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4章 小さな世界に集いしモノ
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しおりを挟む翌朝、今日は両親が領地へ戻るので、起床後早々に準備を済ませて自室を出れば、階下が少しざわついている。
始業は明日からと聞いているので、何事かと足を速めれば、扉の閉じる音と共に静けさが舞い戻ってきた。
エリューシアが階段脇につく頃には、階下の玄関ホールには誰も居なくなっており、結局何の騒動だったのかわからない。
階段を下りているとヘルガの姿が見えた。
ヘルガはアイシアの専属メイドである。
主人であるアイシアが王都の学院に入学する事になったので、彼女も王都の学院に編入する必要が出てきた。これまでの領地の学校からの編入手続きで、昨日は忙しかったと聞いている。アイシアの護衛騎士となるニルスも、同じく昨日編入手続きをしていたはずだ。
ちなみにエリューシアの専属護衛騎士となるセヴァンと、オルガ配下となったサネーラは、辺境伯領の学校から、それより前に編入手続きを終えていたはずだ。これはエリューシアとアイシアの借り上げ邸到着に差があっただけの事で、特に何が理由がある訳ではない。
「ヘルガ」
「エリューシアお嬢様、おはようございます。こんな早くにどうなさいました?」
「おはよう。さっき騒がしかったでしょう? 何かあったの?」
エリューシアが訊ねれば、合点がいったのかヘルガはすぐに頷いた。
「はい、先程旦那様と奥様がお出かけになられましたので、それで騒がしかったのでしょう。もしかしてそれで目が覚めてしまわれましたか?」
(なん、だ、と……もう両親は帰路についてしまった、だと……)
エリューシアが不意打ちの情報に固まっているが、それに気づいていないのかヘルガが続ける。
「早ければ昼食前にはお戻りになられる予定だと聞いております」
「………ぇ? 戻るって、ここへ?」
「はい、そのように伺っておりますが、どうなさいましたか?」
「ぁ、ぃぇ、何でもないわ。今日、領地に戻る予定だったはずだから」
ヘルガがにこっと微笑んで頷く。
「あぁ、お嬢様方に挨拶もなしに旦那様も奥様も、帰路につかれる事等ありえませんよ」
ヘルガはナタリア似だ。表情がわかりやすく変わり、性格も朗らかと言って良い。髪色も茶色、瞳は青と言うナタリアそっくりの色味を持っている。
彼女の妹であるオルガは父親似なのだろう。黒髪に深紅の瞳のクールビューテイーで、あまり表情に変化がない。おかげで領地の子供達から能面オルガと揶揄される事もあった。
本人はあまり意に介していないようで、エリューシアやヘルガ達、周りの方が怒っていたほどだ。
全く似ていないし、性格も全く違う二人だが、姉妹仲は良い。
「そうなのね。教えてくれてありがとう」
「いえ、先触れと同時に出立する事になったので、それで余計に騒がしかったんでしょうね。もう朝食になさいますか?」
先触れと同時って……何をそんなに慌てていたのかと、昨晩の両親とアイシアの話を知らないエリューシアは首を傾げるしかないが、問われた事に返事はしなければならない。
「朝食は…お姉様はもう起きていらっしゃるの?」
使用人達の手間も増やしたくないし、どうせなら一緒が良い。
「アイシアお嬢様はまだお休みになってますね」
「そう、じゃあ後で良いわ。お姉様が起床なさったら教えてくれる? 自室に居るようにするわ」
「はい、そうしますね」
ヘルガを見送り、エリューシアも降りて来た階段を上がり直して自室に戻る。
アイシアが起きて朝食となるには、まだ時間がかかるだろう。ならばと、何時ものように朝食前の勉強に取り掛かった。
―――コンコンコン
暫く勉強に勤しんでいると扉がノックされた。
アイシアが起きたのだろう。『はい』と返事をすれば扉が開いて、オルガの姿が見えた。
「アイシアお嬢様が起床なさいました」
「ありがとう。もう少ししたら食堂へ降りるわ」
「承知しました」
オルガが扉を閉めれば、再び室内は静寂に包まれる。
実はアイシアは朝に弱い。昨晩遅くなったというのもあるが、普段からなかなか起床できないのだ。今頃はヘルガが、うつらうつらと瞼を閉じようとするアイシアの世話を、必死に焼いていると思われる。その為ヘルガが動けず、代わりにオルガが伝えに来てくれたのだろう。
朝の惰眠が手放し難いのはわかる。
(わかるけど、シアお姉様の場合、少し食事とか改善した方が良いのかも…)
アイシアは総じて食が細い。
そしてこれは一部エリューシアのせいでもあるのだが、デザートを好むのだ。
これが何故エリューシアのせいかと言うと、公爵邸の食事にちょっぴりとは言えエリューシアが口出ししたからだ。中でもデザートについてはアップルパイなど、元々なかったメニューを伝授したりしてしまった。
前にも話したかもしれないが、目立つつもりはなかったので前世無双等は控えていたし、この世界の文化や習慣等も尊重してきたつもりだ。とはいえ香辛料や油分の過多等は我慢しきれずに口出ししてしまったのだが、料理長デリックがその辺りに柔軟な人物だったせいで、デザートについては色々と行う羽目になってしまったのだ。
はっきり言おう……この世界、食については思わず遠い目をしてしまうレベルなのだ。いや、食に限った事でもないのだが……。
香辛料や油は、半ば見栄の部分にも直結している為、この世界ではふんだんに使う事が貴族の証となっている節がある。
実際前世地球でもそんな地域時代があったと記憶している。
だからできれば尊重したかったのだが、やはり限度と言うものがあった。
そしてパンは硬い。
これにも色々な理由がある。
そもそも製法が違うし、素材も違うのだ。
発酵させない、水分を多くしない、捏ねない等すれば硬いパンが出来上がる。それだけでなく素材もライ麦など、最初からグルテンを多く含まない素材を使えばそうなってしまう。当然油分や卵を入れなければ同じくだ。
だからと言って、そう言うパンにはデメリットしかないのかと言えばそうではない。保存しやすいし、腹持ちも良いのだ。
とは言えエリューシアの中身は、日本にいた時の記憶がある。正直に言えば前世日本で普通に売っていたパンは、何度も食べたいと思ったことがあった。
まぁ素材他ハードルは高いのだが、それを押し退けてでも食べたい欲求はあったのだ。
(もうナタリア達メイド軍団も父母と領地へ戻るし、そうなれば借り上げ邸の人数はガクンと減る。もしかしてカサミアに頼めばこっそり厨房も使えたりしない?
多くは望まないから。せめてシアお姉様が食べられる何かを、デザート以外で考えたい)
借り上げ邸の料理長となるカサミアには申し訳ないが、アイシアの健康の為、そしてちょっぴりエリューシアの欲求の為に目を瞑ってもらうとしよう。
そんな事を考えていると、丁度朝の訓練を終えた所なのか、メルリナが訓練用の軽装で歩いてくるのが見えた。
「お嬢様、おはようございます!」
彼女も貴族の淑女にしては表情が変わりやすい。
辺境伯領で騎士を目指していたというから、それで問題なかったのだろう。実際とても笑顔が可愛い少女だ。
これでいて、実は剣の腕は辺境伯軍の同年代の中では群を抜いていた。
(あぁ、でも新兵のジールには勝てた事なかったわね。ジールは今も元気にしてるかしら。気づいたら居なくなってて……伯母様に聞いたら本来の場所に戻ったって言ってたけど。いつかまた会えるかしら……ダメね、そんなこと考えたって……ぁ、丁度良い機会だし、シアお姉様の食事を考えるついでに、そろそろ……)
意識を現実に無理やり戻して、エリューシアは口角を柔らかく引き上げた。
「おはよう。メルリナは朝の訓練?」
「はい! 昨日はできませんでしたからね。やっぱり日課をこなせないと、落ち着かなくて」
言いたい事は分かる。それ故エリューシアも朝食前の勉強に勤しんでいた。
しかし、エリューシアは、続くメルリアの言葉に固まる事になる。
「あ、そうだ。エリューシア様、朝食後で良いのでお時間頂けますか? ちょっと昨日小耳に挟んだことが……」
「というと通常棟での話?」
「まぁその話もありますけど、エリューシア様気にしていたことがあったでしょう? 子供が攫われるとかの話」
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