分かって言ってるのか?」
「ここは学び舎で、身分を笠に着るのは違います。勿論身分差やそれに伴う礼儀を無視して良いという事にはなりませんが、ここでは身分の前に誰もが等しく学生です。そして私達は教師です。そこにも礼儀と言うものがありますよ」
「父上母上に言いつけるからな」
「どうぞ。陛下にはバルクリス君の入試順位は既に伝えてあります」
「………くそ……父上が何も言わないなら仕方ない。ここは引こう」
遠ざかっていく足音が聞こえても、エリューシアの意識はすぐには現実に戻らなかった。
最初の方はウティ先生と呼ばれた担当教師とビリオー先生、途中からビリオー先生と馬鹿リスの会話になったんだろうと思うが……『親に言いつける』とか『くそ』とか、もう子供か? まぁ9歳なら子供か…。
いやいや、やっぱりないわ、マジでない。9歳でも仮にも王族がアレと言うのは却下案件だと思われる。
(でもまぁ、奴は最愛のシアお姉様の仇だもの。まともだったら躊躇ったかもしれないけど、あれなら気兼ねなく反撃できるというものよ。
あえてこちらから攻撃なんてしないけど、手を出してくるなら容赦はしないわ。
それにしても何だって? チャコットにマミカって誰よ? 何なの、その無駄に日本人っぽい名前。もしかして転生者? まぁその辺は調べていけば追々わかるでしょ。シモーヌの名前も出てこないし……
はぁ、思い出す事、調べる事、満載ね……)
オルガとメルリナの背に守られる形で席に着いたままのエリューシアは、こっそりと重い溜息を吐いた。
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