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4章 小さな世界に集いしモノ
狭間の物語 ◇◇◇ 北の辺境伯領にて
しおりを挟むクリストファはリムジールの手紙に書かれていた指示に従い、翌朝には神殿へ赴いて転移紋を使用させてもらう。
リムジールは臣籍降下し公爵となっているが、王弟である事に変わりはなく、比較的容易に転移紋の使用許可が出るのだ。
そしてあっさり北の辺境伯領の領都スウァタイトにある神殿へ無事到着した。
忙しく働いている神官たちが驚きの表情を浮かべている事に嫌な予感がして、クリストファは眉を顰める。
父リムジールは事前準備というものを苦手としている。
いつも母シャーロットがその辺り上手く調整しているのだが、今回の事はどうやらリムジールの独断の可能性が出てきた。
大方長男チャズンナートの言葉にホイホイと頷いた結果なのだろう。
いずれ公爵家から放逐されるクリストファなのに、どこまでも邪魔に思えて仕方ない様だ。それこそ従者も何もかも取り上げてしまいたいほどに。
ただ、正直理由は本当にわからない。何しろ邪魔に思われるほど接点はないし、もう父母に見て欲しいと自分をアピールする事もしていない。それどころか本邸を出て離邸に移り、食事も別にしているくらいなのだから。
見回しても視界に入ってくるのは神官服を着た者達だけで、出迎えの人影が見えない。
恐らくだが、北の辺境領を治めるネイハルト辺境伯には、何の連絡も行っていないのではないだろうか……。
「はぁ……」
我が父ながら呆れる。しかしこのままこうしている訳にも行かず、遠巻きにしていた神官の一人を捕まえリムジール直筆の書状を見せた上で、急ぎネイハルト辺境伯へ連絡を入れて貰う。
辺境領の神官長に誘われるままお茶をして待っていると、ネイハルト家の者が来たと報せが来た。
「スリン?」
迎えに来てくれた人物は見知った相手だった。
ネイハルト辺境伯の末っ子嫡男だ。
「その顔……まさかクリス?」
「スリンが来てくれると思わなかったけど、助かった」
リムジール直筆の書状を渡せば、スリンは分かりやすく顔を顰めた。
「クリスの父君は相変わらずだな。こっちには何の連絡も来てないよ」
「やっぱり、ね」
「うん、それで申し訳ないんだけど、今日は宿で待機して貰っても良い? もう部屋は押さえてあるから」
「勿論。こちらこそ…父が不調法をして申し訳ない」
神官長を始めとして忙しい時間に世話をかける事になった神官たちに、一言礼を言ってからスリンに案内されて宿へ向かうが、そこまで距離はないとの事で徒歩での移動となった。
「暫くしたら迎えに来られると思うから、それまでは宿でゆっくりしててよ。護衛は二人残して行くから」
「護衛……迷惑かけて申し訳ない。それに、もしかして悪い時に来てしまった感じかな」
「迷惑だなんて思ってないって。ただ時期が悪いというか……ちょっと…」
妙に歯切れの悪いスリンの様子に、クリストファは首を傾がせる。
「ん~……どう言えば良いか…何しろ俺も詳しい事は知らされてなくてさ。
それにしても声まで変えてる?」
顔そのものは変えてはいないが、髪も瞳も色は変えているし、声も若干変えている。
「神殿まで一人だったからね。一応念の為?」
「え…ほんとに? というか次男って言っても公爵家の子息を一人で移動させるなんて…」
「まぁ、またあの人が何か言ったんだと思うよ」
「あの人ってチャズンナートか?」
「そう、その人だね」
「リムジール様も一体何を考えて……仕事では普通だって聞くのにな」
「さぁ? 僕にもわからないし、わかりたいとも思わないから」
淡々と話すクリストファに、スリンの方が痛まし気に顔を歪めた。
「………ぁ、ぁのさ、何か希望とかあるか?」
「希望?」
「えーっと…そうだな、例えば食事の希望とか。クリスにはあまり好き嫌いはなさそうだけど」
問われたクリストファが足を止めて考え込む。
「希望……あぁ、そうだ。可能なら辺境伯軍の訓練に参加してみたい、かな」
「へ? そんな事でいいの?」
「そんな事って…僕には重要な事だからね。あぁ、当然だけど怪我とかは気にしないで欲しい。自分から望んでの事だし」
「……ん、まぁ伝えておくよ」
「ありがとう。こうして折角変装もしてるしね」
「変装ねぇ。変装するならその顔の方を隠しなよ。色を変えてもその顔じゃ目立って仕方ないと思うよ?」
そんな話をしているうちに宿へ到着し、護衛の騎士二人を残してスリンは帰って行った。
その後、辺境伯家から迎えが来たのは3日後の事だった。
クリストファの希望が通り、ネイハルト家の本邸ではなく、軍宿舎で寝泊まりさせてもらえる事になった。
スリンの助言に従い、色だけでなく顔そのものも化粧や詰め物で変えた。
声の方は負担が大きかったので、それほど喋る事もないだろうし、変える事を止めた。
「本気?」
スリンは辺境伯家の嫡男だが、何故か軍宿舎で生活していた。
聞けば辺境伯家で騎士や兵士を目指す者は、必ず軍宿舎で寝泊まりし、訓練も同じく受ける伝統があるのだそうだ。
「その為に本邸ではなくこちらに部屋を取らせてもらったのだからね」
「新兵と同じ訓練メニューって……かなりきついよ? 朝も超早いしさ…」
「今日から僕は新兵のジールって名乗るから、宜しくね」
「はぁ……まぁ良いけど、怪我にはほんとに注意してくれよ? あ、それとこれ」
スリンから手渡された物は、日本で言うところのゴーグルの様なモノだった。スリンによると魔具らしく、貸すからどうか使ってくれと懇願される。化粧や詰め物では足りないと言われてしまったのだ。
「訓練時間の間は持つと思う。これが予備の魔石ね。視界に歪みを感じたら交換して」
「わかった」
実際に装着してみたが、自分では何がどう変化しているのか鏡を見てもわからない。自分の元の顔を認識しているので、自分では確認できないそうだ。
「って……クリス…どんだけ顔良いんだよ…はぁ、これでも女性たちが騒ぎそうだな」
「女性が騒ぐって、僕に? スリン…寝言は寝てから言うもので、起きてる間に言うのはどうかと思うよ?」
何を馬鹿なと一笑に付すが、スリンの手が伸びてきて、髪をグチャグチャに乱した挙句前髪で目元を隠そうとする。
「スリン、流石に邪魔だって…。これじゃ訓練に支障が出る」
「クリス一人のせいで、俺達皆の訓練に支障が出るから諦めろ」
「よし、じゃあ次はお前、名は?」
「ジールです」
教官に呼ばれ、クリストファが前に進み出て偽名を名乗る。
辺境伯軍は主に守備を担う騎士団と、前線で攻撃をする兵団に分かれている。
新兵の見極めは辺境伯家の護衛に着くことも多い騎士団の方が担当する事が慣例となっており、今日も教官としてついているのは騎士達だ。
単純に前線を担う兵団の方は、出かけている事も多いという面もある。
「ではジール構えろ」
指示に従い訓練用として渡された木剣を構える。
「ほう。お前かなり修練を積んでいるな。よし、かかってこい」
教官役の騎士が別の騎士から木剣を受け取る。
その様子に一度構えを解き、一礼して再び木剣を構え呼吸を整える。柄を握り直しぐっと姿勢を低くした途端、踏み込んで教官騎士の足元を狙う。
体格差がありすぎて、手元や他を狙うのが難しいのだ。
あっさりといなされるが、そのまま逆らわずに剣を流し、遠心力に乗せて再び足を狙う。
「ほう、なるほど。これは大したものだ」
騎士はそう言うや、大人げなく剣に体重をかけて振り下ろした。そのまま振り抜き、クリストファの小さな身体を弾き飛ばす。
その後もそんな訓練は続き、昼休憩の頃にはクリストファはボロボロになっていた。
「まぁ、今日は一段と酷い方が……」
地面に仰向きになって倒れ込んでいるクリストファの方へ近づいてくる少女が居た。
灰色の癖毛を長く伸ばし大きな瓶底眼鏡を装着した少女が、起き上がれずに寝転がったままのクリストファの横に膝をついて手を伸ばして来た。
「もう少しだけ我慢しててください。すぐ手当しますから」
手当と聞いて、回らなくなった頭を必死に動かす。
薬草か何かを使ってくれるのだろうが、暫く痛みは引かないだろうと目を閉じたその時、魔力が流れて来るのを感じた。
重い瞼を何とか持ち上げて見れば、少女は文字通り手を翳して『手当』している。金色の光をその身に纏って。
「ぁ」
「こんなにボロボロになるまで訓練するなんて……だけど、頑張ったのね、凄いわ。今日の一等賞ね」
素直な労いと誉め言葉は、クリストファの心にじんわりと沁み込んでいく。
気づけば治癒魔法を受けながら、ポロポロと涙を零していた。
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